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第2話 宝石商ドアンキ

 王宮のある丘の道は、殆どが石畳で出来ている。その中に、主要の道路として使われている幅の広い大きな道があった。それは、幾つもの馬車が並走できる程で、王宮を中心にして東西南北に一本ずつ走っている。


 これらは、ほぼ真っ直ぐで一直線だ。そして、南にある大路は、そのまま中層を抜けて外層に向かえば、この丘の出入り口でもある外壁門に到着する。宝石商の館があるのも、この南の大路。しかも、イージャンにとっては有り難い事に、内層の貴族街だった。


「ここよ……」


 大路に沿って並び立つ、大きな屋敷を囲う石塀。その前を走り続けて、しばらく経った。すると、今度はその塀が無くなり、石造りの建物が並び始める。レイセインは、その中にある一つの館の前で立ち止まった。後に続いていたイージャンも、釣られて走るのを止める。


 ここ内層――貴族街には、それ専用の商業地区とでも言うべき、広い区画があった。そこは、貴族相手に商売をしているその御用達が多く集まり、店を構えている。これらの店は多種多様であり、貴族として必要なものが、ここで全て揃うと言っても過言ではなかった。


 食料品や、食器から家具といった調度品。衣服。本。剣や鎧といった武器防具。馬や馬車。そして、もちろん高価な装飾品や宝石なども。今、彼女たちが見上げているのが、その宝石の類を取り扱う商館だ。


「ああ」


(ここがそうなんだな)


 イージャンはこの館を知っていた。外壁門に向かうのに、この大路を使うので、館の前をよく通っていたからだ。しかし、興味がなかったので、何を取り扱っている場所なのか気にもしていなかった。


 この商館は、古い石造りの四階建てだ。縦に長い箱のような形で、階の境目が草花模様の彫刻で縁取られ、各階にある窓枠の列には鉄格子が嵌っていた。


 中は結構広く、各階百人程度が一度に入っても、込み合う事なくゆっくりと見て回れるだろう。石造りなのもあるが、だからか、どっしりとして落ち着いた雰囲気はある。隣り合って並ぶ他の商館も、これと似通った造りだ。


 ここは、いつも人で賑わっている。今も多くの人が、大きな玄関の前にある十数段ほどの緩やかな階段を登って、中に入っていった。身なりを良くした、とりわけ恋人や夫婦といった男女の姿が多い。


 腕を組んだり、手を握ったりと、仲の良さそうな者たちばかり。独身で恋人が欲しいなとか、結婚したいなとか思っている者達が見れば、軽く舌打ちが出来るような光景だ。


「やっぱり……。来た事……、ないの……?」


 私は、シビアナとあるけど、とレイセインが尋ねる。


「ああ。ないな」

「そう……」


(大通りに面しているのに、ホント興味なかったのね)


 流石だと納得した。


「じゃ、行きましょ……」

「分かった」


 二人も、賑やかなその光景に混じるよう、同じく階段を登っていった。ちなみに、ここにいる彼らの殆どは、貴族ではない。別の都から王都を訪れた者達や、内層より外側に住んでいる者達だ。


 貴族街だからと言って、何もそれだけで一般人が入っていけない訳ではない。内層に入る際に、検問を受けて問題がなければ、通ることが出来ていた。


 そのため、この商館は、特に結婚指輪を買う場所として、よく利用されている。貴族を相手にしているのもあり、お高い指輪が売っているからだ。この国では、結婚指輪は高ければ高いほど良い。より高価な指輪を求める男達とって、なくてはならないお店だった。


「お待ち下さい」


 階段を登り切り、館内に入ろうとすると、ここで呼び止められる。呼び止めたのは、灰色の金属鎧で、全身を固めた大柄の男。手には槍。帯剣もしていた。商館を守る衛兵だ。他にも同じような姿の者が数名、彼の後ろの方でイージャンたちの様子を窺っている。


