第七話:モラリスの巫女長 Ⅲ
【大陸暦八七年四月一日(逃亡から九三日)】
※・※・※
エルヴィア達を招く直前、カイクレス伯爵領に駐屯する魔導騎士団から書状が届いた。
七日の猶予を与える、という内容にロイスは切迫した時間に息をのみ、エルヴィアの登場に安堵した。
そして、ラウルとイロナの一件がロイスにとっての好機となった。
「ラウル殿」
市場の一角を借りて行商をしてきたフローラ達三人は、ラウルを呼びとめる声に振り返った。
呼びとめた人物に眉を寄せたフローラとアレン。当のラウルは驚愕もあらわに固まった。
三人の視線の先に、険しい表情のイロナが立っていた。
「…何か、ご用ですか?」
じりっと後ずさりながらのラウルに、フローラとアレンが呆れたような視線を送る。
それらに気付いていないのか、イロナは深呼吸の後にゆっくりと頭を下げた。
「先日は大変失礼いたしました」
急な謝罪に目を丸くする三人に構わず、顔を上げたイロナは険しい表情を変えずに続ける。
「…巫女長様から言われ、何がいけなかったのか、問題だったのかは理解した。貴方方の日常に対して配慮が欠けていた」
殊勝な態度に三人は視線を素早く交わす。
午前中、エルヴィアは昨日の少年兵に呼ばれてロイスの下に向かった。
何かあるな、とその時点で思っていたので、特に詮索せずに三人で行商に向かったのだ。
その場に、イロナがいたとしたら…。
三人の思考は的を射ていた。
昨日の出来事を例にあげて、静かな声で苛烈な空気をまとうエルヴィアからイロナは説教を受けた。それをロイスは穏やかな笑顔で見守って(視えていないが雰囲気が)いた。
説教がかなり効いたのか、こうして頭を下げに来たのだ。
「分かってくださればそれで構いません」
「次は容赦しませんけどね」
「同じことしたら反省してないってことですからね」
「二人はちょっと黙ってましょう」
穏便に終わらせようとしたラウルに対し、フローラとアレンが余計なひと言を付け加える。
人に押し付けといて何を当事者のように、と空気で語るラウルに二人は視線を明後日の方に向ける。
当事者ではあるが、最終的にラウル一人に押し付けたのは事実なので気まずい。
「こちらとしては、謝っていただいたので特に気にしてません」
「そうか…」
ほっと息をつくイロナは、じっとラウルの瞳を見上げる。
「ずうずうしいことは承知でお願いしたい」
「…何をでしょう?」
「時間が空いている時で良い。わたしと手合わせをしてほしい」
「えっと…何故?」
「昨日は色々と不備があった。その上、警護隊長とわたしにはおごりがあり対等ではなかった。もう一度、ちゃんとした形式をとった試合で実力を測りたい」
特に規則を定めなかった昨日の手合わせでは、警護隊長にはイロナの強力な魔法でラウルを半死半生くらいにするという思いがあった。それが透けて見えるように、当然のルールすらつけなかった。
ある程度非道を行っても正当化できるようにしていたのだ。
それをイロナが知ったのはさっき、エルヴィアに説教されている時だった。
フローラ達はその場で気付いていたが。
生真面目な申し出にラウルが即答できずにいると、いつの間にか近づいていたエルヴィアが笑みを含んで促す。
「良いんじゃない? ラウルにとっても悪いことじゃないでしょう。鍛錬になるし」
首を傾げて促している風で、強制しているような笑顔にラウルはうなだれた。
諦めたらしいラウルを置いて、エルヴィアが話を進める。イロナの腰は若干引けていたが。
「一つ、条件をのんでいただける?」
「…内容による。わたし一人の裁量では判断できないものもあるから」
「フローラとアレンにも、鍛錬の場を解放してほしいだけよ。二人も、腕が鈍ったら困るでしょう?」
問われた二人は、その笑顔に何かの含みを感じて頷いた。頷く以外に選択肢がなかったともいう。
「それは、大丈夫だ」
「じゃぁ、明日からよろしくね。これから、少し相談があるから」
「分かった」
