Chapter1.7
ここでChapter1は半分くらいです
目が覚めると、目の前には親友の顔が、有希の顔があった。年齢よりも少し幼げに見えるその表情は朱里にとってとても愛しいものであり、守りたいものでもあった。
彼女の顔を見るだけで朱里は今日も一日頑張っていこうと思える。朱里にとって、有希という存在は朱里という存在を確立するのに必要な物。必要な人物だ。そんな彼女が自分の手が届く場所に居て、一緒に寝てくれている。それが何よりも嬉しかった。
昨日は大変だった。ズヴェーリに襲われて、有希と一緒に戦って、有希と変な場所に連れていかれて、有希が一人で戦って、そしたら有希が殺し合いに無理矢理参加させられて。だけど、何とか生き残って、帰ってきて。それからは二人で一緒にお風呂に入ってそのまま寝てしまった。だけど、一緒に寝たことが、一緒に生きているという実感にもなって嬉しかった。
朱里はかなり名残惜しく思う物の起き上がって時計を見た。時刻は朝の八時。平日のこんな時間に起きれば二人して大慌てしてしまうが、今日は十時に彩芽が迎えに来る。なので、学校は休み。ゆっくりとこのまま寝ていたい所だが、そうも言ってはいられない。有希から離れてベッドから降りて伸びを一つ。目を擦って眠気を少し払った所で着替え、朱里専用のエプロンを着けて朝食を作り始める。今日は昨日の疲れも取れていないため、かなり適当に、昨日の内に焚いておいた米と味噌汁、そして目玉焼きだ。
油の上で音を鳴らしながら焼けていく卵。いい音が鳴り響き、たまにしか使う事がないインスタントの味噌汁を取り出して器に中身を準備しておいて放置。目玉焼きが完成したところで味噌汁を完成させて米を茶碗に盛って目玉焼きを皿に乗せて机に運ぶ。
カウンターからテーブルに移動したところで、有希が丁度起きてきた。欠伸をして目を擦りながら、着替えるのも忘れて歩いてきた。
「おはよ、有希」
「おはよー……」
朱里よりも遥かに疲れていたであろう有希は、同じ時間に就寝した朱里よりも遥かに眠そうだ。その証拠にか、有希は何時も持ってくることがない枕を抱えていた。
寝ぼけているというか、習慣で無理矢理起きたという感じが今の有希の大半を占めていた。朱里はそんな有希を笑いながら椅子に座らせて枕を回収してベッドに戻してきてから、船を漕いでいる有希の肩を一回叩いてから有希の対面の椅子に座る。しかし、有希はやはり、かなり眠そうだ。
「有希、ごはん食べたらもう一回寝ようか」
「うん……」
やはり、かなり眠いのだろう。有希は朱里が声をかけても上の空のまま。朱里はそんな有希を笑いながらいただきます。と言って朝食を食べ始めた。有希もそれに釣られて朝食を食べ始めた。しかし、やはり会話は無く無言のまま。船を漕ぎながら朝食を食べている。
これはまた彼女が朝食後の眠りから覚めたらごはん頂戴というパターンだろう。そんな船を漕ぐ有希を笑いながら食べる朝食は少しも寂しくは感じなくて、愛おしく感じた。
開いた窓から鳥のさえずりが聞こえてくる。今日はその鳥の声を聞きながら、会話することなく朝食を食べよう。朱里は有希よりも少し早く朝食を食べ終え、有希が食べ終えた所で有希をベッドに案内して寝かせてから朱里は一人、流しで皿洗いをした後にコーヒーを甘めに淹れ、本棚から本を取り出すと、コーヒーを飲みながら椅子に座って読み始めた。
元々は文学少女の朱里の趣味は読書。こうやって一人の時はよく読書をしている。が、最近は余り本を読めていない。今読んでいる物も、一年近く前に買って積んであった本だ。やはり、有希と居る時はずっと色んなことを話しているため、本はこういった暇な時間でしか読めない。
何時の間にかコーヒーを飲み終えて本のページを捲っていると、インターホンが鳴った。誰かな?そう思うい、本に栞を挟んでマグカップを流しに置いてから玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは彩芽だった。
「あ、あれ?服部さん?」
「おはよう、錦ちゃん。準備は出来ているかしら?」
「じゅ、準備って……あっ!!」
朱里が改めてスマホで時間を確認すると、時間は十時ピッタリ。何時の間にか約束の時間になってしまっていたようだ。彩芽は特に気にした様子もなく、表の車で待っているわね、と言うとドアから離れてそのまま下の階に行ってしまった。
すぐに朱里はドアを閉めて有希の寝る寝室に飛び込んだ。
「有希!もう時間だよ!」
「うぅん……なぁに?」
「時間!今十時!!」
「十時……十時!!?」