「申し訳ございませんが――。館内は武器の持ち込みが、原則出来ない事になっております」


 声を掛けてきた衛兵が、野太い声で厳かに言う。ここは、宝石といった高価な品を数多く取り扱っている。そのための当然の処置だ。身分のしっかりしている者でなければ、中に持って入ることが出来ない。


「入られる際に、剣をお預かりしますので、こちらへ――」


 差し向けられた手の先に、正面の玄関とは別の入り口があった。扉が開け放たれたそこは、守衛所も兼ねた部屋で、その内に剣の入った樽が幾つか見えた。ここで札を受け取り、武器を預ける。そして、館を出た後にその札を渡し、自分の物を返してもらうようになっている。


「…………」


(ああそうか。シビアナいないもんね……)


 レイセインは気付いた。彼女と来た時は、こうやって呼び止められる事も無かったので知らなかった。しかし、気は進まないが、渡さなければ入れない。


 仕方なく、言われるまま剣を預けようと、腰に手を掛けた。イージャンもそれに倣い、自分の剣に手を掛け腰帯から外す。だが、手渡すことなくそこで一旦止まる。


 彼も抵抗があったのだ。身を守る物が無くなるのもあるが、自分にとってこの剣は大切なもの。見知らぬ人の手に預けるのは、良い気分がしなかった。


「あ、いや。待ってくれ」


(そうだ。渡す必要なんか、なかったんだったな)


 彼は、何かを思い出したらしい。すると、

 

「これで、預けなくても良いはずなんだが――」


 取り外した剣を、渡すのではなく見せるように前へ差し出した。衛兵は、訝しくその様子を眺める。だが、剣の鍔にある紋章へ視線を移すと、兜の中のから見えていたその目が、ぎょっとして見開らかれた。


「こ、これは、近衛騎士の――!?」


 長い事、ここで働いているこの衛兵は、何度も見た事があった。そして、一見するだけでも分かる、金と銀の意匠の精緻さ。箔でない事もすぐに分かる。紋章を取り囲む金と銀が、練り込んで混じるように合わさり、無数の筋となりながら、模様を形作っていた。


 素人目でも、これには感嘆の声を上げてしまうだろう。それくらい精緻なのだ。


 この技術は、高度なものとされている。つまり、そう簡単には偽造出来ない。そもそも、偽造する事自体、重罪だ。問答無用で投獄されてしまう。


 こういった事情もあり、この剣は近衛騎士であることを証明する証として、十分通用している。もちろん、騎士の中の騎士である近衛騎士は、身分のしっかりした者に該当していた。つまり、これで帯剣したまま、中に入ることが出来る。


「も、申し訳ございませんが、お名前の方をお伺いしたく――」


 これも規則だ。客が剣で身分を証明しようとする場合は、必ず聞くようになっている。剣が本物であっても、それを持っている者が、証明する本人とは限らない。簡単ではあるが、盗まれた物でないかを一応確認するためだった。イージャンは、守衛に自分の名前を伝える。


「ダンディストー・イージャンだ」


 ダンディストー・イージャン――。この衛兵は、仕事がらもあって、有名な貴族や近衛騎士の名前を、一通り覚えていた。しかし、その仕事も、その記憶からも探し出す必要すらない。


「ええええ!? ダ、ダンディストー・イージャン様!?」


(こ、近衛騎士隊、副隊長! あの――!!?) 


 衛兵は大声を上げる。今この王都で、最も有名な近衛騎士の名だ。すぐに思い当たった。


(鎧を着ていないから分からなかったが、言われてみれば確かにそうだ。間違いない――。この黒髪と長身――! 陛下の護衛として、一緒にいるのを見た事があるぞ!)


