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Chapter1.12

おや?咲耶の様子が……

「今からお昼かしら?」

「は、はい。さっきまで朱里のお見舞いに行っていたので」


 笑顔を浮かべた咲耶は有希の言葉を聞くと、苦笑いを浮かべた。あの光景は同じ女としては思う所があったのだろう。


「そ、そう……屋上に行くんなら、風が強いから気を付けるのよ」

「そ、そうします……」


 咲耶の笑顔。それは、何かが不気味だった。まるで、宝物か何かに話しかけているような……人間に向けているような笑みではない物を、咲耶は浮かべていた。

 そして、さらに苦手とするのは、咲耶の何処か不自然な親切だった。

 咲耶はよく有希の訓練を見に来てくれている。そして、懇切丁寧に体の動かし方等を教わっているのだが、有希が教わるのは攻撃のための動き方ではなく、守るための動き方。避けるための動き方。有希が戦う時の動き方を教えてほしいといっても、咲耶はそれを適当な言葉で流して聞いてはくれない。

 明らかに普通ではない。何か、別のものを見ているような気がする。かと言って、それを素直に聞くような命知らずな真似はできない。

 故に、有希は咲耶の事が苦手だった。


「それと……ズヴェーリの事は気にしないでいいわよ。私が貴女を守るから」

「そ、そうですか?なら、安心して背中は任せられますね」

「そうね……貴女は背中を任せるだけでいいのよ。だから、心配しないでね」


 何処か会話が噛み合っていない。そんな妙な違和感を持ちながらも有希は、じゃあ、お弁当食べてきますね。と有希は咲耶から離れていく。が、少し咲耶が何処に行くのか気になって、気配を出来るだけ消してから尾行をしようと歩き始めた……所で止まった。

 咲耶の足はトイレへと向かっていたから。


「ちょおおおおおおおおお!!?」


 余りの衝撃で有希は叫びながら咲耶の手を取った。そしてそのまま有無を言わさず引っ張ってそのまま屋上まで連れて行った。


「し、東雲さん……?」

「はぁ……はぁ……便所飯なんてする人初めて見た……」

「いや、その……外で食べる前に用を済ませようとしただけなの……」

「えっ」


 なら何で弁当を?咲耶さんの教室とは階も違うんですけど、と有希が聞くと、咲耶は階段を下りたところでしたくなったから面倒だしそのまま行こうとしただけよ、と答えた。

 なんだ、と有希はホッと息を吐いてから、しっかりと謝り、近くのフェンスに背を付けてから弁当を包んでいたナフキンの結び目を解いた。さて、今日も美味しい朱里のお弁当を食べよう、と思った所で咲耶が隣に腰を下ろした。


「え、えっと……」

「隣で食べちゃ、ダメかしら?」

「いや、そんな事はないですけど……」


 お花摘みは?と聞いたら、なんだか後ででいいと思ったのよ。と簡潔に答えた。そうでしたか、と有希は小声で答えて弁当に箸を付けた。

 主に気まずくて余り箸が進まなかった。余り話題がないけどどうしよう。と有希が気まずさ故に混乱しながらも咲耶の方を見ると、咲耶は特に何も言わずに弁当を食べていた。料理もする有希は咲耶の弁当のおかずの殆どが冷凍食品だと分かったが、特には何も言わなかった。

 咲耶は一人暮らしだと聞く。だから、朝に時間が無いのだろうと勝手に思いながら、有希はせっせと箸を進める。何時もなら美味しい筈の朱里の弁当は、緊張と気まずさで味を噛み締めている余裕がなかった。

 食事は何か話しながらじゃないと気まずさを感じる有希と特に何も話さなくても何も感じない咲耶とでは、少し相性が悪かった。


「……東雲さん」

「ひゃい!」


 いきなりかけられた言葉に有希は思わず変な声で返事してしまった。どうしたの?と咲耶が心配そうに有希の顔を覗き込むが、有希は大丈夫です、大丈夫ですから。と一旦水筒の中のお茶を飲んでから何ですか?と話を振った。

