第十四話:第三試験
【大陸暦八六年六月十八日:第三試験・実技(魔法)】
※・※・※
昨日の剣術とは違い、魔法の試験は対戦形式ではない。
やり方は簡単。
一定の距離をとり、覚えた内で最上の攻撃魔法で標的を撃つ。
標的は縦二メートル横一メートルの土壁で、演習場に二つほど間をとって作られている。
それを十メートル離れた位置から狙う。
授業で習った魔法は、初級の初級を二つか三つ。進みが早ければ三つだが、ほとんどが二つだけ。
ちなみに、エルヴィア達は授業は丸無視していたので、二つしか覚えていないと思われている。
「これ、覚えてる最上、で良いのよね?」
「加減はしようね、フローラ」
「ちっ」
語尾に重なるように釘を刺したエルヴィアに対し、フローラは舌打ちをする。
あからさまではないが、アレン達も少し不満げにしている。
授業を丸無視していたが、その分、エルヴィアから講義を受けているフローラ達は、その実力は集団なら三年生に拮抗するほどになっている。さすがに、ベルナートやエアルには及ばないだろうが。
チャイムが鳴る。
同時に、監督教師から名前を呼ばれたアレンがニヤリと笑い、同じく呼ばれたクラウジアがそれを見咎めて微妙そうに表情をゆがめる。
何か悪だくみをしていそうな笑みを、クラウジアは見ないことにした。
身分とかではなく、何を言ったところで意味を成さないと思ったからだ。
いつやるかはそれぞれだが、魔法を行使するための制限時間が設けられている。
一分以内に魔法の行使を成功させる必要がある。一度失敗しても、時間内であればいくらでも挑戦していいことになっている。
所定位置につき、教師の開始を告げる声の後、先に詠唱を始めたのはクラウジアだった。
エルヴィアは釘を刺したものの、授業レベルに抑えるように言っていない。ある程度なら、授業を逸脱した魔法を使ってもいいということだ。
クラウジアの解釈だが、間違ってはいないだろうと思っている。
『 汝は誓約者。我が求めるは悪意を打つ焔。魂を穿つ聖なる弓に願う。救い求めし命に慈悲を与えたまえ 炎矢 』
クラウジアの前方に、八本の矢が現れる。矢の形を作る炎だ。
詠唱が終わり、足元の魔法陣がふっと消えた瞬間、残像を残して矢が土壁に直撃した。
人の目では追えない速さで空中を走った矢は、土壁の上半分を吹き飛ばした。
昨日で学習した教師達だが、魔法は自主練ではレベルが限られているだろうと思っていた。一応は、真剣に評定しようと見ていた。
だが、教師達の予想をはるかに上回る威力の魔法が放たれた。
『炎矢』自体は、初級の魔法だ。ただ、顕現された矢が一本か二本ならば、だ。
攻撃力はそんなに強くない。だが、八本も顕現されれば、攻撃力は初級魔法を上回り、中級に位置づけられる。理論上は。
魔導師が有する魔力の強さによっては、初級中の初級魔法でも、中級や上級魔法に匹敵する威力を持つ。
クラウジアがそれだった。
エルヴィアがいずれは神聖魔法にたどり着くと思ったほどの魔力を持つクラウジアなら、一本でも中級の上位レベルの威力を持つだろう。それが八本だから、上級の上位レベルには簡単に到達する。
土壁が全壊しなかったのは、狙ったのが土壁のてっぺん中央だからだ。
