彼女が目覚めるとき
かわいいね、とか、きれいだね、と言われたら、何と答えるのが正解なのだろうか。
謙虚を売りにする日本人ならば、『いえいえ、そんなこと』だろうか。それとも、『そんなこと言われたことない、嬉しい』だろうか。
だが、私がそれを使うと、大抵がいい顔をされない。
そればかりか、確実にあとで陰口を叩かれる。
「全然そんなこと思ってないくせに!」
「あんたらブスと一緒にされたくないってことじゃない?」
悩んだあげく、『ありがとう』と控えめに微笑んでみたり、『○○さんの方が…』などと他の人を引き合いに出してみたが、こちらも惨敗。
「お高くとまってる!」
「お腹の中真っ黒だねー」
どうしろというのだ。
一般的に見れば、私は美人だと思う。ただ、歩いたらスカウトにあったり、誰もが振り返ったり、ミスコンで優勝したりするほどではない。まあ、中途半端な美人だとでも言えばいいか。
そんな中途半端な美人が災いしてか、割とモテた。友人曰く、手が届くと思われやすいそうだ。おかげで同性からは嫉妬や嫌味をパイ投げのようにしょっちゅうぶつけられた。
同学年にモデルばりに美人でスタイルもよく、成績優秀、スポーツ万能な子がいたが、こちらはアイドルだ。私のモテ度が10ならば、彼女は100モテていたが、嫉妬も嫌味も向けられない。
非の打ちどころのない人には腹も立たない、ということらしい。つくづく羨ましい話だ。
「…て、…さん? 門之園さん?」
よく知らない先輩が、ややうつむき加減に前口上を述べるのを聞いているのが退屈で、ついついよそ事を考えてしまった。
ボーッとしているのに気づいた先輩が訝しげに呼んできて我に返る。
いかんいかん。あまりに失礼だね。
先ほど私は、よく知らない先輩に声をかけられた。
構内では何度か見かけたことがあるので、顔と名前くらいは知っているが話したことはなかったはず。
こういうことにすっかり慣れっこな友人は、先に行ってると言い残して、学部棟へ戻って行ってしまった。薄情ものめ。
口上は終り、とうとう話は本題のみになったのか、キッと先輩は顎をあげた。
ほどよく日に焼けた肌。どちらかというと筋肉質な引き締まった身体に、整った顔が載っている。髪もきれいに整えられ服装もあか抜けている。
「門之園依織さん、ずっと前から好きでした。付き合ってください」
今どき小学生でももう少しひねった告白をするのでは、と思うほど古風で工夫のない台詞だった。
見た目は今風なのに、中身は意外とまじめなのだろうか?
だが、断られたときのダメージを計算しながら、飲みに行かない? とか、ラインやってる? なんて軽々しく言ってくる人たちより余程好感がもてる。
―――でも。
「ごめんなさい。私他に好きな人がいるので、気持ちには応えられないです」
なるべく申し訳なさそうに聞こえるように、声を作った。目を伏せることも忘れない。
この人は確か、応用化学科でわりと人気のある先輩だったはず。
ただでさえ悪い私の評判(女性限定)に、これ以上ネタを加えるのは嫌だ。
「先輩の気持ちは嬉しかったです。ありがとうございます」
視線を戻して相手の目を見てゆっくり二秒。
そっと儚げな微笑みを浮かべれば完成。
「…っ、い、いや! 聞いてもらえただけで良かった!」
より一層赤くなる先輩の顔を見れば、作戦が成功したことは確認するまでもなかった。
「いやー、門之園くん。相変わらずモテるねぇ」
遅れること五分。学部棟の入口で友人の姿を見つけた。
「絢、声がでかい。…好きな人に思われなければ、あんまり意味はないと思うけど」
「うぇー! 感じ悪っ! 女の敵!!」
大袈裟に顔をしかめる友人の脛に、軽く蹴りをいれて黙らせる。
なんとでも言えばいい。
「でもさあ、もったいなくない? さっきの先輩もイケメンだったじゃん。就職先も一部上場に決まったらしいよ」
「興味ない。私には朋くんがいるから」
教壇を見下ろす形の教室の、端の席に腰を下ろす。机と椅子が一体型の教室って、何となく落ち着かない。入学した頃は『大学生っぽい!』なんて喜んだものだけど。
テキストとルーズリーフを出しながら言うと、はあ、と大げさなため息をつかれた。
「朋くん朋くんってさ、もう十年も会ってない幼馴染でしょ? 手紙のやりとりしかしてないのに、なんで好きなのさ」
「…絢にはわかんないよ」
そう。朋くんの良さは私がわかればいい。
