第一環・輪のハジマリ
第一環・輪のハジマリ
「ひーちゃーん。」
先日、楓と陽射が二回目の邂逅を果たしてからというもの、楓は唯一の話し相手遊び相手の陽射に付きっきりとなった。
と言っても彼女は昼間、例の芝居小屋の舞台で寝ているから陽射に付いて回るのは大体が夕方になる。時々、予期せぬ出逢いを遂げて驚いたりもしたが、幽霊・新木楓は陽射の生活の一風景となっていた。
今日は雨。放課後の外は常に運動部員達で賑わっているが、雨が降ると部活中止か室内トレーニングに切り替わる。そのため外には全く人がいない。
これを好機と思ったのか、楓は陽射を雨の降る外へと連れ出した。楓曰く、雨音で声も掻き消されるから絶好とのこと。
「しかし、よく降る雨だねぇ…。」
「知ってるわ。ふるあめりかに袖はぬらさじって歌舞伎の最後の台詞でしょ。」
「よく知ってますね。」
「楓さんをなめないことね。」
しかし奇妙なのは新木楓の博識だ。陽射のマニアックな演劇ネタを大方理解してしまうし、変な雑学も度々披露する。陽射が何故かと聞いてみたところ、話し相手もなく暇だったので学校の本やら映像資料を漁っていたら覚えたとのこと。
「あ、ひーちゃん。」
突然、何かを思い出したのか楓が呼びかける。何ですか。と陽射が応えると楓は何やら芝居がかった難しい表情を作ったまま少し黙ると、こう切り出した。
「リングって知ってる?」
リング…。
呪いのビデオ、貞子で有名なあのホラー映画のことだろうか。
「貞子が出るやつですか。」
「うん。そう。」
「で、それがどうしたんです。」
この陽射の問い掛けに楓は先程よりも険しい、苦虫どころかゴーヤを生で噛み潰したような顔をする。そしてぶるっと身震いを一つすると…。
「私がその呪いのビデオを見てしまった場合、やっぱり死ぬのかな。」
「楓さん既に死んでますよ。」
この、割りと正鵠を射たであろう陽射の返答に楓は眉間にシワを寄せた。
「違うわよ!物質的には死んでても精神的には生きてるのよ!だからその精神的な部分でも殺されちゃうのかなと…。」
精神的な死って何だろう。
成仏とはまた違うのだろうか。
ギャーギャーと喚く楓を伴って学校の敷地内を一周して、芝居小屋に戻った。相変わらず紅葉の樹は雨にも負けず、その燃えるような枝葉を誇っている。
そういえばこの紅葉の樹が、紅い葉を落としたところを見たことがない。思えば奇妙な樹だ。そもそも何故、ここに…。
「どうしたの。」
「いえ。紅葉の樹が…。」
「あ~。コレね。」
楓はそう溢すと樹にもたれ掛かり、似合うか。と訊いた。楓と燃える紅葉の樹は実に絵になっている。楓は続ける。
燃え上がる恋は、100年の時を…。
時として輪廻さえも凌駕する。
この紅葉は嘘か真か樹齢400年を超える老木で、未だかつてその紅い葉を落としたことがないのだという。
この樹を植えたのは武家の娘。
大戦に向かう恋人への想い。
例え討死を遂げようとも、来世まで、再び邂逅を果たすまで、待ち続ける。
千年紅葉。
そう言い伝えられている。
そう語る楓さんの顔は、またどこか少し寂しそうな表情だった。
そして、僕の視線に気付いたのか表情をクルリと変えて、楓さんの知識をなめないことね。と、微笑んで見せたのだった。
◆◆◆
ピンポーン。
午後20時を少し過ぎた頃、自宅に来客があった。邪魔をするぞ。やや不機嫌そうな声はそう言って部屋に入った。続いて邪魔するんなら帰る。と言って入ってきた邪険にし難い声もある。陽射には声の主二人がすぐに分かった。
「いらっしゃい。沙武。龍丞。」
「ん。」
「ツッコミ無しかぁ…。あいだッ!」
2人目の邪険にし難い声の方は部屋に入る際に入り口で爪先を打った。ドサッと倒れ込んで呻いている。
「ヤグサセンセ…。無事か。」
「通常運転だな…。」
倒れたヤグサセンセとは、八草龍丞のことだ。彼はほとほとドジな男だが、美術展で度々入賞するほどの絵を描く実力者。そんな彼もハミ出しーズの一員である。
で、何の用だ。そう陽射は訊いた。
それに二人は少しだけピリッとした雰囲気で荷物を適当に置き、座った。
まず口を開いたのは沙武郎。
「新木楓。」
出てきたのは例の幽霊生徒の名。
沙武郎は続ける。
「気になったんでちょいと調べた。新木楓はこの学校ができて間もない頃、まぁだいたい70年ほど前だな。それくらいに学校で死んだって事が分かった。死因とかそのへんは書いてなかった。」
一通り喋り終えると沙武郎は缶コーヒーをズズっとすすった。陽射は礼を言うと、何故彼女の事を調べたのか訊いた。その問いには龍丞が答える。
「霊魂というのは、俺達の常識ではあの世に行くとされる。その霊魂が何故、70年に渡り現世に留まっているのか。その理由が分からない。未練があるなら遂げさせてやる。悪霊なら祓ってもらわなければならないってだけさ。」
沈黙。
新木楓は死んでいる。
ならば何故、成仏していないのか。
陽射は黄昏の中に少しの寂しさを湛えて消えていった顔を思い出していた。
あの人は、何故あんなにも寂しそうなのだろう。何を求めて、70年も校内をずっとさ迷い続けているのだろうか。
「ところで陽射。」
センチメンタルに浸っていると、沙武郎が再び口を開いた。その表情は珍しく些か強張っている。視線を龍丞に移すと彼も口をつぐんでいた。
「うちの学校に伝わる怪談、お前は知っているか。いわゆる、七不思議。」
学校の七不思議。
学校に隠された七つの秘密を知ると、または隠された八つ目を知ると不幸になる。死ぬという、定番の怪談だ。
陽射はそういうのには疎い。
いいや。と首を横に振る。
ヤレヤレという表情の沙武郎。
「まぁ七不思議と関係あるかどうかは知らんが、新木楓のことを言っているとも解釈できる怪談を見つけたんでな。怪談というよりは童歌か…。いいか。」
よいこさん
よいこさん
どこへいった
どこへいった
あかいはっぱのうしろがわ
いないいない
いないいない
わたしのみつけたよいこさん
あかいはっぱきれい
よいこさんもきれい
あかいよいこさんきれい
きいろいときにあかいきれい
「以上が、よいこさんっていう童歌の歌詞だ。きいろいときってのは多分、黄昏時のこと。そしてあかいはっぱは紅葉。よいこさんってのは、多分お前の事。そのうちお前は、幽霊に追われることになる。かも知れないってことだ。」
学校に伝わる怪談。
沙武郎と龍丞の調べた童歌。
よいこさん。
新木楓。
千年紅葉。
黄昏に消える寂しそうな顔。
七不思議。
輪は、廻り始めた。




