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第四話:君主と真実

【大陸暦八六年四月十四日:帝立学院入学式】


※・※・※


 帝立学院の入学式が終わって教室に移動したエルヴィアは、フローラと並んで室内を見渡した。

 あまりにも少ない人数に思わずため息がこぼれる。


「少ないわね」

「ねぇ。今年は不作って言われてるんだって」

「あぁ」


 エルヴィアは納得してしまった。

 魔導騎士科一年の教室には、エルヴィア達を含めて七人しかいない。数日前のタマーシュは、どうやら魔導師科だったらしく、見当たらない。

 エルヴィアとフローラ以外はアレンを含めて皆貴族や高位騎士の家系らしく、アレンを取り囲んで談笑している。中心のアレンを除いて、だが。

 仮面のように固まった笑顔で立っているだけのアレンを見て、エルヴィアはその心が怒りに満ちているのを察する。というか、殺意が透けて見えて、そっと視線をそらす。

 公爵の中でも筆頭であるソギラの跡継ぎ、と言うのは貴族にとっては魅力的なのだろう。出自に目をつむって我慢(取り巻く者達にとって)するほど。

 本人が蛇蝎のごとく忌み嫌っていても。

 そんな冷やかな一角を含めた今年度の新入生は、二八名。内、十名が魔導騎士科。

 十五名が魔導師科、三名が魔工師科。

 例年、この二倍の人数が入学してくる。それを考えれば、確かに、今年度は不作と言えた。

 あと、三人。

 エルヴィアは、人数を数えて心で呟いた。

 自分達以外に女子生徒が見えないことに、わずかな疑問が浮かぶ。式でもその姿は見えなかった。

 ちら、とフローラを見れば、フローラも同じことを思っていたのか視線が合い、苦笑して肩をすくめる。

 おそらく、姿の見えない女子生徒の方は、高位貴族かもしくは…。

 少し嫌な予感を覚えた頃、アレンが近づいてきた。


「良いの? あれ、面倒そうだけど」

「面倒だから、逃げて来たんだ。そもそも、腹ん中でオレのこと笑ってるくせに媚びうってきて笑える」

「中には、本気の子もいるかもしれないわよ」

「いない」


 きっぱりと言い切ったアレンに、エルヴィアはそれ以上言わなかった。

 エルヴィア自身も本気で言ったわけじゃない。


「ま、そうでしょうね」

「庶子だの下賤の生まれだのとあいつらの親父にさんざん言われてんだから、好意的に接すると思う方が間違ってる」


 うんうん、とフローラが強く頷いている。

 家の格が違いすぎるが、二人とも似たような境遇にいる。

 貴族嫌いなフローラも、アレンには遠慮なく普通に接している。アレン以外の貴族には近づきさえしないが。


「というか、残りの三人ってどういう人なのかな?」


 放っておけば愚痴と嫌味がとめどなく溢れそうなので、話を変える。

 特に気にしているわけではなかったのか、フローラとアレンは同時にエルヴィアを見る。


(結構、いいコンビかもね。この二人)


