青と黄色
「……先生……それは?」
俺は目に映る光景が信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「青矢、完成したんだよ。私の研究が。」
「いや、……先生……こんなの作ったらダメだろ!」
それは俺たちの状況なんて気にする様子もなくただ、静かに眠っている。
「あとは心を作るだけだ。」
ベッドで寝ているそれは気持ち良さそうにして寝ている。
「心を作るためには青矢の手伝いが必要だ。どうか手伝ってくれないか。」
「待てよ!もう少し落ち着かせてくれよ……。」
「落ち着かないのもわかるが聞いてほしい。」
そして、俺に現実を突きつける。
「私の最終目的だった研究。1から人間を作ることに成功したんだ。」
そう、目の前に映る現実とは、俺の前のベッドで眠る1人の少女のことを指していた。
先生と呼んでいる人は人間の心と体を専門とする研究者だった。俺と先生は昔からの知り合いであり、よく先生の研究の話を聞いたり俺の話を話したり親しい仲だった。
しかし、ある時、先生は取り憑かれたように研究室から出なくなってしまった。俺は先生の体のことが心配だったから毎日食事を作って置いていった。この時はまだ、研究の最終目的が何かなんて知ることはできなかった。
「私は2つの物を完成させた。」
「……2つ?」
まだあるのか。
「1つはさっきも言ったとおり1から人間を作ること。そしてもう1つは……。」
そう言って先生は自分の研究室を少し物色してある物を僕に見せた。
「私は人の心をルービックキューブに例えることができると考えた。複雑な心境、純粋な心。ルービックキューブの色を混ぜたり揃えたりすることに似ている。」
「ルービックキューブ?」
「そう、喜怒哀楽を表現できる。例えば赤の面と青の面があるとする。赤は怒り、青は悲しみを表すとする。そして、……。」
そう言って先生は赤と青を混ぜ始めた。
「怒りと悲しみが混ざり合い人によっては後悔を表し。人によっては裏切りにあった時と同じ心。混ざり合うことで複雑な心境が表現できる。」
そう言われると確かに色で感情を表すことができるなら先生の考え方も正しいだろう。
「そこで、私は人の心をルービックキューブに具現化する能力を開発した。人の感情をルービックキューブとして見ることができる。」
「……。」
話が大きい。理解の範囲を超えていた。
「この能力を青矢が使って、人の心に触れてほしい。そこで寝ている子と共に。その子はまだ心が全くない状態だ。だから、青矢が正しい心を教えてやってほしい。そして、正しい色でルービックキューブを塗ってやってほしい。」
「先生、自分のしたことわかって言ってるのか?」
この世界は人間のクローン技術すら許されていない。なのに、1から人間を作る行為は神と同等のことに値する。 人間の超えてはいけない壁を先生は超えたのだ。それは大罪に値する。
「私の夢だった。人を作り、私と話しながら手伝いをしてもらったり青矢と私を混ぜて会話することが。私は長い間この研究室に居続けた。社会から見れば私はすでにはぐれ者だ。それは人という存在はわかっていてもさみしい物だ。青矢。君と話せるのが私の唯一の楽しみだった。そして、私は青矢が他の誰かと楽しく話している光景を見るのが夢だった。だから、私は作った。」
「……先生。」
確かに先生は大罪を犯した。だけど、作ったこの子はもう生命の1つであり、大切な命なのだ。例え禁忌で生み出された存在だとしても人間には変わりない。
「この子には常識と探究心だけは心に入れておいた。それがないとこの子は抜け殻のようになってしまう。」
「……だいたいわかった。そこから人間らしい心をこの子に入れてあげればいいんだな?」
それが先生の願いなら俺はやり遂げよう。
「そうだ。ありがとう、青矢。その子のルービックキューブを完成してあげてほしい。」
俺は再びその子を見る。作られた存在。顔は整っているが先生の技術のおかげか作られたという印象を受けない。
ただただ、綺麗な少女と形容できる。
「具体的に俺は何をすればいい?」
「青矢には能力を与えた後、旅に出て人の心と触れてほしい。そして、教えてやってほしい。」
「わかった。あと、その子に名前はないのか?」
さすがに名前がないと厳しい。
「あぁ、すまない。黄花と呼んであげてほしい。」
「黄花か。わかった。」
正直、旅もなにもかも前途多難だと思う。けど、やはり黄花をほっとけない。
生まれてきた以上は俺と同じ命なのだから。
俺は先生から能力をもらい黄花を起こすことにした。
起こそうと思い改めてその黄花を見ると1つのルービックキューブが見えた。ちょうど人の上から下の真ん中あたりに。その色は黄色が一面揃っているだけで他は白色だった。
「黄花、起きろ。」
肩を揺さぶり、意識を現実に引き戻す。
「……ぅん?」
ゆっくり瞼が開き、俺の顔を見る。その目は寝ぼけ眼と初めて見る物に対しての無邪気な目をしていた。
「ぅーん。あれ?あなたは誰?」
声はやはり女子らしい少し高めの印象を受ける。
「俺は青矢。先生の友達だ。」
「お父さんの友達?そっか。こんにちは。青矢。」
そう言って、黄花は体をベッドから起こし俺の前に立った。
身長は俺より顔が一個分小さいくらい。160ないかくらいの印象だ。そして、日光に当たったことがないためか病的なくらい白い肌と少し痩せた腕が目立つ。
「黄花はもう少ししたら体のバランスも安定するから心配しなくても体調は大丈夫だ。」
先生が俺の心配をかき消してくれた。
「先生、女性用の下着や服はどこから手に入れたんだ?」
「私だって奥さんと子供はいたさ。そこに写真があるだろう。」
そういって指を指した先には1つの写真立てがあった。その写真立てには先生と黄花ほどの大きさの子供と奥さんが笑顔を浮かべてこっちを向いていた。
服はそのからか。
「交通事故だよ。青矢に会うずっと前の話だ。」
先生にも家族は居たんだな。
もしかしたら家族を失った悲しみから黄花を作ったのかもしれないと思った。
そんなこと思ってると黄花が服の袖を引っ張ってきた。
「ね、今から旅に出るの?どこ行くの?」
「焦らなくてもいい。ゆっくり回ろう。」
俺は言い聞かせるように言った。
「青矢が旅してる間、私はこの技術を悪用されないためにここから姿を消す。」
「なら先生とはもう会えないのか?」
「いや、1年後また戻ってくる。だからその時会おう。」
「……わかった。」
「え?お父さん、何処かに行くの?」
その声に探究心以外の心はないためさみしそうという印象はなかった。ただ、情報を得るために聞いたみたいだ。
「そうだよ。先生は僕達と同じく旅に出るの。でもまた、会える。」
「そっか。なら少しだけバイバイだね。」
「黄花、青矢、準備ができたら頼む。お金は私の口座から出してくれればいい。」
「わかった。じゃ、また会うまで。さようなら。先生。」
「……。」
この時、黄花のルービックキューブには1マスだけ青い色がついていた。