うなだれているラウルをアレンが引きずって、エルヴィア達は与えられた客間に向かう。
午前中、エルヴィアがロイスと話したことを三人にも知らせなくてはならないから。
※※※
イロナの説教を終えてから、エルヴィアはロイスから差し出された書状を見て眉間にしわを刻む。
それは魔導騎士団からの降伏勧告だった。
「期限は七日、か」
「はい」
「…保つか?」
「保たせてみせましょう。最後の責任を果たすために」
「そうか…」
明るい声で覚悟を示すロイスに、エルヴィアは瞳を伏せる。
「では、五日で終わらせるぞ」
「…五日、ですか」
「あちらが言葉通りに七日後攻めてくるとは限らない。警告と称して先制攻撃を仕掛けて来てもおかしくはない」
「結界があるのに、ですか?」
「貴方の結界はどの程度までもつ?」
「…試したことがないので分かりかねますが、かつては五十対一で負けなしでございました」
「ならば、危ういかもしれない。魔導騎士団の半数が向かってきているんだ。一斉攻撃を加えられたら崩れかねない」
「補佐する魔導師もイロナもおります。そう簡単には…」
「ここの魔導師がどれほどの腕なのか分からないが、相手が正攻法だけで来ると思っているのか?」
エルヴィアの指摘に、ロイスはぐっと言葉に詰まる。
それはとうに考えていたことであり、その為に手は打っていた。だが、不安要素が存在しており、本当に大丈夫かと問われては返答できない。
「内部調査を進めているとは思うが、急がせた方が良いだろう。あちらが縮めてくるとしたら二日か三日。その程度なら警告的行動としても納得がいく。五日をめどに、出来れば四日で整えたい。出来るか?」
「…やってみましょう」
出来ないと言えばどうにかしてくれたのだろうか、と一瞬考えてロイスは答える。
互いに視界を閉ざしたままで、沈黙が訪れる。
「頼まれごとのもう一つをその間に行おう。場を整えろ。そして、一つ、調べ事を頼む」
「調べ事、ですか?」
瞳を開いて、エルヴィアが告げた内容にロイスは椅子の肘かけを思わず握りしめた。
(老いたからか、それとも…)
成長できていないのだろうか、と思ってしまった。
盲目になり感覚が鋭敏になったことで、多くのことを知ることができた。
それだけでは足りないのだろうか、と考える。
四苦八苦して得た知識と積み重ねた経験では、いまだに敵わないというのだろうか。
すでに失った視界に、いるはずの存在に奥歯をかみしめる。
懐かしさと愛しさ、そしてわずかな悔しさを感じて。
※※※
色々と一気に聞いた三人は、疲れたような反応をした。
フローラはテーブルに突っ伏し、アレンは背もたれに体を預けて天井を仰ぎ、ラウルは頬杖をついてうつむいた。
内容としては、下手すればモラリスが消えるようなものだ。
魔導騎士団は抜きにして。
「現実問題、モラリスはいつ滅んでもおかしくないのよ」
「まぁ、分かるけど…」
うなるようなフローラに、エルヴィアは苦笑する。
「多分、フローラが思ってるのとは違うわ。私が言っているのは、モラリスが独立を保っている理由が消える、ということよ」
エルヴィアの言葉に、真っ先に反応したのはラウルだった。
才能は認められなかったものの、魔工師一族に生まれたのは伊達ではない。
「…そうか、銀の埋蔵量」
呟きに、フローラとアレンがあっと声を上げる。
「そう。いつまでも採掘できるとは限らないわ。地盤の難しさと良質の銀がモラリスの独立を支えていた以上、採掘されつくされた時の支えが何もない。それを帝国が理解していたのかは分からないけれど、九十年近く採掘を続けたのだからもうそろそろ枯渇してもおかしくないと思ったのでしょう」
「宰相はキレ者だと聞いてる。理解していたかもな」
「なるほど、ね」
「つまり、銀を取りつくしたらモラリスを守る盾がなくなるからってこと?」
「そうです。最高級とされる法具は全てモラリス産の銀が使われていますから、魔導師側にとっても痛手ですけど…」
なるほど、と頷くフローラが何かに気付いたように片眉を上げる。
