3: 日常風景 その1
主人公の自我が生じるまで、キングク●ムゾン!
今回も、パパ視点です。
Side:「賢帝」皇竜グリムレア
リンシェが娘になって、3年の月日が流れた。
妻は完全に立ち直り、溢れんばかりの『生命力』と愛情をリンシェに注いだ。
むしろ、そうすることでしか、もはや己を保てなかったのかも知れない。
私だとてそうだ。
この「娘」を一人前に育て上げる義務に比べれば、復讐などほんの些事にすぎない。
リンシェは、順調に育った。
もはや奇跡ではないかと思うほど、順調に、成長していった。
妻の生き血を乳代わりに、竜の咆吼を子守歌に、皇竜の纏炎をその襁褓に。
脆弱な人間の赤子の姿は、今は、その影も形も見あたらない。
甲殻も鱗もないが、その肌は下位竜のブレス程度では、傷もつかない。
リンシェに与えた私の竜血が、彼女の身体を“根本”から作り替えたからだ。
私に流れる血は古い。
神竜はかつて、可能性在る種に己の血を混ぜ、新たな竜種を生みだした。
その直系である私の血にも、その『性質』が僅かに残されている。
私の血は、私の望むようにリンシェを作り替えた。
人の姿を持ちながら、その中身は、歪ながらも皇竜と呼ぶに相応しい存在。
妻から溢れんばかりに注がれた『生命力』は表面から吹き出し、生まれ持った銀糸の
鬣を徐々に青へ染め、最終的に青銀へと落ち着いた。
「こんなに美しい鬣は、見たことがないわ。」
鬣の美しさでは他の追随を許さない私の妻も、大絶賛する程である。
雌個体である皇妃竜は、皆、青系統の色素を持つ。
その色素が薄いほど『祖竜』の血が濃く、力在る個体であり、美しいとされる。
妻の色?
濃い蒼から淡い水色への移り変わりが見事な、美しい鬣の持ち主だとも。
リンシェの鬣はそれすら上回り、一種の『絶景』と呼んでも過言ではない。
巣穴の暗闇では燐光を放って淡く輝き、太陽の下では鮮やかに蒼白く煌めく。
その冠する「神竜の寵児」の名にふさわしい、美しい竜の幼子。
娘の美貌は同族でも既に知るところで、青銀に輝く美しい鬣と、
氷点下の美しさを持つ蒼眼から『蒼の姫』、『凍える太陽』と称される。
意外かも知れないが、我ら皇竜は、同族“には”とても寛容だ。
同族と認めた相手であれば、体の形状など、その評価の対象とはならない。
旧知の数頭からは既に「許婚」の打診がある。
個体数の少ない幻竜。
有望な子竜が居るのならば、幼い内から番を決めておくのが皇竜の習わしだ。
(ライオットの子息もそろそろ年頃。ちょうど良いだろうか?)
北限の『銀嶺砂丘』に住む旧友の顔を思い出して、ふと考える。
何という幸せだろうか、と。
あれほどの不幸があったにもかかわらず、私は今、娘の嫁ぎ先に悩んでいる。
贅沢な悩みだ。
これは父として、死んだ息子の分まで、厳選に厳選を重ねてやらねば……。
獲物を撃ち倒し「勝利の咆吼」を上げる愛娘を見て、私は目を細めた。
リンシェの足下にひれ伏すのは、上位走竜に分類される、大角竜タイラント。
牙も爪も甲殻もない華奢な体で、今や彼女は、身一つで砂漠の暴君を下して見せる。
リンシェは未だ3歳。その勇姿は末恐ろしくもあり………頼もしくもある。
「パパ、見ててくれた!?」
リンシェが満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
体当たりのように飛びついてきた体を受け止め、頭上に頬ずりしてやる。
「よくやった。それでこそ「皇竜の仔」だ。父も鼻が高いぞ。」
「本当?」
「ああ、本当だとも。」
さあ帰ろう。
私は、倒れたタイラントの尾を口にくわえ歩き出した。
大角竜の甲殻は堅いが草食種で、その中身は存外柔らかく、尻尾はかなりの美味だ。
私の横でリンシェが身振り手振りで、今日の狩りの話をしている。
最近では、狩りに娘も同行するようになった。
未だ少し早いが、いずれ狩りを教えねばならないので、本人のやる気に任せている。
妻もノリノリで狩りを伝授するので、娘は既に一端の狩人だ。
「ママも喜んでくれるかな?」
「無論だとも。これだけ大きな獲物なのだ。」
「でもママは、私ぐらいの時にはもう「黒竜」を狩ったんでしょ?」
すごいなぁ……。
あきれたように呟く娘に、私もこっそりと同意する。
黒竜とは、何らかの要因で狂った「竜種」の総称をいう。
ベースとなった竜種により強さは異なるものの――破壊衝動に忠実な彼等はいずれも
「大天災」レベルの魔獣と化す。
まあ、人間からすれば我々も、危険度で言えば「黒竜」と大差ないのだろうが……。
呆れたことに、妻は単騎で幻竜クラスの「黒竜」を討ち滅ぼせる力を持つ。
古い血脈しか誇るモノのない私とは違い、妻は……文字通り『規格外』の幻竜だ。
もはや、この世で彼女を止められる者は神竜クラスの竜ぐらいではあるまいか?
「パパ、甲殻と角が生えたら、私にも出来るかな?」
「………できるとも。お前は私達の娘だ。」
「本当!はやく生えてこないかな!母様みたいな綺麗な角!」
無邪気にはしゃぐ娘を見て、ズキリと心が痛む。
すらりと伸びた四肢は、四つんばいに向かず、二足歩行に向いたもの。
お前の器用な指には、無骨な爪など生えてくるはずはないというのに……。
「お前は、早く生まれすぎて体が上手くできていないから、どうだろうな。」
「私つるつるのままなの?」
「それでもお前は私達の愛しい娘だよ。さあ背中にお乗り。」
「うん!」
よじ登ってきた娘が、私の鬣にしがみつく。
体に直接触れて感じる鼓動は、歪にゆがんだ、しかし力強い幻竜のもの。
小さな体には、太陽の化身たる皇竜の「灼熱の血」が巡っている。
ヒトに捨てられ、妻と私の狂気の果てにヒトを捨て、歪な幻竜となった哀れな娘。
真実を告げる勇気は、今はない。
しかし、いつかは告げねばならないこと。
(そのとき、竜として生きるのか、ヒトとして生きるのか……)
もし、人間を同胞と呼ぶのならば―――
泣いてしまうのだろうな、と私は思った。
妻などは、怒り狂って奴らの国を2つ3つは滅ぼしてしまうやもしれん。
その影で私は惨めに地に伏せて、「行かないでくれ」と娘に懇願するに違いない。
3年という歳月は、短いようで居て、長いもの。
簡単には切り捨てられぬほどに、この仔はすっかり、私の娘になってしまっていた。
パパ、意外と高位の竜でした。ヘタレですが。
基本的に「竜族の雄はヘタレ」という設定です。
次回、ようやく主人公視点です。