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聖女の帰還~果たされる誓約~  作者:
国外逃亡編
51/73

第十四話:傀儡と賢者 Ⅱ

【大陸暦八七年四月十四日深夜(逃亡から百六日)】


※・※・※


 カルラ達によって案内されたのは、王が滞在する際に使用される城だった。

 療養室(いわゆる病室)に寝かされた三人を見て安堵の息をついたエルヴィアは、ラウルにまかれた大量の包帯を見てキレかかった。


「怪我人の横で、戦闘に入るんはやめぇや」


 独特な語調の少女に割って入られ、つかみかかろうとしていたエルヴィアは固まる。

 言葉に、ではなく同時に向けられた冷やかな殺気に。そして、その語調から少女が誰であるかを察して。


「その言葉…エンゼ民族か」

「正解。で、ひとまずは出ていき。あんたがおっても邪魔や」

「…」

「治療はうちがする。あんたとちごてこっちは本職やからな」


 治癒魔法ならエルヴィアも高位の物が使える。だが、医学となると素人だ。

 白衣を着た少女に発言を封じられ、エルヴィアは何も言えずに睨む。

 それに殺気を抑えた少女がにっこりと笑う。


「うちは、ケイト=ファウ=オーダス。世間的には、琥珀姫(アンバー)や」


 自己紹介を受けて、エルヴィアはいら立ちを抑えるように息をつく。


「…傷つけたら許さない」

「それはうち以外の四人に言うてや」


 肩をすくめながらのケイトに、全くだと呟いて四人をにらめば、二人は無視して二人はごまかすように笑った。

 魔法ばかりに頼るのではなく技術による治療をするというケイトの意見には、反対することができなかった。仲間が仲間なので、人格的には大いに疑惑があるが。

 疑惑の視線を突き刺し続けるエルヴィアをあっさり無視して、ケイトは背を向ける。

 同時、カルラとアンジェラがエルヴィアの腕をつかんで引きずり始める。


「自分で歩くから離せっ! 非常識のかたまり共!!」


 遠くなる罵声に、ケイトは治療(主にラウル)に取り掛かりながら何度も頷く。


「正しい評価や」


 それにしても、と続けながら視線を眠る三人に向けてケイトは口元を歪める。


「…随分、甘やかされとるねぇ?」


 冷ややかで嘲るような呟きは、空気に溶けて消える。



※※※



 重厚な机と椅子、左右の壁を埋め尽くす本棚と応接用のソファが一揃え。

 おそらくは執務室として利用されるだろうと推測できる部屋だが、本と紙が積み上げられた机は崩れた紙によって半分ほど埋まっている。本棚の前には本と紙の束が同じように積み上げられている。その山は床に点々と存在し、いくつかはペンとインクがそばに置いてある。


(…ただの暇つぶしってわけじゃないみたいだな)


 カルラとアンジェラのことを知っているから、自分達を襲ったのが暇つぶしだと言われても納得できた。二人はそういう性格なのだ。

 だが、室内の空気は仕事をしている雰囲気に満ちて、カルラ達が何らかの理由で関わって来たのは察せられた。理由が分からないのが歯がゆいが。


「ひとまず、座ったら?」

「…座ったとたんに魔法陣が展開して氷漬けとか『風切』乱射とかならないだろうな?」


 カルラとアンジェらを順に見やれば、促したリーナと書類を選別していたジュリアが呆れたような視線を二人に向けた。それらを無視して、カルラは早々にソファに座る。隣の資料室へとアンジェラは逃走を図る。後に続いたジュリアに襟首をつかまれながら、二人の姿は資料室に消えた。