「た、大変! 大変失礼致しました! どうぞ、このままお通り下さい!」


 慌てて頭を下げると、右手を玄関に差し向ける。その態度の変わり様に、イージャンは少し驚いてしまったが、気を取り直して尋ねた。


「あ、ああ。ありがとう。その……、連れも良いだろうか?」

「はい! 勿論でございます!」


(近衛騎士って便利ね……)


 やり取りを眺めていたレイセインは、剣を渡すのを止め、腰に戻す。


「あ! すぐに、案内をさせる者を呼びますので! おい! 中に行って――!」


 この商館では、身分の高い者などには案内係が付く。通常は、一階にある受付でお客の方から頼むが、衛兵がその顔を知っていれば、先に彼らが受付へ行って伝える。


 これを忘れていたと、慌てて後ろを振り向く。すると、その後ろにいた他の衛兵たちも、慌てて動き出そうとした。しかし、イージャンがそれを止める。


「いや、いいんだ。それは必要ない」

「え?」

 

 振り向いていた衛兵が、その声を聞いて体を戻した。それから、少し言いにくそうにして伝えた。


「その……。今日は私用なんだ。それでその、あまり目立ちたくなくて……」

「はっ。左様でございますか」

「あ、ああ……」


(いや、もう無理でしょ)


 鎧を脱いできた意味がなかったと、レイセインが諦め気味に溜息を吐く。今の騒ぎで二人は衆目の的。立ち止まり、ざわざわとしながら、皆が彼らの様子を窺っている。中には、「あれが、イージャン様!? やだ、カッコいい……!」などと呟き、頬を赤らめうっとり視線を送る若い女性たちの姿も。


 そして、それを隣で見ていた連れの男性が「え!?」と驚き、憎しみの籠った視線をイージャンに振り向ける。しかし、その容姿を見て、あっさりと自分の負けを認め、「くっ!」と目を背けたり、膝から崩れ落ちていった。


 と、まあこの様に、独り身が舌打ちしたくなるような光景は一転。半ば、ざまあ見ろと嘲笑う場へと、変貌を遂げてしまっている。


 果たして彼らは、この商館で、仲睦まじくお買い物が出来るのだろうか? 出来たとしても、帰った後きっとぎくしゃくする事だろう。夫婦ならまだしも、お付き合いをしているだけなら、最悪、別れる事になるかも知れない。


 その原因となったのが、この男イージャン。全く以て、罪作りな男である。彼自身、それを知る由は当然ないが。無論、視線の違いも含めて。まあ、それでも、沢山浴びれば、居た堪れなくなってくる。


「で、では、中に入らせてもらう」

「はっ! どうぞ、ごゆっくり!」


 衛兵たちの敬礼に見送られ、イージャンは足早に商館の中へと入った。浴びていた視線を背中に受けながら、そそくさと騒ぎとなった玄関から離れ、一階を進んでいく。だが、しばらくして、その足がピタリと止まった。


 宝石が、どこに売っているのか分からないのだ。これに気付き、一緒にいるはずのレイセインをきょろきょろと探す。しかし、傍に見当たらない。


「こっちよ……」


 恐らく、そのか細い声は聞こえていないだろう。彼女は結構後ろにいた。玄関に入ったあたりで既に立ち止まって、イージャンが振り向くのを待っていたのだ。


 そして、大きな声は出したくないのもあって、彼が振り向くと、自分の背後にある玄関前の階段を、くいっと親指で差す。それから早く帰って来いと手招きをした。


「…………」


 彼は、その姿を恨みがましく無言で見つめる。


(レイ。そんな事をするくらいなら、さっさと呼び止めて欲しかった……)


 そして、恥ずかしく思いながらも、彼女の元――衆目の前へと戻っていった。それから、その後ろに続き、上の階へと続く螺旋階段を登っていく。これで、ようやく玄関から離れることが出来た。



**********


 

 この四階建ての商館は、一階から三階部分までが売り場となっている。四階は、貴賓階と呼ばれ、ステライのような貴族や要人用に、個室が幾つも設けられていた。


 大抵は、貴族の邸に出向くのだが、この商館にやって来る者もいる。その際、ここで個別に応対し、商談をしていた。


 一階と二階は、首飾りや髪飾りなどの装飾品が売ってある。三階が指輪だ。それをレイセインから聞いたイージャンは、騒ぎになった玄関から一刻も早く遠ざかりたいのもあり、緩やかに曲がった階段を颯爽と駆け登っていった。レイセインがその後を続く。


