第5話 ガドリクとソティシャ
イージャンとレイセインが向かった外層は、貴族街のある内層より外側だ。内層、中層を越えて、そして外層となる。その北には、鍛冶職人が多く住まう区画があった。
刀剣や槍、鎧といった武具。蹄鉄や釘。鍋や包丁といった調理道具に至るまで。およそ金属と名の付くものなら、何にでも加工してしまう。そんな職人たちが集まり、店を構え軒を連ねている。おかげで、そこら中から金槌を叩く音が、いつも響いてくる場所になってしまった。朝から夕方まで、夜になっても。
ここは、鍛冶の音が鳴り響く街、『玄鷹街』。古くからそう呼ばれてきた。イージャンたちは、そんな金槌の叩く音を聞きながら、街の中を走っていく。
**********
しばらくして、二人は足を止めた。目の前にあるのは、石畳で出来た道の角地にある、石造りの古い民家のような店だ。
尖った屋根の両端に、煙突が付いた二階建てで、扉が開け放たれた入り口には紺色の暖簾。その上の方に見える壁には、吊り下げられた黒い金属の飾り看板がある。
その看板は円盤で、子供がしゃがんで丸まったくらいの大きさ。中心に鳥の頭のような金床と、その周りを金槌や鋏といった鍛冶に使う大小様々な道具が囲んでいる。
また、それらには、草や蔓のような模様が丁寧に彫り抜かれており、どれも複雑で細かく精巧なものだと一目で分かる。さらに、そこへ金色の金属が嵌め込まれており、黒の中にあるその模様が輝いてより綺麗に見えた。
この様に、模様はくり抜くだけでなく、それに合わせて嵌め込まれている。作った職人の、その腕の高さが窺える一品だ。ただ、イージャンやレイセインにとっては、それだけではなかった。
「…………」
(懐かしいな……)
この家も。ここに来るまでの街並みも。気付けばそう思うくらい、もう随分とここに足を運んでなかったのだと、その看板を見上げたイージャンは気付いた。そんな彼に微笑みを浮かべ、レイセインがまず先に店へと入っていく。
紺色の暖簾をかき分け、中を見渡せば、お客の姿はない。本棚のような陳列棚が、壁沿いに並び、また店内を区切るようにして、幾つか奥まで伸びているのが分かる。見かけよりその奥行きはなく、棚には金属製の様々な商品が並んでいた。
細長い湯呑みに入った匙の束や火箸。大中小とある鍋は、それぞれ重ねられ、鋏、包丁などは寝かされて見栄えよく置いてある。日用品が多いが、馬蹄や小刀も見受けられた。
楽器もある。『琴笛』と呼ばれる長四角の箱で、手の平に乗るくらいの大きさだ。側面に十二個の穴が開いており、そこに口を当てて吹くと音が鳴る。穴ごとに出る音に違いがあり、曲を奏でる事ができた。こういった物が、各種類ごとに纏められ置かれている。
「レーリノエダの畔には~」
歌う声が聞こえてくる。それは、出入り口のすぐ傍。ここにある棚の高さを半分にした程度の背の低い陳列台。幅もなく、大人の肩幅くらいしかない。その上に、数は少ないが簪や耳飾り、首飾り、指輪が並んでいる。
これらの装飾品には、宝石は嵌っていない。材質自体も高価なものはなく、木製のものまである。この木製の品は、庶民が手を出しやすい値段となっていた。
そして、その後ろに、受付兼作業用の机があった。歌はそこから。椅子に座って作業している、まだ年端もいかない少女。目がくりっとして、可愛いらしい。
「カッカシホホズの、歌う声~」
歌を口ずさむ彼女の頭は、水色の手巾で被われ、後ろで結ばれている。額の辺りに、白い花の刺繍が一本入っていた。そして、後ろの結び目の下には、緑の髪が三つ編みになって、首筋辺りまで短く一本垂れている。
着ている服は、上が長袖、下が太めの細穿き。この上下が繋がった作業着である深緑色をした『ツナギ』だ。それを上半身だけ脱いで、袖を腰に結び付けている。おかげで、その中に着ている白の半袖が見えていた。
足には茶色い革草履。その足は、床に届かず、足置き台の上に置かれている。そして、お尻の下には厚めの黒い座布団。これで、高さを調節していた。彼女が腰を掛けているのは、大人用の椅子。ここへ座るには、まだまだ早いようだ。
