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~伴奏 イージャンの指輪物語~  作者: 粟生木 志伸
第一章 受難の始まり
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第11話 今是昨非

(猛省――、だな……)


 イージャンは、誰も通らない廊下を歩いていた。恐らく、あれで話は終わりだったのだろう。しかし、あの後、一人ぽつんと残されたまま、しばらくその場で待っていた。帰っても良いのだろうとは思ったが、しかし下がって良いとも言われてないし、すぐに戻ってくるかもしれない。結局、判断がつかなかったからだ。


 すると、ジャムシルド達と一緒に向かったはずのフーケイナが現れて、戻っても大丈夫だと苦笑いをしながら伝えてきた。ステライからの伝言だ。あのままだと、彼はずっと一人で待つことになるのを、ころっと忘れていたらしい。


 そして、「もし何かあれば、また呼ばれるでしょう」と一応念を押され、執務室を後にした。今は、近衛騎士隊の副隊長室へ、つまり自分の執務室へと向かう途中である。


 その間、彼はずっと顔を伏せ廊下に使われている石畳を眺めていた。ずっと黙りこくり悔やんでいる。


 事態について行けず、そして一人取り残され呆然と立ち尽くしていたが、それもすぐに治まり平静を取り戻す。そうなると、一人歩くこの静かな今の状況は、先程の件を落ち着いて考える場へと変わる。そこで、真っ先に浮かんできたのが、シビアナの泣き顔だった。


「一人だけで式を挙げる……」


 彼女が泣いた理由。あんなになった顔は、今まで見た事がない。初めて見た。そして、涙でくしゃくしゃになりながら訴えていたその言葉。あの表情が、繰り返し目の奥に甦り、胸を締め付けてくる。突き刺さっていく。


 一人だけとはどういう意味なのか。彼はその答えに辿り着いていた。自分は彼女を不安にさせていた。任せっきりにしていたのが、悪かったのだ。彼女の言う通り、確かに家の購入に関する事以外、何もしていない。それだけで良いと思っていた。それなのに、二人で頑張っているだのとステライ様に言ってしまうなんて――。その後悔が、足を止めさせる。


「…………」


 情けない。と、自分を殴りたくなった。婚約指輪をもらって浮かれてもいた。その事に気を取られ、シビアナがどれだけ辛い思いをしていたか、気付かずにいた。しかし、だからと言って、結局何をすればいいのか。それが思いつかない。悔しかった。


 じっと廊下を見続ける。不甲斐ない分、拳にも力が入った。だが、自分の無力さを思い知り、それを受け入れることが出来た。すると、そのせいか答えを思い付ける。


「だったら……」


 顔を上げた。


(だったら、自分に何かできる事はないか、シビアナへ聞こう。うん。そうだな。そうやって聞きながら、できる事を一つずつやっていこう)


 心にしっかりと誓った。


「あと、ちゃんと謝らないとな……」


 先の騒ぎのせいで、その機を失ってしまっていた。しかし、それはすぐにそうしなかった自分が悪い。それに、泣かしてしまった事実は変わらない。辛い思いをさせたことは取り消せない。だから、せめて謝らなければ。


「…………」


(それで、幾分かでも気持ちが和らぐといいが……)


 そう不安に思いながら再び歩き始めた。


「しかし……」


 執務室の出来事を改めて顧みる。シビアナが来てから、怒涛の如く事が進んだ。自分は話に全くついていけず、成り行きを見守るくらいだった。


 その簡単な認識としては、こうだ。シビアナがやって来た。ステライ様が何故か謝ってきた。シビアナが泣き出した。そして――。


「あ、愛してる……って、言われたな……。たくさん……」


 しかも、抱きしめられた。その時、鎧越しでも感じた、あの柔らかい温もりとあの香り。そして――。隣にいるくらいでは、決して感じる事がなかった。どう表現すれば分からなかったが、それを思い出すと、頭がボーとする。いかんいかんと、その鈍りを振り払う様に、激しく頭を振った。


(いや、それよりもだ)


 彼には、気になる事があった。シビアナが、おかしくなった原因と目されるもの。それは、ステライの言動にある。


「一緒に買いに行った」これは何とも思わなかった。シビアナに聞いていた事だ。自分たちのは手作りであるが、中には一緒に買いに行く者達もいるのだという。それを覚えていた。


 問題はここから。それは「内緒にしていた」、だ。これがよく分からない。しかも、ステライは自分にだけでなくシビアナにも謝ってきた。一体どうして? そして、もう一つ意味不明だったのが――。


「欲しい指輪……」


 その言葉を、ぽつりと呟く。


「そう、指輪だ……」


(これだな。そして、あいつは、この指輪という言葉で、一気に挙動がおかしくなった――、はず。うーん。どうしてだったのだろう?)