(宝石が嵌っているのは、指輪だけじゃなくて、他の装飾にもあるけど……。下の階に行くのは、取り敢えず、三階を見てからね。そこで聞いてみればいいし)


 そう算段を付けて、間もなく三階に着いた。


 衛兵が両脇を守る出入り口を抜ければ、そこは広々としている。だが、豪勢だ。そういう印象を与えるよう金色の装飾や調度品が、派手やかになり過ぎない様、品良く置かれている。


 その中でまず最初に目につくのは、部屋の中心にある髪の長い女性の石像。等身大かそれより一回り大きいくらいで、その足の周りには色とりどりの花々が花瓶に生けられている。


 そして、窓の嵌った三面の壁に沿って、細長い陳列台が幾つも並ぶ。その後ろに、接客係が立ち、対応をしている。男性もいれば女性もいた。皆、お客を前にして談笑をしながら、愛想も丁寧に振りまいている。


 お客の方は、やはり男女で一組の客が多い。ただ単純に女性への贈り物として、また結婚指輪の下見や、本当に買いに来ている者もいた。皆、楽しそうに物色しながら売り子の話を聞いている。


「この指輪など如何でしょう? 嵌めこまれているのは、『冒険都市・奈落』から取り寄せました貴重な宝石です。名を、『桃樹晶ももきしょう』と申しまして――」


 そんな様子の中、他の接客係たちと同じように、指輪を勧める一人の男性がいた。目を細めて愛想笑いを浮かべるその男性は、如何にも商人といった風体。


 中肉中背で、白髪が混じりのふくよかな髭が口許を隠して、顎の周りを全て覆ってあった。逆に白髪の毛は短めに切られ、七三に分けて纏められながら、後ろへと綺麗にすき上げてあった。


 彼がこの館の主。宝石商ドアンキ。若い頃から国の内外を歩き渡り、商人として活躍しながら、宝石の目利きの修行も続けた。その甲斐あってか、今や一流の宝石商として、名を馳せるまでに至っている。宝石商で、この男の名を知らぬ者はいないくらいだ。


「衣服には、女性一人一人に、その美しさをより際立てしまうものがございますが――。この指輪も、まさにそれですなあ。お客様に、とても良くお似合いですよ。ほっほっほっ」

「あら、そう?」

「ええ、勿論ですとも。銀色の指輪が、お客様の透き通るような白い肌に、美しく馴染んでいます。そして、この淡い桃色の宝石が――」


 勧められた指輪を嵌めている若い女性は、ドアンキに煽てられ満更でもない顔をしている。その隣には、連れの若い男性がいた。彼は、ある貴族の子息だ。そして、他のお客たちとは違い、さらにその後ろに体格の良い中年の男性が二人いる。彼らは護衛兼付き人だった。


 彼女たちは、装飾品を買いに別の街から来ている。特段、指輪と決めて来たわけではないのだが、ドアンキと談笑していく内に、この指輪に興味が出ていた。しばらくして、女性が隣を振り向く。すると、子息である男性が、笑顔で頷いた。その表情を見て、女性の方も笑顔になり、それから顔を戻す。


「じゃあ、これを頂くわ」

「ありがとうございます」


 上手くいったようだ。ドアンキは深々とお辞儀をする。売れたのは、結婚指輪としてではなかったが、それなりにお高い指輪。小金貨百枚ほどの品だった。


 小金貨は、銀貨と同じくこの国で流通している通貨の一つ。丸い形をしているが、銀貨より一回りほど小さい。しかし、価値はその銀貨の百枚分。王都ならこの小金貨一枚で、大人一人おおよそ十日分ほどの食費は賄える。


 大量な銀貨が、金貨一枚分の価値しかないのは、純粋な銀ではないからだ。亜銀と呼ばれる銀の一種『砂利銀じゃりぎん』が半分くらい入っている。この亜銀は、銀より価値が低い。