 ため息をついたリーナが紅茶をいれ、立ったのままのエルヴィアに無言で座るように促す。

 再度の促しに諦めて、置かれた紅茶の前に座る。カルラの対面だ。


「リーナ、オレのは?」

「ガキ臭いいたずらを仕掛ける奴には出してやらない」

「…一回しかしてねぇって。つーか、もうしねぇ」

「当たり前」


 自分の分がないことに不平を唱えるカルラに、用意はしていたらしいリーナ。

 どう見ても年下に叱られる年上だ。実年齢はともかく。

 日常(と思われる)を繰り広げる二人に、エルヴィアは口元を引きつらせて紅茶を一気に飲み干す。


「壊すなよ、イヴ」

「エルヴィアだ!」

「…イヴでしょ」


 反論するエルヴィアに、リーナが無感情な声で呟く。

 そちらをにらめば、リーナは興味なさそうに書類を見下ろしている。


「あんた、気付いてないみたいだけど、言葉遣いが違うよ」

「何のことだ……っ!」

「気付いたみたいだな。昔もそうだったよな、感情が高ぶったり、指揮する時は口調が男っぽくなる」


 指摘されて、エルヴィアは無意識に記憶を振り返る。

 学院の時から幼少期まで振り返って、エルヴィアはうなだれた。


「わたしはあんたのことは知らないけど、カルラ達からは聞いてるからね」

「ほとんど聞き流してただろうが」

「計算中に言われても、聞き流すくらいしかできないっての」


 それでも覚えているのだから、十分だろう。

 ちなみにリーナの計算中というのは、国家予算のことである。


「オレ達は変わらずにイヴって呼ばれせてもらうぜ? 安心しろよ。他人がいたら『エル』に変えてやる」


 『イヴ』の頃から変わらない感覚を指摘された後では、それに反論できない。

 今しか知らない者は『エルヴィア』だ。だが、昔を知る者にとっては『イヴ』としか判断できない。

 外見ではなく、エルヴィアの意識と言動が昔のままだということだ。


「…呼び名に関して納得できたなら、本題に入るよ」


 面識もなければ興味ない、と言わんばかりに無関心を貫くリーナの声にエルヴィアが顔を上げる。

 カルラは肩をすくめてソファの後ろに積み上がっていた紙の一部を、無造作につかんで引き寄せる。


「あんな無茶やって、私達を呼んだ理由はあるのよね?」


 声に覇気はなかったが、視線に力は戻っている。

 正面から向けられた言葉と視線に、無茶をやった自覚はあるのか、カルラは少し苦いものを浮かべる。


「お前にとっても、他人事じゃねぇのがな」


 眉を寄せていぶかしげな表情を浮かべるエルヴィアに、一人掛けのソファに座っていたリーナが紙の束を差し出す。


「ラグメダからオークライン西部にかけての奴隷市場の累計。後、ラグメダの流通状況。コーラル東部と大公の動き」


 淡々と言いながらリーナが積み上げていく紙束に、エルヴィアは口元を引きつらせ始める。

 その様子に気付かないリーナは、ため息をついて呟く。


「改めて思うけど、アンジェラの情報収集解析力はありえないね」

「お前の計算力も異常だけどな」

「…あんた達は全員が異常よ」


 エルヴィアの的を射た発言は二人に無視された。

 それに対しては特に思うことはなく、紙束に目を通す。

 コーラル関連はともかく、ラグメダの情報を読み進めるにつれて、エルヴィアの表情が険しくなっていく。

 カルラは腕を組み、リーナは手に持っていた書類を近くの山に放り込む。二人の視線はエルヴィアに注がれる。


「…これ、本気?」

「疑いたくなるほどの速さで膨大な量の情報をアンジェラは仕入れてくるが、それが間違ってたことはねぇよ」

「ギーリン家の英才教育…」


 苦々しげに呟くエルヴィアに、カルラは肩をすくめるだけで特に何も言わない。肯定だ。

 ギーリン家は、現在では存在していない。アンジェラ以外を残して、百年ほど前に滅んでいる。それをしたのがアンジェラ本人であることを、エルヴィアはかつて共に過ごした時間で知っている。

 アンジェラは自身の所業や意思を隠そうとしなかった。それがどういう意図だったのかは、けして分からなかったが。

 現在のホルグスにおける五大貴族は、オーダス、ユディグス、テュオラ、フェレズ、リュオン。大戦期以前は、ギーリン、ユディグス、テュオラ、フェレズ、リュオンだった。アンジェラが一族を滅ぼしたことにより、変動した結果だ。

