第十二話:第一試験
【大陸暦八六年六月十六日:第一試験・教養(一年)】
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魔導師科と魔導騎士科の教養授業は内容が一緒なので、合同で行われる。
二十五人の少年少女が、静寂の中でペンを動かしている。
(初級の魔法理論。魔法陣の構成。詠唱法。魔法形態の説明。属性別の特徴)
問題の内容を見て、エルヴィアはこぼれそうになるため息をこらえる。
男女別に席が並んでおり、エルヴィアの隣にはフローラが座っている。
横目で盗み見て、つまらなさそうにペンを回している様子に、エルヴィアは苦笑する。
(確かに、つまらないわね)
エルヴィアとフローラの前に座っているジャネットとクラウジアも、つまらなそうにため息をついたり眉を寄せていた。
男子の列の最後尾(勝手に座った)のアレンとラウルも、あからさまに不快そうな表情を浮かべていた。
エルヴィアに講義を受けたその実力と知識は、同級生達とは水準が違う。
実際、すでに三年生が習う内容はとうに超えている。さすがに魔法そのものはまだまだだが。
教えているエルヴィアは三年生の内容を知らないため、どこまでが学院の水準なのかが分かっていない。目標地点としては、『イヴ』が十五歳時点で使えていた魔法と知っていた理論にしている。
それは宮廷魔導師の中でも高位水準だが、エルヴィアがそれを知っているはずがない。
ちらっと見上げた時計が示している時刻を見て、エルヴィアは今度こそため息をつく。
それとほぼ同時に、終了のチャイムが鳴る。
エルヴィアの手元の用紙は、開始二十分ですべて埋まっていた。
勉強が苦手なフローラでも、三十分ですべて埋めていた。
四人も、二十分前後ですべて埋めてしまい、半分以上の時間を持て余してしまった。
その暇な時間が、ようやく終わることに安堵したため息だった。
※※※
試験日程は、学年ごとにその構成が違う。
一年が教養試験をしている間、三年は模擬戦、二年は実技(魔法)を行う。
二日目は一年が実技(剣術)なら、三年が実技(魔法)、二年は教養。
三日目は一年が実技(魔法)、三年が教養、二年が模擬戦。
四日目は一年が模擬戦、三年が実技(剣術)、二年が実技(剣術)。
決して被らないようになっているが、二年が過酷だ。模擬戦の次に剣術はきつい。
だが、模擬戦は昼から行われるので、ずらす意味はあまりなく、別学年の見学は許可されている。
一定の規則を守れば、だが。
その規則を守り、エルヴィア達は三年生の模擬戦を見学していた。
模擬戦が行われるのは、敷地内にある森だ。三メートルの崖下にあるため、崖上に教師達の席と見学席が設けられている。
見学席から、教師達によって拡大投影されている空中画面を見る。
「あれ、風属性ですか? 水属性ですか?」
「空気中の水分を利用してるから、大まかには水属性だけど、大気と光を操る必要もあるから、風属性でもあるわね」
「どうやってるんですかね?」
「数人の魔導師が協力してやってるのよ。まぁ、模擬戦である以上は近くで評定をつけるわけにはいかないからでしょうね」
わざわざ距離をとり、数人がかりの魔法を駆使する。
魔法の無駄だ、とエルヴィアの説明を聞いた五人は思ったが、近くに教師がいるので何とか沈黙を保った。有効活用でもあり、平和だともいえるが、実用性が第一らしい。
魔導騎士科の三年生は二三人いる。平等に分けられないが、人数の多い側には枷がつけられる。
今回は、三年代表ベルナートが率いるA組が一人多い。その為、一つ、枷が与えられた。
自身の武器(剣や槍など)の間合いに入らない限り、相手に攻撃してはならない。
遠距離攻撃を全て封じられたことになる。
対するB組は、三年代表補佐エアルが率いており、水の属性であるエアルは広域・遠距離攻撃に優れている。かなり有利になる条件の下、開始時間秒読みに入る。
ベルナートの属性は雷。同じように広域・遠距離攻撃が得意だから、かなり不利になる。しかし、それ以上に接近戦を得意にしていた。
空中画面は映像だけで、声までは届かない。
だから、開始のチャイムが鳴った瞬間、エアルが呟いた言葉を知る者はいなかった。
ただ一人、エルヴィアを除いて。
魔法技巧で学院一を誇るエアル。
魔導騎士候補として最強をうたわれるベルナート。
二人の対戦は、毎回楽しみにされている。
不作とされる一年とは違い、三年は豊作とされている。
二人があまりに強く、目立っていないが他にも数人実力者がいる。
その数人は、上手く双方に分かれている。
教師達も固唾をのんで注視する空中画面には、どっしりと構えたベルナート側と散開して攻めるエアル側の中心が移っていた。
つまり、ベルナートとエアルの一騎打ちだ。
ギィンッ!