 咲耶は暫く口を閉ざした後に再び口を開いた。


「再来週のズヴェーリの大進行については知っているかしら?」

「え?あ、はい。知ってますよ」


 ズヴェーリの大進行。ジョンが一週間前に少しだけ話した物だが、これは一月に一度起こるズヴェーリの大群が日本海側から押し寄せてくる一種の大規模戦闘だ。これは詳しい日は分からないが、大体一月に一度は起こっているため、特殊害獣駆除科ではこの時期が迫ると全員の気配がピリピリとしてくる。

 今回からの大進行には有希と朱里もビヨンドホープで参戦する。故に、戦力的には単純に二倍になっているが、それでもズヴェーリの数はかなりの物で、対岸からは数百メートルの列を作ったズヴェーリが現れる。戦車型ズヴェーリもこの時に現れる。

 これを咲耶は三年間もの間、一人で押しとどめていたという。そして、その時に備えて日本海側の海は一部を除いて閉鎖されており、人が住んでいない。そして、海岸付近のあちこちにデウスマキナ専用の急速燃料補給装置やビルに擬態した援護用の機銃等が置いてある。


「……不安、よね?」

「……はい。少し……いや、結構」


 有希はまだデウスマキナに乗って一週間の素人だ。そして、倒したズヴェーリの数はたったの二体。その二体にも有希は苦戦している。故に、一体以上の、十やそこらでは済まない程のズヴェーリと戦うことになるというのは、かなりの恐怖だった。

 しかし、咲耶に何もかもを任せてはいられない。しかし、大進行は戦って慣れろ、としか言えない戦いだ。だが、もしかしたら、遙が死んでしまった時のように何もできずに死んでしまうのではないか、と思ってしまうと、どうしようもなく不安になる。


「大丈夫よ。私が貴女を守るから。それに、ビヨンドホープにはちゃんと緊急脱出装置が着けられたから、いざとなったら脱出してもいいのよ」

「で、でも!そうしたら咲耶さんが……」

「私は慣れてるからいいの。もう八年もズヴェーリとは戦っているのよ?」


 咲耶はそう言って弁当に残っていた最後の白米を口に運ぶと、そのまま弁当を片付けて立ち上がった。


「大丈夫。私が貴女を……遙が守った貴女を守るから」


 咲耶の言葉に有希が顔を上げた。そして合った目で、有希は咲耶の何を怖がっていたのか、それが分かったような気がした。

 その目は、確かに有希を見ていた。しかし、それは有希本人を見ていたのではない。『遥』という、自分の仲間であり、親友であり、家族であった人物がその命を使ってまで守った『有希』という存在を見ていたのだ。

 その言葉で納得がいった。咲耶は決して有希を仲間として見ていたのではない。有希という、遙が守った存在を、弱者を引き続き守ろうとしている。それだけだった。

 故に、有希は悔しさと、そして哀れみを感じた。初めから、咲耶は有希の事なんて見ていなかった。彼女は、未だに白鷺遥という少女に憑りつかれたままなのだ。彼女は、まだ白鷺遥を中心に全てを考えてしまっているのだ。

 勘違いかもしれない。しかし、有希は自然とそれが勘違いだとは微塵も思っていなかった。

 歩き去っていく咲耶。彼女は、優しい。優しいが故に、間違っている。あの考え方では、きっと何時か死んでしまう。


「咲耶さん!」


 有希は立ち上がった。その胸の内に生まれた謎の確信を持って、立ち上がった。


「私は……強くなります!そして、咲耶さんの横に、横に立って、一緒に戦います!」


 これが咲耶への、有希の持つ感情の全てだろう。

 もう恐怖はいらない。あるのは、憧れと、正義感だろう。長年ズヴェーリと戦っていた彼女に憧れ、そして、彼女を絶対に白鷺遥という亡霊から解放してみせるという正義感。

 有希の言葉に、咲耶は振り返った。その目は、何時も有希が見る目だった。普通の人とは違う、有希を見る目。


「いいのよ。貴女は、私が守るから。遥が守った貴女は、絶対に死なさせなんてしないから」


 その目にあったのは、闇だった。死に捕らわれた目。

 その目を見て、有希はやはり何も言えなかった。彼女はこの部分だけが狂ってしまっている。そう改めて実感すると、かける言葉が見つからなかった。

 去っていく咲耶を見て有希は再び屋上に座った。

 絶対に、咲耶のあの考え方を変えて見せる。遥を失って彼女の残した物を守ることしか見ていない彼女の見る物を、彼女と共に戦う、遥の意思を継いだ仲間という物に変えてみせると。

