5: チーム『竜殺し』
話は打って変わって、人間サイドのお話。
地理、細かい情報は、とりあえず流して読んでください。
それは、彼等にとっては、よくあることだった。
シェラザード冒険者ギルド。
通称「本部」と呼ばれるギルドの、ギルドマスター直々の指名依頼。
それが差すことは1つ。
このチーム『竜殺し』が、最高ランクのハンター達であるということ。
「要は、体の良い便利屋だろう?」
リーダーの中年男は、悪態をつきつつ封筒を受け取ったのだった。
チームの未来を思わぬ方向へ導く「運命の依頼書」を……。
※
「……ったく、こちとら身体はひとつだっつーの!」
ギルドの酒場に響いたのは、冴えない中年男性の声。
SSSランクのチーム『竜殺し』のリーダーだが、ぱっと見は冴えないオッサンだ。
冴えなさ具合も、くすんだ金髪に茶色の眼という、完膚無きまでの平凡さである。
一応、彼、キース・カーツラントの名は、世界3強に数えられているのだが、
本人を見た人間の反応は「また、偽物か。」と、至極冷淡なものだ。
要するに、有名人的なオーラがない。
無精髭にボサボサの髪、その日暮らしで場末な空気を纏った、駄目オッサンである。
よく言えば“人は見た目によらない”のだろうが、まあ物は言い様というやつだ。
「なぁ、イグナシオ。昨日は昨日で、上位飛竜ぶっ潰した帰りの竜車の中
…だったよな?帰ってきてギルドに顔出しゃ、構成員共のやらかした請求書やら、
武器屋からのKH(金払え)督促状。そんで、トドメはギルドのクソ爺だ。
やってられっか!」
「……請求書についてだが、9割はお前の破壊した公共施設ではないのか?」
「と、ともかくだ!なんで帰って早々に皇竜なんだ!しかも番とか!」
死ねる。マジで死ねる。
右手でグラスを握りしめ、呻き声を上げる無精髭の中年男。
それを胡散臭そうに、表情は解りにくいが、胡散臭そうに眺める竜人族の男。
『亜人』と呼ばれる人種の中で“最強種族”と言われる、竜人族。
魔力に優れた翼竜型のドラウ族と、膂力に秀でる走竜型のレグス族に大別されるが、
共に他種族を圧倒する怪力と魔力を誇り、他種族となれ合わない。
―――筈であるが、この男。
竜人族の癖に徒党を組んで冒険者やっている変わり種。
彼は、イグナシオ・ルハ=ドラウ。
剣士の多い竜人族の癖に弓使いであり、『竜殺し』のサブリーダーでもある。
「ともかく、落ち着けキース。むさ苦しいのは髭面だけにしろ。」
「テメェにだけは言われたくねぇよ。この鱗ヅラが。」
「この造形美が解らぬとは。哀れだ。ついに人類から猿に退化したのか。」
「るせぇよ、この羽トカゲ!剣の錆にしてやろうか。ぁあ!?」
「ふむ。貴様の脳天に風穴を穿つことについては吝かではないぞ?」
ギリギリと、“コロス”視線を向けあう、リーダーと副リーダー。
『剣聖』だの『専業屠竜士』だの渾名を持つ、冴えない中年剣士は愛剣に手を掛け、
『矢斬りの竜殺し』の異名を持つ、竜人の規格外アーチャーは対竜矢を逆手に握る。
「おいおい、イグナの旦那よぉ。矢は弓で射るもんだろうがぁ!なめてんのか!?」
「貴様には『穿竜弓』を引くまでもない。貴様こそ『鞘』で竜人の鱗が斬れるとでも?」
「はん、下位飛竜ランクごとき、撲殺で十分だっつーの!」
「友よ。そろそろ決着を付けるときが来たようだな。」
「そのようだな!」
「―――んな物騒なモン、永久につけんじゃないっ!武器を仕舞え!席に着け!!」
剣呑な2者に割って入ったのは、虎耳の獣人。
ボンキュッボンの爆乳ボディーで、攻撃的な外見だが、彼女はコレでもヒーラーだ。
もっとも、どう見てもハンマーにしか見えない『自称:ワンド』を振りかざし、
獲物に特攻をかますヒーラーを、『癒し手』と呼ぶのかは微妙だが。
彼女は、神獣の系譜にある妙齢の白虎族で、名はハクレン。
『瞬殺クラッシャー』などと、物騒な二つ名があるのは、この際脇に置いておこう。
自称『チームの良心』らしいが、それもかなり疑わしい。
「何だよハクレンのお嬢ちゃん。男の勝負に水差すなよ!」
「同士討ちを「男の勝負」とほざくのか、キースの髭野郎。あと息が臭いから黙れ。
その巫山戯た加齢臭をこっちに向けるな。喋るな。息するな。空気が濁る!」
「………orz」
「そっちの弓オヤジは、手前が昨日の依頼でバラ撒いた矢の数を数えろ。その上で
其処の小汚ねぇ髭オヤジの治療費が捻出できんのなら、あたしゃ止めねぇよ。」
「捻出できるならば、倒してしまってもかまわんのか?」
「頼むから真顔で聞くなよ。まぁ、どのみち無理だけどな。あと借金返しやがれ♪」
「…………orz」
いい歳した中年冒険者2名(共に、世界3強に数えられる最高ランカー)を、
再起不能の『orz』状態に追い込み、彼女はジョッキの安酒を煽った。
名前からして物騒なチーム『竜殺し』であったが、その『良心』も些か凶暴らしい。