 息が合っている。


「アレンは何か聞いてない?」


 貴族ながらの情報網で何か知っているかもしれない、と思って問うが、アレンは首を振る。


「屋敷では母屋に入れなかったからな。貴族関連の情報には正直疎い。フローラの方が知ってるだろう」

「あたしも、家族構成や来歴ぐらいなら知れるけど、帝立学院の入学生情報はさすがに分からないわ」


 帝立学院に通うのは、希少な魔導師の卵ばかり。その存在は国家戦力の要であり、重要な国の財産だ。

 魔導師の情報は一切が秘され、学院生も個人情報は徹底的に調べられて保護される。

 特殊な家庭で深い立ち位置にいたとしても、二人が知っているのは限られた情報だけだ。

 特に、二人は庶子で途中で家に引き取られたのだから、家の話に首を突っ込むことはできない。

 二人はあんまり気にしなさそうだ。どちらかと言えば興味がない感じだが。


「ねぇ、考えてるのも暇だから、校舎の中、見て回らない?」


 三人そろって首を傾げていると、フローラが首を回して提案する。


「そうね。休みの間校舎には入れなかったし」

「だな。見ててきらきらしいのがむかつくが、どこに何があるのか把握するにはいいか」


 アレンの言葉に、エルヴィアとフローラは笑って同意する。

 寮の部屋がああだったのだから、学校の教室がそれ以上なのは予想がついていた。入った瞬間、三人は呆れたような溜息をついた。

 勉強用の机や椅子にさえ、凝った装飾が施され、最高級の素材が使用されている。

 カーテンは絹、配布された筆記具なども高級品だった。ちなみに、貸し出しではなく贈与であることにも呆れた。

 呆れることにもいい加減疲れてきたので、開き直ることにした三人は、遠巻きに見てくる同級生を無視して、教室を出ようと扉を開ける。

 ちなみに、実際に開けたのはアレン。


「キャッ」


 小さな悲鳴に続いて、やや大げさな心配する声が上がる。

 声は聞こえたが、フローラとアレンにはその主が見えなかった。

 エルヴィアには、綺麗に手入れされた金髪のつむじがかろうじて見えた。

 自然、三人の視線が下がる。

 エルヴィアは少しで良かったが、フローラとアレンはさらに視線を下げる。

 声の主を見て、それぞれが第一印象を思う。


(小さい)

(丸い)

「幼児?」


 エルヴィアとフローラは心の中で首を傾げたのに、アレンはあっさりと口にしてあからさまに首を傾げた。

 癖の強い髪と吊り上がった大きな瞳の少女は、アレンを睨みつける。


「無礼者ッ!」

(((デジャビュ?)))


 三人の心が一つになった。

 怒りに頬を赤くしている少女は、確かに小さく丸い。

 太っているわけではなく、頬や手などの輪郭が何となく丸い。しかも、平均のエルヴィアの目線に頭頂部があることから、平均よりはるかに小さいとわかる。

 全体的な輪郭が丸くて小さいから、幼く見える。幼児は言いすぎだが。

 一年生の階にいるのだから、同い年だろうが、確実に十歳から十二歳くらいにしか見えない。

 甲高い声でどなられても平然としている三人に、眉間にしわを寄せた少女が前に出て三人を睨みつける。

 こちらは背が高い。フローラより少し高いくらいだろう。


「貴様ら、どういう意図で殿下の前を塞いでいる」

「意図って」

「ただ外に出ようとしてただけよ。外にあんた達がいるなんて気付くわけないじゃない」

「つーか、ここは城じゃねぇんだから、自分の道が欲しいなら作ってもらえよ。ジャネット姫」

「何番目?」

「第十一皇女。母親はもう亡くなってて、前の第三妃だったはずだ。まぁ、順番的にも帝位には関係ないし、母方の実家ももう廃れて後見はないも同然。魔法の才があったのをいいことに放り込まれたってところじゃねぇの?」


 あからさまに見下したようなアレンに、ジャネットの眉がつりあがって小さな体がプルプルと震える。

 ジャネットをかばう少女は、腰の剣に手を当てる。それで騎士階級であることが分かる。


「貴様らっ」

「怒るってことは事実って認めるってことだぞ?」

「っ!?」


 剣を抜こうとした少女は、アレンに先手を打たれて固まる。

 事実じゃないのなら、聞き流せばいいだけだ。


「あと、ここでは誰もが学生で、対等なんだ。特別扱いが良いなら、城に家庭教師を招いて教えてもらえ。わがまま姫につきあってやるほど、こっちは不真面目じゃないんだよ」


 ごもっともなアレンの言い分にフローラが肩をすくめ、エルヴィアが苦笑する。

 目的を果たすために廊下に出たアレンとフローラはそのまま歩きだすが、エルヴィアは固まっているジャネットと少女を振り返る。


「貴方達は上に立つ者でしょう。なら、民を下に見て、踏みにじってはいけない。自分が特別なんて勘違いしてはいけない。特別だから構わないと思ってはいけない。誰もが同じ、血肉を持って生まれた平等な命であることを忘れないで」

