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風が紡ぐ詩  作者: 日向晴希
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常夜の森は心を蝕む

 普通ではあり得ない状態になっている獣ではあったが、それでも獣としての本能はちゃんと残っているようで、目の前から逃げ出した二人を追って血みどろのまま森の中へと飛び込む。


「なんで生きてんの!?」

「知らん! 俺に訊くな!」


 上には木々が生い茂り、下には木の根が絡み合い、暗く足場の悪い森の中を出来る限りの速度で走り抜けながら、二人は今見たものが自分一人の見た幻覚などではない事を確認し合う。背後からは同じように木々の隙間をすり抜けながら後を追ってくる獣の足音。普段は背中の翼で空から獲物を取るため森の中を走る事には慣れていないようだが、それでも二人の焦燥を掻き立てるには十分な速度だった。

 起伏の多い足場と少し先を見通すのも一苦労なほどの視界の悪さ、そして背後から聞こえる追跡者の足音。それらが精神的、肉体的にじわじわと二人の体力を削っていき、ついに重たい武器を背負っているカイトの方が足をもつれさせて苔むした地面に倒れ込んだ。


「カイト!」


 隣を走る相方の姿が消えた事に気付いたクロードがすぐに足を止めて、走ってきた道なき道を振り返る。すると視線の先に、起き上がろうと腕をつくカイトの背後に今にも飛びかからんと迫りくる血みどろの獣の姿を捉えた。

 彼は反射的に膝に巻いたホルスターから投擲用のナイフを引き抜き、いつの間にか断面の塞がっている獣の頭めがけて投げていた。


 あやまたずにナイフは獣の眉間に直撃したが、粉々に砕かれたはずの頭蓋骨も再生しているらしくあっさりと弾かれ、相手を僅かに怯ませただけで終わってしまった。しかし、飛びかかるタイミングがずれた、その僅かな隙をついてカイトが身体をうつ伏せから仰向けに回転させて獣の着地点から抜け出す。そのままごろごろと地面を転がっていき、相手からある程度の距離を取ったところで起き上がった。

 一応背中の大剣を引き抜いてみたはいいものの、周囲に立ち並ぶ木々が邪魔で満足に振るえそうにない。これは逃げる場所を間違えたと内心舌打ちをしつつ、カイトは走りづめで乱れた呼吸を整えようと深呼吸をする。

 息が上がっているのは獣の方も同じなようで、カイトとクロード、どちらを先に狙うか視線を巡らせつつ、唸り声にも似た音を立てながら空気を貪っている。


 そのまましばらく睨み合いを続けお互いの息がだいぶ落ち着いてきたころ、先程頭蓋を砕かれた恨みがあるからか、はたまたこの状況下では得物がろくすっぽ振るえない事を見抜かれたのか、獣はカイトの方へと頭を向け、大きく雄叫びをあげて襲いかかってきた。

 しかし、自分の分が悪いという事はカイト自身もよく分かっているため、自慢の得物である大剣を無闇に振るう事はせず、相手の攻撃を受ける盾として使用する。


 直後にやってきた衝撃を、肘まで使って大剣の腹を押さえる事でなんとか防いだ。自身の体重よりも遥かに重い相手がぶつかってきているのでじりじりと後ろに体勢を崩されてしまうが、そこは先程までは忌々しいものでしかなかった木の根に足をかける事で踏ん張りを利かせる。


 長時間の競り合いになったら自分が負ける事は分かり切っているので、この状態からどう抜け出すか打開策を考えようとするが、すぐ近くで聞こえる獣の荒い息とどくどくと早鐘を打つ自分の心臓の音とが思考を邪魔し、なかなか考えがまとまらない。このままではいけないと頭の片隅で危機感が喚くが、一方で自分で思いつけないなら他人を頼ればいいと楽観視する自分もいる。

 そして、事態は後者の通りになった。


 骨を断つよりも肉を切る事を目的とした、刀身が鋭く湾曲している方の短剣を両手で持ったクロードが、それを深々と獣の背中に突き立て、力任せに背中の肉を引き裂く。大量の血飛沫が飛び、彼の青い髪や鉄糸の編み込まれた上着を汚していくが、そんな事に気を止めた様子もなく二回目の攻撃を放つ。

 皮だけでなく筋肉まで千切られ、獣は苦悶の声を上げる。同時にカイトへの攻撃の手を緩め、翼を大きく羽撃かせる事で背後にいるクロードに反撃を仕掛ける。だが、それでもクロードの攻撃の手は止まらず、たまらず獣は後ろに大きく飛び退った。

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