集中攻撃をくらったのが上部であったため、半分が吹っ飛んだだけで済んだ。下半分に亀裂は入ったが。
教師達は昨日に引き続いて唖然とし、放ったクラウジア自身、予想外の威力にぽかんとしていた。
それは、エルヴィア以外の生徒も同じだった。
クラウジアは、自身の魔力の強さを知らない。フローラ達もだ。友人達以外の生徒よりは強いらしい、とエルヴィアの言動から察してはいたが。
アレンも、少し驚いたように瞳を丸くしたが、すぐに我に返った。
唖然としたままの教師達を無視して、一度、エルヴィアを振り返る。アレンの視線に対して肩をすくめたエルヴィアに、よし、と頷く。
周囲を無視して、アレンは詠唱を始める。
『 汝は誓約者。我が求めるは憎悪を焦がす光。天地を結ぶ裁きの槍に願う。悪しき魂に慈悲なき鉄鎚をもたらさん 雷炎大槍 』
「バカッ!?」
出現したのは雷をまとう炎の大振りな槍。直後に轟いたエルヴィアの罵倒に、してやったりと言いたげな笑みをアレンが浮かべる。
軽くアレンの背丈を超える長さの槍をつかみ、無造作にぶん投げた。
土壁の中央に突き刺さり、間をおかずに大爆発を起こす。
間隔を空けていたもう一つの土壁(クラウジアによって半壊済み)を巻き込んだそれは、演習場一帯を土煙で覆い隠した。
身の危険を察したためか、とっさにラウルが防御する。
出力を間違えたのか、それは生徒や教師全員を守るように展開した。
あまりの出来事に硬直していた教師達は、生徒の防御魔法に守られた屈辱よりも、アレンの放った魔法に身震いした。そして、その余波(土煙には散った小規模な雷が含まれる)を防ぎ切ったラウルにも。
複数の属性を持つ者は、当然、それらを合わせた複合魔法が使える。だが、単一属性魔法とは違い、その難易度は底辺でも上級上位に位置づけられる。
その中で、『雷炎大槍』は攻撃系(しかも敵の消滅を狙った物)の中で、中級上位に位置する。ちなみに、それは複合魔法の中に限ったものなので、単一属性魔法の等級にてらせば、戦時魔法の中位水準に相当する。
まず、試験ごときで使うものでもなければ、こんな高位結界を張れない魔導師ばかりの場所で使っていい物ではない。ちなみに、『イヴ』は戦争で士気を高めるため、開戦直後に敵軍中央にぶっ放したことがある。
土煙が晴れれば、惨状が目の当たりになる。
当然、土壁は跡形もない。だが、それだけでは終わらない。
アレンが狙った土壁があった場所を中心に、直径五メートルほどのクレーターができていた。
覚えたばかりで、まだ未熟なアレンだからこれくらいで済んだが、エルヴィアがやれば村一つは簡単に吹き飛ぶ。
エルヴィアは頭を抱え、生徒も教師も真っ白になっていた。
フローラとジャネットはげんなりと肩を落とした。その表情は、やりすぎ、と語っていた。
とっさのことで魔力制御を間違え、大出力の防御魔法を使ったラウルは、肩で息をしつつ、内心でアレンに対して思いつく限りの罵倒を繰り返していた。
自分で身を守らなくてはならなかったクラウジアは、せき込んで涙目になりながら、今、アレンの襟首をつかんで怒鳴っている。当然の怒りだろう。
アレン自身は、満足したのかすっきりしたように笑っている。
(教えるんじゃなかったッ!)