「わ、わたくしを下賤な民と同列に並べると言うの?!」

「下賤な民と言う言い方はやめなさい。貴方達の生活を支えているのは、貴方が蔑んだ民なのだから」

「なっ!?」

「貴方達は支えられ、生かされている。そのことを忘れてはならない」


 ため息をついて背を向ければ、金切り声の罵倒が届く。

 だが、エルヴィアは振り返らない。

 少し離れたところで待っている、友人達を見て微笑みを浮かべる。

 ただ嫌悪するのではなく、確固たる理由と経験を踏まえている。

 それは、ちゃんと自分の心を整理して抑制できているから。

 自分の心を抑制できない人間に、上に立つ権利も資格もない。

 これは、エルヴィアの持論だった。そして、君主としての絶対条件だった。



 教室棟以外は、特別教室兼事務棟と書庫、魔法技術棟があるだけ。

 法具などが保管されているため、授業でもないのに魔法技術棟には入れない。

 書庫は地下二階地上三階の大容量で一階分が異常に広く、隅から隅まで見ようと思えば三時間ほどかかるだろう。

 教師に見つかるのはいろいろ面倒なので、エルヴィア達は事務棟を素通りして書庫に来ていた。

 校内を見回ろうにも、見ることができるところが限られていることに、三人はちょっとがっかりした。


「地下が古書、か」

「古文書学で使うようなのばっかなんでしょ? 絶対に行きたくないわ」

「授業ではいかなきゃいけないけどね」

「だから、それ以外では、よ」


 口をゆがめるフローラに、エルヴィアは小さく笑う。

 フローラは実技や運動が好きだろうことは、今までの短い時間でもわかる。


「オレも、特に興味はないなぁ」


 手近な本棚から一冊取り出してパラパラとめくるアレンは、本気で興味がなさそうだ。

 エルヴィアも一冊を手に取ってみる。だが、すぐに眉をひそめて棚に戻した。


「エルヴィア?」


 フローラのいぶかしげな問いかけに答えず、別の棚からもう一冊取り出してめくる。

 すぐに戻して、別の棚からもう一冊。

 それを数度繰り返し、七冊目を棚に戻すとそのまま手をついてうなだれる。


「どうした?」

「いや、なんか、呆れるしかないと言うか」

「なにに?」

「魔法の構成がおかしい」


 苦々しい呟きに、反応したのはフローラでもアレンでもなかった。

 カタン。

 棚の奥、死角になっている所から物音が響く。

 視線をやれば、一人の少年が分厚い本(おそらくは古書)を持って出てきた。

 真新しくしわのない制服は、彼が新入生であることを示している。

 わずか二八人とはいえ、全員を把握しているわけではないので、どの科かは分からない。

 背丈はフローラより少し高いくらい。柔和な笑みを浮かべた少年は、エルヴィア達に一礼した。


「初めまして、君達も一年生ですか?」

「そう。魔導騎士科、エルヴィア」

「じゃぁ、同じですね。僕はラウル=グローツェ。よろしく」

「フローラ=セヴォル」

「アレン=オルセン=ソーレ」


 笑顔で応対するエルヴィアとは違い、フローラとアレンはちょっと眉を寄せている。

 敬語で物腰柔らかで柔和な笑顔は普通なら好印象だが、二人にとって全てが作り物のように見えて胡散臭いらしい。


(グローツェ、か)