 激戦区だった西の反対側、しかも都市国家の内政状況を気にかけている余裕などどこにも誰にもなかった大戦期。暗躍するのはさぞや楽だっただろう。大国と呼べる国家(当時はコーラルやオークラインなど)の目が向くことはなかったから。

 終戦に向かった後半数年、最前線で共闘したアンジェラは一族内で培った技術を活用し続けた。特に、終戦が見え始めた頃に欲を出し始めた輩の暗殺などに。

 不穏な動きのある地方を殲滅する理由を造るため、わざと焚きつけたりしていた。それらの裏にアンジェラがいるだろうことは、大体の者が分かっていたが証拠がなかった。ゆえに付いた二つ名が『幻乱師(ヴィズィオルド)』。

 終戦直後は、アンジェラに煮え湯を飲まされた領主などが大罪人として追ったりしていたが全て返り討ちにあっている。

 それらは全て、アンジェラが幼少期に叩き込まれた技術によって成されたことだ。

 かつて、ホルグスにおける知識はギーリンを意味していた。それだけ情報収集力と解析力、判断力は群を抜いていた。

 ホルグスの首脳陣の一角として辣腕をふるっていた一族を、滅ぼした経緯をエルヴィアは知らない。


「…アンジェラはギーリンの姓を嫌っている。本人の前でそういう風に言わないでよ」


 面倒だから、と付け足すリーナはアンジェラとともに、大戦期に首脳陣を滅ぼしている。

 経緯も事情も心境も理解している。だが、それは語るべきことではないのでリーナは口を閉ざす。


「で、全部読んだか?」

「一応は…」

「じゃぁ、ようやく本題だ」


 書類内容が本題ではないらしい。


「オレらの仕事、手伝う気ねぇ?」

「…ホルグスのってことではないのね」

「当然。他人に国家運営を手伝わせるわけねぇじゃん。これは、オレ個人、そして、『五宝姫』の仕事だ」

「もし、手伝わないと言ったら?」

「龍族への渡りはつけさせない」

「っ」


 現在、龍族と交流があるのはホルグスだけ。だから、エルヴィアはそこに向かっていた。

 簡単に龍族の下に行けるとは思っていなかったが、八賢者のことを聞いて何とかなるかもしれないと思っていた矢先の言いように、息をのんだ。


「まぁ、外務はジュリアだからな。でも、利益が得られなければ手は貸せない。そうだろう?」


 何事にも見返りは必要だ。それを求めないでいられる聖人などめったにいない。


「お前は見返りを求めないかもしれないけど、オレ達はそうじゃねぇから」


 さぁどうする、と視線で聞いてくるカルラに対して、エルヴィアは唇をかむ。

 龍玉を託すことはできない。それだけの信頼関係がないから。

 何も聞かないままに文字の情報だけで頷くことはできない。自分だけのことではないから。

 悩むエルヴィアに、口を挟まなかったリーナが呟くように小さな言葉を落とす。


「…あんただけでも構わない」

「え…」

「仲間の意思とか考えてるんだったら、別にあんただけでも良いよ。あんたの仲間が拒否したなら、仕事が終わるまではここで大人しくしてもらうけど、別に良いから」

「そうだな。あいつらもそこそこやるようだけど、足手まといになりそうではあるし?」

「今回、結果的にどうなるか、もう分かってんでしょ? 戦力外はいらないんだよね」


 三人は戦力外、ときっぱり言い切られたがカルラ達の実力を知っているだけにエルヴィアはそれに反論できない。

 だが、リーナの口添えでエルヴィアは肩から力を抜くことができた。

 その様子に、相変わらず甘い、とカルラは思ったがリーナに睨まれて声には出さない。


「…手伝えば、龍族への渡りをつけてくれるのね?」

「報酬としてな」

「なら、手伝うわ」

「簡単に信じていいのか?」

「口約束や信頼なんて、貴方達にはないものと同じでしょう。貴方達の間以外では」

「…否定はしないよ」

「だから、契約しましょう。カルラ=メルディア」

「なるほど」


 契約魔法を使えば、契約内容を違えることはできない。

 違えれば死に至る。契約内容にもよるが、九割九分死に至るだろう。

 相手の命を縛ってしまう魔法であることも、禁忌になった理由だ。

 それを分かっていながら言葉にしたエルヴィアにとって、これは賭けだった。

 現状、エルヴィアとカルラは対等ではない。カルラの方が優勢だ。

 エルヴィアが手を貸さずとも、カルラ達だけでも仕事を成し遂げられるだろう。だが、エルヴィアの目的のためにはカルラ達の協力が必要になる。

 ホルグスの代表に会えれば良いが、そう簡単に会えるわけがない。まして、エルヴィアを『イヴ』だと分かってくれるかどうか分からない。ゼイルやリーナのような『瞳』を持っていれば別だろうが。

 手伝う以外に選択肢がないエルヴィアだ。その要求にカルラが応える必要はない。

 エルヴィアが賭けだと思うのは…。


「良いぜ。この場で出来る範囲だろうから、さっさとやるぞ。リーナ、仲介よろしく」

「…はいはい」


 あっさりと請け負われて、エルヴィアは瞳を見開く。

 それにカルラは笑みを浮かべる。


「他人なんざどうでもいいが、人様からの預かりもんを粗雑に扱うことはねぇよ」


 カルラが請け負ったのは、フローラ達が拒否した場合の三人の身の安全に関する保障が理由だった。そして、それはエルヴィアもだ。

 仲間以外を人と見ないようなカルラを知っている。だから、フローラ達の安全が不安だった。それを視野に入れないのなら、信頼するに値しないと思った。命を重んじない者を、エルヴィアは信頼できないから。

