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6: 砂塵の町

街で買い出し中の「髭」と「イケメン」。


髭の過去のポロリもあるよ。

ひねくれてますが、髭なりの「愛情」です。

師匠は弟子に過保護で甘いのです。

砂海国『シェラザード』



シェラザードの始まりは、簡素な城塞都市であった。


大砂海はどういった訳か、不毛の熱砂に覆われながら、竜の揺りかごであった。

亜竜も含め、大小様々な竜種が繁殖のために訪れ、砂海から世界へと拡散してゆく。

一説によれば、大砂海の最深部には大きな『魔力溜まり』が存在し、その魔力に惹かれ

竜達は大砂海へ集まってくるのだとか。


集まるのは別に構わない。

問題は、新たな個体が生じ、脅威となって拡散してゆくことだ。


先手必勝。


巣立ち直後の若竜ならば、討伐はさほど難しいものではない。

その発想の元に、大砂海には多くの城塞都市が造られた。

広大な砂の海を東、西、南、北、中央、の5つ領域に分割し、その中で一番大きな

城塞都市を「中央」と呼び『冒険者ギルド』本部とし、周囲に組織網を敷いた。

砂海の竜を逃さぬ包囲網を築くために。


大砂海の中央に位置する『夢幻砂漠』地帯。

その『夢幻砂漠』に在るオアシスを囲んだ城塞都市の名こそ、シェラザード。

冒険者の中でも「ハンター」と呼ばれる職種。

とりわけ「竜種討伐」を生業とする「屠竜士」達の聖地。

多くの『伝説』を生んだ城塞都市は、いつしか、王都となり、砂海は国となった。

資源には乏しいが、砂海のもたらす『竜素材』は、国に莫大な利益をもたらす。

竜の血を啜り、何一つ生み出さぬ、奪うことしか知らぬ不毛の国。

吹き荒れる砂塵は流された血の故か、呪われたごとくに赤く、どこか錆臭い。

そんな砂海の国を、ある国はこう皮肉った。



『あの国は、きっと竜の怨嗟で出来ている』と。







城塞都市の1番街。

つまり、王宮から伸びる一番大きな道に、その人影はあった。


剃った形跡も怪しい無精髭。清潔さのない伸び放題の金髪は灰色にくすんでいる。

長身を包む外套は砂塵にまみれ、目つきは澱み、全体的に「疲れ」が滲んでいた。

この草臥れはてた中年男は、キース・カーツラント。

中央ギルド認定最高ランクのチーム『竜殺し』に所属し、かつ、単体火力でも

最高ランクを誇る「屠竜士」でもあり、多くの二つ名や『伝説』を持つ。

公式の職業は、魔剣士。

高レベル付加魔法で属性エンチャントを施し、振るう剣の腕は『剣聖』クラス。

―――というハイスペックを、残念な外見が裏切りまくっている。



「相変わらず、この街の相場はブッ壊れてやがる。干し肉1つで銀貨だぜ?」



不景気そうな顔で、不景気なことをぼやき、埃っぽい干し肉を食いちぎる。

暫く咀嚼した後、心底うんざりした表情で、キースはそれを強引に飲み込んだ。

その輝きのない瞳は、まさに死魚の如し。



「……そして、味は最低だ。何だこの泥臭くて、砂っぽい歯ごたえは!」


「香辛料の所為でしょうかね。」


「どう考えても砂だろ。」


「では、砂金でも使っているのでしょう。そう思わないとやってられません。」



キースのぼやきに、一々相づちを返しているのは、銀髪碧眼の美青年。

あらゆる物を埃っぽく「装飾」してくれる砂塵の中でも、彼の容姿は霞む

事無く、周囲の露天から女性の視線を引きつけまくっている。

凄まじい吸引力を見せる彼は、アルベルト・ウォーロック・オーレンベルグ。

砂海国シェラザードから見て、北方領。

オーレンベルグの第2王子という身分を持つ、所謂『本物の王子様』だ。

自称、『剣聖』の弟子。

キースにくっついて冒険者家業に明け暮れる、とんでも王子である。

本人に言わせれば「竜種の討伐も王族の義務」なんだとか。



「―――不毛な冗談はともかく、「買い出しリスト」をもう一度確認しますよ?