ベルナートは重そうな大剣を軽々と振り回し、エアルは長剣に魔法をまとわせて舞うような歩調で間合いを計っている。
二人が持つのは、学院が用意した刃引きされた模造武器だ。木剣とは違い、重量や材質を忠実に再現している。
数度、鳴り響いた鈍い金属音は打ち合った音。
間合いに入り込めば強力な雷撃が来るのを分かっているため、エアルは基本的に回避している。
それを分かっているから、ベルナートは果敢に攻めていく。間合いに入れば、魔法の一撃で行動不能に出来る。それだけの自信があり、それは事実だった。
だからこそ、エアルは避け続ける。
一騎打ちの様子を見て、エルヴィアは瞳を細める。
「三年の代表と補佐だって言うけど、どういう人達?」
「代表のベルナート=オーディス=ラガーラ先輩は、ラジェ伯爵家の次男。補佐のエアルル=クリストフ=リロイ先輩は、ルワ侯爵家の嫡男。二人は幼馴染らしい」
エルヴィアの問いに応えたのは、クラウジアだった。
アレンもジャネットも興味はなかったし、フローラとラウルはそもそも知らない。唯一、姉が自治会の一人で関わり(かなり薄い)があるクラウジアだけが知っていた。
「ルワ、というと大戦期に、治療魔法で一軍を救った医師のルツア=ルワの?」
「そう。攻撃系の魔法が一切使えないながらに大戦期、最前線に従軍した唯一の魔導医師の曾孫にあたる」
「ラジェ、というのに聞き覚えがないんだけど?」
「大戦期は、自領を守る事に従事して一切関わらなかったそうだ」
「なるほど」
ゴルバノス伯爵家と同じ立場、ということだ。
かなり厳しく貧しい立場に置かれている伯爵家の次男と、平民から侯爵になった女傑の直系子孫が幼馴染である事は少々疑問だが、ルツアの人柄を知っていれば不思議ではなかった。
(敵味方問わず、負傷者全てを救って見せると豪語した彼女の血縁だけはある、てことかしら)
思わず、苦笑が漏れた。
脳裏に、エアルとよく似た女性の不敵な笑みが蘇る。
『傷ついた者を治療するのが医師の役目だ。それを責めるのなら、もうお前を治療しない。ほら、集合の鐘が鳴ったぞ? さっさと行け。包帯? 医者の医療行為を否定するような馬鹿にやる余裕はないからな。自分の服でも裂いてまいとけ』
『イヴ、貴方は優しすぎる。全てを捨てきる覚悟があるのなら、私はそれを支援しよう。夫も、頷いてくれた。二人いれば、貴方を…っ!』
次いで浮かんだ姿に、眉を寄せる。
最後まで、唯一、手を差し伸べてくれた存在の悲痛な表情。
おそらく、『イヴ』にとって、友人と呼べたただ一人。
覚悟できなかった自身のせいで泣かせた友人と、エアルが重なってエルヴィアはやるせない気持ちになった。
エルヴィアだけが読めた唇の動き。
紡がれた言葉の悲しさに、懐かしくなった。
友人と同じ、その言葉に。
「『必ず、届かせて見せる』」
どういう思いで、エアルが言ったのかはエルヴィアには分からない。接したことがないから察することも出来ない。
ただ、泣きながら言った友人の心は、ちゃんと受け継がれている。
そう確信した瞬間、ベルナートの間合いに入ってしまったエアルが強烈な雷撃を受けて、膝をついた。
立ち上がれないのを確認した後、A組の勝利が宣言された。
うつむきながら、エアルが悔しそうに唇をかみしめているのに、エルヴィアは瞳を伏せた。
届かせたかった相手に、届かなかったことに涙する姿さえも重なった。
その事実が、なお、悲しかった。