出会い Ⅳ
何となく忘れがたい少年との邂逅から一週間。
激戦区の西に近づいているだけあって、戦闘が多くなる。
疲弊し、負傷者が増え、犠牲者が増えていく。
元々の構成員からして、医療従事者も知識がある者もいない。魔法の本から治癒魔法を学んだイヴくらいしか、まともな治療が出来る者はいなかった。
応急処置などは教えたものの、それは軽傷には有効でも重傷となると無意味だ。
戦場において、非戦闘員である医師は限られているし、治癒魔法が使える魔導師も実は希少だ。
実際、治癒魔法というのは自身に使うならともかく、他人に使う場合は難易度が格段に跳ね上がる。そのため、治癒魔法は使えても、他人に使うことができない魔導師は多い。
この軍隊において、当てはまる魔導師は三人しかおらず、カインが率いる主力(かどうかは非常に怪しい)部隊に所属しており配置換えが難しい。三人では少ないくらいの大規模な軍隊であるため、少数部隊であるイヴのところには移動できないのだ。
結果、イヴしか治療ができないため、過労気味になることになった。
「どうせ最前線に行ってないんだから、一人ぐらいよこせ」
思わず呟いたイヴを責めることはできないし、部下の誰もが同じことを思ったのは事実だ。
「…無償で医療従事している女性がいる?」
「らしい。次の街を拠点にしている魔導師で、護衛をしている少年と二人で旅の途中らしいが、旅の目的までは誰も知らない」
「魔導師の女性、に護衛?」
「情報では、魔導師が攻撃魔法を使うところを見た者はいないらしい。ただ、防御魔法は使えるようだ」
「あぁ、なるほど」
納得するイヴに、何が何だか分からないゼイルと実はいるフォードは首を傾げる。
魔法に疎い二人に対して、イヴは簡潔に告げる。
魔導師は一つの属性しか使えないのが原則であるが、例外はある。中には、相性の問題か魔力や技術は申し分ないのに、どうしても扱えない魔法があり、かなり偏った才能を持つ者がいる。今回のように、攻撃が出来ない、などは代表的な例だ。
非常に稀ではあるが、得意不得意があるのと同じだと考えれば、分かりやすい。
その女性は、極端に攻撃が苦手なだけなのだ。
理解力の高い二人は納得して頷く。
例外の代表格が目の前にいるからかもしれない。
二人の様子に小さな笑みを浮かべて、イヴは仕事に戻る。
(あわよくば、協力してくれないかな…)
部下になってほしいとは思わない。協力してほしい。
イヴだけでは手が回らず、薬で手当てをし、戦線復帰できない兵達が日に日に増えている。
突撃に秀でたギルとかく乱に秀でたデュラとフォードがまだ戦えるからこそ、イヴの部隊は戦力に数えられているといえる。…最大戦力はイヴなので、イヴが健在であればそれだけで戦力になるのだが。
ひとまず、会ってみて、まず部下の治療を頼もうとイヴは心に決める。
三日後、到着した街でカイン配下の将軍を殺したくなる事態に直面するとは思わずに。
街に入ったのは、イヴの部隊が最後だった。
治療院は街の議事堂を利用しているらしく、聞くまでもなく辿りつけた。
特に重傷である部下をギルやフォードなど体格も良く体力のある部下が背負い、イヴの後を付いてくる。
扉を開けた瞬間、イヴは何も発せないまま開いた口を閉ざした。
眉を寄せて見つめる先には、女性にしては長身で細身の医者が仁王立ちし、その正面に憤慨しているらしい軍人がいた。その軍人は、カイン配下の将軍だったと思いいたる。また理不尽でも働いているのだろうか、と呆れたため息をついて、イヴは足を進める。
「お話し中失礼します」
近寄って声をかければ、眉を吊り上げた女性はイヴを見て怪訝そうに首を傾げた。
「部下を治療していただきたいのです。私に出来る範囲で報酬もお支払いいたします」
深々と頭を下げるイヴに、瞳を瞬いた女性は数秒後満足したように笑った。
「何だ、ちゃんと出来る軍人もいるじゃないか。下手に年食ったバカはダメだね、やっぱり。中はもういっぱいだから、悪いけど廊下に寝かせて」
「はい」
ギル達に指示を出していると、女性は将軍を振り返って鼻を鳴らす。美人がすると迫力がある。
「仕事だからね。邪魔な奴らはとっとと出て行って」
「我らもけが人だ! 医者ならば…」
「そうだね。医師だからこそ、私は治療が必要な存在全てに手を差し伸べ、出来る限りのことをしている。それは医師の存在意義であり、常識だ。なのに、あんたはそれを否定した」
「否定など…っ」
「優先順位を守れと言ったら怒鳴って来たのはあんたでしょ。防壁修復の最中に落石で負傷した職人より、肩に切り傷があるだけのあんたを優先するのは医師として非常識なんでね。…優先順位は怪我の大きさ、危険度によって変わる。あんたのは軽傷。薬塗って清潔にしときゃ問題ないよ。魔法に頼る必要すらない」
手で追い払うようにすると、将軍の部下らしい軍人が女性の肩をつかんだ。
反射的に剣に手をやったイヴより早く、女性の背後にいたらしい隻眼の少年が槍で軍人の腕をたたき落とした。
無様な悲鳴をあげて転がる軍人に、おおげさな、と言いたげに視線を向ける女性と少年。
だが、イヴは口元を引きつらせた。
少年はイヴとほぼ同じくらいの背丈で、女性より頭一つ分低い。細身で鍛えられているのは分かるが、けして片手で軽々と鋼の槍を扱えるようには見えない。