 まずは、ハ・クレン嬢の分から“魔力補助薬、増幅薬、魔力回復薬、麻酔”。」


「大丈夫だ。」



アルベルトが紙片を読み上げ、キースがアイテムポーチを漁る。

アイテムポーチは、先住文明の「謎テクノロジー」の産物で、原理は不明ながら

何故か、容積以上の物を収納できる便利アイテムだ。

冒険者の必須アイテムだが、一般人にとっても生活必需品となっている。



「続いて、イグナシオさんの装備品“竜矢700本、炸薬液、通常矢セット”」


「大丈夫だ……多分。数えてないが。ところで通常矢は1セット498本だっけか?」


「…………まあ、そういうことにしておきましょう。」


「面倒くさいしな。」


「流石は師匠。店に引き返すのも、数え直すのも、ですね。解ります。」


「アイツの場合、その辺の木の枝を番えても「真っ直ぐ飛ぶ」んだ。問題ない。」


「流石、『弓聖』ってことですか。」


「間違っても尊敬するなよ。単にアイツがおかしいだけなんだ。」


「なるほど、つまり類友ですね!」


「誰が「なるほど」だ、この馬鹿弟子が!!」



キースは怒鳴りながら、砂味の干し肉をアルベルトの口の隙間からねじ込む。

一瞬、アルベルトが白目を剥いた気がしたが、キースは見なかったことにする。



「………で、アルバ。次!」


「うっ、予想以上に不味い。次は、師匠のですよ。読むまでもないでしょう。」


「簡易砥石。よし!」


「そもそも、手荷物がいつも「剣と砥石」って何なんでしょうね。世の中の

 屠竜士に喧嘩売ってますよね?それで生き残ってる時点で、人外ですね。

 流石です。因みに、僕の買い物は終わっていますから、お気になさらず。」


「口数がいやに多いな。お前はいったい何を買った?」



ジロリとキースが睨めば、アルバートはすっと目をそらす。

コイツは……。

首を左右に振ったキースは、ポケットを漁り、数枚の干し肉を取り出した。



「な・に・を、買ったんだ。答えないと「干し肉」を口に突っ込むぞ。」


「単なる、閃光弾と各種痺れ薬、基礎の調合材料と、トラップキット。あとは

 粘着弾、特殊属性弾、感覚攪乱系の呪符を少々……まだ少ない気もしますが。」



聞けば出てくる、禁制品すれすれの装備品。

対竜用の感覚錯乱系の呪符などは、ひょっとしなくとも、違法品であろう。


「違法薬物の入手ルートは……まあ、見当はつく。しかし、呪符はどうしたんだ?」


「魔導紙だけ買って、自分で構成しますよ。腐っても『ウォーロック』ですし。」


「何処でそんな技術を。王族の癖に嘆かわしい。」


「それぐらいの心意気でなければ、王宮で生き残れませんって。」


「胸を張るなよ。不良王子。」


「……それはどこかの騎士団長が出奔かまして、治安が悪化したからですよ。」


「正直済まんかった。」


「誰も、師匠のこととは言ってませんが?」


「ぐっ。」



潰れた蛙のような呻き声を上げるキース。

恨めしげにアルバートを睨むが、銀髪の美青年は何処吹く風だ。

他国とはいえ天下の往来で、飄々と語られる国家機密レベルの会話。

すれ違う人々も、それが「金貨1000枚以上の価値がある情報」とは思うまい。

もっとも、二人が交わすのは大陸共通語ではなく、少数民族の「オーレン語」。

聞こえたところで、単語の意味すら解らないだろうが。



「なあ、アルバ。いや、アルベルト。今回の仕事だが………」


「またいつもの「手を引け」ですか。」


「そうだ。特に今回は相手が悪い。下手を打てば死ぬ。」



ふと、キースの瞳に光が宿る。

実直で厳格な―――有無を言わさぬ琥珀の瞳が、真っ直ぐにアルベルトを射抜く。



「現在の王太子殿下は病弱だ。実質、お前が第一位の王位継承者の筈だろう?

 お前の事情はわかっている。犯人を己の手で……その親心も解らなくはない。

 だが、もう3年も経つんだ。これを機に、本来の場所へ帰れ。」


「まだ3年です。」


「3年。お前は王族の義務をなげうって「復讐」に奔走した。もう良いじゃないか。

 大人しく王位に就け。お前の「妻」も攫われた「娘」も許してくれるだろうよ。」


「そんなの……そんなの狡いですよ。」


「何が狡いんだ?」


「僕が死んでも、叔父上が生き残って王位を継げばいいじゃないですか。僕ばかり。

 叔父上はいつもそうだ。誰かに責任を負わせて自分ばかり自由に生きている。」


「……………アルベルト。」


「僕にだって、自由があったって良いじゃないですか。せめて、エリアーデと

 名前もなかった娘の(あだ)を討つまで。自分の意志を貫く自由があっても!」



アルベルトは、こみ上げる嗚咽を必死に押さえ込む。

目尻に光る物に気がついたキースは、しかたない、と肩をすくめた。

そして、子供を宥めるように頭に手を置く。



「昔から、お前はとにかく「師匠の言うことを聞かない弟子」だったな。」


「そうですよ。今更に再確認ですか。」


「可愛い気のねぇ……だから剣がまったく伸びねぇんだよ。バ~カ!」


「人格破綻の髭オヤジに言われる筋合いはありませんよ。」


「此処からは独り言だが、「大の男が決めた生き死になら、好きにすりゃ良い

 んじゃないか」。ま、何処かの小汚い髭オヤジが呟いた「独り言」だけどな。」



思う様にアルベルトの髪をかき乱すと、キースは両手をポケットに突っ込む。



「それとな、お前の叔父上は「キルギス」つーんだよ。俺はしがない屠竜士

 のキース。こんな小汚ねぇオヤジが公爵様を語っちゃ、“不敬罪”だぜ。

 そうだろ、アルベルト殿下?」


「……僕はアルバですよ。師匠こそ耄碌したんじゃないですか?」


「そうだな。俺が悪かった。只の「アルバ」が幻竜に挑んで野垂れ死のうが、

 オーレンベルグにゃ関係ねぇこったな。いつものお前らしく好きにやんな。」



ニヤリと笑みを口端に貼り付けたキースだったが、次の瞬間には、また

死んだ魚のような眼をして、ふらふらと人混みを縫って歩き出す。

ぶつかりそうでぶつからない絶妙な体裁きは、流石に見事だ。



(やっぱりかなわないな、叔父上には……。)



かつて「救国の英雄」と呼ばれ、高潔故に、全てを投げ捨て自由を選んだ背中。

ほんの少し先を歩く、砂塵で煤けた外套を纏うそれは、少しだけ眩しかった。

グシャグシャにされた頭髪を手櫛で整えると、アルベルトも歩き出す。

宙を舞う、赤い砂塵の向こう側。

チームの拠点ホームは、もう目の前だった。




ずっと、師匠のターン。


ハクレンが居なければ、意外と真面目なアルベルト。

買い出しだって率先してこなす、雑事のプロ。まさに縁の下の力持ち。

……王族なのに立場が微妙に不憫ですね。


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