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聖女の帰還~果たされる誓約~  作者:
帝国逃亡編
26/73

第一話:それぞれに

【大陸暦八七年三月二日:帝立学院卒業式の翌日】


※・※・※


 旅用に動きやすいドレスを身につけたジャネットは、小部屋に拘束されながら窓の外を見ていた。

 ジャネットは、これから東の国境地帯ルワ侯爵領ダルヴィギアに向かうことになっていた。

 年始の諸々を終えて、皇帝はジャネットに責任を追及し、幽閉処分にした。

 決まっていた婚約を、内々であったことを幸いに解消して。


 囚人からの押収物を保管する部屋に行き、エルヴィアの法具を受け取ったのは看守達が知っている。

 その日の夜、エルヴィアは牢を破って龍玉を奪い、逃亡した。

 ジャネットが手引きしたと思われてもおかしくはない。実際に関与したという証拠はなかったが。

 事態が発覚した直後、学院を調べた時、ジャネットはクラウジアとともに学院の寮にいたから。

 しかも、気絶させられていた兵達が、ジャネットの姿を見ていないのだ。クラウジアの姿も見ていない。

 二人は、皇宮中から見下され、悪い意味で知られていた。それを見間違えるはずも気付かないはずもない。変装とか魔法とかの発想は誰も浮かべなかった。

 確かな証拠がないため、反逆者として処罰できない。

 苦肉の策として、幽閉、という手段に出たのだ。

 その幽閉先が何故、ルワ侯爵家なのかと言えば、皇帝の思惑(もしくは浅知恵)による。

 ルワ侯爵家は、女傑の家系であり有能で裕福で知られる。

 有能であるが為、皇帝や皇太子に対して忠誠を明確にしたことがなかった。

 皇帝にとっては気に食わない存在で、だが、隙がなく落ち度がないために潰すことができなかった。

 潰すきっかけになるように、ジャネットを送る、というのが思惑だった。

 しばらく時間をおいて、監視と調査をさせる。その結果がどうであれ、ジャネットと懇意にしているように見受けられれば、反逆の疑いがある者と縁を結んだ、として追及し、ごり押しで潰すと考えた。

 思惑というにはお粗末な計画だが、誰も指摘しない(できない)。

 ルワ侯爵は、これをあっさりと受け入れた。

 皇帝達はやんわりと拒否するだろうと思っていただけに、これに拍子抜けした。

 拒否して疑いを向けられることを避けたのだろう、と勝手に解釈してさっさとジャネットの護送を進めた。

 ルワ侯爵は、エアルからの報告を聞いていたから受けたのだが。

 そして、今日、ジャネットはクラウジアとともにダルヴィギアへ護送される。


「別に、クラウジアは残ってもいいのに」

「わたしはジャネット様の騎士です。それに、わたしをこんな魔窟に一人にさせる気ですか?」


 恨みがましげなクラウジアの視線に、ジャネットは笑う。

 元々、本気ではない。

 エルヴィア達がいない今、ジャネットにとってクラウジアは唯一の味方だ。それと別れるのは、大きな不安を生む。


「向こうには、エアルがいるわね」

「そうですね。本当に幽閉されなければ、お会いになることも出来るでしょう」

「ルワ侯爵は、会ったことないから何とも言えないわ」


 元より、ジャネットが顔を合わせたことのある貴族は少ない。それが高位、有能な貴族になればなるほど。

 宰相であるドレヴィク公爵は例外だ。


「ある意味、わたくしにとっては幸運だわ。この処分」

「確かに」


 呟くジャネットに、クラウジアは苦笑を浮かべる。

 知り合いの元先輩がおり、その父親が治める土地。

 しかも、彼女と縁が深いだろう血筋だ。

 その上、縁談が破談になった。

 国境の守りを理由に皇宮に来ることが滅多にないルワ侯爵は、見る者が見れば有能であることは簡単にわかる。

 皇家から遠く、力の弱い下位貴族などは現実が良く見えている者がそれなりにいる。そう言った者達は、ルワ侯爵に近づこうとしていたりする。

 帝都から遠く、勢力も権力も地位もある。庇護者として頼るのに、これ以上はない存在だった。『公』爵位にある者は軒並み使えない者ばかりなので。

 ルワ侯爵は厳正に見定めて、大丈夫だと判断した者とだけ協力関係を結んでいた。

 それをジャネット達も知っていた。

 だから、ルワ侯爵がどう出るかは分からないなりに、敵にはならないだろうと確信していた。

 絶望も失意もなく、どこか楽しげに笑う二人を、呼びに来た兵士はいぶかしげに見た。

 その視線を一切気にせず、二人は足取り軽く護送馬車に乗り込む。

 ジャネットとクラウジアをルワ侯爵家に幽閉処分としたことを、後に、皇帝と宰相そして魔導騎士団長は後悔することになる。



※※※



 エルヴィアの逃亡、フローラ達の失踪、ジャネット達の幽閉。

 相次いだ事態に、帝立学院は前代未聞の状態になっていた。

 有能な三年生が卒業し、不作だった一年生が過半数以下にまで減ったのだ。残ったのはわずか四人。

 教師達は頭を抱えたが、どうすることもできなかった。

 そして、入学式の準備は着々と進んでいく。


「これからどうする?」

「旅費は十分にありますが、何もせず街から街を渡り歩くのは不審ですね」

「だな。つっても、おれ達は未成年。仕事はねぇぞ? それに定住はできねぇから」

「そうだねぇ」


 逃亡の相談中なエルヴィア達四人。

 殺伐としているはずなのに、ただよう空気はのほほんとのんきな物だった。

 初春の肌寒い空気の中、エルヴィア達がいるのは帝都に二番目に近いチェスラス子爵領の城下街だった。

 逃亡から二ヶ月にもなれば、とうに大陸中に情報が広がっているだろうことは予想できる。

 兵士に見とがめられ、いきなり乱闘かと四人は思っていた。だが、その予想は外れ、警戒している風ではあるものの、それほど厳しくもなく外からくる旅の人間に尋問もしていない。

