8: 熱砂の地にて
皇竜と「屠竜士」たち。
ファーストコンタクト前の、ワンクッション。
深刻な事態が、微妙に深刻にならない罠。
すべて、師匠の責任です。
Side:アルバ
見渡す限り「紅い」砂漠。
僅かに顔を出す岩や、小さなオアシスを目印に、黙々と歩く。
目の前には見慣れた光景。
いつもの煤けた外套の剣士の背中。
弓使いの竜人族、その翼在る背中。
あり得ない迫力の戦闘鎚を、軽々と背負う白虎族の華奢な背中。
……何だろう。
最後の1人は盛大に「何か」を間違えている気がする。
「それにしても、暑いわ。折角『冷却剤』塗っても、あたし毛皮だし。
なんかこうジト~って蒸れるの。弓のオッサンはどうなの?鱗でしょ?」
「普通に弾く。」
「やっぱり竜鱗だもんね。なのに一応塗るんだ?」
「気休めという奴だ。」
イグナシオさんは、普段に輪を掛けて無口だ。師匠は基本無言。
只1人、ハ・クレン嬢だけが生き生きと言葉を発している。
取り留めのない軽口を叩き、やたらと明るい態度は、不安の裏返しか?
それを解っているので、イグナシオさんも彼女を邪険に扱わない。
「……殆ど流れ落ちるのは、流石にどうかと思うがな。」
「ドブに捨てるくらいなら俺に寄越せ。支給品の『冷却剤』にも限りがある。
『本番』は“直飲み”必須、幾つあってもたりゃしねぇんだからよ!」
普段の2割り増しに「眼が死んでいる」師匠は、口を開いたかと思えば、
案の定、イグナシオさんに突っかかる。
本人は軽口を返したつもりだろうが、口調には盛大にトゲがある。
幻竜の討伐とあって気が立っているらしく、師匠の気配は既に一触即発だ。
すわ、大喧嘩勃発か……と思いきや。
「なっ………おい、アレは飲めるのか?!」
「飲めるとも。効果は寧ろ高い―――んだが、酷い味だぞ。何せ、「砂蛇」の
冷却器から出る体液の生搾りに、苦菜の中和剤ってな壮絶ブレンドだ。」
「聞くだけで生臭そうだな。」
「ついでに青臭い。下手に香料を加えてる所為で、所々甘ったるい。」
「そ、想像しがたい味ね。」
「安心しろ。すぐに嫌っつーほど味わう羽目になる。」
ご覧の通り、イグナシオさんの感性が微妙にズレているお陰で、喧嘩には
発展せずにすんでいる。実は、先程からこれの繰り返しだ。
ハ・クレン嬢が騒ぎ、イグナシオさんが応じ、師匠が突っかかる。
それを少し離れたところで、僕が眺めている。
因みに、ハブられている訳じゃない。これが僕の「仕事」だからだ。
前衛3人に、後衛1人。
そう、『竜殺し』では、スカウトの僕が「唯一」の後衛だったりする。
前衛組は……もはや『カオス』。その一言に尽きる。
最大火力の師匠が、最前線で属性を纏わせた「魔剣」を振り回せば、
火炎が空気を灼き、氷柱が地面に生え、竜巻と雷が荒れ狂う。
巨大戦闘鎚を盾に“タンク”を勤めるのは、ヒーラーのハ・クレン嬢。
地味に防御力も高く、ダメージは受けた端から即回復。
相手から見れば、嫌がらせを通り越し、もはや悪夢の域であろう。
その2人に混じって、弓を打ちまくるのがイグナシオさん。
彼は、相手の行動を確実に制限できる、中近距離フォローの達人の癖に、
ちょっと目を離すと、『矢斬り』で近接戦闘を始める困った癖を持つ。
それが正規の剣士よりも強いので、本当に困る。
この脳筋3人衆。
戦闘中に放っておくと、本当に碌な事をしない。
特に師匠なんか、かつて1軍を任された指揮官だった筈なのに……何故だろう。
それはそうと、前衛が『暴走』を始めそうになった時こそ、僕の出番だ。
索敵しつつ、全体を俯瞰して指示を出しつつ、狙撃でフォローを入れつつ、
