第六話「独りの想い」
「レイト……さん…!?」
キセアが驚いた顔を見せる。
そこにいたのはレイト・ランガルだった。
ショコルが通信機でレイトに連絡を入れていたのだ。
レイトはキセア達の方へ歩み寄ると、頭から血を流したショコルの顔を見て憤った表情になる。
「あいつらがやったんだな…?」
「え、ええ……。」
あからさまな怒りの視線を鬼の躯に向けて、レイトはショコルを抱き上げる。
「どこへ行くの?」
キセアが不安そうにレイトに声をかけた。
「城へ行ってショコルの手当てをする。」
「私も……私も行くっ!」
「…勝手にしろ。」
レイトはそう言って城に向かって走り始めた。
キセアもそれに続いて走る。
そうして朝の街は誰もいなくなった。
人気が完全に消えた大通りの隅に、鬼の屍が3つ、未だに血だまりを広げ続けていた。
━━━「……駄目だな。■■作■断定せざるを得ない。この■■も■■■分する。」
━━━「お前……こん■と■ろで何■てる……?」
━━━「ふふふっ!■れは可哀想だね。わかっ■。いいよ!」
夢を見ていた。
どこか懐かしくて、悲しいことのように感じる夢。
深く眠ったときはこういう夢をよく見る。しかし何故か、意識はこの夢から目を逸らしたがる。
夢の中の自分は、まるで自分じゃないようで、誰かの古い記憶を追体験しているような感覚だった。
ふと、意識が現実へ浮上する。
「━━━っ」
目を少しずつ開いていく。
ピントが合わずにぼやけた視界に映ったのは、見覚えのない天井だった。
目を擦り、瞬きをした。
段々と視界がはっきりとしたものになっていき、それと同時に意識もクリアになる。
「……ショコル?」
夕日がぼんやりと満ちた部屋の中。
ショコルは視線を自分の足の方へ向ける。キセアがベッドの隅に座っていた。
「キセア……、っ!キセア!大丈夫!?怪我は無い!?」
「こっちの台詞よ…。ここまで運んでくれたレイトさんに感謝ね。」
「………そうか僕、鬼に吹き飛ばされて…」
ショコルの頭の中に記憶のフラッシュバックがなだれ込んでくる。
街で鬼に出会い、キセアを庇ってそのまま気を失ったのだ。
しかし目の前にいるキセアには見たところ怪我がない。それを確認してショコルは胸を撫で下ろす。
「……ねえ、ショコル。どうしてあの時私を庇ったの?」
「え?」
唐突にキセアの口から出た言葉は、ショコルには予想外のものだった。
「どうしても何も、キセアが危なかったから……」
「だからって、ショコルが身代わりになることなんてなかった。私は鬼の血が流れてるんだし、あなたよりは身体が丈夫にできてるんだから。」
キセアがベッドから立ち上がり、ショコルのすぐ隣に座る。
「あなたのこと、レイトさんから聞いたの。境界以外では戦闘ができないってこと。」
「!……」
キセアの言葉を聞いて、ショコルは俯いた。
ショコルは生まれつき身体が弱く、魂片の体内生成量が極僅かなのだ。
そのため魂片装備を扱うことが難しく、戦闘を得意としていなかった。
しかしどういうわけか境界の森では、普段とは比べ物にならない程の戦闘能力を発揮できる。
その原因は未だにわかっていないらしい。
「身体が弱いことをわかってるなら、もう自分を粗末になんかしないで。それでショコルに死なれでもしたら、私は……っ!!」
キセアの声が上擦る。その碧眼には涙が滲んでいた。
「ご、ごめんキセア。心配かけちゃって……」
それから暫く沈黙が続いた後、キセアが小さく口を開いた。
「………初めてなの。」
「初めて?」
「……仲間ができたのは、初めてなの。だから……」
「そっか、ごめん。……あはは、自分の身は労わるようにするよ。」
幼い頃に母親を亡くし、それからずっと一人で生きてきたキセア。
そんな彼女が、初めてできた仲間を大切にしたいと思うのは当然だろう。
ショコルはキセアの気持ちを考えなかった自分に少し腹を立てていた。
夕焼けに染まった部屋の中。
二人は暫くの間そのまま、互いに口を開くことなく過ごした。
夜。研究所に戻った二人はヴィラに一時間程の説教を受け、夕食を食べた。
そしてキセアとショコルがそれぞれの寝室に入って暫くたったあと。
「ショコル、起きてるか?」
そう言って小さくノックするヴィラ。
キセアの部屋の灯りは消えていたが、ショコルの部屋からはまだ灯りが漏れていた。
「うん、どうぞ」
ショコルの返事を聞いてから、ヴィラは扉を開けて部屋の中へ入った。
「身体の調子はどうだ?」
「ちょっと貧血なだけで、他は大したことないよ。……本当に心配かけてごめんね、師匠。」
「…もういい。」
ヴィラは椅子に腰かけた。
「師匠、怒ってる……?」
「もう怒ってないさ。むしろ褒めてやりたいくらいだ。」
「なになに、どうして?」
心底不思議そうな表情をするショコル。
「捨て身で女を守ったんだ。男としちゃあもう十分大人になったもんだと思ってな。」
ふと、ヴィラは窓の外に目をやる。
ここからだと月は見えないが、一番星が夜空に輝いていた。
「珍しいね、師匠が褒めてくれるなんて。……あはは、ちょっと照れちゃうな。」
ショコルもヴィラの視線を追うように、窓の外を見た。
「俺だって褒めるときは褒めるぞ。まあ、お前は滅多に褒められるようなことをしないからな。」
「えー、そんなぁー。」
楽しそうに笑うショコル。
ヴィラはそんなショコルの姿を見て、何かを懐かしむように目を細めた。
「……さて、今日はもう寝ろ。」
「うん。おやすみ、師匠。」
「ああ、おやすみ。」
扉を開け、部屋の外に出る。
振り返ると、嬉しそうに笑うショコルが、気の抜けた笑顔のままベッドへ潜っていった。
普段からもう少し褒めてやるべきなのかもしれない。
そんなことを思いながら、ヴィラはゆっくりと扉を閉めた。
同時刻、リヴェルノア城。
大きな窓から差し込んだ月明りが逆光となり、過剰な程に装飾された椅子の輪郭を光らせる。
そこに堂々と座しているのはリヴェルノアの頂点に立つ国王、そしてキセアの実の父であるガラテア・リヴェルノア。
「陛下、ご報告があります。」
「ビネオラか、入れ。」
中央の大きな扉が重い音を立てて開かれる。
中へ入ってきたのは、一人の男。
「失礼致します。」
ビネオラと呼ばれたその男は王の前に跪いて、言葉を続けた。
「第一偵察隊が帰還しました。レイト・ランガルとの交戦で3名の死亡者が出たとのことです。神機の座標は確認できておりません。」
ビネオラの言葉を聞いて、ガラテアは眉をひそめた。
「……まあ、良い。本来なら第三偵察隊が調べるはずだった情報を先に持ち帰ったのだ。」
「では、予定を変更して第二偵察隊に神機の座標を確認させますか?」
「ああ、頼んだ。」
「御意。」
ビネオラが部屋から出ていった。
再び部屋が静寂へと飲まれていく。
ガラテアは、後ろから差す月明りが生み出した自分の影へ目を落とす。
当然影もまた、その主であるガラテアを見ていた。