 拍子抜けするほどに普通に関所を抜けたが、領地を歩き、城下街についたエルヴィア達は何となく理解した。

 チェスラス子爵は大戦期、一部隊を率いて常に前線で戦った軍人が始まりだった。

 それほど規模が大きくない部隊だったため、子爵という地位にとどまった。

 領地は内陸国である帝国のさらに内部、農業に適した平野の一部と山脈に接した緩やかな斜面。

 山脈から流れるそれなりに大きな川が領地を流れているため、農業用水には事欠かない。

 穀倉地帯、というほどに領地は広くないが、良質な農産物を特産品とするほどには肥沃な土地だった。

 領主であるサムエル=シード=チェザレは六十代後半の老齢だが、慈悲深く情に篤い剛腕の騎士として知られている。大槍を片手で振り回すほどの怪力らしい。

 サムエルは、先代領主である父の晩年に生まれた。つまり、父親自体が大戦期を生き抜いた軍人だったのだ。その父親から色々と聞いていたから、皇族に対してはそれほどの忠誠心がない。

 それが街の空気と警備に表れているのだろう。

 ちなみに、エルヴィアはチェザレの姓にもチェスラスの号にも覚えがない。


「一番良いのは、傭兵でしょうね」

「そうですね。ですが、その場合だと魔法が使えないですよね」


 魔導師は皇族の管理下、もしくは国境警備に当てられるため、市井に流れることはない。一部例外はあるが、程度は知れている。

 魔導騎士などは帝都にしかいない。

 市井で魔法を使えば、警戒されるし疑われるだろう。


「大丈夫じゃない? 三人なら、一般的な傭兵より力があると思うわよ」


 無自覚に自分を除いて言っているエルヴィアに、三人は何とも言えない感情が浮かんだが、気にしたら負け、と言い聞かせる。

 実際問題、実戦的な意味合いで実力が分からないのは三人だけだ。


「まぁ、傭兵になるにしても、未成年の子供に受けられる仕事なんてたかが知れてるけどね」

「だな。まぁ、希望する方角の仕事が受けられればいいんじゃね?」

「そうですね。ようやく装備も一式揃って準備も整いましたし」


 ラウルの言葉に、自然とエルヴィアに視線が集まる。

 二ヶ月も経つのに、四人がまだ帝都に近い所にいるのは、エルヴィアの装備を整えていたからだ。

 村では調達しきれないし、帝都から近い街は厳重な警戒網が敷かれていた。

 一番近い貴族領は皇帝派なので、近づくのは得策ではない。

 なので、四人はあたりを警戒し、人の目をかいくぐりながらここまでやってきた。

 が、来た時のエルヴィアの服装は、軍配給の外套コートにぶかぶかの壊れかけたブーツ、麻袋のようなワンピースだ。街に入れる格好ではない。

 そのため、フローラがサイズを目測して何枚か用立て、街の外で着替えてから、ようやく中に入れた。

 入ってからも大変だった。

 未成年の子供が四人。

 兄妹には全く見えず、関係性が分からない上、保護者がいないのだから、宿の方も簡単に泊めるわけにはいかない。

 警戒網が敷かれてはいなくても、治安維持のために厳しい確認や管理は通常だったからだ。

 そこで四人が考えたのは、従兄妹同士、という偽りの関係だった。

 帝都近くの街で暮らしていたが、東の貴族領(明確な名称は避けた)にいる祖母の見舞いに行くため、旅をしている。という嘘八百を作り上げた。

 はっきり言って、これを信じてもらえるとはかけらも思ってはいなかった。

 だが、あっさりと受け入れて、泊めてくれた宿の女将はにこやかに色々と気にかけてくれた。

 ここでもまた拍子抜けだった。

 元々が庶民派の領主が治める土地の領民は、それにならってお人好しになる傾向でもあるのだろうか。


「でも、設定を使うんなら、行商人とかの方がいい気もするし、何もしない、というのも手ではあるのよね」

「ここみたいに信じてもらえればな」


 ばっさりと切り捨てたアレンに、フローラは肩をすくめる。フローラ自身、本気で言ったわけではない。


「行商人なら、危険は少ないし魔法のことも簡単に隠せるけど、こんな子供ばかりじゃ、商売にならないでしょうね。それに怪しすぎるわ」

「どこかの商会に属せば話は別かもしれませんが、全く知らない子供を所属させる商会はありませんし」

「やっぱり」


 商人の娘として生まれたからこその発想だろうが、だからこそ、その程度の予測はできていた。全員が同じことを言ったので、少し安堵する。考えが間違っていなかったことに。


「飯食ったら、傭兵ギルドに行くか?」

「そうね。まずは身分証が必要だわ」

「僕達自身の物は使えませんからね」

「じゃぁ、まずははらごしらえね」


 よし、と話がまとまったのでフローラが給仕に声をかける。

 相談をしていたのは、宿の食堂の一角。

 エルヴィアが魔法で声を散らし、誰にも聞かれないようにしていたとはいえ、あまりにも無防備である。

 値段の割に美味しかった食事を終えて、女将にギルドや商会が集まっている場所を聞いて、街に出る。

 ギルドに登録し、傭兵としての身分証を受け取った四人は、適当な依頼を受けて街を出ようとしていたところを、事務員の女性に呼びとめられた。

 そして、依頼された内容に、四人は頬を引きつらせつつも受け入れるしかなかった。

 新人傭兵に、仕事を選ぶ権利はない。





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