いつも優しい朋くん。いい匂いがして、ずっとぎゅっと抱きしめていたくなるような朋くん。
困ったように私を『いおちゃん』って呼ぶ声を聞くと、胸がきゅうっとする。
二十年近く生きてきて、朋くん以外にこんな風になったことはない。
もしかして、朋くんとずっと会わないまま時間が経てば、他の人に胸をきゅうっとさせることがあるのかもしれないなんて思った時期もあった。
でも、だめだった。
良い人だな、かっこいいな、付き合ってもいいかな、と思える人は何人かいた。
でも、どの人を見ても胸がきゅうっとしない。
もちろんドキドキもしない。
会っていてもいなくても、私が大好きなのは朋くんだけ。
私の胸をしめつけられるのは朋くんだけなのだ。
◇◇◇◇◇
朋くんは、私の家のはす向かいに住んでいた幼馴染だ。十年前に朋くん一家がイギリスに引っ越すまでは、ほとんど毎日一緒に遊んだ。
朋くんは気弱で泣き虫だったので、よく男の子たちにいじめられていた。
女の子のような容姿をからかわれたり、走り方がおかしいと笑われたり。
その日の下校途中にも、朋くんは数人の男の子たちに囲まれていた。
「ちょっと! 何してんの!」
「やべ! いおが来た!」
私が叫ぶと一斉に男の子たちは逃げ出す。私が恐れられているわけではない。私の兄が平たく言ってヤンキーなので逃げて行ったのだ。
「ごめんね、いおちゃん。いつも…」
ようやく涙が止まった朋くんは、弱々しい笑顔で謝ってくる。
つぶらな瞳にたまった涙にキュンとする。すごくかわいい。
ハンカチで強くこすったために赤くなったほっぺたも、転んだらしくすりむけた膝小僧も、私の胸をぎゅうぎゅうぐいぐいと締めつける。
「い…いいよ! 朋くんが好きだから、私が守るよ!」
一世一代の告白に、一瞬目を丸くした朋くんはそっと微笑んだ。
「ありがとう…。僕もいおちゃんが好きだよ」
こうして、下校途中の田んぼのあぜ道で、私たちは両想いになった。
―――だが所詮は小学生。
二人の関係にはそれ以前と何の変化もなく、ほどなく突然の別れがやってきた。
朋くんのお父さんが転勤になってしまったのだ。しかも行き先はイギリス。
私も朋くんも、突然の理不尽な別れに散々泣いて暴れた。
小学生のない知恵を絞り、ハンストにも挑戦してみたが、二日目で朋くんが貧血で倒れてあえなく中止となった。
離れていても気持ちは一緒だよ、と渡英の日、朋くんは言ってくれた。
慣れないエアメールをお互い必死に書き送った。親にお願いして国際電話もたまにかけさせてもらった。
家族と喧嘩したときも、学校で嫌な思いをしたときも、いつも朋くんは私を支えてくれた。
優しく励まして、慰めて、ときには厳しいことも言ってくれた。
だから、私は前を向いて頑張って来られた。
―――でも、お互い成長し、交友関係が広がって、手紙の数は少しずつ減ってきた。
はじめの頃は週に一度は送りあっていたのに、今では月一度になってしまっている。
会いに行こう、と思ったのは一度や二度ではない。
イギリス貯金をし、旅行会社をまわってパンフレットをかき集め、インターネットで情報を仕入れた。テレビの英会話講座も見たし、英語の授業は何よりも真面目に受けた。
だが、私は一度もイギリスには行くことができなかった。
怖かったのだ。
お別れするあの日まで、私たちは確かに両想いだった。
でもそれは、ままごとに近い子どもの両想い。
今の朋くんが、大人の男の人として私のことを好きかどうかはわからない。手紙からは幼馴染みに対する好意や親愛は感じられるが、それ以上のものは読み取れなかったから。
そんな状態でイギリスまで行く勇気がなかったのだ。
『え、いおちゃんまだ昔のこと信じてたの? それでイギリスまで来ちゃったって? HAHA!』なんて言われたら、神経の太い私だってテムズ川へ身投げする。
英国紳士はもうちょっとオブラートに包んで言ってくれるかもしれないから、フィッシュアンドチップスのやけ食い程度で済むかもしれないが。
―――もしかしたら、このまま朋くんと疎遠になってしまうのだろうか。
朋くん以外にときめけない以上、私はときめけない人と、適当に付き合って適当に結婚するしかないのだろうか。
花の女子大生が、そんな未来しか思い描けないなんて。
どんよりとした気持ちで帰宅すると、ダイニングテーブルの上に封書が置かれていた。赤い字でAIR MAILと書かれている。
ぴょっ! と心臓が跳ねた。
朋くんだ!!
