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雑多小説倉庫

ようせいのはなし The Wingless Fairy

作者: 腹黒ツバメ



 あるところに、困っている子どもたちを助けて回る少年がいた。

 誰かいじめられていれば、身を挺して庇って。

 砂のお城が崩れれば、いっしょに修繕して。

 転んで膝を擦りむけば、絆創膏を貼り涙を拭ってくれて。

 喧嘩をすれば、事情を聞いて握手で仲直りさせて。

 そして、子どもたちに名前を訊かれる度、少年はこう答えた。


「僕は妖精だよ」



〈ようせいのはなし The Wingless Fairy〉



 ある日少年は、ひとりの少女に出会った。

 少女は道路の真ん中に四つん這いになって、キョロキョロと辺りを見回している。いったいどうしたのだろうか。

「なにをしているの?」

 気になった少年が尋ねてみると、彼女は驚いたのか跳ねるように立ち上がった。どうやら少年が声をかけるまで、その存在にまったく気づかなかったらしい。

 少女は少年に向き直り、しかし視線は俯いたままで言った。

「……石を探しているの」

「石?」

 綺麗な石でも拾おうと思っていたのだろうか。いや、それだけならば女の子が地面を這いつくばったりはしないだろう。

 きっと、なにか大事なものを失くしてしまったに違いない。

 そう推測して訊くと、

「妖精の王さまからもらった大切な石なの。確かにこの辺に落としちゃったはずなんだけど」

 突然の不思議な発言に、少年は当惑して首を傾げた。

 改めて少女を観察してみると、なるほど、容姿も普通と呼ぶには妙な方向であまりに垢抜けている。

 明るい桃色の髪を左右に束ねていて、丈の短いワンピースも、随所に蛍光ピンクの派手な装飾が施されていた。まん丸の瞳だけが、まるでエメラルドのような翠色だ。

 目撃した瞬間の姿勢ばかりに仰天していたが、彼女自身の見目も言動も相当インパクトが強い。

 しかし、困っているという点では以前までに少年が助けてきた子どもたちとなにも変わらない。

 少年は僅かばかり戸惑いながらも、少女に柔らかい笑顔を向けた。

「大丈夫、すぐに見つけてあげるよ。なんといっても、僕も妖精だからね」

 するとしばしの沈黙があり、少年と少女は顔を見合わせて笑った。



 ふたりで日が暮れるまで探し続けて、すっかり疲弊したそのとき、

「あー! もしかして、これ?」

 少年が二本の指でつまんだのは、ウズラの卵ほどの小さな石だった。太陽は沈んだはずなのに、僅かに虹色に光輝いている。

 河原や道端に落ちている小石なんかとは違う。安物のプラスチック細工ともまた異なる。

 それの透きとおった美しさに少年が見蕩れていると、

「それっ! それっ!」

 少女が力強く指を差して言った。

 彼女の首がまるで壊れた玩具のように上下にガクガク揺れる。

 慌てて少年が手渡すと、少女はそれを両手に包み込んで、ぎゅっと握り締めた。

「ありがとう」

 満面の笑顔でお礼を告げる少女。気のせいか、少し涙ぐんでいるように見える。感涙しているのだろうか。

 時間はかかったけれど、この笑顔を見ることができてよかった。

 少年は石を発見したことに安堵して、そして少女の歓喜に素直に共感して、少女の頭を優しく撫でた。

「本当にありがとう……。ねえ、あなたはなんてお名前なの?」

 少女の質問に、彼は茶目っ気のある含み笑いで答えた。

「言っただろう。僕はただの妖精さ」

 それだけ言って、少年は踵を返してその場から立ち去った。

 しばし歩を進めると、不意に少年は立ち止まって、

「そういえばあの子のこと、なにも聞いてなかったな」

 自分も名乗っていないのに、残念そうに溜め息をついた。



 ★



 そして少年が辿り着いたのは、年季の入ったアパートの一室だった。古色蒼然というよりは、単純に老朽化している。表札はない。

 ジーンズの尻から親指大の鍵を取り出し、安い造りの扉を開く。

「ただいま」

 少年は小さく呟いた。表情は翳っている。

 服、ビデオテープ、ぬいぐるみ、古新聞……雑多なものが投げ出された廊下を、少年はなにも踏まないように用心して歩く。

 少年の一歩一歩に、色の落ちた木製の床が軋んだ。

 奥のふすまに手をかけて、音を立てずに慎重に開く。

 その部屋の中には、まず小さなちゃぶ台に陳列された料理が湯気を湧かせていた。それらの芳香が少年の食欲を刺激する。

 そして畳の上には、内職業務の造花がいくつも散らばっていた。どれも単一の赤色だ。

