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息子(社長)の育て方  作者: 修壱
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社訓2 入学式に臨みます【1】

4月5日。高校の入学式の日。

セレモニースーツに身を包んだ私は、学校に着き、かなり緊張していた。

20代の私が16歳の男の子の保護者として出席するから。

それもあるが、それは普通の16歳の男の子であった話。

しかし、この少年は違う。穏便に終わりそうにない。

冷や汗が止まらない。

そもそも、高校の入学式に制服でなくリクルートスーツを着る辺り、彼の世界観は間違っている。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「晩ご飯出来たよ」

夫と透と3人で初めての食事。

私は腕をふるって、いつもより豪華な食事を作った。

肉汁溢れるハンバーグ、サクサクのエビフライ、色鮮やかなサラダ、温かいスープ。

まずまずだろう。透の反応が楽しみだ。

「お、さすが美香!美味しそうだなー」

リビングにて、席についた夫が嬉しそうにしている。

「あれ、透は?」

「部屋でまだ荷物の確認をしているのかな」

「ちょっと呼んで来てよ。あ、くれぐれも『社長』って呼ばないでね」

「え!?いや、それは……」

「ルールでしょ?透はルールを守るって言ってるのに、あなたが守らなかったら社会人失格よね」

そう言われた夫は「はわわ!」と狼狽えている。世紀末かよ。

「社会人失格とは、聞き捨てなりませんね」

いつの間にか透がリビングに来ていた。

「部屋にいたら『社会人失格』という言葉が聞こえて飛んで来てみたら、一ノ瀬さ……いや、友基さんの事でしたか」

コイツ、ヤバい。晩ご飯の言葉は聞こえてないのに、社会人失格という言葉は聞こえている。

「晩ご飯が出来たから、透を呼んでもらおうと思ってたところだったの。今日は頑張って作ったから、是非食べてもらいたいな」

「こ、これは……なんて低予算……」

テーブルに並べられた食事を見た透は、顔を引きつらせた。

「私……いや、僕が知っているハンバーグなどの類ではない。これが庶民の料理なのか。想像の範疇を超えている」

「やめんか!上流階級の率直な所見やめんか!」

「お、落ち着け美香!」

夫が宥めようと間に入り、一旦気持ちを落ち着かせた。



ま、まあ、今までの生活様式が違うから、物の価値感も違うのは当たり前よね。

「ごめんなさい。ちょっと取り乱しちゃった。確かに透が食べてきた物と比べたら安いのかもしれないけど、味は確かだから」

「そ、そうですだ!美香の料理は本当に美味しいんですだ」

クソッ、夫がバカだから、敬語を直そうと無理に訂正するせいで内容が全然入ってこないわ。

透も席についたところで、私は手を合わせた。

「いただきます」

「よし、いただきまーす」

夫も手を合わせた。

「い、いただきます……」

ぎこちない様子で、透も手を合わせた。

多分、今まで家で誰かと食事をする機会が少なかったのではないだろうか。外食ばかりで、あまり挨拶をする事がなかったのではないだろうか。

これからも、皆で一緒に食事を摂るようにしよう。


「ん!これは美味しいですね」

「でしょ?低予算ご飯などと言っていたのが悔やまれるでしょ?」

パクパクと透は箸を進め、あっという間に食べきってしまった。

何だかんだいっても、16歳だから食べ盛りだ。

「……ごちそうさまでした」

手を合わせ、透はお茶を飲んで一服した。

「そういえば、高校はどこに通うの?」

「私立梅沼高校です。父の勧めで」

「あれ?てっきりエリート高校に行くのかと思ってた。あそこって確かピンからキリまでの偏差値よね」

「前社長が言ってたよ。『ほら、不良がいる高校のドラマって何かエモいじゃん?よく分からん高校に息子を通わせてエモい事させたいじゃん?』って」

ああー、そういう事か。透もそれでいいのか……。

「あの父が考える事ですから、梅沼高校ではきっと次期社長として必要な事が学べると思い、それを了承しました」

違う。君の父親に対する考えは公私の振り幅が異常なせいでズレている。目を覚ませ。

「入学式はどうするの?家族の参列は誰が行くの?会社の人?」

「それはもちろん我が家だよ。ただ、俺は入学式の日は役員会議で都合が合わなくて」

「また私に押し付ける訳?」

「申し訳ありません、僕の事でご迷惑を掛けてしまい」

俯いた透が謝った。

「あ、ごめんなさい……。迷惑なんじゃなくて、夫婦の役割分担の事だからね」

いけない。つい、いつものように夫と二人だけで話す感覚になってしまっていた。

透を傷つけてしまったかもしれない。役割分担というのも良くなかったのかもしれない。

「よし!私が行くわ。保護者として入学式に参加するなんて初めてだけど、私も頑張るから」

「……よろしくお願い致します」

「ほら。そんな畏まらない。家族としてやっていくんだから、『よろしくね』って感じでいいからさ」

「よ、よろしく……ね。なんて軽々しく言える訳ないじゃないですか!入学『式』であるからには重要な事柄に違いはない訳で」

「もういい!さっさと風呂入ってすぐさま寝なさい!」

融通の利かない高校生を黙らせるために半ば強引に風呂に誘導した。




入学式は大丈夫だろうか。

いや、むしろ粛々と行われるのであれば、透にとっては得意な状況ではないのか。

うん、問題ない問題ない。

腕を組んで微笑みながら一人頷く私を見て、震えていた夫は「後片付けは俺の十八番さ!任せといて!」と明るく振る舞い、私の機嫌を損ねないように、かつその場から離れたかったかのように驚きの手際の良さで食事の片づけを始めていた。

もちろん、私は気付かないフリをしていた。

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