そんな彼女は、机の上で手を動かし奮闘している。右手に彫刻刀。左手は添えながら。机に乗せられた本程度の大きさの木版を彫っている。下書きされた羊の図柄を、ゆっくりとなぞるように両手を動かしていた。
机の上には、他にも彫刻刀がある。平刀、丸刀、三角刀等が散乱していた。これは、同じく机の上にある小棚から取り出したもの。それに、偶に手を伸ばし、持ち替えて彫り続けている。
そして、板の上に溜まった木くずを、時折吹き飛ばしながら、歌っている事も忘れ作業に没頭していた。これは、練習だ。金属より彫りやすい、木を使ってやっている。
この少女の名は、ソティシャ。親父さんの娘だ。レイセインが、頑張っているその姿を見て、面白そうに笑顔を作りながら静かに近づくと、少々驚かすようにして声を掛けた。
「よっ……!」
「え!? いらっしゃ――あ! レイ姉ちゃん!?」
ソティシャが、その声と手元に出来た影に反応して、お客が来たのかと顔を上げる。だが、そうではないとすぐに気付いたようだ。
「もう! おどかさないでよ!」
「ふふ……。頑張って……、いるわね……?」
「え? うん、まあね。ふふっ!」
褒められて満更でもないご様子。だが、ふと気になった。
「でも、こんな時間に――。今日、お休みだったの?」
「ん……」
「そうなんだ」
正確には、友人の休日を奪い取ったのだが、レイセインは平然と頷く。
「あれ?」
ソティシャが、レイセインの背後からひょっこりと現れた人影に気付いた。視線をそちらに移すと、目を真ん丸くする。手に持っていた彫刻刀を、机の上に落とした。そして、口を大きく開き、手を当てる。
「え!? 嘘!? ジャン兄ちゃんもいるの!?」
「ああ」
イージャンが、懐かしむように少しだけ目を細める。
「わああああああ!」
それを見たソティシャは、表情を嬉しそうに輝かせる。椅子からぴょんこらと勢いよく飛び降り、陳列台の脇を周って、二人に向かっていった。そして、彼らの前に立つと、顔を上げる。
「ジャン兄ちゃん!」
「久しぶりだ、ソティシャ」
そう言われると、見上げたその笑顔が、急に膨れっ面になる。
「本当だよー、もおー! 全然、顔出さないんだもん! だから、私、ジャン兄ちゃんの顔を忘れる所だったんだよ?」
「う……、すまん」
イージャンがここを訪れるのは、大抵剣の手入れを頼む時だ。その手入れに出したのは、もう既に半年以上前だった。それから、今に至るまで訪れていない。こうなったのは、剣身を使う事がなかったため。自分が出来る事で、済ませていた。ちなみに、その仕方は、親父さんに教わったものだ。
「お仕事、忙しいのかもしれないけど……。ずっと来ないのっては酷い!」
「そ、そうだな……」
「そうよ!」
「は、はい……」
ソティシャの勢いに押されて、イージャンは気後れ気味だ。
「これからは、月に一度くらいは顔を見せに来ること! いい?」
「わ、分かった。申し訳ない」
イージャンは気まずそうに頭を下げた。それを、ジト目のふくれた顔で睨んでいたソティシャだが、笑顔に戻る。
「分かればよろしい。じゃあ、いつもの!」
「あ、ああ……」
ソティシャは、頭の手巾を取ると、イージャンに抱き着こうと両手を伸ばした。彼は、腰を低くして受け止める。こうするのが、二人の挨拶みたいなものだった。彼は、胸元に来たソティシャの頭を撫でる。
「…………」
無言のまま撫でる。
「…………」
撫でる。
「…………」
撫でる。
「…………」
撫でる。
「お、おい。ソティシャ?」
いつもより長く撫でている気がする。それも、いい加減長いと感じ、言葉を掛けた。しかし、それでもソティシャは、離れようとしない。それから少しして、ようやく満足いくまで堪能できたのか、パッと離れた。
「むふふー! 待ってて! すぐに父さん呼んでくるから!」
「ああ。頼む」
「うん!」
そう言って、頭に手巾を巻きながら、ソティシャは奥へと走っていく。
「とーさあーん!」
そして、奥の部屋へと消えていった。その姿をレイセインがじっと見つめる。