「では、あちらにてお会計の方を。私は、指輪を収める小箱をご用意致しますので。君、お客様をお連れして」


 彼らには、中年の女性が案内係として付いていた。少し離れた所に立ち、待機している。ドアンキはその女性に指示を出す。


「畏まりました。お客様、どうぞこちらへ――」


 案内係の女性はお辞儀をして、右手を奥に差し向ける。それから、その方向へと歩きだし、子息たちが後に続く。先に見えるのは、豪勢な印象を与える、高価な円い木製の卓と椅子が数脚。これが一組になって幾つか並んでいる。


 連れの女性をそこへ座らせ、その側に付き人が一人立った。そして、子息は、もう一人の付き人と案内係と共に、その近くにある陳列台へ歩いていく。ここで会計を済ませる。


 陳列台の後ろには、男性二人がいた。彼らが会計係だ。子息は、その前に立って懐に手を突っ込む。出て来たのは鎖の付いた黒い巾着袋。大きさは彼の握り拳二つ分ほど。鎖は懐の内まで繋がっている。これは防犯のため。


 女性の傍に立った護衛にも周囲を警戒されながら、その子息はその巾着袋の中から金貨を取り出す。それは、大人の掌ほどの円い金貨だった。国章である鷲の刻印が表。裏にはこの金貨についての説明文が刻まれている。


 これは、この国で一番高い通貨。『鷲金貨わしきんか』と呼ばれるものだ。使われているのは、金より深みのある色合いで、さらに美しく煌めく『白日金はくじつきん』。産出量も金より少なく、ぎりぎり流通出来る程度。


 そのため、金より貴重で希少性も高い。これを利用し、王国が保証して、一枚で小金貨百枚分と定めて使用されている。その旨も、金貨の裏に刻まれていた。ただ、通貨と定めても、こういう場所でなければ、滅多にお目に掛かれない品物だ。庶民にはまず必要ない。価値が高すぎるため、危険すぎる。一枚盗まれるだけで、大損害だ。


「また、寄らせて頂くわ」

「はい、お待ちしております。ありがとうございました」


 会計はすぐに済んでいた。指輪は、女性の指に填まったまま。その指を嬉しそうに眺めながら、子息の腕に自分の腕を絡ませている。そして、買った指輪を入れる小箱も受け取り、彼らは立ち去っていく。


 ドアンキたちが、それをお辞儀をして見送った。それから、しばらくして彼は顔を上げる。その顔は、とても満ち足りていた。


「ふっ……」


(また一組、儂の手によって幸せを届けてしまったな……)


 宝石商ドアンキ。この道五十年。彼は、自分の仕事を人生の誇りにしていた。天職だと。そして、現場主義者だ。そのため、財を成した今でも、こうやって従業員に混じって接客をしている。


 また、それだけでなく、買い付けにも行く。宝石のためなら、どんなに遠くても自らそこへ赴いていた。初老とは思えない程、生気溢れる人物だ。


「さて……。次のお客様は、と――」


 彼は、そう呟きながら、先程いた陳列台に戻っていった。そこに着くと、館内を見渡す。イージャンたちが、三階の出入り口から現れたのは、丁度その時だった。



**********



(こんな感じになっているのか……)


 イージャンは興味気に辺りを見回した。


(広いな。指輪も沢山あるのが見える。あんなにあるなら、女王の御髪やレアルなんとかも売っているんじゃないか?)