 傾げた首をさらに捩じる。


(一緒に買いに行ったかと尋ねておられたが……。もしかして、本当は指輪を買いに行くのが普通なのだろうか? それを無理して作ってくれた? 自分の欲しい指輪があったのに?)


 彼の推論は、どうしてもこの様になる。それは当然、結婚指輪の存在が婚約指輪と一緒になっている。シビアナから聞いた婚約指輪の話が、全てだからだ。そこから、指輪とは婚約する際に、女性が男性に贈るもの。そして、お互いが同じような指輪を嵌める。婚約と結婚に関わらず、その関連の指輪はそういうもの。こう思っている。


 ステライは、結婚指輪と言ったが、それも気に留めることはない。言い方が違うだけ。単純に、婚約指輪の事だと思っていた。しかし、そうなるとしても、内緒にというのが、未だによく分からない。


(何故、そう仰られたんだ? 一緒に買いに行くにせよ、手作りにせよ、俺から内緒にすることはできないはず……。指輪を贈るのはあいつだ。こっちにその指輪をもらう方。内緒にするものがないだろう)


 しかも、ステライはシビアナにどんな指輪か知りたいか、と尋ねていた。いや、知らない筈がない。作ったのは彼女自身だ。例え、買った物だとしても、それを買うのは彼女だ。


「あとは、あれだな……」


 レアルカルナシフォン――。ジャムシルドが言ったもの。これも意味不明だった。


(何なんだ? あのレアルなんとかっていうのは? シビアナはそれを聞いて、微動だにしなくなった。相当な衝撃を受けた様に見えたが……。うーん……。駄目だ。まるで意味が分からん。頭が痛くなってきたぞ……)


 知っている事が、シビアナからの説明の他にない以上、ここまで。彼では、答えに辿り着けない。

 

「イージャン……。イージャン……」

「うお!?」


 廊下の先から女性の小さな声がする。見れば廊下の柱の影から、手招きする姿があった。自分の間合いの外と言うのもあるが、考え込んでいるのに、いきなりそんなのが見えたもんだから、虚を突かれ驚く。しかし、その正体はすぐに分かり、胸を撫で下ろした。


「ああ、なんだ……。レイか……」

「お久……」


 そこにいたのは、イージャンの友人でもあるレイセインだ。彼女は、随分前からここにいる。それは彼女の立てた計画による。その閃いた作戦――それは、張り込みだった。


 シビアナと別れ、近衛騎士隊の庁舎を訪れた彼女は、イージャンの予定を隊長から聞くことに成功。直に王の執務室から戻ってくると考え、庁舎手前のこの場所でじっと待っていた。


 ここなら近くに広場がある。偶然を装い、久しぶりに会ったのだから、そこで話でも――、という塩梅に持ち込む腹積もりだった。だけど、彼女がそう考えていても、ここ以外を通り、庁舎に戻る可能性だってある。道は他にもあるのだ。


 しかし、その時はその時。別の作戦に変更するだけ。深くは考えていなかった。ただ、その作戦も、全く考えていないのだが。物事を即断する彼女ではあるけれど、こんな感じで結構呑気なところもあるのである。


「こんな所で会うなんて……。奇遇ね……」


 穴だらけの作戦第一段階を達成し、第二段階へとその作戦を移行していく。


「奇遇って、レイ……。そこで何をしてたんだ?」

「それは、秘密……」

「…………」


(秘密……。変わらないな。相変わらず物静かで、からかう様な物言いをする……)


 しかし、思えばその通り、本当に久しぶりに会った。少し懐かしさも感じる。そんなことを考えていると、彼女が、ぽふっと開手を打った。妙にゆっくりなのが、芝居掛かっている。


「そうだ……、イージャン……。ちょっと、時間ある……?」

「時間?」

「そ……。久しぶりの再会……。話をするべき……」


 もちろん話とは、シビアナに頼まれたもの。結婚指輪の講義だ。そして、作戦の成功条件でもあるその目的は、一緒に買いに行こうと、彼から誘うように約束させる事である。


 しかし、そもそも彼が時間を取れなければ、この第二段階は詰む。計画はやはり破綻である。ただ、これに関しては、大丈夫だろうと判断できる理由があった。


「…………」


 果たして、この彼女の提案に、イージャンは思案気に口許を揉む。


(そう――、だな……。この後の仕事は、詰まっているわけではないし、少しなら――。シビアナだけでなく、レイにも色々聞いてみよう。自分のできる事が、何か分かるかもしれない)