うずくまりながら、エルヴィアは先々週の自分を呪った。
炎も雷も同程度に扱えるアレンが、複合魔法で真っ先に興味を持ったのが『雷炎大槍』だった。その詠唱と魔法陣構築のやり方と注意点を、教えてしまったのだ。その際、被害規模や使い時、場所などを言い含めてはいたが。
自主練の時、詠唱と魔法陣構築を練習していたが、まさか試験で使うとは思っていなかった。
当然ながら、演習場が使い物にならず、復旧するためにかなり時間がかかるため、その間、休憩になった。
原因であるアレンは、本来なら叱責されるが身分の為に無罪放免。
それに納得がいかない唯一の被害者であるクラウジアの怒りは、エルヴィアが一時間にわたる説教をおこなうことで静まった。
だが、クラウジアの表情はすぐに険しいものになる。
復旧までの間、エルヴィア達が向かった先が原因だった。
初日、三年生が模擬戦を行った森で、二年生が模擬戦を行っている。
つまり、クラウジアの姉カルメーラがいる。
二人の仲が悪いのは、エルヴィア達にも分かった。
その不和がどれほどのものなのかは分からないが、ジャネットとクラウジア二人ともが徹底的に嫌悪しているため、よっぽどなのだろうとは思っていた。
森に下りる前のカルメーラと視線があった瞬間、火花を散らした様子に誰もが認識を改めた。
この姉妹の間には、すでに絶望的なほど亀裂が生じている。
それを肌で感じて、エルヴィアはふっと息をついた。
離れた所にいるクラウジアに気付いて、エルヴィアは少し考えながら隣に行く。
姉と鉢合わせして以降、沈み込んでいるクラウジアに気を使ってフローラ達は近づかない。
ジャネットは、二人の仲が悪い理由を知っているから、何も言わない。何も知らないエルヴィアが側に行くことを容認したのは、漠然とした安心感と信頼からだった。
開始位置についている二年生達を空中画面を一瞥し、エルヴィアはうつむいて拳を握りしめているクラウジアの方を向く。
「仲が悪い理由、聞いてもいいかな?」
ぴくり、と小さく震えたクラウジアの肩に、エルヴィアは視線を泳がせながら小さくため息をつく。
「わたしの…」
間を置いて発せられた声に、エルヴィアは再びクラウジアを見る。
顔をあげ、空中画面を見据えているクラウジアの表情には、わずかな憎悪すらうかがえた。
「容姿が気に入らないらしい」
続いた言葉に、エルヴィアはクラウジアを上から下まで見て、空中画面に映ったカルメーラを見つめる。
「まぁ、確かにクラウジアの方が美人ね」
「いや、そういうことじゃなく…」
何となく、言いたいことは分かっていてわざと的外れなことを言ったエルヴィアに、クラウジアは肩を落として苦笑する。エルヴィアがそれを狙っていたことには気付いていないが。
エルヴィアの言うとおり、クラウジアの方が客観的に美人だと評価されるだろう。カルメーラが不細工なわけではないが。
ジャネットが愛らしく可憐な容貌であるのと好対照に、かっこいいと評される容貌だ。背が高いこともあって、野性的な美女に育つだろうことは予想できた。
カルメーラはクラウジアよりも背が低いので、可愛いとは言われるだろう。ただ、それだけでジャネットのようには評されない。クラウジアと並べば、見劣りもするだろう。
それらを思って、エルヴィアはわずかにカルメーラに同情した。
年子とはいえ、妹に見劣りするのは自尊心が大いに傷つけられるだろう。
代表と代表補佐がそれぞれの組の指揮官なのは、三年生と変わらない。
ただ、二年生は十八人いる。綺麗に分かれるため、ハンデはない。
ジルファーレン家は槍を扱う家系であるため、カルメーラも槍を構えている。
あと数秒で、模擬戦が開始する。
「父は、黒髪灰色の瞳をしている。わたしはそれを受け継いだ。だが、姉達は誰も、父の色を受け継がなかった」
三人の姉。
二番目の姉であるカルメーラと、魔法の才がなかった三番目の姉は双子。一卵性で、受け継いだ色も同じ。
クラウジアより七歳も年上の一番目の姉は、懇意にしている騎士の家系に嫁いでおり、一児の母だ。彼女の場合、髪色はカルメーラと同じだが、瞳の色は母方の祖母の色を受け継いだ。