「いお、お前まだあいつと文通なんてしてたのかよ」
夜勤に行くため早めの夕食をとっていた兄が、下品な音を立てながら味噌汁を啜った。
兄は、顔面は私と似ていて優男なのに、非常に残念な感じに成人してしまった。鋭角で入れられたソリコミに眉毛も散々いじくって、まさに不毛地帯。服装センスも正気を疑うレベルのだっさいジャケットにボンタンだ。
「うっさい、黙れ! 禿げ上がれヤンキーが!」
あンだこらぁ! と立ち上がった兄が追ってくる前に、私は手紙をつかみ自室へ駆け込んだ。
意外とフェミニストな兄は私の部屋には絶対立ち入らない。夕飯の頃には夜勤で出掛けるだろうから、もう大丈夫。気が短い兄は怒りの持続も短いので、明日の夕方会う頃には忘れていよう。
息を整えてから震える手で手紙を開くと、朋くんのきれいな字が並んでいた。
そこにはいつも通り、最近のできごとや、前に送った私の手紙への返答が書かれていたのだが、最後の一文に目が釘付けになる。
『大学入学とともに、一人暮らしをようやく許されました。9月からいおちゃんと同じ大学に通えるよ』
大学に無事受かってから知らせようと思っていたこと、以前通りうちのはす向かいの家で暮らすことが書かれていた。
「……えー!? えーっ?!」
―――まさか。まさか朋くんが帰ってくる。
「お、おお母さーん!!!」
慌てて部屋から飛び出した私に、待ち構えていた兄のヘッドロックが贈られたことは、言うまでもない。
…禿げを気にするなら、ソリコミもブリーチも早急にやめるべきだと思う。
◇◇◇◇◇
よく晴れた日曜日、私はかなり気合いを入れて支度をした。この日のために買った白いワンピースに、薄青のボレロ、華奢なサンダル。メイクもナチュラルなようでいて、ベースはかなりしっかり作ってきた。
「…っ! 来た!」
電工掲示板に、待ち望んでいたナンバーが表示され、思わず私は息を飲んだ。
朋くんの乗った飛行機がとうとう到着したのだ。
飛行機が到着して、降りて、荷物を預けていたら受け取って…。少なく見積もって十分くらいはかかるだろう。
私の心臓は32ビートかと疑うほどの速さで走っている。この状態で十分待つのか。私の心臓は大丈夫だろうか。
そわそわと携帯を取り出したり、髪を触ったりしているうち、ゲートをくぐってくる人たちが増え始めた。
金髪碧眼の外人さん、旅行帰りらしい初老の夫婦、ビジネスマン…。
朋くんと会うのは十年ぶりで、現在の姿は写真すらないけど。
きっとわかる。
絶対に見つける。
「いおちゃん!」
予想していなかった方向から急に呼ばれて振り向くと、一人の男性が立っていた。
180センチ近くはありそうな長身に、優しげな顔立ち、肌は白いが軟弱な感じはなくしっかりとした体格だ。
「………朋くん……?」
信じられない思いのままつぶやくと、目の前のイケメンが微笑んで頷いた。
「うん! いおちゃん、会いたかった!!」
そのままぎゅっと抱き締められる。
それほど強い力ではなかったものの、心が受けた衝撃があまりに大きすぎて、私は身動ぎできない。
「と…朋くんなの? 本当に?」
本当に? まさか。どうして?