 そう。今なら仕事は忙しくない。彼女はこれを聞いていたのである。


「ああ。分かった」

「ん……」


 内心にやり。見事、計画は第二段階を突破した。


「それとレイ。俺も聞いてみたいことがあるんだ。ちょっと相談に乗ってくれないか?」

「ん……? そうなの……?」

「ああ」

「…………」


(相談ねえ……)


 まあ、ついでに聞けばいっかと、レイセインは頷いた。


「分かった……。私で良ければ……」

「すまない。助かる」


(これで、さっきの指輪についても、分かるといいんだが……)


 彼は、ここで初めてシビアナ以外から、結婚についての情報を得ようと自ら行動に移した。



**********



 二人は場所を移し、ここはレイセインが所望した、王宮内にある石畳の広場。花壇といった緑も多く庭園と言ってもいい。王宮で働く者達の憩いの場だ。今もそのためなのか、歩いたり、長椅子に腰を下ろして談笑している者達が、ちらほらいる。二人が並んで座ろうとしているのも、その内の一つだ。


 広場の真ん中には、蓮が浮かぶ大きな楕円の池。そこを、紅白の斑模様になった鯉が、列を作ってゆったりと泳いでいた。長椅子は、この池を中心に至る所に置かれている。


 レイセインは、長椅子に座ると携えていた剣を隣に立て掛け、早速イージャンに話しかけた。


「調子は……、どう……?」

「ん? ぼちぼち――、だな」


 そう言いながら、隣に腰を掛ける。


「そう……」


(さて、結婚指輪の話へと、自然に話を持っていかないと……)


 彼女は、事前に考えていた前振りを思い出す。


(うーん。大体、結婚関連の話をしていれば、持って行けると思うんだけど……)


 取り敢えず、その方向で話を振った。


「結婚の方は……、どう……?」

「結婚か……」


 そう言われると、嫌でもさっきのやり取りが目に浮かぶ。彼は、少し顔が渋くなった。ただ、彼女なら別に言っても構わないことがある。とりあえず、それを最初に伝えることにした。


「日取りが、正式に決まった……」

「そう……! おめでとう……!」

「あ、ああ……」


 彼は、気恥ずかしさを隠すように、目を逸らし鼻をかいた。これは、レイセインにとっても嬉しい知らせだ。自然と表情が綻んでいる。そして、同時に少し呆れもした。


(やれやれ、ようやく決まったのね。もっと早くて良いのに)


 彼女からしても、遅過ぎだと感じていたのだ。


(シビアナは、あんな様子だったし、教えてくれなかった。と言う事は、決まったのはホント今の今ってところかしらね。でも、良かった。その日が楽しみ……)


「いつ……?」

「来月の十八日だ」

「分かった……。覚えておく……」


(よし。早めに言って、休暇願いを取りましょう。でも、これは当日に言っても通りそうね。ふふっ)


 王女の筆頭侍従官のシビアナと、近衛騎士隊副隊長イージャンの結婚式だ。どんなに遅くなろうとも、嫌とは誰も言えない。


 ちなみに、今日の彼女も非番。シビアナに相談があると言われ、今日が休日であった軍にいる友人に、無理矢理代わってもらっていた。


「ん……?」


 レイセインは、イージャンの様子がおかしいと気づいた。照れていたのに、今は考え込むように黙り込んでいる。こういう時は、何か言いにくい事を、話すべきか迷っている。寡黙な彼のその沈黙には、違いがあるのだ。それを、付き合いが長いのもあって分かっていた。


「どうしたの……?」

「い、いや……」


 そして、こうやって一々躊躇う事も。


「…………」


(しょうがない……)


 レイセインは、隣に置いていた長剣の鞘を、手に持った。それから、中に納まっている剣身を残すようにして、素早くその鞘を少しだけ引き抜く。そして、引き抜いた鞘の口金を、剣の鍔を弾くようにして一気に戻し、ぶつけた。


「キンッ!」


 金属を打ちつけた音を鳴る。すると、剣身が勢いよく飛び出す。彼女は、素早く柄を手に持つ。自身の力も合わせ一瞬で抜剣した。勢いは殺さない。手首を回転させると、両刃の切っ先をイージャンの喉元へ向ける。


