社訓2 入学式に臨みます【3】
教室に移動し、オリエンテーションが始まるまでに透と話す時間が取れた。
「さっきは何をそんなに悔しがっていたの?」
「悔しいだなんて。僕はあんな実力もないのに博愛主義を語るような男と比べるつもりもありませんよ。そもそも、競争社会にあのようなヒヨワな思想を全員の前で述べるなど、愚の骨頂です」
そういう透は、目をぎゅっと閉じて歯を食いしばり、悔しそうにしている。
めっちゃ比べてるじゃん。
担任の教師が教室に入り、教壇に立った。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。私がこのクラスの担任を務める宮瀬と申します。1年生の担任をするのは初めてですが、精一杯頑張るので、よろしくお願いします」
宮瀬先生は30代くらいの女性で、ハキハキしておりしっかりした印象だった。透みたいな曲者相手でも、うまく対応してくれそうだ。
オリエンテーションが終わり、今日は半日で解散となった。
「良い先生みたいで良かったね」
「ま、挨拶は及第点ってとこですね。これからの業績に期待しましょう」
「なに偉そうに言ってんのよ。透もちゃんと学校生活送って成績1位を目指しなさいよ」
「もちろんです。僕は次期社長になる格式ある人間ですよ。学年1位どころか学校1位になってみせます」
……カリキュラムの意味とは。
僕たちも帰りましょうか、と透が席を立ったところで、宮瀬先生が声を掛けてきた。
「あ、桐谷くんとご家族さん。ちょっといいですか」
「はい?なんでしょうか」
「事前に桐谷くんの会社の方に家庭の事情は聞いてます。保護者の方がお若いから、さっきのオリエンテーションで周囲がちょっと気になっていたようですので、もし他の生徒に何かつつくような事を言われて不快に感じたら、私に教えてください。対処に努めます」
「努める?そこは努力義務ではなく、明確な義務として対応して貰いたいものですね」
相変わらず態度のデカい透の頭を手で掴み、私は頭を下げさせた。
勢いあまって、額を机に大きくぶつけるほど前屈させてしまった。「理不尽!」と透がボヤいた。
「すみません、この子偉そうな口を効いてしまって。他の生徒から何か言われたとしてもこの子は多分響かないでしょうし、この子にも周囲の生徒には私は親戚と話しておくよう言っておきます。こちらこそ、すみません。事情を理解して頂いて」
「いえ、それは問題ありません。それと、あの……事情をかなり詳しく聞いてしまったのですが、あれは
良かったのでしょうか」
「ん?どういう風に聞いてますか?」
「最初は、桐谷くんを一時的に預かっているとだけ聞かされたので、本人の身の安全性を考えて、それはどういう事かと尋ねたら『ここまで追い込まれたら、もう正直に答えるしかない』と言って、じゃんけんの件から事細かく説明されて」
「あ、なるほど。その会社の人、後で家帰ってから処刑しておきます」
あのバカ正直め、そんな事細かく言う必要ないでしょうが。
まあでも、透の事を学校に説明していたなんて、夫なりに支えようとしてくれているんだろうな。
帰り道、自宅の最寄り駅で下車し、透と歩いていた。
「これから電車通学だね。あまり乗った事なかったんでしょ?」
「はい。車での移動がメインでしたから。小学校や中学校の時も付き人が車で送迎してました」
毎日送迎って、メチャクチャ目立っただろうな。それを気に留めないあたり、流石というところか。
いや、それが透にとっては普通だったのかもしれない。
「電車通学もそれなりに良いよ。朝は乗客が多くて混んでて嫌だけど、学校終わったら友達と一緒に帰るのも楽しみの一つになるし。私も高校生の時は、帰りに友達とどこかに寄って遊んだりしてて楽しかったなー」
何だか当時の事を思い出し、懐かしさに浸ってしまう。
透もこれから友達を作って、楽しい思い出を作ってもらいたいな。
「高校生の身分で、下校時に遊ぶ?それは校則違反にならないのですか。高校生は学業に専念するものでしょう。それを遊んで楽しむなんて問答無用です!守ってこその規則です!」
リクルートスーツで乗り込んだ先程の自分を振り返ってごらんなさい。ブーメランでございますわ。