社訓3 秘書としてお願いします【2】
後日、今度は高坂が俺にちょっかいをかけてきた。
「お前、面白いらしいじゃん。何かギャグやってよ」
はあ?何を言ってるんだ。
これも無視、と。
「おい、高坂が話しかけてんだから返事しろよ」
取り巻きが俺の机に蹴りを入れた。
衝撃でペンケースが落ち、中身のペンが床に散らばった。
「あ、ゴメーン。わざとじゃないんだけどね」
俺は席を立ち、無言でペンを拾った。
その隙に高坂が俺の席に座り、机に足を乗せた。
教科書やノートを開いている机に、だ。
「席に座りたいのかな~?でも高坂が座ってるから、どいてもらわないと座れないよね~。話しかけなきゃダメだよね~」
取り巻きたちがケタケタうるさい声で笑っている。
教室に戻ってきた上条が俺の様子に気づき、また仲裁に入ろうとしてくれた。
「あ、また工藤君に……」
「うるせえよ。オレたちは工藤と友達になりたいから、こうやって遊んでんの。分からねえの?」
高坂が遮って制止した。
「だから、工藤君は困っているじゃないか」
「その工藤は何にも言わないんだから、困ってるかどうかも分からねえじゃん。お前、工藤の事分かってる風に話すけど、何様?」
「工藤君、君も自分から気持ちを伝えた方が良い。君はどう思っているの?」
上条が俺に問いかけた。
そんなの分かり切ってるだろ。
困ってるよ。迷惑してるよ。相手にしたくないよ。
でもそれを言うと、余計からかってくる。
……ていうのは建前だな。
本当は自分の気持ちを言葉にするのが怖いんだ。
結局俺は、弱い奴なんだ。
「はーっはっはっは!」
突然、俺の前の席に座っている生徒が笑い出した。
な、何だ?思い出し笑い?それにしちゃ常識外れのレベルだ。
「上条、やはり君はその程度の実力なのだ!」
振り返ってこちらをドヤ顔で見つめてくる男子生徒、桐谷。
「工藤君は自己開示出来る環境に無いのだよ。それを理解しないなど、社長の器ではないわ!」
「え、社長?何の話……」
上条が露骨に戸惑っている。当たり前だ、俺も戸惑う。
「そして高坂!そこをどけ!」
「あ?部外者に物言われる筋合いねーんだけど」
「部外者ではない。僕は工藤君を我が社に勧誘するつもりだからな!」
……。
桐谷以外の全員が、今の状況把握に努めている事が分かる沈黙だった。
訳が分からない。
左斜め後ろの席である高坂が俺にちょっかいを出す。
右斜め後ろの席である上条が仲裁に入る。
目の前の席である桐谷が俺を雇おうとしている。
何だ、この混沌デルタアタック。
高坂と取り巻きが大声で笑い始めた。
「コイツ、相当頭ヤバいぜ。何言ってんのか意味不明だわ」
「こっちの方がウケるし、桐谷と遊ぼうかな~」
高坂は俺の席から離れ、桐谷を取り囲んだ。
「何して遊ぶ?会社ごっこでもするか?」
「ごっこ?会社を『ぼぼちゃん人形の社会科見学』だと思っているのか……残念な高校生だ」
「さっきから意味わかんねえ事ばっか言いやがって」
高坂は桐谷を突き飛ばし、桐谷は床に倒れこんだ。
「桐谷君!大丈夫?」
上条が桐谷に駆け寄ったが、桐谷はそれを止めた。
「ライバル会社に助けてもらわなくても、この程度自分で何とか出来る」
桐谷は携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛けた。
「……はい。梅沼高校です。暴行を受けて骨折の疑いもあります。とても怖いので至急お願いします」
電話を切り、桐谷はゆっくり立ち上がった。
「お前、どこに電話したんだ?骨折って、全然骨折してなさそうだけど」
高坂が桐谷に詰め寄っていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
……まさか、警察に連絡したのか?
いろいろおかしいだろ。
話すならば、まずは担任に報告だろ。
「ちょ、ちょっと!何が起こっているの?警察が来たんだけど」
しばらくして、担任の宮瀬先生が教室に駆けつけてきた。
「高坂君に突き飛ばされたんです。目撃者も多数いる。僕は骨折しているかもしれませんし、暴行と傷害の疑いとして警察を呼んだんです」
「え、いや、突き飛ばす行為はもちろん悪いけど、警察って……」
「ぬるいわ!未成年だからって暴行が許される訳がない。それに僕は高坂に恐怖心を植え付けらえてトラウマになってしまうかもしれない。これはもう公的な圧力一択のみでしょう」
桐谷は高坂の方を振り返った。
「それとも不当だと裁判でも起こすか?仮に僕が負けたとしても金銭に余裕はあるが、高坂はどうだろうな。両親の収入は?裁判を起こすことで、もし負けたことで生活は破綻しないか?」
「……頭ヤバすぎる、コイツ」
「どうした?僕と遊びたかったんだろう?君の家族ごと、将来を左右するような遊びをしよう」
結局、警察は教師たちが事情を説明し、帰ってもらった。
高坂といえば、悔しそうな顔をしていたが、大人しくなっていた。
「やれやれ。後先考えないからこうなるんだ」
「……クソ。もうしねえよ」
「するかどうかは君次第だ。少なくとも僕にすると、こうなる。もしかしたら、他の人も同じことをするかもしれないし、工藤君みたいに黙っている人もいる。よく考えて自分の得になるように行動したらどうだ」
何だか、高坂の行動を否定してない言い方をするな。
そして俺がからかわれるのを許容しているような言い方でもあり、落ち着いていた俺の不安が掻き立てられた。
「ただ、工藤君にも同じことをしたら僕が今日と同じ行動を取る。彼は我が社の社員にするつもりだからな」
桐谷は俺の方を向き、握手を求めた。
え?いや、いきなり何だよ。
「桐谷く~ん?ちょっといいかな~?」
宮瀬先生に遮られ、桐谷は先生のもとに向かい、こっぴどく怒られていた。
しかし本人は澄ました顔をしており、説教は響いてないようだ。
何故そこまで受け流せるのだろうか。
ある意味、俺は羨ましかった。