 そのうちのひとつを両手で掴んだまま、部屋の隅で痩せた女性が静かに寝息を立てていた。


 ――少年の母親だ。


 少年は母とふたりで暮らしていた。

 母は昼夜を問わず内職の仕事に励んでいて、彼の前では辛い表情を微塵も見せなかった。しかし、疲労を必死に押し隠しているのは、誰の目にも明らかで。

 痛々しい母の笑顔を見るのが、少年にはなにより辛かった。

 少年が善行を重ねていたのは、他人の幸せに触れていたかったからだった。誰かの笑顔で心の痛みを和らげたかったのだろう。

 それでも少年は、自分の不幸を呪うことがある。

 少年は母の手から造花を取り上げて、彼女の背中を抱き締めた。

 彼の頬から一粒の涙がこぼれる。

 手の中で、赤い花がくしゃりと潰れた。



 その夜、少年は夢を見た。

 とても幸せな夢だった。



 ★



 翌朝、少年は朝早くに目を覚ました。いつものように、妖精としての務めを果たすために。

 しかし、すぐに外へ駆け出したりはしなかった。

 いや、できなかった。

 玄関を出ると、そこには昨日いっしょに石を捜索した不思議な少女が佇んでいたから。

「きみは……。どうしてここに?」

 頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする少年。

 ――なぜ彼女がここにいる? また僕に会いに来た理由は?

 謎はすぐに解消された。ほかならぬ、少女の言葉によって。

「昨日、ついていってたの。あなたにお礼がしたくて」

 そう言うと、少女は微笑み、少年へと手を差し伸べた。

「今度はわたしがあなたを助けてあげる」

 慈愛に満ちた少女の容貌に、少年は高鳴る鼓動を覚えた。

 しかしすぐに思い直したように少女から瞳を逸らす。

 ――こんな子が、僕の悪夢を終わらせてくれるはずがない。

「僕は妖精だから、きみに助けてもらう必要はないんだよ」

 妖精の名前を利用して、少年は意地の悪い台詞でその申し出を拒否した。それは、あるいは拒絶だったのかもしれない。

 しかし少女は首を横に振った。彼女の顔は、幼い容姿にはあまりに大人びた包容力に満ちていた。

「だけどわたしは、妖精でも困るってことを知っているから」

 瞬間、少年は自分の目を疑った。

 彼女の背中になにかが顕現する。虹色に光り輝き大きなリボンを連想させるそれは――翼?

 流麗な双翼と微笑を携えた少女はまるで本物の妖精のようで――

 いつの間にか少女が右手に握っていた、昨日ふたりで探した石が鮮やかな閃光を放つ。

 その眩しさに、少年は思わず瞼を固く閉ざした。



 再び少年が瞳を開いたとき、既に少女はいなくなっていた。

 代わりに少年の前で微笑みを浮かべていたのは、気弱そうな顔立ちをした撫で肩の男性。

 男性は両目いっぱいに湛えていた涙をボロボロこぼしながら、少年の身体を力強く抱いた。

「今までごめんよ……。これからはずっと、三人で仲良く暮らそうな……」

「父、さん……?」


 そう、男性は少年の父親だった。


 現状を呑みこむには、少年はまだ余りに幼すぎた。

 それでも。

 自分の無力を噛み締めるしかできなかった少年でも。

 理解できたことが、ひとつだけ。

「また……家族みんなで暮らせるの?」

「ああ、そうだよ……! ずっといっしょだ……」

 父の腕にさらに力が込められる。少年は父の背中に腕を回して、この幸せの一瞬を二度と離すまいと心に誓った。

 そして少年は、声を上げて泣いた。



 ★



 ――ときは過ぎ、場所は変わって、とある小さな一軒家。

 かつて離れ離れの生活を送っていた少年の家庭だったが、先の一件で両親が和解して同居が再開された。

 父親の仕事のお陰もあって、ある程度の経済的な余裕も生まれ、少年は大学生になった。

 石を探していた不思議な少女に出会ってから彼の生活は一変したが、非現実的な出来事に遭遇したことは、あれから一度もなかった。

 少年は現在、アルバイトを家計の足しにしながら、大学で電気工学について学んでいる。


 今でも彼は、妖精の存在を信じているのだろうか――?








 読んでいただきありがとうございます!


『少年は今でも妖精の存在を信じているのか』という問いに、正解はありません。

 回答は用意できませんが、よろしければ予想してみてくださると嬉しいです。



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