良心まがいの非常識な虎人族は、髭のオッサンこと、キースの手元から、
チーム宛ての依頼書をもぎ取った。
「さてさて、我らがチームに今回はどんな無理難題がやってきたんだ?」
「近年希に見る、最低最悪の“死刑執行連絡書”だぜ。目玉かっぽじって良く読みな。」
キースの軽口を受け、依頼書を軽い気分で読み流していたハクレンだったが、
その黄金の瞳は、次第に剣呑な光を帯び始める。
「皇竜ソル・グリムレア、皇妃竜ソアラ・グリムリス……幻竜の番討伐だと!」
「わらっちまうだろ?」
「嗤うどころか反吐すら出る。奴らは単独でもSSS級なんだぞ!?それを番。
しかも、討伐までの経緯が巫山戯てすぎてる。何なんだこの依頼は!!!」
バン、とテーブルに依頼書を叩き付けると、ハクレンは、どこからか取り出した
ナイフを逆手に持ち、ギルド長の署名の上へと突き立てた。更にグリグリと抉る。
また器物破損を―――と、言いかけたキースだったが、鋭い一瞥を貰って黙る。
「そもそも、オッサン。このシェラザード砂漠に皇竜なんて住んでたの?!」
「俺もその依頼書で知ったが、原住民に伝承で語られるほどの古い個体だそうだ。
原住民っても、保護指定受ける“古代の民”だから、一部の考古学者しかしらんだろ。」
「保護指定?ああ、『砂漠の民』か。野人の彼等から良く情報を引き出せたな。」
机の上から依頼書を、突き立てたままのナイフをそのままに破り取ると、イグナシオは
おもむろに手のひらでぐしゃぐしゃに丸めて、魔力で着火する。
「イグナ……いくらギルドの爺が気に喰わんからって、ギルドで燃やすなよ。」
「ああ、すまん。魔力の無駄遣いだったな。」
「問題は其処か――ってもういいや。イグナだし。伝承を元にギルドが収集した情報に
よりゃ、獰猛な皇竜種にしては『珍しく』 温厚な個体達だったらしいぞ。」
「だった?過去形??」
「断定が出来なくなった、というのかねぇ。温厚な幻竜を刺激しないためにギルドも
情報を隠蔽していたんだろうが、功名心溢れる中位の馬鹿が巣を襲撃したらしい。
当然、馬鹿共は幻竜の怒りに触れてほぼ皆殺し。唯一生き残ったスカウトのクズ野郎
は、よりにもよって幻竜唯一の逆鱗……つまり「卵」を踏みにじりやがった。」
「下種め。」
キースの説明を受け、底冷えのする声で呟いたのはイグナシオ。
竜族独特のマズルの端に、ブレス紛いの炎が燻っているのは気のせいではあるまい。
「そういえばお前、昔から“卵の殲滅”の類を嫌うよな?」
「我らが卵生種族であるのを忘れたか、相棒。人間風に表現すれば、妊婦の腹を割き
胎児を引きずりだして踏みつぶすような、外道かつ野蛮な行為なのだぞ!」
「……お前が怒るのも納得だな。」
「いくら伝説的なまでに温厚な幻竜といえど、それでは激怒して当然だ。
むしろ「黒竜」 化しなかっただけでも救いだ。いや……むしろ奇跡だ!」
「黒皇竜か。冗談でも関わりたくねぇぜ。」
「それ以前に、あたしは幻竜自体に関わりたくないんだけどねぇ。」
「奇遇だな、お嬢。俺も心底同感だ。」
深々と溜息をついたキースだったが、溜息をついたところで状況は変わらない。
指名依頼という不可避の形態で、一方的に送りつけられて来た『幻竜討伐』依頼書。
幻竜。
それは、多岐に分岐する「竜種」の中で、尤も原点に近い「竜」とされる「何か」。
一説には竜祖と呼ばれる原竜が戯れに裂いた力の欠片、竜の可能性の一つの姿。
彼等は一般の竜とは違い「竜らしくない姿」を持ち、超常的能力を持つ。
幻竜種「皇竜」は、その身に纏う業火より、『太陽の化身』と呼ばれる最強種の1つ。
炎の鬣を持つ、翼在る獅子。
堂々とした誇り高い姿から、王族の象徴として紋章に用いられる事も多い。
そのため、国から理由無き狩猟を禁止されている筈の竜である。
「うわっ、このギルド長の下の署名って国王じゃないのさ!何故「黒化」もしてないの
に、止めるべき立場の王族が、殺気全開で出張ってきてんのよ。」
「はぁ……中位の死んだ馬鹿の中に、王族の坊ちゃんでも混じってたのかねぇ?どこか
のいかにも「竜を殺しそうな名前」のチーム所属、某国第2王子様みたいにさ。」
キースの呟きに、ちらり、とハクレンがカウンターへと視線を投げる。
其処には、妙にキラキラした銀髪碧眼の青年が、店主と掛けポーカーに勤しんでいた。
「ハ・クレン嬢。僕を呼びました?」
ハクレンの視線に気がついた銀髪青年が、良い笑顔で振り返る。
眩しいイケメンスマイルに、苦い表情のハクレンがシッシと手を振り払う。
余談だが、ハクレンとは『覇 琥蓮』との読みが正しい。
「呼んでない。あるいは気のせい。全力でポーカーに集中していてくれたまえ。」
「相変わらずつれないですね……だけど、そんな君が好きすぎて怖い。」
「そうだな、怖すぎるからその線からこっちに近づくなよ。変態スカウト。」
「それは残念。仕方がないから狙撃用スコープで遠くから見守ることにしますよ。」
むちゅっ!