 ラウルの姓は、エルヴィアにとって懐かしいものだった。

 かつて、戦っていた時に法具を作ってくれたのが、グローツェ一族だった。

 最古の魔工師ガレット=グローツェの子孫で、魔力を持たない者は細工師や技術者として大成している一族だ。

 その中で、魔導師や魔導騎士になった者はエルヴィアの記憶ではいなかった。


「魔工師一族グローツェ家と言えば、八年前に粛清された家だな」


 アレンの固い声に、ラウルは変わらない笑顔のまま冷ややか視線をアレンに向ける。アレンが胡散臭げにしたのはそれもあったのかもしれない。

 それに気付きながらも、エルヴィアは信じられない思いでアレンを見上げた。


「粛清? 何故っ?! グローツェ家は魔工師の中でも最高位の一族なのに」

「ロナ侯爵に武力蜂起をしようとしたってのが表向きだ」

「表向き、ですか。貴族の方々はそれを信じていると思っていました」

「んな馬鹿な奴らと一緒にしないで欲しいんだけど? そもそも、八年前はまだ貴族じゃなかったし、オレ」

「あぁ、なるほど。中々に複雑な立場でいらっしゃる」

「その言い方、なんか腹立つなぁ」

「申し訳ありません。これが普通なので」

「へぇ」


 にこにこ笑顔と仏頂面。

 寒々しい応酬とピリピリした空気に、エルヴィアは最初から傍観していたフローラの隣に移動する。


「えぇっと…」


 困惑しているエルヴィアに、フローラがちょっと遠い目をしながら説明する。


「ロナ侯爵が、無茶な注文して、それを断ったグローツェ家を粛清したのよ」

「ちなみに、どんな注文?」

「それはさすがに知らないけど、元々無理がある理由なのよね。表向きの奴」

「確かに」


 魔工師は魔導師の一種だが、魔法が使えるわけではない。

 魔法属性を判別する方法で、魔工師としての適性が分かる。魔工師として適性が判明した者は、魔力をどれほど有していようと、魔工技術にしか使えない。

 武力行使など無理なのだ。

 魔法知識のある貴族は、分かっているはずだが貴族の中でも高位の侯爵の言い分に、否を唱えることはできない。結局、グローツェ家は汚名を着たまま粛清された。

 一般市民では、魔導師と魔工師の違いなどわからない。だから、グローツェの名は今では侮蔑の対象だ。

 ただ、粛清されたのは『魔工師のグローツェ家』であって、細工師や技術者のグローツェ家ではなかった。魔力を持たない者は粛清を逃れたものの、その後はかなり肩身の狭い思いをしている。