 これから瓦解する帝国を、再建していくすぐそばに信頼できない強力な国家があるのは不安でしかない。将来的にホルグスが敵になったら、ひとたまりもない。

 瓦解し再建される帝国を託すと決めたジャネットと、大戦期を生きた八人では比べるべくもない。


「国土も戦争も興味はねぇよ。ただ、バカがバカやらかして、こっちに飛び火してくんなら容赦はしねぇけどな」


 エルヴィアの考えを読み切った言葉に、脱力した。

 総合的な戦闘力ならまだしも、経験と政治力では足元にも及ばないと認識させられた。

 準備を終えたリーナに急かされて、エルヴィアは立ち上がる。

 契約魔法は、契約を交わす二人の他に契約を見届けて証人となる仲介者が必要になる。デュラの時は、ルツアだった。

 詰まることなく手順を踏んで契約が交わされ、魔法陣が消える。

 座りなおしたカルラは、息をついて立ち尽くすエルヴィアに笑う。


「さぁ、仕事の話をしようぜ」


 長い前置きを終えて、ようやく中身のある本題に至れたことに安堵した。



※※※



「モラリスはどうだった?」

「失敗。イヴのせいでな。ま、どっちにしろ遅かれ早かれ終わってたよ、ロレンソ=ガルベルドは」

「処刑されたと聞いた」

「表向きはな。生かされてるよ、影として」

「…なるほど、英断だな」

「最期の、な」


 資料室で無造作に冊子や本を抜き取りつつアンジェラが鼻で笑う。

 無表情のままでジュリアは手元の本に視線を落としながら言葉を紡ぐ。


「お前が力を貸しても失敗、か。所詮はその程度、ということか?」

「イヴがいなけりゃ、あの場では成功してた」

「…だが、どっちにしろ終わっていたんだろう」

「成長するための余白は存在した。成功した後、どうなるかは読み切れねぇよ。リーナじゃないからな」

「そういうことか」


 アンジェラがモラリスに潜入したのは、今の仕事にも関連している。だが、ロレンソの企みを知って手を貸したのは、個人的な考えが理由だった。

 アンジェラにとって、ロイスはおめでたい理想主義でしかなかった。龍泉華クヴェレ・ヴァランツェのことを知る前だが。

 それに対して、ロレンソは無情な現実主義だった。

 理想ではどうにもならないことを知っている。だから、アンジェラは理想を潰して現実に引き戻そうとするロレンソに共感した。

 手段は荒く、自身を孤独に追い込み、落ち後に火種を抱えることになると分かっていても。経験と成長によってどうとでも変化すると見込んだ。

 龍泉華のことを知った後は、ロレンソの無情さは必要ないと知った。あくまで表立っては、だが。


「ま、どっちが生き残っても良かったんだけどな。俺は」

「俺()に訂正しておけ」

「つっこむとこそこ?」


 淡々としているが、その雰囲気や言葉は軽い。

 二人にとっては今回の仕事も自分に関係しないから、どうでもいい。ただ、ホルグスの近くで火種が育つのを見過ごせなかった。