「イージャン……」


 隠している事を話すよう、目を鋭くして睨む。


「わ、分かった。言うよ……」


 彼女の凄みに、彼はすぐさま観念した。しかし、脅しに屈しつつも、一応切っ先がこれ以上近づかないよう、彼女が持つ剣の鍔を押えている。流石、近衛騎士隊の副隊長だ。


 レイセインは、音もなく剣を鞘に戻して、再び脇に置いた。周囲の雰囲気は変わらない。他の者は、特段気にした様子もなく、談笑を続けたりしている。のんびりしたものだ。イージャンは、一度溜息をつくと事情を話し始める。


「実は、シビアナを泣かせてな……」

「ええ!? シビアナを!?」


 久しぶりに大きな声を出して驚いた。これには、周囲の目が向く。それを感じて、彼女は声を潜めた。


「本当に……?」

「ああ」


 信じられないと、彼の言葉を疑うが、どうやら間違いないらしい。しかし、俄には信じきれない。未だ半信半疑だ。シビアナの事を良く知る彼女にとっては、衝撃が大き過ぎた。


「俺の責任だ。結婚の準備を、任せっきりにしていたのが悪かった。あいつは、不安だったんだよ……。それを、一人で抱え込んでいたみたいなんだ……」

「…………」


 レイセインは、さっきのシビアナの様子を思い出していた。確かに疲れていた。その疲労が見て取れた。


(でも、体だけでなく、心もそこまで弱っていたなんて……)


「一人で結婚式を挙げるみたいだと言われてな……」

「イージャン……」


 それを聞いたレイセインの表情は険しくなる。非難の目を彼に向けた。


「すまん。弁明の余地はない……」


 深々と頭を下げる。


「で……?」


 反省は分かった。しかし、本当にそう思ったのなら、今後の行動で償うのが筋だ。彼女は、それをどうするのか聞いた。


「これからは、あいつに出来る事はないか聞くことにする」

「うん……。そうして……」

「ああ」

「…………」


(こういう潔い所は変わらないな……)


 レイセインにとって、とても彼らしいと思えるところだ。それがもう一つ。


(そう言えば、眉間にずっと皺が寄ってるのも、相変わらずか。ホント、疲れないのかしらね。ふふ――)


 眉間の皺は、もう随分と前から寄りっぱなし。そんな事を懐かしく思い、人となりもちゃんと思い出しくる。だからか、今言った事は必ず実行に移すと、その言い分にも、ちゃんと納得した。


 しかし、残念ながら結婚式までの手筈は、既にシビアナの手によって整っている。彼の出来る事はもうなかった。


 恐らく一つだけ残して。


(それにしても――)


 彼女は、シビアナの変わり様に驚いていた。泣く姿なぞ到底想像できない。冷静沈着。泰然自若。これがシビアナそのものだと思っていた。


(まあ、それだけじゃなくて、他にもあるのよね。例えば、物事を異様に後ろ向きで考えたり、ものすごく嫉妬深かったりするから……。って、これはイージャンが関わってればの話だけど)


 レイセインは、シビアナが彼と接する事で、随分と面白くなっていると思っていた。怖さもあったが。


 それはそれとして。自分の知っている彼女は、どんなに疲れていても一人で淡々と卒なくこなす。結婚の準備だって同じことだ。それが、不安で泣き出すなんて――。


(面白いのは良いんだけど、何だかそれがどんどん酷くなっていない? うーん……。ちょっと危ういかも? 心配になってきたわね……)


「イージャン……」

「うん?」

「明日、飲むから……。こっちでも、愚痴を聞いとくね……」


(あと、少し探りも入れてみようかしら……)


「悪い。助かる」

「ん……。その代わり……。泣かした分、良い結婚指輪を……、買ってあげること……。いいわね……?」


 気付けば、自然と指輪の話に持って行けていた。


「ああ、分かっ――」


 素直に従おうとしたが、それがお詫びの贈り物ではないことと分かり、言葉が止まる。


「指輪を――、買う?」

「そう……」

「それって……。結婚の指輪をか?」

「そう……」


(いや、その指輪はもうあるんだがな……。ううん? 待てよ――。今、俺が買えと言ったか? どう言う事だ?)


 丁度良い。自分が疑問に思っていた分も含めて尋ねてみた。


「なあ、レイ。その指輪は、俺が買ったりしても良い物なのか? それと、幾つ買っても――、持ってても良いものなのか?」

「…………」


(やっぱり、何も知らないようね)


「そうじゃない……」


 彼女は、首をゆっくり振ると、左手の指を二本立てる。


「婚約指輪と結婚指輪……。指輪は……、二種類あるの……」

「え?」


(婚約指輪と結婚指輪――?)