 希望を抱いた彼は、右手で左手を包んだ。


「イージャン……」

「ん?」

「あそこにいる人にでも……。聞いてみよ……?」

「ああ、そうだな。分かった」


 一番近くにいる事もあり、レイセインの言われるまま、ドアンキのところまで歩いていく。そのドアンキは、二人にもう気が付いていた。さっそく、習慣となっている客の品定めを始めている。


「…………」


(ふむ……。やや迷うような足取り、物珍しそうに周りを見渡す視線の動き――。少し浮足立った感じも受ける。場慣れしていない。こういった場所には、あまり来ない人間のようだな)


 イージャンの腰に目が行く。


(だが、帯剣してここに入って来られるということは、身分はしっかりした者。であれば、上級士官以上であることは間違いない。当然、貴族の可能性もあるな。若しくは、その両方か)


 しかし、そうだとしても。見たところ名家という風ではないと、当たりを付けた。連れは女性だけで、付き人が一人もいない。名家なら、護衛を含めて数名はいるはずだ。さらに、こちらが用意しているはずの案内人も、一緒に付いてないからだ。


(まあ、周囲を見渡した際のあの感じ。威張った風でも、他人を見下すような尊大な素振りもない。新人の売り子でも簡単に対応できる。帯剣している分、気は使うが丁寧な応対をすれば、特に問題ない。そういった無難な客だ)


「…………」


(と、普通の商人なら考えることだろう。だがな、儂は違うのだよ。儂はな……)


 ドアンキの商人として培われてきたその一流の目が、くわっと見開かれた。


(ダンティストー・イージャン! 貴様! シビアナ様との結婚を控えた身でありながら! あろう事か、他の女をこの儂の店に連れ込むたあ、良い度胸してんじゃねえか! ああああん!?)


 この館の主にとって、イージャンは不倶戴天の敵だった。宝石商ドアンキ。団員番号1103――。彼は、黒薔薇騎士団の元団員だったのである。王宮の外にも、彼女の信奉者はいるのだ。流石、王国一の美女。


(愛人か!? その女は愛人なんだろうな! ああ、間違いない! はっ! 良い女じゃないか。あんな美女を娶るというのに、それだけでは物足りないというわけだな。ははっ。


 何様だ!? その年で、もうそんな御身分か! こんの、くっそくっそ若造があああああああ! ちょっと顔が良いからって、調子に乗ってんじゃねえぞ、てめえ! ぶっ殺されてえのか!?)


 今にも襲い掛かりそうな激しい怒りを迸らせたが、そこは一流の商人。そんな物騒な事は出来ない。しても返り討ちに遭うだろうし。彼がすることは――。


(密告してやる――。すぐさま密告してやるぞ! そうすれば、団長から陛下のお耳に――! その陛下のお怒りを買って、この国の外まで、ぶっ飛ばされるがいい!) 


 黒薔薇騎士団は解散したとはいえ、それまでの絆は未だ健在。迅速に情報を送れる伝手として、きちんと残っていた。


(そして、あわよくば、死を! この女ったらしに、武神カトゼの橙鎚とうついを!!)


 彼は切にそう願った。騎士団を潰したこの男に、怨念にも似た思いを抱いていたのだ。それが今、仇敵を前に暴走している。レイセインを、ただの友人かもしれないと、考える事さえ出来なかった。


 ちなみに、神と崇めるシビアナに願わないのは、彼の優しさであろう。彼女に、自分の手を汚すような真似を、させるわけにはいかない。そのため、こんな感じの荒事に効き目がありそうな、武術の神に祈りを捧げていた。


「商人殿、少し聞きたい事が――。商人殿?」


 目の前に立ったイージャンが訝しげに尋ねると、ドアンキは、はっと我に返った。すぐに普段通りの愛想笑いを浮かべる。


「ははは。申し訳ございません。少々考え事をしておりまして」


(貴様の抹殺についてな!)


「いや、いいんだ。それで――、ある宝石が嵌った指輪を探しているのだが……」

「ほほう。指輪でございますか」

 

(シビアナ様に買えよ! そっちの女じゃなくてよおおお! やっぱりぶっ殺すぞ!)


 和やかな表情とは裏腹に、そう叫ぶ心内は憤怒の形相であった。


(おのれ! よくもまあ抜け抜けと――! やはりそうか。やはりこの儂の目に狂いはない。間違いなく隣の女は愛人だ。シビアナ様直々にご注文賜った、あの指輪を買いに来たわけではない! 別の指輪を買いに来おったわ!) 