投げキスを寄越し、銀髪青年はポーカーに戻った。
ずぞぞぞぞぞぞ……
ハクレンの自慢の毛並みが、一瞬にして逆立った。
しなやかな尻尾の先まで、デッキブラシのようにささくれ立っている。
「…………なあ、ハクレンの嬢ちゃん。あれの何処に惚れた?」
「惚れてない。てか、おっさんの弟子なら、今すぐ実家に送り返せ!」
「あ、それは無理。」
「イグナおじ様ぁ!」
「私を見るな。自分で返送する方法を考えろ。そして気持ち悪い呼称を止めろ。」
「じゃあ、私にどうしろっていうの!!」
「末永くお幸せに、どうぞ。」
「うむ。のしも付けてやろう。達者でな。」
「いや~っ、変態だけは絶対嫌だ~!しかも、ここぞとばかりに連携してくるし。
もう殺し合いでも何でも勝手にやんなさいよ。このオッサン共がぁぁ!!」
「……いや、そもそも決着止めたのお前じゃね?」
全身の毛を怒りで逆立てるハクレンを尻目に、キースは水割りの蒸留酒を煽ると、
異様におっさん臭い溜息をついて肩をすくめた。
「王族といや、此処の王族の誰かが『竜卵を買った』らしいぜ。第2だか第3夫人
だかが所望したとかよ。逃げてきたスカウトの奴、やたらデカい袋持ってたらしい。」
「……まさか、巣の襲撃は「幻竜の卵を盗むため」だったとでも?」
「野心溢れる後進共の功名心も本物だろう。ギルドが隠蔽するほど『大人しい』幻竜
が相手。金に糸目を付けないという甘い誘惑。やれる、と馬鹿共は思ったんだろうな。
あわよくば幻竜を討って「幻竜殺し」の屠竜士様って寸法じゃねぇの?」
「おい、相棒。そいつらは馬鹿なのか?それとも脳みそが無いのか?」
「馬鹿なんだろうよ。最初から何度も言ってるじゃねぇか。」
「つまりアレ?匂いを辿られたら、怒り狂った幻竜が王宮にダイレクト☆アタック?
……でもって、アタシ達はその尻ぬぐいに『命を張れ』っつー無茶振りされてる?」
「平たく言やぁ、そうなるな。うん。」
誰がともなく、3人は視線を合わせると、深々と溜息をつく。
「「「マジで王族、死ねばいいのに。」」」
ふっふっふ、こちらはフルハウスです!
どこかで、馬鹿の脳天気な声がしていた。
キースのグラスが、その後頭部に直撃するまで、さほどの時間を要さなかったのは
いうまでもない。
「……ともかく、まず周辺情報を集めよう。お前らでギルドの聞き込みやっとけ。」
「キース、お前は?」
「あの馬鹿連れて、装備を整えてくる。荷物もちぐらいにゃなんだろ。」
「解った。拠点で落ち合おう。」
机に銅貨を置いて席を立つイグナシオと、それに従うハクレン。
2名の背中を見送ったキースだったが、ふと、あることに気づいて声を荒げた。
「ハクレン!てめぇ、自分の酒代払ってけ!!」
ふっはははは。ロイヤルストレートフラッシュです!
タイミングよく響いた、脳天気な声に、ブチリとキースの何かがキレた。
全身全霊の膂力を込め、キースの手から、本日「2つめのグラス」が放たれる。
今度こそ、目標が「完全沈黙」したのをしっかり確認する。
「……チッ、どいつもこいつも!」
周囲の怯えた視線をよそに、キースも席を立った。
いらだち任せに、気絶している銀髪青年の足首を掴み、出口へと引きずっていく。
誰もが息をのむ沈黙の中、チーム『竜殺し』はギルドから立ち去った。
「キースさん。また飲み逃げ……。」
そんな静寂の中、ウエイトレスの呟きが、いやに大きく聞こえるのだった。
キース = 剣士、髭親父、むさ苦しい。
イグナシオ = 弓使い、トカゲ面、借金まみれ、貧乏。
ハクレン = ヒーラー、鈍器大好き、猫耳ボイン。
ちなみに、銀髪青年は「アルバ」という名前があります。
職業は「汚い忍者」かつ「紳士」です。