 急に言われたのもあるし、知識が足りてないのもある。その違いが今一良く分からない。


「男女が持っている指輪は、それぞれ呼び名が異なるのか?」


 例えば、新郎の方が婚約指輪で、新婦の方が結婚指輪とか。と、首を傾げた。


「…………」


 そこからか、と本当に何も知らない彼に、レイセインは唖然とするが――、気を取り直して再び首を振る。


「そうじゃない……。指輪は……、二つではなく……。二種類あるの……」

「え?」

「だから、二種類……」

「男女で二つだろう?」

「………………」


 この男だけは――! 埒が明かないと、レイセインは少しキレた。そして、これではダメだと、説明の仕方を変える。


「ええと……。ほら……。シビアナから……、婚約指輪貰ったでしょ……?」

「貰ったな」

「新郎の……、イージャンの分が一つ……。そして。新婦の……、シビアナの分が一つ……」


 こくこくとイージャンは頷く。


「それは、二つとも婚約用の指輪なの……」

「婚約用……」

「そ……」


 今度は良い感じだと説明を続ける。


「で、それとは別に……。もう一種類あるのよ……。式に必要になるの……。それが結婚指輪……」

「――ああ!」


 これで、ようやく意味を理解した。少し笑う。


「ふふ、すまない。なるほど。そうなんだな」

「ん……」

「…………」


(そうか、結婚指輪というものが、また別にあるんだな……。それを買いに行けと)


 もう一種類あるなんて思いもしなかったが、知れて良かったと彼女に感謝した。


「…………」


 ふと、空へと視線を移す。のんびりと雲が漂っていた。その中に、偶然にも指輪の形に似た穴の開いたものがあった。それを見つめる。


 なるほど。まだ他に指輪は必要だったのだ。それは、婚約指輪ではなく結婚指輪。しかも、それは結婚式に使うらしい。それなのに、買ってなかったら大事だ。


(ううん――?)


 そして、それはシビアナではなく、どうやら今度は新郎である自分が、用意する指輪であるらしい。だから、レイセインは買ってあげろと言ったわけだ。


(俺が……。買う……?)


 そう――。結婚指輪は、新郎である自分が買って。


 新郎である自分が、式までに用意しなければならない。


 そういう指輪なのである。


「なああああっ!!? な、何だって――!!?」


 全身で衝撃を受けた彼は、飛び上がるとそのまま立ち尽くした。それはそうだ。思っていた事が、実は全くの出鱈目。驚天動地の真事実であった。しかも、そうなると、先程ステライたちが話していたその意味は――。


「レ、レイ! それは本当か!?」

「本当……」

「婚約指輪と、どう違うんだ!?」

「ちょっと……、落ち着いて……」

「そんな事はどうでも良い!」


 周囲の目が再び不審げに向いていたが、そんなの気にもならない。必死の形相になって説明を求める。


「もう……」


 自分は恥ずかしかったが、仕方がない。さっさと話して、落ち着かせた方が早いと判断した。


「えっと……。その違いを……、簡単に言うと……」

「あ、ああ!」

「まず、婚約指輪は……。新婦が二つ……。大体、手作りで……、用意するわね……」


 これはシビアナからも聞いていた事。知っていると頷く。


「だけど――」


 レイセインの言葉に、緊張が高まる。イージャンはごくりと喉を鳴らした。


「結婚指輪は――。新郎が……、めっちゃお金を使って、一つだけ用意する……。手作りは駄目……。これしかない……」

「しっ!!?」

 

(新郎が!? しかも、手作りではなく、買いに行かなければならないだって!!? そんな……。そんな馬鹿な――!!)


「でも、良い……? イージャンは指輪の良し悪しなんて……、分からないんだから……。必ず、絶対に……。シビアナと一緒に……、買いに行くのよ……?」


(よし。これで作戦も成功ね。シビアナとの約束は果たせたわ。――って、あれ?) 


 計画は見事全て完遂。しかし、見れば彼は話を聞いていないようだ。レイセインには、明後日の方向を見て放心しているように見えた。訝しんで、その様子に眉をひそめる。


「イージャン……?」


 その声も届いていない。彼は、ある答えに辿り着き、固まっていた。


「…………」


(なんて事だ……。そうか。やっと分かったぞ。ステライ様の言っていた意味! その全て! あれは、婚約指輪の話なんかじゃない!)


「あれは、結婚指輪の話だったのか――!」


 イージャンは、ようやく全てに合点がいった。

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