 彼女が取り置きを頼んだのは、この商館だった。そして、その指輪を買いに来たわけでないと分かり、ドアンキの一流の目をさらに狂わせてしまっている。その狂い方も一流であった。


「それで、どういった宝石でしょう?」


(ふん。どうせ、大した指輪は買わん。ちょっとしたものでも買って、この女の機嫌を取るつもりなんだろう。まあ、何を買ったかも報告する。精々良い宝石でも選ぶがいい。だが、安く買えると思うなよ? 通常の倍の値段、いや三倍で買わせてくれるわ!)


 絶対その値以下では売らんと、息巻いた。

 

「ああ。ええっと――」


 イージャンは、レアルカルナシフォンと女王の御髪、どちらを先に尋ねるか少し迷ったが――。取り敢えず、レイセインが知っていた方の名を伝えることにした。


「その――。商人殿」

「はい」

「女王の御髪――は、あるだろうか?」

「…………。は……」


(は――、はああああああ!? 女王じょーおーの御髪だとおおおおお!?)


 その名を聞くや否や、ドアンキの商人として長年培われてきたその一流の目が、飛び出さんばかりに再びくわっと見開かれた。


(そ、そそそその宝石は、この国で最も高価なものだぞ!? 気品に満ちた美しい輝きも然る事ながら、特筆すべきはその特殊なまでの性質。光を当てる事で色と輝きが変わり、その度に違った表情を見せ、惹きつけられてしまう。まるで、移ろいやすい女性の心模様に、翻弄されるかのように!)


 ドアンキは戦いた。


(元より高価なのは、極めて希少過ぎる宝石だからだ。王国一の宝石商と呼ばれるこの儂でさえ、滅多にお目に掛かれない程の代物。そ、そそそれをくれてやるというのか!? シビアナ様ではなく!? この女に!? この女に!?)


 ドアンキは戦いた。それはもう戦いた。


「商人殿?」


 眉間に皺を寄せたイージャンと、レイセインに見つめられていると気付く。ドアンキは、再びはっと我に返った。


「ははは、申し訳ございません」

「いや、いいんだが……」


 この商人は、何かおかしくないか……? と、流石にイージャンもそう思い始めた。その後ろでは、レイセインが油断なくじっと眺めていた。


(覆い隠された強い敵意、殺意、憎悪――。どうしてこの人は、そんなにもイージャンを憎んでいるのかしら? つまり、彼を知っているって事よね?) 


 こうやって、ドアンキの心情を、いとも簡単に看破出来るには訳がある。レイセインには、特殊な能力があった。彼女は、声つまり音を色の着いた模様で見ることが出来る。今のドアンキや、先程のシヴァルイネ達もそうだ。その色と形から、相手の心境をこうやって察していた。


 そして、商人相手にこの力は大きい。これもあって、彼女は自分が役に立つと確信していたのだ。


(うーん……。でも、イージャンはここに来るのは初めてらしいし。別の場所で会ったことでもあるのかしら? あ、近衛騎士だから、とか? 鎧は着てないけど、イージャンってこの騎士隊の副隊長だし、有名人だものね。まあ、だとしても、憎まれる理由までは分からないけど……。


 とにかく、この尋常ならざる怨念――。只事ではないわ。いつでも、対処できるようにしておきましょうか)


 腰に差した剣の柄へ、静かに手を添えた。


「それで、商人殿。女王の御髪は――」


 イージャンが尋ねる。しかし、ドアンキの耳には、あまり届いていなかった。


(この男許せん! シビアナ様ならいざ知らず、どこの誰か素性も知れないこんな女に、女王の御髪などと!)


「…………」


(――ふっ……、ふふふ……。だが、いいだろう。これは好機でもある!)


