第十一話:試験と策略
【大陸暦八六年五月三一日:魔法実技】
※・※・※
二ヶ月弱も経てば、集まる人間が一定になってくる。
エルヴィア達とそれ以外の貴族達の二つの集団。
最近では、教師達はエルヴィア達に当たらなくなってきていた。
ジャネットがエルヴィア達と仲良くしていることが、最大理由だ。
皇族としては末端という認識をされているジャネットだが、皇女である事実に変わりはなく、その威光は他者を黙らせる。
ジャネット自身はその威光を嫌っているが、利用できるものはするべきという考えから、惜しむことをしない。
それらの結果、エルヴィア達が固まって独自の練習をしていても、教師や生徒は何も言わないし近寄らない。
「何にしても基礎が一番だから、練習は基礎を徹底的にこなしてから進めるのが一番ね」
「けど、風の魔法は基本的に広範囲でしょう?」
「そうね。なら、まずは結界から始めましょう」
「結界?」
「ええ。みんなで、結界から練習しましょ」
「全員で? オレの場合は?」
「アレンはしばらく、単独で基礎練習ね」
炎も雷も結界などの防御系魔法には向かない。大半が破壊・攻撃系魔法だ。
苦笑するエルヴィアに、仕方ない、と言いたげにアレンが肩をすくめる。同じく炎属性のクラウジアも苦笑している。
「ラウルはどうする?」
「はい?」
「属性的に、防御にも治癒にも優れているし、幻覚などの感覚阻害の魔法もあるわ。もちろん、攻撃系も」
「攻撃系も感覚阻害も範囲が広範囲ですよね」
「そうね」
「じゃぁ、僕は防御と治癒に力を入れます。感覚阻害の方も興味はありますが、今後のことを考えると防御ができている方がいいと思うので」
「今後? …あぁ、なるほど」
納得したように頷くエルヴィアに、フローラが首を傾げる。
「来月の半ば、試験があるでしょう?」
ぼそっと呟くように隣のジャネットが言えば、思い出したように手を打つ。
すっかり忘れていたらしいフローラに、苦笑と呆れが混じった視線が集まる。それに肩をすくめて気まずげに縮こまる。
六月の半ばには、四日かけた試験が行われる。
一年に三回行われる試験は、科によって内容と日程が異なる。
魔導騎士科は四日だが、魔導師科は三日、魔工師科は一週間をかけた製作試験が課される。
一日目は教養、つまり、筆記試験。
二日目は剣術の実技試験。
三日目は魔法の実技試験。
四日目は模擬戦を行う。
実技試験は課題をこなす物だが、模擬戦は二組に分かれて独自に作戦を考えて行われる。
とはいえ、入学して三ヶ月にも満たない一年生に、まともな作戦は考えられない。その為、教師達が考えた数種類の作戦表が渡され、その中から一つ選んで、位置や役割などを決めて行く。
この時、出来る魔法の種類によって役割などが変化する。
授業では単純な攻撃と防御を習う為、基本的にそれらを利用する。自主的に学んだものを使っても問題はない。
この場合の防御は、結界のように全方向に張り巡らされるものではなく、一方向のみの盾のようなものをいう。だが、それでは奇襲に耐えられない。耐えようと思えば、四人の防御役が必要になる。そうなると攻撃は一人だけ。勝てるわけがない。
決められた作戦の中には奇襲がないので、問題はないのかもしれないが。
現在の一年生は総勢十人なので、一組五人編成なのは確実。つまり、エルヴィア達は確実に別の組になる。ちなみに、不正防止のために編成はくじで決められる。
今日の授業は、試験の為に実戦向けの魔法の注意点や使い方だ。
フローラ達はそれらを一切無視して、エルヴィアの話に集中しているが。
エルヴィアも全く聞いておらず、最近では、講義用の内容をノートにまとめるのが日課になっている。
「まぁ、編成によるけど、確かに結界は有用でしょうね」
「ですよね」
考えを肯定されてラウルが嬉しそうにするが、それに対してエルヴィアは首を傾げる。
分かっていないようなエルヴィアに、内心で呆れつつフローラ達は手元の指南書を見る。
ちなみに、ラウルは恋愛感情があるわけではない。
エルヴィアが越えるべき壁である為、提案や考えを肯定されて認められるのは嬉しいのだ。それはフローラ達も同じなので、気持ちはよく分かる。
「組って、いつ決まるんだっけ?」
