第12話 誠意の示し方
「あれは、結婚指輪の話だったのか――!」
遂に気が付いたイージャン。記憶の中にある自分やジャムシルド、ステライ、そしてシビアナの言葉に、結婚指輪という言葉がどんどん当て嵌められていく。そして、嵌れば嵌るほど、謎解きのように分かっててくる事実。結果、自分はとんでもない状況に、陥っていると戦慄する。男前のお顔も、良い感じで青褪め血の気が引いていった。
それはそうだろう。故意ではないにせよ、この国の国王とその側近、そして将来のお嫁さんに大嘘をぶっこいているのだ。それも、今さら勘違いでしたでは、済まないくらいの大盤振る舞い。
流石に、王の盾ステライでも無理だ。例え、正直に話しても、そんな子供でも知っている様な事、あの王は信じない。そして、嘘としてバレても、ただで済むはずもなし。どちらに転んでも、起き上がれない。ジャムシルドの豪腕が唸りを上げ、磨り潰される事は必至である。
しかし、それよりも何よりも、今イージャンを押し潰そうとしているものがある。それは、もちろんシビアナだ。結婚指輪を買っていたのが、余程嬉しかった彼女。それは、今までであれば、決して漏らす事のない苦しい心の内も、我慢できずにさらけ出すほど。しかも、感極まって涙し、愛していると夢中で抱きしめるくらい、感激していたのだ。
それがである――。それが、もし嘘だと知れたら、どうなるであろうか。男女の機微なぞ、一切分からない二歳児だったとはいえ、流石にこれが如何に不義理であるかは分かっていた。
落胆させること、それは考えるまでもなく。彼に重圧をかけているのは、別の事。そうなった後、彼女がどういった反応をするのかだ。一体どのような思いを抱くのか。どのような顔をして自分を見るのか。そして――。
胸が苦しい。抉られるような感覚。彼は気付いていないが、こんな思いは初めての事だった。
「イージャン……?」
「…………」
レイセインが、その様子を訝しんで呼び掛けた。しかし、そんな彼女の声は届かない。気にも留めれず、空を見上げる。そして、穏やかに流れていく雄大な雲を見ながら、イージャンは思った。
「…………」
(俺は、殺されるんじゃないか――?)
今までで一番やばい気がしていた。落胆だけでは済まないのは、最早自然の摂理。彼女は必ずその手で、自分に死刑を執行する。そんな気がしてならない。
何故、このような極端な結論に至るのかと問われれば、何となくとしか言いようがないのだが、彼には彼なりの確信みたいなものがあった。
レイセイン程ではないが、シビアナとも付き合いは長い。その性格はそれなりに知っているつもり。ここから得た教訓や経験が、その最悪の結果を導き出させていたのだ。
そして、そんな考えが、いくら振り払おうとしても払い切れない。振り払おうとする己の首を、そうはさせずと両手で鷲掴みにされ、無表情のまま締め付けてくる。
その顔を思い浮かべ、胸が抉られるように苦しい。それは、本当に抉られるかもしれないと思っているのもあるのだろう。
「ねえ……。ホントにどうしたの……?」
「あれは結婚指輪の事だったのか――!」と、いきなり叫んでから様子が急変。そして、今、空を見上げるその姿から、どこか諦めの境地に至っている。瞳から色が消え失せ、虚ろとなっている彼を見ていると、何とも言い表せない底知れぬ不安を抱いた。
「イージャン……?」
だが、その様子は、すぐに変化の兆しを見せる。その目には、意思の籠った光が宿っていた。彼はまだ諦めてはいなかったのだ。
今からでも街に赴き、その宝石が嵌った指輪を手に入れることができれば、何とか出来るかもしれない――。それは、彼が見出した最後の希望。
(だがそれでも、指輪を買っていなかった事実は変わらない。俺の結末は、どのみち同じようになるかもしれないな……)
もし、新しく指輪を買えたら。それを渡すその時に、この誤解の事も、きちんと打ち明けて謝るつもりだ。
そうなれば、あの凄惨な予感は的中するかもしれない。だが、今はこれだけしか思いつかない。これ以上の誠意を示す方法が分からない。なら、やるしかなかった。
「なあ、レイ」
「ん……?」
「レアルなんとかっていう宝石、知っているか?」
まずは、あの宝石について詳しく知りたい。どんな店に売っているのだろうか。結婚指輪の事を教えてくれた彼女なら知っているかもしれないと、向き直り尋ねてみた。
「レアル……?」
(やっと正気に戻って、何を言い出したかと思えば……。どんな指輪を買えばいいのか、考えて固まっていたの? それにしては、様子がおかしかったけど……)
多少疑問に思いはしたが、取り敢えず自分の記憶を探る。
(えーと。レアル……? うーん……)
「ううん、知らない……」
思い当たる事は無かった。ゆっくりと首を横に振る。
「そうか……」
駄目だ。いきなり、躓いてしまった。だが、これは当然だ。彼の言うレアルカルナシフォンという呼び名は、王家が使っているくらいで、一般には光ろうが光るまいが、女王の御髪は女王の御髪なのだ。