 何か閃いたようだ。それがばれないよう心内をひた隠し、さらに努めて平静な声で答えた。


「お客様。申し遅れましたが、わたくしは、この館の主ドアンキと申します」

「主……?」

「はい」


 ああ、そうだったのか。と、イージャンは少し驚く。


「…………」


(初めて見るわね。でも、嘘は言ってないか)


 ここに来た事のあるレイセインも、見た事がなかったようだ。それもそのはず、その時彼は、買い付けで東都に出向いていた。


「それで、お客様。その宝石なのですが……。あれは、大変希少なものでございます。そうそう出回るものではありません」

「そうなのか……」

「はい」


 雲行きが怪しい。ドアンキの言い方に、イージャンは不安を覚え始めた。


「どなたかの手にあった物であれば、よくて数年に一度。新しいものは、十数年に一度出回れば良いと言ったところでしょうか」

「そ、そんなに……」

「はい。そして、現在。この王都で出回っている話も聞いておりません」

「そうか……」

「あれは、高価な宝石です。取り扱える店は限られてきますので。出ていれば、必ず私の耳に入ります」

「…………」


(参った……。ここになければ、他の店に行こうと思ったが、そういう事ならどこに行っても無駄じゃないか……)


 イージャンは、愕然として視線を落とした。その後ろで、レイセインが目を細める。


(へえ……。そこまで希少な宝石だったなんてね。知らなかったな。これも嘘じゃないわ。本当の事を言っているみたい。でも――)


 彼女は、ドアンキの言動と声色の差に、違和感を覚えていた。


「ですが、お客様」


 イージャンの沈んだ顔が、ドアンキに向く。


「今のは、この商館以外での話」

「え?」

「お客様は、とても運がよろしゅうございます。実は一つだけ入荷しているのです」

「あ、あるのか!」

「はい。ここには出しておりませんが」


 良かった――! と、彼は一応安堵した。胸を撫で下ろす。そして、レイセインは納得の表情。彼女は、ドアンキの声色から女王の御髪があると分かっていた。


(やっぱりね。ま、商人の常套句だけど。でも、それだけじゃないみたいね……)


「よろしければ、今からすぐに持って参ります。上の階でお待ち頂けますか?」

「上の階……」

「はい。ここでは、人目が多過ぎますので」

「…………」


(確か……。四階は、貴族などが使う貴賓階とかレイが言っていたな。時間は掛かりそうにないが――。レイは、ああいう所あまり好きじゃなかったはず)


「レイ。構わないか?」


 どうかと顔を向ける。


「…………」


(うーん。この商人の事もあるし、あんまり気が進まないけど……。ここ以外にはなさそうだし、仕方がないかな)


 それに、さっき玄関で騒いでた人達も、指輪を買いに来たのなら、そろそろここに上がってくる。自分も、じろじろ見られるのは好きじゃないし、なら貴賓階は有り難い話だった。


(ま、剣はあるから、最悪二人で壁を破壊してでも脱出すればいいわね)


 一応の結論を付けられた彼女は、頷いて肯定した。


「すまん。助かる」

 

 そう言って、前に向き直す。


「では、ドアンキ殿。よろしく頼む」

「ありがとうございます」


 ドアンキは、にこやかなお辞儀をして答える。だが、その伏せた顔は悪意に満ちていた。


(ふっふっふっ……。ダンディストー・イージャン。女王の御髪の名を出した事を、死ぬほど後悔するがいい。貴様に、現実というものを見せつけてやる。そして、自分の甲斐性の無さを惨めに晒し、そこの女に愛想を尽かされるがいいわ! 無論、シビアナ様にもな!)


「それでは、ご案内致しまので、どうぞこちらへ――」


 顔を上げ、商人特有の作り笑顔を二重も三重にも張り付けて、上の階への階段に、手を差し向けた。何やら、謀略を思い付いたドアンキ。そんな事など露知らず、イージャンは彼に付き添われ、四階の貴賓階へと向かっていく。


「…………」


(やれやれ。何事もなければ良いけど……)


 溜息を吐いて、レイセインも二人の後に続いて歩いていった。

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