 ロナ侯爵の伯母が皇帝の后であることが、なお悪かった。

 皇族の外戚で、筆頭公爵ソギラ家に劣らない家である為に、誰も反抗できなかった。

 その事実に、エルヴィアは眉をひそめる。

 ラウルのアレンへの冷ややかな対応にも納得がいく。

 同じく皇族の外戚であるソギラ家の若君だ。関係ないと分かっていても、腹立たしいだろう。いっそ、憎いかもしれない。


「ラウル」


 エルヴィアはアレンと火花を散らせているラウルを呼ぶ。

 無自覚に、その声には抗いがたい力がこもっていた。

 ラウルがわずかに目を丸くして振り返る。フローラとアレンは自然と背筋を伸ばしていた。


「貴方が、憎んでいるのは誰ですか?」

「それは」

「皇族ですか? 貴族ですか? 貴方が憎むべきは、ロナ侯爵家とそれを許した者ではないのですか?」


 ラウルは、口を開いてすぐに閉じる。返すべき言葉が見つからなかった。

 エルヴィアの言い分は最もだったから。


「貴族の中には、ロナ侯爵の暴虐を許せない者もいるでしょう。貴族を、ひとくくりにするのではなく、それぞれを見てください。その一端に…」


 視線をアレンに向ける。


「アレンが、貴族を嫌っていることは見て分かると思いますよ?」


 苦笑して肩をすくめるアレンに、ラウルはそっと息を吐く。


「貴方は、個人を見て、それぞれを評価して対応すべきです。目の前に立つ彼は、貴方が憎むべき存在ですか?」

「君の言う通りですね、エルヴィア。少々、目が曇っていたようです」


 静かに諭される声に、ラウルは今まで浮かべていた作った笑顔ではなく、弱ったような笑みを浮かべる。


「失礼しました」

「別に。気持ちは分からないでもない」


 素直に謝罪したラウルに、アレンはどうでも良さそうに応じる。

 それを見て、エルヴィアはほっと安堵したように溜息をつく。

 隣で、フローラが何かを考えるように眉を寄せているのに気付かなかった。

 アレンとラウルも、視界の端にエルヴィアを認めながら何かを思案していた。

 三人は、エルヴィアに何かを感じていた。

 それが何かは分からなかったけれど、悪い感覚はなかった。











「エルヴィア、質問があります」


 時間が昼時になったため、エルヴィア達は寮の食堂に移動して奥の一角を占領した。

 その周囲はちょっと距離を置いており、クレーターのようになっている。ジャネット達はいない。

 食後の紅茶を飲んで一息ついている頃、ラウルが口を開いた。

 真剣な表情に、エルヴィアは瞬いて首を傾げる。


「えっと、何?」

「書庫で言っていた、魔法の構成について」

「あ、そういえば、なんか言ってたわね」

「そうだな」


 頷くフローラとアレンに、エルヴィアがちょっと視線をそむける。

 思わず呟いてしまったことだが、かなりやばいことを言った気がする。どうごまかそうかと悩んでいると、再びラウルが真剣な表情で言う。


「僕自身、少し疑問があります。入学前から研究していましたが、魔法書は貴重な物で、一般では閲覧できませんから、歴史研究のようになってしまってあまり分からないのです。何か知っていることがあるのなら、教えていただけませんか?」


 そうまで言われては、ごまかすのは悪い気がしてくる。

 エルヴィアは、諦めたように溜息をつく。

 フローラ達の素質が非常に高いと見抜いていたエルヴィアは、真実を教えたいと思う。内心では拒否する気持ちがなかった。


「ここじゃなんだから、書庫まで行きましょう?」


 分かった、と三人が頷くのに微笑んで、周囲を一瞥する。

 自分達(正確にはアレン一人)を見ている生徒達は、ひとまず無視するしかない。

 気付いているだろう当人が無視しているから。

 食器を片づけて、さっさと食堂を後にする一行に、数人が声をかけようとする。だが、目的であるアレンが、出入り口で振り返ってにっこりと笑う。


「ジャマ」


 一言、吐き捨てるよう告げて去っていく。

 残されたのは、固まる生徒達。


(((ちょっと可哀想かも)))


 エルヴィアとフローラとラウルは、背中越しにアレンの罵倒を聞きながら思った。



※※※



 書庫の奥、閲覧用の机に座り、一冊の本を開いたエルヴィアは、熟読してため息をつく。


「魔法は、これから習うからあまり変な知識を入れるべきじゃないんだけど。まず、詠唱からして違うのよね」

「『汝は誓約者』から始まるんだろう?」

「アレンは知ってるのね」

「公爵になれば、閲覧も自由にできるし、魔導師に家庭教師を頼めるからな。制限はあるが」

「あぁ、なるほど。私が知ってる詠唱は、『顕現せよ』から始まるのよ」

「それ、聖魔法ですね」

「何で知ってんの?」

「入学式が面倒だったので、朝から書庫にいたんですよ。地下書庫も見ました。全部読解はできませんでしたが、詠唱に関する文なら少しだけ」

「いや、確かにそこそこ上位の魔法だけど。そもそも、聖魔法って何?」

「聖女帝イヴとそれに並びうる賢者のみが、使えるとされている魔法のことです、け、ど?」


 ラウルが答えると、エルヴィアが机に突っ伏した。

 三人が首を傾げている中、エルヴィアは叫びたいのを必死でこらえていた。


(賢者って誰?! ていうか、そんな物をバカスカ使うか! 聖魔法なんて古式魔法の中の古式魔法、神霊召喚とかの神話クラスの物のことを言うのよ!?)


 ヴォダラで普通に連発していた自分の魔法が凄まじく間違った解釈をされていることに、エルヴィアは三人にどう言えばいいのか分からなかった。



 魔法は、炎・風・水・地・雷・氷・補助の七属性がある。補助魔法は、魔力が非常に強い者が生来持つ体質のことで、魔法体質とも言われる。その為、実質的には六つ。

 属性は、魔法の素養を調べるさいに同時に調べられる。基本一人一つ。ただ、雷と氷は派生属性とも言われ、風や炎、水を属性とする者は扱えることがある。まれに、派生属性ではなく四元素を複数扱える者もいる。

 最も有名な聖女帝イヴは魔法体質ではなかったが全属性を扱い、全てが聖魔法(現在の)レベルまで自由に使えた。エルヴィアは、全属性と分かると面倒なので、水に統一している。

 魔法と言うのは、いくつかの等級(ランク)がある。初級から上級、その上に戦時魔法(大量破壊や広範囲の魔法)があり、聖魔法、古式魔法、神聖魔法となっている。召喚や治癒、空間や精神などの世界や人体に高度な干渉を行う魔法は、そのまま干渉魔法と呼ばれ、等級としては古式魔法レベルだ。