カルメーラは完全に母親似で、色もそっくり。父に似たところはかけらもなかった。
魔法の才と槍術の腕を除いて。
そのため、一時カルメーラ達の母親は、ジルファーレンの親類から不貞を疑われていた。
本来、不貞を疑われてもおかしくない立場なのは、クラウジアの母親の方だ。だが、クラウジアは色を父から受け継ぎ、その顔だちも父方の祖母に似ていた。
妾腹のクラウジアだけが、父の娘だと一目で分かった。そのことが、カルメーラ達と正妻(カルメーラ達の母)は許せなかった。
さらに、クラウジアが魔法の才を持っていたことが、拍車をかけた。
「姉妹中で、魔法の才があるのはわたしとアレしかいなかった。庶出の子供は歓迎されないのが普通だ。だから、待遇が悪いのは当然だった。だが、生まれ持ったもので、理由なく迫害されるのは不愉快でしかない」
吐き捨てるような言葉に、重なるようにして開始のチャイムが鳴った。
空中画面の中、アレと呼ばれたカルメーラが率いる組が動き出した。
勝敗条件は三年と同じく、相手の組の指揮官を制することだ。
行動不能状態、意識を刈る、そして、降伏させるかすれば勝利だ。
「わたしを、迫害するのならまだ我慢できた。だが、あいつらはッ」
奥歯をかみしめて、爆発しそうな怒りを押し殺しているようなクラウジアに、エルヴィアは眉を寄せる。
「わたしの母を、殺したんだっ」
さっき、カルメーラに抱いた同情をエルヴィアは即時撤回した。
クラウジアの母親は、病死とされている。
直後は、クラウジアもジャネットもそう思っていた。
だが、埋葬のため、棺を整えている時に、クラウジアは長い袖に包まれた母の手を取った。その時、袖がめくれ、指が紫色に変色しているのを見て、病死ではないと知ってしまった。
身を守るために、毒の勉強もしており、山で採集を行ったりしていたクラウジアの母は、毒物を服用した際の変化も二人に教えていた。
その中に、死後、一定時間を超えると遺体が指先から紫色に変色し始め、二時間ほどで全体が変色する物があった。その毒は、ジルファーレン家が治める街の近くの山に自生する、薬草から作られる。
遅効性で、服毒した後、徐々に体力を削られ体が不調を訴え、起き上がれなくなる。十日ほどで死に至る。その為、死後の状態を見ないと服毒死か病死か判別しずらい毒物で、暗殺などに使われることがある。
これを知った時、クラウジアは父に訴えた。どう考えても、クラウジアの母が自ら毒を服用するはずがなく、誰かに盛られたのだと分かる。その誰かも、すぐに見当がついた。
当時十三歳のクラウジアに分かったことだ。父に分からないはずがなかった。
だが、父は顔をしかめ、忌々しそうに吐き捨てた。
毒に汚れた端女を我が家の墓に入れるわけにはいかない。
元より、入れる気などなく共同墓地の片隅に粗末な墓を用意していたくせに、さらにこの言い分。
クラウジアが父を憎悪するには十分だった。
毒に汚したのは誰だというのか。
その端女に手を出して子まで成したのは誰だというのか。
欲していた魔法の才を持つ子供を産んだのは誰だと思っているのか。
「悪びれもしない。謝罪もなく、罵った。その上、墓を足蹴にした。許せるわけがない。血のつながりなど知ったことか。その事実が何よりもおぞましい。アレらは、人間じゃない」
深く悲しい憎悪がこもった声と眼差しに、エルヴィアは頷いた。
カルメーラ達は、人として絶対にしてはならないことをした。
結果、稀有な才能を持つ二人―――ジャネットとクラウジアを敵に回すことになった。
それが、どれだけの損失か知りもしないで。
(似ているのに、なぁ)
思い出すのは、二つの面影。
かつて、共に戦った協力者。
友人ではなかった。けれど、戦友と呼べる存在だった。
『オレに、あいつらを許せってのか? 無理だな。あいつらは、オレの母を足蹴にしたんだ。たとえ、土下座したとしても許しはしねぇ。生涯、オレはあいつらを憎み続ける』
心の底からそう呟いた小柄な戦友。