「…………」
(うーん。もしかして、有名な宝石じゃないのか? しかし、ステライ様の口振りでは、そんな感じはしなかったんだが……)
彼は、念のため自分の知っている情報を付け加える。
「その宝石は、月の光とか蝋燭の灯で、色が変わるらしいんだ。あと、その色で光り出すらしいんだが……」
「ああ……」
色が変わる。それなら知っていると、今度は頷いた。
「それって……。女王の御髪……、の事じゃない?」
「ああ。それだ」
これを先に言えば良かったなと、話を聞ける事に一先ず胸を撫で下ろした。
「でも……、光り出すって何……?」
「ん? 光らないのか?」
「それは……、ちょっと分からないわ……」
「そうか……」
(どういう事だろう? 名前が違うから、やはり種類も違うのか……? うーん……。いや、それでも女王の御髪であるのは、間違いないだろう。確か、陛下はレアルなんとかと仰ったその後、補足のように付け足しておられたからな。元より、ステライ様がそう仰っていたはずだ)
彼は、ステライがしてくれた説明は、ちゃんと覚えていた。しかし、本当は、その中で最上のものが、光を放つ女王の御髪――レアルカルナシフォンなのだが、彼女はそれを言わず、女王の御髪として説明していた。だから、混乱するのも無理はない。
「…………」
(まあ、光り出すというのは、レイが知らないだけかもしれないな……)
着飾ったりするのに、あまりお金を掛けないと言っていた事を思い出した。掛けるものは、他にある。
だから、結婚指輪の事を知っていても、宝石と言った貴金属の類は、あまり詳しくないかもしれない。そう考え、取り敢えずレアルカルナシフォンのことは後回しにする。
「じゃあ、女王の御髪――だったか。それは知っているのか?」
「それは、知ってる……。有名よ……」
「…………」
(こっちは、そうなんだな)
良く知られているというなら、彼女の嗜好とは関係なく、色々分かるかもしれない。とにかく情報が欲しいのもあり、更に詳しく尋ねることにした。
「それって、どれくらいの価値があるんだ? 値段とか知らないか?」
「うーん……。そこまでは……。でも、相当高いはず……」
「そ、そうか……」
若干尻込む。お高いらしい。ステライの言う通り、やはり希少な宝石だからなんだろう。
「それは何処に売っているんだ?」
気を取り直して尋ねた。
「え……? 宝石商……、かな……?」
「宝石商……」
(なるほど……)
トゥアール王国では、そういった場所で、宝石が売られているのが一般的。なのだが、イージャンは興味がなかったので、初めて知った。その分、深く感銘を受けていた。
「なあ、レイ。それは、どこら辺にあるんだ? ここから近いのだろうか?」
近ければ近いに越した事はない。出来るだけそうあって欲しかった。ともあれ、その場所を聞いたら、急いで向かおうと思った。
今日の予定は、王の謁見があったため、それに合わせてのものとなっている。いつ終わるか分からなかったので、この後の予定は余裕がある。
今行われている訓練の監督に、途中から参加するだけで良かった。これなら、彼の上司、近衛騎士隊の隊長にちょっと用事が出来たからと、外出許可を取れば大丈夫だ。
もし、それが駄目なら、今日の夜勤と交代を、とでも言えばいけるだろう。そうやって算段も付けれたが、
「ねえ……」
「ん?」
質問攻めにされていたレイセインが、その質問を止める。彼が何を知りたいのか分かった。そして、どうやら自分が言った言葉は、届いていなかったらしい。一人で行こうとしている。しかし、彼女からすれば、そんな事をしてもらっては困るし、それに必要もない。
「それって……。別に私に聞かなくても……、いい事……。誘えばいいじゃない……。シビアナを……」
そう、これが一番確実で簡単な方法だ。宝石の事も当然知っているだろうから、一緒に行きさえすれば何ら問題はない。それに、そうして貰わなければ困るのだ。その彼女からの依頼も果たせなくなってしまう。
「いや、それはできない」
「え……? どうして……?」
そんな言葉が出るとは思わず驚いた。意味が分からない。できない理由なんてない。
「…………」
彼は、何も答えなかった。だが、この気まずい顔。その沈黙。これは絶対何かある。
(聞き出しておいた方が良さそうね……)
彼女は、再び剣を手に取った。
「イージャン……」
「…………」
理由を吐けと、眉間に皺を寄せジト目で睨むが、彼は言いあぐねていた。
「イージャン……」
「いや、レイ。これはな……」
(全く……)
彼女は、視線で殺気を飛ばす。
「斬るよ?」
「う……。分かった。言うよ……」
こういう時のレイセインは、本気で剣を抜く。そして、喋るまで許してくれない。再び観念したイージャンは、先程起こったその騒動のあらましを、最初から打ち明け始めた。
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「ねえ……」