 守るべきはホルグスであって、それ以外はどうでもいいのだから。


「…どうでるだろうな、イヴは」

「選択肢などないだろう。受け入れるしかない」

「ま、そうだけど…」


 ふいに沈黙が落ちる。

 壁一枚向こうの部屋で、魔法が行使されたことを知ったから。


「意外に、俺らの中で一番甘いのはカルラだな」

「…そうだな」

「なんだよ」

「いや?」


 珍しくも小さく笑うジュリアが、何か言いたげな視線を向けてくるのに気付いてアンジェラは唇を尖らせる。

 追求しようとしたが言われる言葉が予想できたアンジェラは、視線をそらして口をつぐむ。

 その様子に、ジュリアの笑みが苦笑に変わったのをアンジェラは知らない。



※※※



 カルラ達が今の仕事に取り掛かったのは二年前。

 仕事を依頼してきたのはオークラインの国王ギルバート=ヴィア=オークライン本人。


「妹の子供、覚えがあるだろう?」

「まぁ…」

「それが嫁いだのがオークラインの二代目でな」

「つまり、姪の来孫(らいそん)なのね」

「そ。だから、交流はあんだよ」


 ホルグスは半分鎖国状態にあり、親しくしている国はない。シャラス家令嬢が嫁いでいるルワ侯爵家とはそれなりの交流があるが。

 その中で、オークラインはその血縁ゆえにホルグスとの交流は他国より多い。他と比べれば、親しいと言ってもいいだろう。


「五年前、わずか八歳で玉座についた国王。八歳では出来るものはなく、宰相が表立って政治を動かしていた。…別に、おかしいことじゃねぇ。当然で必然だ。だが、宰相が欲に囚われたのが悪かった」


 宰相はオークラインの大貴族アドリア公爵家当主の実弟、アドリア伯爵ヨセフ=アジェ=アドリア。

 九年前に兄であるアドリア公爵が亡くなり、跡取りである一人娘が家督相続できる年齢になるまで後見になっている。つまり、公爵家の名も使える。

 ちなみに、オークラインでの成人は十八歳だが、家督相続に関しては二十歳になっていることと既婚であることが絶対条件となっている。


「王の代理として政治を動かし、権力が集まり、こびへつらう者が出てもてはやされるようになった。それが、宰相を狂わせた」

「…王を、傀儡として扱い始めた」


 エルヴィアの忌々しげな呟きに、カルラが小さく頷く。

 ヨセフは、当初王が結婚するまでのつもりで後見でいた。だが、カルラの言うような状況になってヨセフは勘違いした。自分こそが王であるかのように。

 良くあることだ。幼い王を玉座の飾りとして実権を握る貴族など。


「一つ、良い?」

「何だ?」

「アドリア伯爵は、どうして王の後見になったの? 普通は王の母君の実家とかでしょう?」


 カルラの言い様ではそうではないように思えた。


「アドリア公爵家は三代国王の妹が創立した。亡くなった公爵夫人は六代目の姉、現王の伯母だ。現王の生母はサーディン家の出身なんだよ。騎士として高位でも貴族しては下級だからな、王の後見になれない」