「でも、結界があるでしょう?」
「攻撃は防げても、商業的には死ぬな」
あぁ、と再び納得するフローラは、渋面になる。
「モラリスって、他に特産ってないわよね? 採掘技術は高いけど、他国に輸出するものじゃないし」
採掘師は他国にもいる。わざわざ国外から呼ぶ必要はない。
まして、モラリスの採掘師はモラリスの地盤に詳しいだけで他国でそれが生かせるかといったらそうは言いきれない。
「だから、いつ滅んでもおかしくないのよ。他国だって、数年のうちに銀が枯渇するかもしれないってことくらいわかってるわ。今までの不可侵の盾がなくなる以上、大国に囲まれたモラリスには独立を保つすべがないわ」
西にコーラル、東にオークライン、北にサヴェラス、南に交易都市ラグメダ。
コーラルは大公であるセシエルの性格上からモラリスに攻めることはないと思える。だが、現に攻めてきているサヴェラスと傀儡政権のオークラインは危険だ。ラグメダは傍観に入るだろうと予想がつく。
「だからと言って、帝国に恭順するのは避けたいのよ。蹂躙されることは目に見えているんだから」
「確かに、そうですね」
「無慈悲ではあっても理不尽ではないことからコーラルを頼ろうという考えもあったようだけど、表向きは帝国派である以上、難しい」
「まぁな。でも、実際は違う、と」
「それをモラリスに漏らすことはできないわ。他国の内部事情を簡単に漏らせば、信頼は得られないから」
「分かってるわ。でも、どうするの? 今、帝国を退けても後でどうなるか分からないってことでしょ?」
再び攻めてくる可能性は大いにあり得る。
だからこそ、ロイスはエルヴィアに頼んだ。
モラリスがモラリスとしてあり続けられる未来の為に。
それは、独立という形にこだわらず。
「そうね。でも、いくら帝国でも間をおかずに二度目の派兵はできない。まして、魔導騎士団を半数動かして勝てなかったら、全軍を向かわせないと勝てないってことだもの。すぐに全軍を向かわせることは無茶よ」
「もしかして、巫女長は時間稼ぎがしたいのか?」
「正解よ、アレン」
ふと思いついた呟きに、エルヴィアは意地の悪い笑みを浮かべる。
「銀に変わる盾を、すでに持っているそうよ。けれど、それを扱う技術がモラリスにはない。あるのは、技術に特化した隣国」
「…オークラインですか。でも…」
「傀儡政権と呼ばれている現状、内部を探ろうとしてもなかなか分からないそうよ。どうしようもなくなったら、コーラルを頼る気でいるようだけどね」
五卿と宰相はコーラルに対して真っ二つに分かれている。
肯定と否定で分かれ、揺れる彼らに対してロイスはコーラルを大丈夫だと思っていた。それは勘以外の何物でもないが、エルヴィアが肯定したことでロイスは確信した。
「とにかく、巫女長の願いは言った通りよ。最終的には、新たなる盾が出来るまでの時間稼ぎ。国家としては、独立を辞めてもいいという結論にまで至っている、ということも含めてね」
他国に従属してもいい。その国が、信頼できるなら。
国家元首としてロイスが下した決断。
それは非難を受けるかもしれないもの。憎悪すら向けられるかもしれないもの。
たとえそうなっても、守るべき存在を守るために。
「巫女長ロイス=レウネットは民を守るため、最後の一欠片まで『自分』を使い切るつもりよ。私達は、その手助けをすればいい」
ロイスの悲壮な覚悟を聞いて、三人は息をつめる。
呼吸さえ止まったような静寂の中、数秒後、三人は同時に深い息を吐いた。
すでに疲れ切ったような吐息と表情に、エルヴィアは苦笑する。
「「「貴方の決定に従いましょう」」」
自分達の指揮官はエルヴィアだ。
その決定に従う。
納得できなかったり、間違っていると思ったら全力拒否するつもりだが。
三人の言葉に、エルヴィアは苦笑を不敵な笑みに変えて頷いた。
期限は四日。最大で五日。
エルヴィア達は厳しい時間制限の中、モラリスの未来のために動き出した。