「…………」
事情を聞き終えたレイセインは、渋い顔だ。そして、同じく渋い顔をしているイージャンに、呆れ気味に尋ねた。
「どうして、そうなるの……?」
「俺に聞くな……」
彼女は唖然としていた。まさか結婚指輪の事を知らないだけで、そこまでの事態に陥っていたとは。しかしそうも言っていられない。これ以上傷口を広げないよう、まずやるべき事は唯一つ。
「シビアナに、事情を話すべき……」
「そう、だな……」
確かに、彼女の言う通りだ。これは、きちんとシビアナに伝えておいた方が良い。その結果、己に死が待ち受けていようとも。
「…………」
(俺は、それでもいいんだ。別に構わない)
制裁がどの様なものでも、既に覚悟を決めていた。
(だけど、その制裁がある前に――)
顔が苦しそうに歪む。
(あいつは、落胆するんだぞ……)
きっと悲しむ。これも理由は分からないが、そう思えて仕方なかった。そして、先程のあの辛そうな顔を思い出す。
(まただ。俺は、またあいつをあんな目へ遭わせることになるじゃないか? 事情を話すとしたら、それも絶対に避けられないんだ……)
これは、指輪を用意してから謝りたい、もう一つの理由。彼なりの誠意の示し方。制裁の覚悟が完了している今なら、もうこれだけが理由だと言ってもいいだろう。せめて、同じ指輪を用意すれば、その悲しみも和らぐのではと考えての事だった。
そんな苦しそうに押し黙る彼の姿を見て、しょうがないなとレイセインは一つ溜息をつく。
「はあ……。イージャン……」
「ん?」
「今から、時間取れる……?」
「時間?」
「そ……」
その算段をもう付けれていたので、すぐに答えた。
「まあ……。それは多分、取れると思うが――」
「そ……」
頷いて、それから彼女は冗談めかしく笑みを深めた。
「なら、私と一緒に……。宝石商へ行ってみる……?」
「レイ――」
思いがけない提案に、目を見張る。話を聞いた彼女も、どうして一人で買いに行こうとしたか分かってしまった。その気持ちを汲んでの提案だ。
(まあ、ね――。悲しい思いをしないに越した事ないから……。けど、シビアナに謝るのも、早いに越した事はないわ)
それについては、宝石商から帰った後でも、まだ大丈夫だろうと、見通しを立てた。日もまだ高いから今日中に話せる。それに、会談がいつくかあって、夕方まで掛かると言ってもいた。なら、時間はあるはず。
「レイ、本当に良いのか?」
「ん……。でも、その後に……。シビアナに事情を説明して……、ちゃんと謝るのよ……?」
「ああ、それは勿論――。ありがとう、レイ」
申しわけなそうに、そう笑う表情には明るさが見えた。
「ふふ……。気にしない……。それに、イージャン一人じゃ……、不安だしね……」
「うっ……。すまん……」
やっぱりね。くすりと笑う。今の彼なら、謝る前に宝石商へ行く。シビアナを悲しませないために。
これは、見事に的中していた。気まずそうに謝ってきたのがその証拠だ。なら、やはり付いていた方が良いだろう。自分は、貴金属には詳しくないが、それでも役に立つ。これには確信があった。
「じゃあ、俺はちょっと庁舎へ行ってくる。外に出るって言っとかないと」
「ん……。私も行く……」
「来るのか?」
「念の為ね……」
結婚指輪を買いに行くなんて、言うわけにもいかない。だが、イージャンは、生真面目だから上手く誤魔化せない可能性がある。そうなったら最悪。シビアナが知る前に、指輪の事が他の人間にバレてしまう。その他の人間が、彼女に指輪の事を喋ってしまったら、目も当てられない。
しかも、それを真っ先に知る相手は、近衛騎士隊。その中でも隊長となるだろう。あの隊長は、シビアナとも近しいと聞いている。なら、護衛がてら、会談の合間にでも話題くらいにはするかもしれない。
イージャン本人から聞くのと、他の者から聞くのでは、印象が違いすぎる。誤解が誤解を生み、取り返しのつかない事態に発展することだってあるのだ。これは頂けない。
また、直接伝えなくとも、誰かに喋れば噂にはなる。こういった手合いは、すぐに広まるだろう。その人気もあり、瞬く間であるはず。しかも、彼女のあの情報収集能力は凄まじい。すぐに耳に入る事になる。
宝石商に行こうと誘った以上、この秘密を守る責任は自分にもある。なら、一人にしたらダメ。そう懸念した彼女は、庁舎まで一緒に付いていく事にする。
「じゃあ、行くか」
「ん……」
長椅子から立ち上がった二人は、連れ立って近衛騎士隊の庁舎へ向かい足早に歩き始めたのだが。何故だか彼が一旦足を止める。
「ん……? どうしたの……?」
「…………。あー。その、レイ……」
「何……?」
振り向くと、また申し訳なさそうにして、黒髪を掻いた。
「すまない……。ちょっと走っても良いか?」
「…………」
それを聞いて、苦笑い。
「ふふ……。構わないわよ……」
「あ、ありがとう」
気恥ずかしそうに言葉を濁す。そして、了解を得て心置きなく走り始める。その後にレイセインが続いて行った。