 きっと、それこそが遥も望んでいる事だろう。遥に助けられたこの身で、遥の代わりに咲耶の考え方を正して見せると。

 有希は弁当を一気に食べてからそのまま屋上で立ち上がり、空を見た。空には遥か遠くに、薄く月が見えた。

 そして、その月の前を何かが通り過ぎた。一瞬だったが、有希にはそれが見えた。


「ズヴェーリ……!」


 飛行機雲は出ていない。ならば、ズヴェーリだろう。

 有希はすぐにポケットの中の無線機を取り出して耳に装着し、こちらからの音声が入るようにスイッチを入れた。


「深海さん!原田さん!非行型ズヴェーリを肉眼で確認しました!」

『えっ!?』

『ちょっと待ってて!……ほ、本当にいたわ!』


 いきなりの通信に深海と原田は驚いていたが、すぐに対応してくれた。そして、本部の方でも確りと飛行型ズヴェーリは確認できた。


『すぐにエクスターナルブースターを装着させるから、人目のない場所に移動して!』

「わかりました!」


 有希は弁当片手に走りだし、途中で階段から飛び降りて近道してから保健室に入った。


「ゆ、有希!?」


 ちょうど体調がよくなって出てこようとしていたのか、朱里は扉のすぐ前にいた。

 いったいどうしたの?と慌てた様子で聞く朱里に有希は耳の無線機を見せる。それを見て朱里の表情も変わった。無線機をつけているという事はズヴェーリが出たということ。まさかこんな短期間の内に二体目が出るとは思ってもいなかったが、それでも出たことには変わりない。有希は朱里の手を引いて近くの使われていない部屋物置部屋の中に入ってそこの窓から外に出た。

 上履きが汚れるのも気にせずにそのまま人目の付かない場所まで移動しようと駐車場の方まで移動すると、そこには既に彩芽が車を移動させて待機していた。


「ほら、乗って」

「ありがとうございます!」


 既に車を用意していた彩芽に礼を言いながら二人が車に乗り込み、ちゃんとドアを閉めた所で彩芽が車を出す。

 法定速度ギリギリの速さで走りながらも彩芽は涼しい顔で有希に話しかけた。


「よくズヴェーリを肉眼で補足できたわね」

「ふと空を見たら月を横切るズヴェーリが見えたんです。凄く小さくしか見えなかったんですけど……」

「月を……」


 彩芽がそんなまさか、と言った顔をしているが、しかしそれは事実。彩芽はその言葉を信じた。そして、彩芽は今回の作戦の説明について話し始めた。

 ズヴェーリはこの周辺をグルグルと周回しているという。そのため、周回軌道上に待ち伏せしてそのまま正面から叩く、という戦法で行くらしい。もうすぐ、ビヨンドホープにエクスターナルブースターの装着が終わる。終わった瞬間に有希は車の中でビヨンドホープを呼び出して朱里とそのまま乗り込む。それでバレる事はないだろう。

 しかし、彩芽が耳に着けた無線機から聞こえてきた声を聞いた瞬間、顔色を変えた。その通信は勿論有希にも聞こえており、有希の顔色も変わった。


「有希ちゃん!」

「はい!来て、ビヨンドホープ!!」

「え、ちょ!?」


 唯一朱里だけが状況を把握出来ていなかったが、金色の光に包まれてビヨンドホープの内部に転送された時にはその焦りの理由が完全に分かった。

 ズヴェーリが、真上から降ってきていた。

おや?有希の性能が……

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