知らず涙が溢れてきた。
「…に、にくが…」
「え?」
涙目で見上げると、不思議そうにイケメンが見下ろしてくる。
そのとき私に沸き上がったのは―――。
絶望と、怒り。
「肉はどこいったのー!!」
「っ! 痛ぁ!」
力任せに掴んだ腹部は、硬い筋肉と薄い皮に覆われて、つかみどころがない。
違う、違う、違う!!!
こんなの朋くんじゃない!!
「何してくれてんのー!!? 私の肉はどこいったの!?」
白くて柔らかい贅肉。まさに朋くんの贅沢な肉。
触れると求肥のように包容力に溢れながら、しっかりと詰まったソーセージのような弾力も失わない。
吸いつくような肌に触れると、そこはまさに天国。
晴れて恋人同士になったら、朋くんの膝枕で朋くんのおなかに顔をうずめたり、二の腕をもみもみしたりしたかった。
それが、それが。
こんな形で奪われるなんて…!
「そんなガチムキになって、どうするつもり?! 腹枕は?! 二の腕に顔をうずめるのは?! どうしてくれんの、私のこの想い!」
「ちょ…ちょっと待って! 僕頑張って痩せたんだよ?! いおちゃんに釣り合うようにって思って…」
「……釣り合うって、何。私はあのときの朋くんが好きだって言ったでしょ。中身も、ぽちゃぽちゃの外見も全部ひっくるめて朋くんが好きだったの」
私の言い分に顔を青ざめさせて朋くんは立ち尽くした。
「なに? 朋くんは私が『きゃあ! 痩せてイケメンになった朋くん素敵!』とか喜ぶと思ってたんだ? あの頃あんなに私が朋くんの全部が大好きって言ってたのを、信じてなかったってこと?」
「それは…! 他の人は痩せたら僕のことをバカにしなくなったし、女の子たちだって急に態度が変わって…」
朋くんの言い分に、胸が冷える。
「…へー。そういう、見た目に左右されて態度を変えるような他の人と、私を同じだと思ってたんだ?」
「……っ!」
軽く朋くんの胸を押すと、簡単に腕は外れた。
「帰り方は、わかるよね。…しばらく、そっとしておいて」
私は朋くんの返事を待たず、バスターミナルへ走り出した。
◇◇◇◇◇
「いやぁ、依織がまさかデブ専だったとは」
「デブ専とか言わないでよ。朋くんの肉が好きだっただけだもん」
数日後、大学のカフェテリアで絢と昼食をとりながら、朋くんとのことについて話をした。
苛立った気持ちを整理して、冷静に考えたかったのだ。
「…私がいけなかったのかな。勝手に朋くんが今もぽちゃぽちゃしてるなんて思い込んでたから」
朋くんは身体が弱くて、運動も苦手だった。筋肉があまりついていなくて、基礎代謝が低かったのか、少し食べるとどんどん太った。
そんな体質が急に変わるわけがないと思い込んでいたのだ。
見た目に左右される人と同じにするな、と怒っておきながら、私が誰より左右されている。最低だ。
「……なんつーか、私にはわからんのだが。あれはイケメンじゃないのか?」
絢が指した先には、あれで隠れているつもりなのか、柱の影の席でこちらをチラチラうかがう朋くんがいる。
「一般的にはイケメンだと思うよ。…でも、今は正直ときめかない」
あんなに朋くんを見るときゅんきゅんした胸が、今はうんともすんともいわない。
冷え冷えと凝り固まってしまっている。
「えーと…。ちなみに朋くんとやら以外のぽっちゃりにときめいたことは?」
絢の問いに、迷いなく私は首を振った。
「かわいいな、とか、柔らかそうだな、とかは思うけど、きゅんとはしない」
「あー…。よくわからんけど、二人でもうちょい話し合ったらどう? 私先行ってるし」
言いながら絢はパックジュースを片手に席を立ってしまう。そしておもむろに朋くんへ向かって手招きをした。