そう、柄から刃まで、どうやって作り上げられたのか、全てが鋼で出来た槍を少年は軽く扱っている。
それでたたき落とされた腕は、ひびくらい入ってもおかしくないだろう。軍人の反応はけして大げさではない。
「…勝手に、ルツアに触れないでくんない? あんたらはここに来る必要がねぇって言っただろ。とっとと行けよ」
「ふ、ふざけるな」
「あ?」
少年の年(おそらく十代半ば)に似合わない低い声に、仲間に背を支えられた軍人は苦しげにうめきながら睨みあげた。
「中を見たが、なんだ、あれはっ! 獣人もいるじゃないか! この街はそれを黙認しているのか! お前らは、この街は敵性存在だ!!」
軍人の叫びに、周囲が静まり返る。
ギル達の動きが止まり、イヴは剣を握る手に力を込めた。
誰よりも早く、動いたのは女性―――ルツアだった。
「何が悪い」
言い放った言葉を、将軍や軍人は理解できなかった。
「傷ついた者を治療するのが医師の存在意義であり常識。私は先にそう言った。だから、私は怪我をした獣人を助けた。それの何が悪い」
冷たく凍えた氷刃に似た声が、降る。
「敵だろうが味方だろうが知ったことか。目の前で誰かが傷ついているんだ。手を差し伸べないでいられるか。…この街は、私の行動を見て見ぬふりしているだけだ。この街を守る戦力を保有する為になりふり構っていられなかったから。あんたらが遅いから、この国の王や貴族が、軍が逃げ出したからだ」
攻撃できずとも、防御はできる。
稀少な魔導師であるのなら、それだけでも十分な戦力だ。押し返せなくとも、自分達が蹂躙されることは防げる。…他に犠牲を強いているようだが、それを酷いと言える状況ではなかった。
とどまってくれるように懇願してきた街の人々に、ルツアは衣食住の最低限の保障とともに怪我人を敵味方問わず治療することを許可させた。ルツアという盾を失いたくない街の人々は、それをのんだ。治療を終えた獣人達は外に出される。それまで見て見ぬふりをすればいいのだから。
獣人達への憎悪よりも、自分達の生活をとったということだ。
「もう一度言う。傷ついた者を治療するのが医師の役目。それを責めるのなら、今後、私はもうお前を治療しない」
言い放った直後、鐘が鳴る。
イヴ達よりも一日早くカイン達は街に到着していたため、その鐘が何を意味するのかルツアは知らされていた。
「ほら、集合の鐘が鳴ったぞ? さっさと行け。包帯? 医師の医療行為を否定するような馬鹿にやる余裕はないからな。自分の服でも裂いてまいとけ」
言うや否や、少年が将軍と軍人をひとまとめに蹴りとばす。彼らが起き上がるより早く、議事堂の扉を閉めてしまう。…どうやら、少年は人並み外れた怪力であるらしい。
「…あんたらは、いかなくていいのか?」
ふいに、イヴの方を向いたルツアは怪訝そうに聞いてくる。
「バカどものバカ話を聞くよりも、部下の治療が先です。彼らは重要な戦力であり、大切な仲間ですから。私も治癒魔法は使えますのでお手伝いします」
「…なら、なんで私に頼んだ? そんなに大切なら、自分で…」
「この部隊で、私が唯一の魔導師です。魔法戦力として全霊を振り絞るのは避けたいので……いいわけでしかありませんが」
「いや…」
イヴが全員の治療を魔法で出来ない理由がそれだった。
いつ何時戦闘があるか分からない。まして、イヴは必ず前線に出される。その時、被害を少なくするためには大出力で前線を半壊出来るイヴの魔法は必要不可欠だった。
部下を多く生き残らせるためにこそ、イヴは余力を残しておく必要があったのだ。
それを理解したルツアは、少年に声をかける。
「ヴィルモシュ」
「はいよ」
どこから出したのか、少年―――ヴィルモシュは大きな木箱を差し出す。
中には、包帯など医療用具が詰め込まれていた。
「重傷者から見る。悪いけど、順に並べて」
なるべくならば、魔法に頼ることなく。
そう思っているのが分かる動きだ。
ギル達が動いている間、ルツアは再びイヴを見る。
「…あんた、良い指揮官だね」
「そうでしょうか?」
「部下の為に、誰よりも前に出る指揮官はそうはいない。部下の為に、自らの力を振り絞る指揮官はそうはいない。部下の為に、命をかけられる指揮官はそうはいない。…あんたは、軍人が望む指揮官その物だ」
イヴは驚いたようにルツアを見上げるが、その言葉を聞いていたギル達は口元に笑みを浮かべる。デュラでさえ、不満げにしながらも否定できないのか何やらぶつぶつと呟いている。
「手伝ってくれるんだろう? 半分、頼んでもいいかい?」
「…えぇ、もちろん」
「じゃぁ、頼んだ……そういえば、名前をまだ聞いてないね」
今さらな問いかけに、イヴは脱力したような柔らかい笑みを浮かべて、名乗る。
「イヴです」
「私はルツア=ルワ。あっちはヴィルモシュ=ラグ。よろしく、イヴ」
手を取り合う二人。
イヴは自らの示す名だけを口にした。そのことを、誰も言及しない。
ギル達が従っているのは王族ではないのだから。
後のルワ侯爵家を創立した女傑―――ルツア=ルワとその夫となる隻眼の槍使い―――ヴィルモシュ=ラグ。
イヴと共感した二人は、共闘するに至り、イヴの部隊専任の医師として入る。
来る時、命をかけることすらいとわないほどの固い友情が、イヴとルツアの間に生まれるまでもうしばらく時間を要した。