(今のを、シビアナが見たら――。どう思うのでしょうね……)
ふと気になった。
(いやまあ、子供のする事だから……。それに、見知らぬ子ならまだしも、知り合いの子だしね。だから、仲も良いわけだけど。うーん。でも、この仲が良いっていうのが――)
「…………。はは……。まさか……」
(いやいや。まさかまさか……。考え過ぎでしょ)
自分にそう言い聞かせつつも、若干恐怖を感じる。それを振り払うように首を振った。
「連れて来たよー!」
しばらくすると、ソティシャが戻ってくる。その後ろから、大柄な男性が中から現れた。こちらは、黒い手巾を頭の後ろで縛り被っている。着ている作業着は、ソティシャと同じもの。
その袖を、腰で結んでいるのも同じ。多少汚れが目立つが、中に着ている白の半袖も、履いている革草履も同じだった。
長身のイージャン並に背が高いが、肩幅はより広い。筋肉質でがたいの良い中年だ。その膨らんだ筋肉で、半袖がはち切れそうになっている。脇や腹回りに出来た皺もしっかりと伸び、分厚い胸筋や腹筋の割れた形が、綺麗に浮び上がっていた。
「おう……」
目付きは鋭く、口の上には短めに整えられた、緑色の口髭で覆われている。そして、眉間に皺をよせ、渋い声でこの無愛想な口調。頑固親父と呼ばれても納得の人物だった。彼が親父さん。鍛冶職人のガドリクと言う。
「ども……」
「お久しぶりです、親父さん。お邪魔します」
レイセインとイージャンが頭を下げる。
「ふん……」
ガドリクは、二人から目を逸らして鼻を鳴らす。
(何か、いつもに増して愛想がないわね……)
レイセインはそう感じたが、イージャンは構わず話を切り出す。
「親父さん。実は、ちょっと聞きたいことがありまして」
「聞きたい事だと?」
むすっとしままだが、顔が二人に向く。レイセインは、その声を聞いて変化に気付いた。
(あれ? ちょっと機嫌が良くなった?)
「――まあ、中入んな」
「はい。ありがとうございます」
もう一度イージャンが頭を下げる。
「ソティシャ。暖簾仕舞って、鍵掛けとけ」
「はーい!」
ガドリクに元気よく返事をすると、出入り口に向かう。だが、その背丈では暖簾まで届かない。彼女は、座っていた椅子に手を掛けた。いつもの様に、この椅子の上に乗って暖簾を取るつもりなのだ。それを見ていたイージャンが止める。
「ソティシャ。暖簾は、俺が取ろう」
「わ! ありがと、ジャン兄ちゃん!」
「いや、いいんだ」
軽く首を振った。
「…………」
(別に、こういう気配りは、普通に出来るのよね。普通に。女性に対してするべきものは、致命的に出来ないけど)
暖簾を外して、にっこにこのソティシャに手渡すイージャンを、レイセインは溜め気交じりで眺めた。
**********
イージャンとレイセインは、居間に通された。ここは店内より明るい。入って右手には壁際に暖炉。その反対側は窓が四枚並び、その下に長椅子が置いてあった。
傍には刀や剣の立て掛け。幅があり、五、六本は置ける。奥には扉が見えた。その先は、台所や鍛冶場に繋がっている。そして、部屋の真ん中には、古い木製の円い卓に椅子が五つ、囲むように置かれていた。
二人からすれば、ここは見慣れた場所だ。イージャンにとっては、今でも。いつもの様にといった感じで、剣帯を外し剣と一緒に立て掛け、互いに隣り合った椅子を引いて座る。
すると、奥の扉が開く。ガドリクが扉を押して、ソティシャと一緒に入って来た。ソティシャは、お盆を両手に持ってる。そのお盆の上には、重ねられた白い湯呑が四つに土瓶が一つ。そして、餡子餅が数個入ったお椀が、乗っかっていた。
ガドリクは、剣を持っている。この剣は細剣だ。黒い鞘の長さは、床から大柄な彼の腰辺りまであるが、同じく黒い柄の部分がやや長い。両手で握ってもまだ余る。もう片手分は余裕であった。
白い鍔は細長く、その先端がお椀のように丸くなりながら湾曲し、鳥が翼に包まった様を描いている。その尾は、柄頭まで伸びて繋がっていた。また、長い首が背面へと曲がり、翼の中に頭が突っ込んでいる様に見える。