「来週だったはずだ」
「どうするよ、五人対一人になったら」
「やれるだけはやるわね」
「「「「「即効棄権」」」」」
「なんでっ?!」
エルヴィア以外の全員が異口同音に言った言葉に、エルヴィアは本気で驚愕した。
「なんでって、ねぇ」
「勝ち目ねぇだろ」
「勝てる気がしません」
「いつかはと思ってはいるがな」
「わたくし、まだ死にたくないわ」
それぞれの言い分に、エルヴィアは困惑する。
エルヴィアを置き去りにして頷き合う五人が考えているのは、同じことだった。
(((((五でも一でも、どっちでもエルヴィアがいたら終わり…)))))
その考えが分からないエルヴィアは、昼休憩になるまで放置されて困惑しっぱなしだった。
※※※
「すでに、予約が入っているんですか?」
「えぇ、すみません。全く、わがままな方です」
「また、皇女殿下ですか」
「そうです。卑賤な同級生を連れて好い気になっているのかもしれませんね」
嘆かわしいと言いたげな教師に、カルメーラは眉を寄せる。
その中に、自分の妹がいることに不快を感じたのだろう。
教師はそれを察して、同情するような視線を向ける。
「幼い頃から共にいるとのことですが、貴方の妹でありながら情けないことですね」
皮肉ではなく、真実そう思っているらしい声音に、カルメーラは頭を下げて職員室を後にした。
「やはり、アレはジルファーレンを名乗れる器ではないということか」
奥歯をかみしめ、歯ぎしりする音がこぼれそうな怒りの形相で、カルメーラは中庭で昼食をとる一年生の集団を睨みつける。
それを見ていたカルメーラは、ふいに何かを思いついて、口元を歪めた。
「早速、先輩方にご相談せねば」
自身の思いつきが、どういう物でどういう結果をもたらすのか、カルメーラは分かっていた。
だが、自分達は正しいという思い込みゆえ、そこに罪悪感も良心もなかった。
いつだって、歴史は一方的な正義感によって作られる。
それがいい方向に向かう可能性は少ない。現在が、良い例だ。
一方的な正義感によって、かつてを犠牲にされた『イヴ』の記憶を持つエルヴィアにとって、現在の帝国は許せないほどに崩れている。
カルメーラの考えを肯定した上級生達も、自分達が行うことがどうなるか分かっていた。
だが、誰も分かっていなかったことがある。
結果、かつての英雄の逆鱗に触れることにということ。
それだけは、誰も思いつかなかった…。
【大陸暦八六年六月七日:魔法実技(試験準備期間)】
※・※・※
「あたし、くじって自分で引くんだと思ってたわ」
「僕もです」
「オレも」
「わたしもだ」
「わたくしもよ」
「見事、分かれてるわね。というか、教師の意図が丸見えね」
呆れたような、脱力したような呟きをこぼす五人(順にフローラ、ラウル、アレン、クラウジア、ジャネット)に対し、エルヴィアはどこか感心したように頷く。
エルヴィア達の視線の先には、黒板に張り出された紙。
そこには、一週間後の試験で行われるチームが書かれている。
『A組
ジャネット=レウディ=サーディエラン
アレン=オルセン=ソーレ
クラウジア=ジルファーレン
ラユムンド=ギール=フォルゾス
オットー=ラパイル=ガレオン
B組
ジェルジ=ロダン=サーベス
マルティン=ヴァーロン
フローラ=セヴォル
ラウル=グローツェ
エルヴィア 』
「これ、B組に負けろって言ってるわよね」
「サジェリル男爵の次男とヴァーロン家の長男。どっちも大戦期に目立った活躍はなく、可もなく不可もない家柄だな。他より身分が低いだけで」
「フォーラヌ侯爵の五男とガレンドル伯爵の長男ね。あんまり良い印象はないわね」
腹立たしげなフローラに、眉を寄せたクラウジア。
吐き捨てるかのようなジャネットの発言に、エルヴィア達が視線を向ける。クラウジアだけは苦々しい表情で視線をそらしている。
「パーティでバカにされた屈辱は忘れないわ…」
その時は父親の方だったのだが。
つけたされた言葉に、あぁ、と頷きつつエルヴィア達が思ったのは同じこと。
((((坊主憎けりゃ袈裟まで憎い))))
皇族でありながらかなりの苦労を強いられていたジャネットの心情をおもんぱかって、誰も口にしなかったが。