場合によっては罠も張りつつ、必要とあらばデコイにもなる。
僕の任務は、後方支援によりとにかく『戦線』を崩壊させないこと。
……もとい、周囲への被害を最小限に保つこと。
気分はいつも猛獣使いだ。
「いつか、戦闘指揮をするときの良い修練になるだろう?」
師匠はいかにも“それっぽく”訓戒を垂れたが、アレは絶対に違う。
あの人は、自分が面倒なことをやりたくないだけだ。
もういい、スカウトの仕事に戻ろう。
此処は危険な『夢幻砂漠』、僕1人ぐらいは真面目に働かないと。
※
「すみません。多分『公式地図』が途切れました。」
僕は立ち止まって地図をアイテムポーチに仕舞った。
ルート確認の目印は途切れ、『公式地図』はもう、ただの紙切れでしかない。
前を歩いていた3人も立ち止り、こちらを振り返る。
「マジか。現在座標は?」
師匠がコンパス片手に戻ってくる。
僕は携帯計測器を「基点」に向けると、暫し考える。
「基点」とは砂漠に立てられた、長い石柱のこと。
その先端を計測器の先端に会わせ、水平軸の目盛りの数を数える。
「最後の「基点」から3目盛り。」
「つまり、公式踏破地域から4.5㎞くらいか?」
「進路は間違いなく砂漠の中央に向かっています。安心してください。」
「その辺はお前の領分だ。任せておく。」
僕の返事に、師匠は満足そうに頷いた。
この紅砂の海を、どれくらい歩いただろうか?
約半日。
安全対策が組まれた『公式地図』の範囲を一気に縦断、踏破した。
通常の討伐依頼ならば『公式地図』から、出ること自体がまずあり得ない。
縦断の必要があるにしても、補給拠点ごとにキャンプを張り、最低2日掛か
るのが当たり前だ。
「今回は時間との勝負だ。最深部で長期戦になれば死ぬぞ。」
師匠の一言から始まった、この強行軍。
水と食料は、魔力さえあればなんとでもできる。
そう常に豪語し、かつては『歩く兵站』とまで呼ばれた師匠をして焦らせる、
『夢幻砂漠』の未踏破地帯。
僕も長く「屠竜士」をしてるものの、立ち入るのはこれが初めてだ。
砂塵で煙る薄暗い空は、何故か太陽熱だけは遮ることなく、赤外線がジリジリ
と内側から身体を焼き、『冷却剤』を皮膚に塗布しても体力が奪われていく。
(なるほど、これは噂以上に過酷ですね。)
実は、僕は早々に『冷却剤』の効果に見切りを付け、魔力で薄い冷気の膜を
展開することで、体温を下げる方法へと切り替えていた。
既に、数本の魔力回復薬を消費しているが、卑怯とは言わないで欲しい。
僕の「スカウト」技能は、チームの生命線。
余計な戦闘を回避し、最短ルートで目的地へとチームを導くこと。
その作業には、集中力と気力が不可欠。
貴重な魔力回復薬を大量消費してでも、体温を一定に保つ必要があった。
―――――が、この太陽熱。
平気で魔力の防壁を貫通してくる。
前衛3人程ではないにせよ、異様な熱気に身体が保ちそうにない。
獣人であるハ・クレン嬢が一番辛そうだ。
少しでも体内の熱を逃がそうと、だらりと舌を出して息を荒げている。
いくら僕でも、その光景に「眼福」といえるほど、変態ではない。
「嬢ちゃん。暑いのは解るが、口は閉じろ。肺を痛める上に、口の水分が飛ぶ。
コイツを貸してやるから、頭から羽織ってろ。」
「あ、ありがと…………うっ、加齢臭!」
「やかまし!死にたくなけりゃ黙って着てろ。」
師匠が草臥れた外套を、ハ・クレン嬢に被せる。
文句を言いつつ大人しく外套を借りた所を見れば、本当に限界だったらしい。
外套を貸した本人も辛いらしく、『冷却剤』をアイテムポーチから取り出し、