細めの金属で輪郭を形どっているため、全体的に曲がりくねった印象を受ける鍔だ。この曲がり加減なら、剣を受け流したりできるだろう。また、柄を握った手に、被さるようにもなっているため、ある程度なら守れる。
「よっと」
ソティシャは、自分の胸元辺りまである卓の前に立つと、お盆を置いた。そして、湯呑四つと土瓶を手に取り、卓の上に移す。
お盆は、お椀を乗せたまま、滑らす様に卓の真ん中まで押した。背の低い彼女でも、なんとか届いている。その間に、ガドリクがレイセインの前に立ち、細剣を渡した。
「レイ」
「ありがと……」
(そっか。もう終わってたのね)
「後で、振りと仕掛けを見とけ。それで、違和感があったら教えろ」
「ん……」
レイセインは、受け取ると膝に乗せる。この細剣は、彼女が収集している武器の一つ。名を『ツラライテヅル』と言う。買って間もない物であり、手入れを頼んで預けていた。ただ、これには、もう一つ理由がある。
「しかし……。よくもまあ、見つけたもんだ」
ガドリクが、呆れたように言う。
「作れる……?」
「ま、試してはみるが……。まだ分かんねえな」
「そ……」
この細剣は、年代物で一点物だったらしい。それを知った彼女は、ガドリクのその腕を見込んで、複製が出来るか調べてもらっていた。これが、預けたもう一つの理由だ。
「レイ。また買ったのか?」
「まあね……」
イージャンが、自慢げな彼女の膝に目を落とす。
(レイは、本当に武器が好きだな。剣だけでも、これで何本目だったか。俺は、あの一本だけで十分なんだが……。しかし、まあ――)
「綺麗な鍔だな」
「でしょ……?」
「ああ」
(武器を見る目は、流石と言ったところか。しかし、剣身を見てないのに、そう判断するのもどうかとも思うが)
それでも自信があった。まず間違いなく見る必要はないと。
「ふふ……」
気に入っている武器を褒められると、自分に言われた様で嬉しい。レイセインは、機嫌が良くなった。
「今度、機会があったら……。仕掛け……、見せたげる……」
「仕掛け?」
(そう言えば、親父さんもそんな事を――)
「ちょっと、失礼」
イージャンが、下げた視線をレイセインに向けると、ソティシャが二人の間から分け入る。そして、三つ重ねらた湯呑を卓の上に置くと、二つ取って並べる。土瓶を片手に、お茶を淹れ始めた。まずはレイセインの分だ。
「ありがと……」
そう言われて、ソティシャは「にまーっ」と笑顔で答える。お茶が一杯になると、今度はイージャン分。
「はい、ジャン兄ちゃんも」
「ありがとう、ソティシャ」
同じく嬉しそうに笑顔で答えた。それから、彼の反対側に移り、最後の湯呑みを置いて、自分の分のお茶を注ぐ。それが終わると、そこの椅子に座った。イージャンは、湯呑みを手に取って口に運ぶ。喉が渇いていたのもあって、一気に飲んでしまった。
「すまない、ソティシャ。もう一杯もらえるか?」
「んもう。しょーがないな~」
そう言いつつも、その顔はにこにこと嬉しそうだ。久しぶりに会うのもあって、こういったやり取りがより楽しいのだろう。土瓶を手に取り、差し出された湯呑に嬉々として傾けていく。
「ソティー。私も……」
レイセインも、飲み干していた。彼女も喉が渇いていたようだ。イージャン越しに腕を伸ばして、自分の湯呑を差し出す。
「ふふっ。お任せあーれー」
彼の分を淹れ終ると、ソティシャはそのまま土瓶をレイセインの湯呑に移した。それを見ながら、ガドリクは、イージャンと向かい合うように座る。そこには、既に湯呑が置かれてあった。ソティシャは最初にガドリクの分を用意していた。それを手に取り一口飲むと、顔は前に向けず、むすっと話しかける。
「で、何だ? 聞きたい事ってのは?」
そう言われて、湯呑みに口を付けていたイージャンは、卓の上に戻した。それから、姿勢を正し単刀直入に尋ねる。
「親父さん。女王の御髪という宝石を持ってませんか?」
女王の御髪――。その名を聞くと、ガドリクの眉間に皺が寄った。