クラウジアと同じような立場だった。ただ違うのは、戦友は姉で相手は妹だった。そして、戦友の父は戦友の母を愛していた。
『どうか、伝えてください。ごめんなさい、と』
戦友をかばい、瀕死の状態になった戦友の腹違いの妹は、泣きながら『イヴ』に頼んだ。
彼女は戦友を姉と慕っていた。ただ、弟と母の凶行を止められなかった。そのことを悔いて、悔いて、悔いて、そして、姉を守って死んでいった。
年若い彼女は、恋人との間に一人の子を残していた。
戦友は、妹と認めようとしなかった存在を傷つけた奴らを、たった一人で全滅に追いやった。
怒りと憎しみをこめて。
戦友もまた、彼女を妹と認めていた。ただ一人、母の墓の前で泣いてくれた彼女だけを。
けれど、素直になれなかった戦友は、それを伝えることも出来ないままに、妹に救われて妹を失った。
戦後、戦友は妹の恋人と子供の護衛となって東の地に去っていった。故郷に帰ったのだ。
それ以降、交流はなかった。
立場は似ているのに、その心はあまりにも違い過ぎた。
戦友達のように、クラウジア達姉妹が互いを認め合うことはないだろう。
カルメーラ達が変わらない限り、クラウジアが歩み寄ることはしない。
それが分かったからこそ、エルヴィアは憐れみと呆れをこめて空中画面を見つめた。
勝利を得たカルメーラが、無表情で踵を返した。相手に、手を差し伸べもしない。
無情なその姿に、そして、知ったその過去の所業に、エルヴィアはただ呆れるしかなかった。
自身が抱く正義しか見えていない、その盲目ぶりに憐れみを。
稀有な才能を知らずに手放して見下した、その見る目のなさに呆れを。
下手に頭が良いからこそ、愚かな行動を繰り返しているジルファーレンの者に、ため息をつくしかなかった。
※※※
元通りになった演習場の端で、数人の教師がぐったりとしていた。
監督係ではなかった教師達が、地の属性だったために修復に駆り出されたのだ。
唐突な珍事に慌ただしく準備も出来なかったため、予想外に魔力を食ったのだろう。
「少し、形を変えてるわね」
二つだった土壁が四つになっている。
そして、読み上げられた名前にエルヴィアは苦笑する。
エルヴィア達以外の四人の同級生が呼ばれた。
あからさまな対処だが、全うだと思った。
災害(教師達にとっては正に)を起こしたアレンと行動を共にしているエルヴィア達は、最後にして対策するべきと判断したのだろう。
(いっしょくたにされるのはちょっと不満だけどねぇ)
アレンに教えたのが自分なだけに何も言えないのが辛い、とエルヴィアはため息をつく。
その様子に、フローラ達はじと目でアレンを見やる。だが、アレンはからからと笑って気にしない。
アレンとクラウジアの光景が焼き付いているのだろう。
定位置に並んだ四人は緊張に強張っている。
クラウジアは加減して土壁を半壊にしている。せめて、それぐらいはしなくては、と何故か義務感にかられていた。
生徒達は、クラウジアが手加減したなどと分からないだろうが、教師達はさすがに分かっている。
見る目は多少厳しくなる。
緊張でがちがちになりながら、四人が一斉に詠唱を始める。
一人は『炎矢』より劣る『火球』を五つ顕現したが、土壁に当たる前に魔力がもたず、パシンと破裂して消えた。
二人は氷の属性で、『凍矢』を三つ顕現し、土壁に当たったものの、『凍矢』の方が砕けて土壁にかすり傷を作っただけだった。
最後の一人は風の属性で、『風切』を使ったが、制御がままならず土壁から大きくそれて消えた。
『火球』は初級の最下位魔法。『炎矢』はその一つ上。
『凍矢』は『炎矢』と同等。『風切』はその一つ上だ。
魔法の初級は、属性に関わらず『球』・『矢』・『切』という形と順になっている。
アレンが使ったのが規格外すぎるだけで、クラウジアも彼らも使ったのは一年生が使える範囲内だ。
ただ、クラウジアは威力が半端なかったが。
一分の時間制限中、失敗したマルティン(炎)とラユムンド(風)はもう一度魔法を使う余裕がなかったのか、時間切れになってしまった。