 ただし、これは現在の等級である。

 本を読んで初めてエルヴィアは知ったが、『イヴ』の時代、魔法は明確な等級と水準(レベル)分けがされていなかった。確かに、エルヴィアの記憶では、下級・上級・古式・聖の四つにしか区切られていなかった。

 つまり、ここ八〇年ほどで作り上げられた等級なのだ。

 それについては文句はないが、区分方法が問題だ。

 エルヴィアが使っていた魔法は、上級の中でも古式に近い物ではあるが、今のランクで言うなら戦時魔法(そんなに規模は大きくない)に区分される。

 八〇年前の聖魔法は、今では神聖魔法と呼ばれる。そんな大それた魔法を日常的に使うわけがない。

 ちなみに、等級ごとに詠唱が変わることはない。『汝は誓約者』は、エルヴィアの知識では下級の下級、いわゆる見習いの魔導師が使う仮の詠唱だ。

 詠唱は魔法の制御のために用いるものだから、仮初の詠唱で膨大な魔力を必要とする魔法は制御できない。玄人になると詠唱破棄をする者もいるが。

 『顕現せよ』は、聖魔法以上の魔法限定の詠唱とされている。現在は。



「ひとまず、言えるのは、これでは初級の中位水準までしか使えないわ。そもそも、ここにある魔法の教練書に書かれているのは、魔導師の練習用(見習い)の詠唱と基本的な魔法陣構築だけよ」

「うそっ?!」

「小難しい単語で文章がまどろっこしいと思ったら、そういうことですか」

「んなの教えて、何がしてぇんだよ。国は」


 ため息交じりにようやく絞り出したエルヴィアの言葉に、三人がそれぞれの反応を示す。

 驚愕、納得、呆れ。

 それぞれ違うが、一致しているのはエルヴィアの言葉を信じていると言うことだ。

 国としては宮廷戦力を上位に保ちたかったのだろう。反乱勢力が古式魔法などを使ったら鎮圧が非常に困るからだろう。

 そこらへんまで考えてから、三人の様子にエルヴィアが首を傾げる。


「えっと、そんなに簡単に信じていいの?」

「え?嘘言ったの?」

「いや、本当のことだけど」

「じゃぁ、良いじゃない。数日の付き合いだけど、エルヴィアは嘘をつかないって思うもの」

「同意見」

「僕も疑問に思っていましたし、エルヴィアの言の方が本の内容よりも納得できます」


 それぞれに頷きを返されて、エルヴィアは苦笑する。

 真っ向から信じてくれたことは嬉しいが、少々照れる。


「大戦時は、上位魔法ばかりが乱発されてもおかしくない激戦だったから、納得させられたんでしょうね。そして、知識と力の独占をはかった」

「あぁ、なるほどな」


 うん、と頷くアレンは、途中からとはいえ貴族の嫡子なだけあって即座に理解できたようだ。


「魔法なんて、才能に左右される希少な力、支配者にとったら喉から手が出るほど欲しいもんな。支配するのにこれほど適したものはない」


 嘲笑うようなアレンの言葉に、フローラとラウルも理解して眉をひそめる。

 三人とも、共通の敵(貴族)を見つけて、仲が良くなっていっているようだ。

 それはどうなんだろう、と思いつつも、仲がいいのはいいことだとエルヴィアは生暖かい目で放置する。

 皇族、貴族、権力を得た魔導師によって歪められた知識と力。

 それを目の当たりにして、エルヴィアの心に浮かぶのは強い嫌悪と怒り。


(私は、こんな未来のために、戦ったわけじゃないっ!!)


 かつての戦友達が、踏み外した道の結果に、嫌悪と怒りを覆うように悲しみが広がった。




 エルヴィアの魔法講義が終わってから、場所を寮の共用スペースに移して話を続け、解散した。

 それ以降、たびたび魔法や実技に関して話をするようになり、いつの間にか四人は非常に仲良くなった。結構きつめな過去や日常を話したりするくらいに。




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