顔を顰めたのち、一気に煽った。
瞬間。
《ぐぉふあっ!!》
この世の物とは思えない呻き声が、師匠の口から飛び出す。
素材からして「絶対に飲んではいけない」部類の薬品だから、仕方ない。
師匠は「飲める」と言ったが、瓶には赤字で「飲用禁止」と書いてある。
「それは、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だ……但し、服用後1週間は血尿が出る。」
「何処が大丈夫なのだ!!」
「背に腹は代えられんだろうが。確かに腎臓と肝臓がイカレるが一時的な物。
この熱気でおっ死ぬよりゃ大分マシ。違うか?」
「そりゃそうだが。」
「大丈夫だ。俺は何回も「この方法」で最深部から生還した。そして、この
方法が「最良である」と身をもって学んだ。信用してくれて良い。」
ただし。
チラリ、と師匠がハ・クレン嬢を見る。
「お嬢は駄目だ。本当の限界までこの手段を使うな。俺達『主砲』が壊れ
る分にゃ構わんが、お前はその『主砲』を修理する立場なんだからな。」
「少しぐらいなら問題ないっ。あたし頑丈だし……何より暑いし。」
「お嬢は、詠唱が必要なタイプの「ヒーラー」だろ。ならば尚更駄目だ。
この薬は「内臓」がまずやられるんだ。じきに吐血も始まる。」
「にゃっ、吐血!?」
「血反吐を吐きながらの戦場にゃ慣れてる。いつものことだ。だが、
詠唱できないヒーラーは、単なる『戦場のお荷物』。解ったか?
つーか、相変わらず悲鳴だけは妙にかわいいのな。」
「……セクハラ反対。兎角、症状が出たらすぐに言いなさいよね。」
「アルバ、お嬢にも魔力障壁を掛けてやれ。回復薬がゴリゴリ減ろうと
構わん。今回はお前の魔力回復とお嬢の体調維持を最優先とする。」
ハ・クレン嬢の背中を押した師匠は、すぐに片手で口元を覆う。
指の隙間から、じわりと黒い血が溢れ出す。
「相棒?」
「……っ、問題ない。正直、今は止まっている時間すら惜しい。幸い竜人
のイグナは熱に強い。ターゲットに出会うまで戦闘のメインを任せた。
『冷却剤』を飲むのは、遭遇後。そうしてくれると有り難い。」
「了解。お前は補助で温存していろ。」
「恩に着る。戦闘指揮はアルバ、いつも通りお前に一任しておく。だが、
危ないと思ったら迷うな。俺をメインに投入しろ。以上だ。」
ドス黒い血痰を吐き捨て、師匠は口元を袖口でぬぐう。
イグナシオさんは弓を折りたたみ、完全に「前衛シフト」の体制を取った。
僕はというと、嫌々走り寄ってきたハ・クレン嬢に氷の障壁を張ると、そのまま
体内の魔力に働きかけ、全ての感覚器官を研ぎ澄ます。
返ってきた「音」や「魔力反応」を脳内で、3次元マップに構築。
その情報を元に、僕は、最適ルートを割り出す。
「目的地をもう一度確認します。幻竜の領域と思われる のは、
此処より5㎞先のエリア。因みに、同エリアに隣接する「遺跡」に拠点設営が
可能と思われる場所も発見しています。」
「其処が安全地帯か?」
「竜族の生体反応が薄いので、恐らくは。」
「よし良いだろう。皆、遺跡まで一気に抜けるぞ。」
「了解。再び索敵を開始します。」
僕を先頭に、再びチームは動き出した。
生きて還えれば、『ギルド史上最も過酷な強行軍』の認定間違い無しだ。
人の命を嘲笑うようなこの太陽光を、僕は、きっと生涯忘れないだろう。
師匠は、刑事コロンボでいう「ウチのかみさん」。
スレ●ヤーズでいう、「故郷の姉ちゃん」。
但し、本文中で好き勝手かませる「反則キャラ」……なんと端迷惑な。
この先、師匠のみ「主観視点」は無い予定です。