時間を聞いて有希が飛び起きた。いけない、約束の時間に送れた、有希が何で起こしてくれなかったのと言いながら着替え、それに朱里も色々と準備しながらごめんねと言っている。
ぎゃーぎゃーと二人しかいないのに姦しい状態になりながらも何とか十分以内に髪の毛も梳いて寝癖を直して顔も洗って服も着替えて。そして二人で慌てながらも部屋を出て、急いで階段から降りて彩芽の乗っている車の元まで走った。あ、早かったのねと缶コーヒーを飲みながら待っていた彩芽は、一気にコーヒーを飲みほしてさぁ、乗ってと言った。有希はふと、あの缶コーヒー、ここら辺の自販機に売ってたかなと疑問に思ったが、すぐに朱里と一緒に乗り込んだ。
そして、車が動いて学校へ向けて走り出す。暫しの無言で車は動き、徒歩の距離を車は数分で移動し、再びあのエレベーターから地下へと降りていく。しかし、その中で有希ははしゃかず、かなりガチガチになっている。
彼女の中の心は、きっとここの地下にいるであろう咲耶に対しての恐怖心で満ちていた。当然だ。昨日、殺されかけたばかりなのだから。しかし、有希の恐怖心など知らずにエレベーターは降りていき、そして止まる。
彩芽が降り、それに引き続いて有希達も降りると、少し遠くからバイクの音が聞こえてきた。何でこんな所にバイクが?そう思い、音のした方を見れば、有希達と同じ学校の制服と、その上から長袖のコートを羽織った女性が、いや、咲耶がバイクに乗って迫ってきていた。
轢き殺される!!?体が思わず硬直した時、それとほぼ同時にバイクは緩やかとブレーキがかけられ、有希から数歩前でバイクが止まった。そして、バイクから降りてヘルメットを外した咲耶の目は、昨日のような殺意に塗れたギラギラとした目ではなく、何か、守るべき対象を見る様な、優しい目だった。思わずポカンとする有希と朱里。彩芽までその変わりようにポカンとしている。
バイクのハンドルにヘルメットをかけた咲耶は有希の前まで行くと、いきなり頭を下げた。その様子に有希は再び放心した。
「昨日はごめんなさい。東雲さん、貴女は助けられただけなのに、私は一時の激情に駆られてあんな事をしてしまったわ」
昨日とは百八十度も違う言葉に有希も朱里も彩芽も開いた口が塞がらない。
しかし、何故だろうか。咲耶からは何処か歪な感情を感じてしまう。その理由が分からず、三人は口が開いたまま、何もすることが出来なかった。
「東雲さん。貴女は遥が命を張って守った物の結晶……だから、貴女は私が守るわ。遥の守った物は、絶対に壊させやしないわ」
その言葉に有希と朱里はまだ開いた口が塞がらない。朱里の口が塞がらない理由は、ただ単に有希を殺しにかかってきた人の台詞とは思えなかったからだ。しかし、有希は違った。
彼女からは何か普通の人からは感じられない変な物を感じた。長年見世物を見る様な目で見られてきた有希だからこそ分かる。彼女の瞳から感じ取れる物は、狂気を孕んだような何かだと。確信はないが、そう感じた。
「咲耶ちゃん……あなた、やっぱり遥ちゃんの事が……」
彩芽はそれに気が付いているのか、咲耶に声をかけたが、咲耶は彼女の言葉を冴えぎた。
「遥は私の全てでもありました……だから、遥の守った物は私が引き継いで守ります。それが、この剣のある意味です」
その言葉で彩芽の中の推測は確信に変わった。しかし、彼女には咲耶をどうこう言う事は出来なかった。彼女を正気に戻せる言葉が見つからなかったからだ。
もし遥の名前を出したとしても、彼女は止まらない。偶像の遥の言葉を信じ切ってしまっているから。或いは激昂して何をしでかすか分からない。
「咲耶ちゃん……死者に思いを馳せ過ぎたら、死に呑まれるわよ。私はあなたのような人を何度も見てきたわ」
「別にいいです。死んだら遥に会えますから」
咲耶の言葉の節々から感じられた狂気を有希は察していた。しかし、何もいう事が出来なかった。
「……咲耶ちゃんはそんなに悪い子じゃないのよ。ちょっと……あの、コミュ二ケーションが致命的なだけで」
「そ、そうなんですか……あと、遥さんって、一体……」
咲耶の言葉の端々から出てきた咲耶という名前。それが気になり、有希は遥という人物について聞こうとしたが、それを彩芽は遮った。
「それに関しても、あっちで聞いてくれたら話すわ。着いてきて」
有希は少し納得は出来なかったが、それでも纏めて話してくれるのなら、と彩芽の言葉に従って先を歩いていく彩芽の後を歩いていく。昨日と同じような道を歩いて、道中ですれ違った職員の人と挨拶しながら歩くこと数分。有希と朱里はとある部屋の前についた。
咲耶が情緒不安定過ぎて自分でも笑ってしまう今日この頃