前者はすでに魔力が切れ、後者は無理に上位(一年生にとって)を使った為に体力気力ともに限界に達していた。
これを見たエルヴィアとジャネットは、それぞれ明日のチームメイトだけに大丈夫なのかとちょっと不安になった。
土壁がどれも無事だったので、エルヴィア達はすぐに定位置に立つ。
最初に、詠唱を始めたのはジャネットだった。
『 汝は誓約者。我が求めるは敵意を砕く不可視の牙。遍く天地を巡る翼に願う。欲深き魂に裁きを下さん 風切 』
標的の土壁が粉々に砕け、土煙が上がった。
ラユムンドが、悔しげに唇をかむ。
自分が失敗した魔法を成功され、その上、凄まじい威力を示された。さらに魔法使えるだけの余裕がある。屈辱以外の何物でもない。
次いで、詠唱を始めたのはフローラ。
『 汝は誓約者。我が求めるは邪悪を貫く輝く矢。空を駆け地を踊る射手に願う。害悪たる魂に滅びを与えたまえ 雷矢 』
魔法のランクとしては下位。だが、クラウジアと同様にその数は八つ、全て土壁に直撃して粉砕した。
上部を狙ったクラウジアと違い、フローラは土壁の中央を狙った。固める際に水分を多少使用しているため、雷撃は全体に浸透しやすく、破壊するのではなく粉砕に至った。
手加減しつつも容赦のない様子に、ラウルは苦笑しつつ詠唱を始める。
『 汝は誓約者。我が求めるは生命育む気高き一矢。地に眠る癒し手に願う。生命を汚す愚者に容赦なき裁きを与えん 水矢 』
午前に突発的な防御魔法を使った後なだけに、数は五つで威力は控えめ。だが、土壁の中央に大きな穴をあけるにいたった。
完全に魔力が回復したわけではないため、少し息が荒い。
だが、予想よりうまく行ったのか、口元に小さな笑みが浮かぶ。
皆ラウルみたいに控えめだったらなぁ、と思いつつエルヴィアは詠唱に入る。
『 汝は誓約者。我が求めるは心を癒し邪悪を砕く一閃。大地を抱く優しき流れに願う。彼の者の心に救う魔を砕かん 水竜牙 』
蛇の体躯に鋭い牙を持つ下級龍種(知能が低く上級龍種と違って魔法が使えない)の姿を模した水が、顕現し、土壁を噛み砕いて飲み込み、大地に吸い込まれて消えた。
こんなものかな、と呟くエルヴィアだが、『水竜牙』は上級下位の魔法で、教師でもおいそれと使わない。使う機会がないだけかもしれないが。
ひとまず、一年生が使う物ではない。この点ではアレンと同じだが、エルヴィアは周囲に害を及ぼさない上に、土煙一つ立っていない。
教師としてのプライドが刺激され、屈辱を味わう時間だった。
並んでいた三人も、後ろで見ていたアレンとクラウジアも何か言いたげな微妙は視線を、エルヴィアに向けていた。だが、エルヴィア自身はそれに気付かない。
他の生徒も教師も何とも言い難い表情で見ていたが、それにも気付かない。
エルヴィア達の実力に、教師達は胃がきりきりと痛むのを感じた。
何より、明日の模擬戦が恐ろしくなった。
※※※
「あ、あの、本当に、大丈夫なんでしょうか?」
「問題ない。それなりに傷を負うだろうが、死にはしない」
「は、はい」
「怖いなら、別に良い。その代わり、あの話は無しだ」
「や、やりますっ。大丈夫です!」
「そうか、なら良い。期待している」
「はっはいっ」
勢い込んで頷く下級生を見送って、カルメーラは口元に歪な笑みを浮かべた。
カルメーラ達の計画は進んでいる。
上手く行けば警告と教訓を教え込み、もう我がままを言わせないように出来る。
自分達が正しく、行うことは当然だと思っていた。
咎められることはなく、必然として許される。
学院側は確かに問題視しない。
カルメーラ達の行動と学院側の思惑は一致しているから。
自分達の意思と策略が、自分勝手な道理と必然に即しているから問題ないと思っていた。
それが、とても歪でとも理不尽な道理だということに気付かないまま。
だから、最大の間違いを犯す。
彼らは知らない。
『逆鱗に触れる』というその言葉の意味を。
そして、明日、彼らは身を持って知ることになる。
かつて、誇り高き龍族ですら従えた『聖女』の逆鱗に触れることで…。