若干気まずい空気が漂う中、エルヴィアは廊下の方に視線を向ける。
そこには何もなく、誰もいない。エルヴィアの瞳にも、何も誰も映っていない。
だが、そこに誰かがいるということを、エルヴィアは分かっていた。それは、魔法の知識を持つからこそ、魔法に鋭敏だからこそ、気付けたほどに巧妙なものだった。
感覚阻害の一つ、視覚を惑わせる魔法『幻霧』。さほど難しい物ではないが、大人数の視覚を惑わして姿を隠すには熟練の技が必要になる。
それを見抜いて、エルヴィアはふっと笑う。
笑みを向けた先が、わずかに揺らいだ気がして、さらに笑みを深める。
(やはり、学生、ね)
まだ未熟な片鱗が見えて、微笑ましくなった。
それだけの笑みだった。
他意はなかった。だから、そのまま視線を元に戻す。
その笑みを受けた『誰か』が、どう思うのか、エルヴィアは考えていなかった。
※※※
誰も不審がらないように作られた組み合わせ。
だが、そこには生徒自治会の意向がふくまれている。
「ご無理を言って申し訳ない、レグル教授」
「かまいません。そろそろ、思い知っていただかなくては思っていたところです」
眼鏡を押し上げてレグルは笑う。
大柄な男子生徒は、下げていた頭を上げる。
「自治会会長であるあなたの手を煩わせてしまい、申し訳ないですね」
「いいえ、下級生の教育を行うのが自治会の務めですので」
「頼もしいですね。期待していますよ、ベルナート君」
「はい」
頷いて退出するベルナートに、職員室の前で待っていた人物が笑いかける。
「戻っていてもかまわなかったが?」
「おれはお前の補佐だからな」
「サボっただけだろう。何か、用があるのか。エアルル」
「エアルって呼べ」
「補佐のくせに偉そうだな」
「おれとお前の仲だろ?」
にやっと笑うエアルに、ベルナートはため息をつく。眉を寄せて見下ろせば、エアルは観念したように肩をすくめ、話し始める。
「多分、思った通りにはいかないぜ?」
「何故だ」
「さっき、一年のクラスを『視て』来たんだよ。そしたら、気付かれた」
「ソギラの嫡男か?」
「いや」
「ジルファーレンの妹か」
「違う」
「まさか、皇女か?」
「まさか、ではあるけど、それも違う」
「…もったいぶるな」
「ヴォダラのエルヴィア」
思わず、ベルナートの足が止まる。
数歩進んでから足を止めたエアルが振り返る。その表情は、どこか楽しそうな笑みだった。
「農民出身の小娘が、お前の気配に気付いた、と?」
「そう。偶然じゃねぇよ。おれを見て、笑いやがった」
「なるほど。魔法では学院一を誇るお前に気付いたか…」
剣術ならばベルナートに劣るエアルは、魔法でなら勝っている。
魔導騎士としての総合力は、ベルナートに一歩及ばず、二番手だ。
大柄なベルナートとは正反対に、長身ながら細身で優しげな美貌を持つエアル。
学院最強と言われるベルナートが、唯一好敵手と認める存在だった。
その最大理由は、魔導師科すら寄せ付けないほどの魔法の力だった。
「まぁ、しょせん一年と思ってたからな。油断もあっただろう」
「そうか…」
小さな呟きに、ベルナートが思考に沈んでいることをエアルは察する。
深く考え込んでいる時、話しかければ返事をするが実は全く聞いていない。その時、返事は必ず小さな呟きになる。それを熟知しているエアルは、歩きだしたベルナートの背を見つめながら、動こうとしない。
大声を出さなくては声が届かないくらいの距離が開いてから、エアルは口元を歪めた。
「お前も、カルメーラもバカだよ。相手の実力を、独断と偏見で見定めて少しも変えようとしないから、痛い目を見ることになる」
エアルとベルナートは幼馴染だ。
身分差はあるが、父親同士の仲が良かった。だが、ベルナートの母親が死んだ頃から、疎遠になっていた。この学院で再会するまでの三年間、一切会うことがなかった。
そのことを、エアルは深く後悔した。
「思い知るのは、お前だよ。ベルナート」
口元に笑みを浮かべながら、今にも泣きそうなほど瞳を揺らす。
まるで、祈るように、願うように、そっと瞳を伏せた。
ずっと、もしかしたら、を諦められずにいる。
その願いも祈りも、叶わないと分かっていても…。