「なるほど…」

「サーディン家の次女は現王の婚約者だが、武家であるサーディン家は政治への介入を嫌っている。外戚としての介入を、特に」


 外戚の介入によって国が傾くなんて腐るほど聞いたことがある。それで言えば、宰相の動きはおかしくはない。サーディン家がどちらかと言えばおかしい。


「一国の宰相としての能力はある。それを現王も知っている。だから、傀儡であることに甘んじていた。自分が無能であり子供であることを理解していたから」

「それを理解しているのなら、けして無能ではないわ」

「…だな」


 エルヴィアの言葉に、カルラは同意する。


「二年前、現王が南の直轄地に視察に行った際、ありえないものをみた。それが、さっきの書類だ」

「獣人の奴隷…」


 エルヴィアの前に積み重ねられた書類は、ラグメダの奴隷市場から流れてくる奴隷の内容だった。

 一割から二割程度の数だが、獣人が奴隷として取引されていることが記されていた。

 不可侵となってからおよそ九十年。それは、あってはならないことだ。


「下手すれば、大戦再び、だ。それを危惧した現王が宰相にそれとなく告げたが、全てを無視された。それで理解したんだ。宰相が関わっていることを」

「ラグメダは交易都市、でも西大陸には遠いしラグメダの船が近づけばコーラル海軍が見逃すはずがない」

「そう。コーラル大公が関わっているとは考えにくいから、南部から東部の貴族、もしくは小島の土着民が関わっている可能性がある。それを視野に入れて、コーラルの方も探りを入れておいた」

「それで、これなのね」

「ああ。だが、しばらくは獣人奴隷の流通は止まるだろう」

「? どうして?」

「先月末、コーラル大公は東部国境の町である直轄地を訪れた。数日の滞在だが、手足となる騎兵隊を東部の査察に向かわせている。公表したわけでも威圧したわけでもない。ただ、大公が目を向けた、という事実だけを東部の領主に示した。公都に帰る際も、南部の査察を行っている。東部同様に、な」


 先月末、エルヴィアはセシエルと会った。

 つまり、セシエルはエルヴィアのことだけで来たのではないのだ。エルネストのこともあっただろうが、国内貴族が行っているだろう悪事を耳にしたからこそだろう。

 それを理解して、エルヴィアは少し遠い目をした。


(…さすが)


 一筋縄ではいかない人物だ。思わず感心してしまう。

 エルヴィアがセシエルと会っていたことも知っているのだろう、カルラもリーナもエルヴィアの様子を特に気にしない。


「大戦が再び起こることは避けたい。だが、この事実が大陸に知られれば非難を受けるのは必須だ。獣人への道場とかではなく、『聖女帝』が定めた不可侵を汚す行いだからだ。だから、知られることなく潰したい。中心的な市場となっているのはラグメダ、仕入れているのはコーラルの南部から東部貴族、買っているのはオークラインの宰相よりの貴族達だ」

「宰相より以外は?」

「気付いていない者が多い。運搬には細心の注意を払っているようだからな。王への忠誠心はともかく、王家への忠義を忘れていない者もいる。事実、現王の下には宰相を信用し過ぎることは危険だと遠回しに告げる者や警告文を送る者がいる」

「…それ、どの程度の力がある貴族なの?」


 エルヴィアの指摘に、カルラはニヤリと笑う。リーナも感心したようにへぇと小さく呟く。

 軽くバカにされているような気がしていらついたが、怒りを抑え込む。


「さすがに気付いたか。一般的に反王派と呼ばれてる奴らは、子爵や男爵が多い。その筆頭はアドリア公爵だけどな」

「アドリア公爵は亡くなって……つまり、令嬢は宰相と反目していると?」

「そ。んでもって、凄腕の魔導師。魔導師団の時期団長候補最有力だからな」

「王とは?」

「現王の魔導護衛だ」

「なるほど」


 君主の護衛には近衛隊として非魔導師の人間がつくのと同時に、高位魔導師が一人必ず付くことになっている。その立場にいるのなら、王家ではなく王自身への信頼があると見て良いだろう。


「宰相候補にはユディス=ラウ=オーダス。公爵令嬢イリスの婚約者でケイトの血縁、オーダス家の直系嫡男だ」

「オーダス家の跡取りでしょう?」

「姉がいる。近衛隊には騎士のセダン家若当主と婚約者、暗部は若当主の実弟と婚約者がいる。司法にはオルキス子爵家の嫡男、軍部にはシーシュラ準爵の一人娘。…次の世代は出そろってる。イリスとユディスを中心に全員が連携を取ってるんだ。二年かかって、基盤は整った。本来は半年後の予定だったがな」