びくん! と跳ねた朋くんが、恐る恐るこちらへ歩いてくる。
「こんちはー。図工科の上林絢でーす。私、用事があるんで、ここ座って下さい」
「え、あ、電気工学科の谷田部朋です」
絢の勢いにたじろぎながら朋くんは何とか挨拶を返し、私の方を見た。
「……いおちゃん、ここ座ってもいい?」
「…どうぞ」
まるで、あとは若い者で…と置いていかれた見合いのように、向き合った私たちに気まずい沈黙が落ちた。
「僕、あれから考えたんだ。いおちゃんに、すごく失礼なことを言ったって」
テーブルの上で組まれた朋くんの手のひらは、手えくぼも見当たらず、ごつごつとしていて男性らしい。
「イギリスに渡ってしばらく、食事がどうしても合わなくて半年くらいで随分痩せたんだ。そしたら、今まで僕をバカにしてた人たちが急に態度を変えた」
嘲笑が媚びるような笑顔に、冷やかしの口笛が温かいウインクに。
知らないうちにガールフレンドがたくさんできて、パーティにも毎夜のように誘われるようになった。
「それで、僕はいい気になった。痩せて筋肉をつけておしゃれをして…。そんな僕を、たくさんの人が好きだって言ってくれたから」
自分の指先へ視線を落としたままの朋くんの表情は、よく見えない。
割合落ち着いた声だから、きっと散々考えていたんだろう。
「いおちゃんも、僕を見て喜んでくれると思ってたんだ。……最低だよね。ごめん、本当にごめん」
巨体を折り曲げて、消え入りそうに謝る朋くんに、思わずもういいと言いそうになる。見た目に左右されたのは私だって同じなんだから。…それが他の人と逆方向だっただけで。
「あの…」
「いおちゃん!」
私が発しかけたことばを遮り、朋くんが視線を上げて呼んできた。
くっきりとした二重の瞳に、昔の朋くんの面影はない。だが、そこにはぷっくりと浮かんだ涙。
「こんなバカな僕だけど、あの頃からずっと、いおちゃんが、いおちゃんだけが好きなんだ!」
コーン! とどこかでプラスチックのカップが落ちる音がした。
ええ? とか、場所考えろよー、とかいう声も聞こえる。
おバカな朋くんはすっかり失念しているようだが、ここは大学のカフェテリア。今はお昼時。
イギリスでなら大して気にしないことかもしれないが、日本では大したことだ。
私の悪い噂に、また余計なものが加わってしまった。
呆れる気持ちで朋くんをじっと見ると、大きな身体がぷるぷると震え、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
情けないなぁ、と思う一方で、むくむくと沸き上がってくるのは、強い強い渇き。
きゅん。
―――あれ? きゅん、だと?
まさか。どういうことだ?
試しに、私は微笑んで朋くんに言ってみた。
「そんなことば、信じられるとでも?」
「…っ、ど、どうしたら、信じてくれるの…」
途方に暮れたようにうるうると涙を溜める朋くんに、再びきゅうっと胸が締まった。
身体の内側がぴりぴりとしびれ、熱い塊が込み上げてくる。
そして同時に、すとんと納得した。
なんだ。やっぱり私はデブ専じゃない。
朋くんのお肉は好きだけど、朋くんのお肉を触ったときに、朋くんが恥ずかしがったり嫌がったりするのが好きだったんだ。
私がしたことで、朋くんが泣くのが気持ちいい。嫌なことをされても、泣かされても、朋くんがついてくるのが嬉しい。
なんだ。そっか。
「まあ、せいぜい頑張って? 期待してるから」
私の胸をしめつけられるのは、朋くんだけ。
でも、こんなこと言ったら喜んじゃうから、しばらくは黙っておこう。
私の微笑みに、とうとう朋くんの頬をぽろりと滴がこぼれていった。