「半年?」

「イリスが二十歳になるのが十月の初旬だからだ。大貴族の成婚だから、さらにその一ヶ月後を予定してはいたが…」


 貴族の結婚は色々と面倒なことが多い。

 式自体もそうだが、高位になればなるほど関係している家系や仕事などで招待客が増える。客の人数に応じて、準備の量が増える。

 準備から結婚までに半年かかる場合がある。結婚だけなら成人してすぐしてしまえばよかったが、獣人奴隷問題に気を取られて準備を始めるのが遅れた上、それが出来ない事情が出来た。


「どこぞの誰かが大事件起こしてくれたからな、準備期間とはいえそれに対する帝国への対応と様子見に手を止めざるを得なかった」


 式自体はこの春に全て終わっている予定だった、と言われてエルヴィアは思わず頭を下げて謝罪した。

 知らなかったのだから仕方ないが、女にとって一生に一度の晴れ舞台が延期になったのだから、何とも申し訳ない。


「ま、遅いか早いかの差だから、別に良いけどな」

「…身内話、終わった?」


 本題からわずかにそれてアドリア公爵家の家督相続関連に至っていたので、リーナがため息をつく。

 冷ややかな言葉を受けて、カルラは視線を泳がせる。それに再びため息をついて、エルヴィアを振り返る。


「理解できたと思うけど、わたし達の最終目的はラグメダの壊滅と獣人奴隷の保護返還、そして、オークラインの政権交代。返還に関しては今のところ不可能だけどね」

「気になることがあるの」

「何?」

「現王は、どうして貴方達を頼ったの? 自国の恥をさらし、漬け込む隙を見せてまで…」

「手駒が足りなかった。発言権がなかった。何もできないことを知っていた。そして、オレ達が内政干渉しないと確信していた。ついでに血縁という気安さがあった、てとこか」

「…獣人奴隷に関して、保護するのはホルグス?」

「そのつもりでいるよ。オークラインでは保護できないでしょ」

「どうしてそこまでするの? 貴方達にとっては、どうでもいいことでしょう? 関係ないと突っぱねることだってできるもの」

「…アンジェラが、奴隷市場に潜入してきた。その時、信じられない存在を目にしたんだよ」

「オレ達には直接的には関係ない、でも無視はできない。そして、お前にとってとても関係の深い存在が」


 二人の言いようにエルヴィアは眉をひそめる。

 ホルグスがオークラインの内側で暗躍している理由、政権交代など理解はできた。ただ、獣人奴隷に関することは、ホルグスが関わるようなことではないように思えた。

 半鎖国状態であることを理由に、背を向けることはできたから。血縁とはいえ、内政干渉に相当する内容だ。関わらなかったという言い訳は通る。

 無視することはできた。なのに、それをしなかった。

 そこに疑問を持ったが、カルラとリーナにとっては関わらざるを得なかった、というのが正しい。

 アンジェラの情報を聞いて、無視するのはかなり危険だと思ったから。


「奴隷市場が十日後、ラグメダで開かれる。その時、目玉の奴隷が出品される」

「外見的には十代後半、見目麗しい女の獣人。それだけなら珍しくはない。ただ、その瞳が原因」


 瞳、と聞いてエルヴィアの喉がひきつった音を漏らした。

 獣人も人も瞳孔の形はともかく様々な色を持つのは変わらない。混血だけが持つ銀と龍族の証である金を除いて。

 獣人の中で、混血を除いて瞳に着目される種族というか家系はただ一つ。

 それに思いいたって、エルヴィアは心臓が冷えるのを自覚した。


「…金の瞳をしている」


 決定的な言葉に、エルヴィアは絶望を感じた。

 獣人で金の瞳を持つのは王家直系だけ。現在では、当代の王とその妹の二人きり。

 エルヴィアの脳裏に、快活な笑みを向ける同年代(外見)の少女の姿がよみがえる。


「エレミェーイ…」


 唯一、『イヴ』を姉上と呼んで慕った獣人の王女だ。





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