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第九話:稀有

【大陸暦八六年五月一日:午後授業(実技)】


※・※・※


 四月の間は基礎鍛錬を繰り返していたため、五月からは対戦形式で授業が進められる。

 教師がそう告げて、希望者を募った。

 真っ先に手を挙げたのは、クラウジアだった。

 他に手を挙げる者はいなかった。おそらく、クラウジアに遠慮したのだろう。

 フローラ達やジャネットは、二人の約束を知っているから割って入ろうとしない。


「相手は、エルヴィア、お願いできるだろうか?」

「いいよ。約束だしね」


 数日前にした約束を果たすのにはちょうど良い。どちらもそう思った。

 フローラ達は興味深げに向かい合う二人を見つめ、ジャネットは少し心配そうにクラウジアを見つめる。

 十日ほど前、エルヴィアとジャネットの手合わせをクラウジアは見ている。

 クラウジアが、そこで知ったエルヴィアの強さに興味を抱かないわけがない。

 ジャネットは知っている。

 クラウジアは騎士だ。強者と競い、技を高め、挑むことに楽しさを見出す。そこに暗い感情はなく、純粋な向上心がある。それはやはり血筋ゆえだろうか。

 血筋のことを挙げられるのを、クラウジアはかなり嫌がるが。

 エルヴィアは木剣を。

 クラウジアは棍を。

 それぞれが扱う武器を手にとって、構える。

 エルヴィアの武器を構える姿に、教師も含めて同級生が息をのんだ。

 フローラ達はその様子に、呆れる。

 今までの基礎訓練は、剣を握ったことがない者もいることを考慮した上で組まれるカリキュラムの一つだ。その代表はエルヴィアだったのだろう。

 だが、おそらく、この中でエルヴィアは一番強い。

 教師も同級生も、エルヴィアを農民上がりと見下していたから、気付かなかった。

 何事も基礎が一番大事だと、エルヴィアは知っている。だから、一切手を抜かなかった。

 それに気付かない教師達がバカなだけだ。

 にわか仕込みでないことが、その自然な姿勢で分かる。

 間合いを取って、向かい合う二人の間には全てを遮断するような緊迫した空気が漂っている。


「ダレス先生」


 ジャネットが静かに声をかける。

 それにハッとしたダレスは、動揺を押し隠せないままジャネットを見る。


「開始の合図を。それがなくては二人とも始められません」

「あ、あぁ。で、では、クラウジア=ジルファーレン対エルヴィア、始めっ!」


 声と同時、二人の姿がかすんだ。

 まともに動きを終えたのは、ジャネットとアレンくらいだった。

 フローラとアレンは影はとらえられた。だが、正確に視認で来たのは、他の同級生達と同じタイミングだった。

 ガッ!!

 剣と棍が打ち合った鈍い音が武道場内に響く。その瞬間、二人の姿は確かな輪郭を持って視界に移る。

 数秒、せめぎ合っていた二人は同時に飛びのいて距離をとる。

 これだけで、二人の実力が既に一年生のレベルを超越していることに、ダレスは気付いた。

 武術教師ダレス=ガロフは、立場的には魔導騎士だ。だが、魔法の能力は限りなく弱かった。その為、ダレスは剣術を徹底的に極めた。騎士としてならば、彼は国内でも五本の指に入る実力者だ。

 数年前、反乱鎮圧の際に矢傷を受けて、左腕が持ち上がらなくなるまでは。

 ほぼ麻痺状態の左腕では、騎士としてやっていくのには無理がある。だが、その腕は惜しかった。

 国とダレス自身の間の意思を通した上で、帝立学院の教師になる事になった。

 元々が、騎士の家系に生まれたダレスだから、常識は学院に近かった。

 しかし今、卑賤で下賤で低劣な農民、という常識が覆されようとしていた。

 ダレスの目の前で。

 フローラ達は目の前の攻防を一瞬たりとも見逃すまい、と瞬きすら惜しんで見つめている。

 一度、手合わせの経験があるからこそ、今度こそは勝つためにエルヴィアの動きを解析しようと、ジャネットは思考をフル回転させながら見つめている。

 エルヴィアは木剣を自身の腕のようにふるう。

 型はない。

 実戦で培われた剣に、型は不要。それに頼っては、生きていけないほどの過酷な戦争だった。

 クラウジアは棍のリーチの長さを生かした攻撃を叩き込む。

 基礎は父の部下に叩き込まれた。

 だが、基礎以外に指導されてこなかったため、ほとんど我流。今回、それが功を奏した。

 型どおりにはまった動きは、エルヴィアにとっては隙だらけだ。だが、我流であったために法則性のない動きはいい感じに荒れていた。

 ただ、エルヴィアは攻めあぐねているのではなかった。


(くそっ! 楽しんでるなっ)


 内心、クラウジアは悔しさでいっぱいだった。

 向かい合うエルヴィアが、対等に戦っていないと分かったから。

 実際、本気で向かい合えば瞬殺されることは分かっていた。けれど、本気を出されないということは、対等の相手ではないとみなされたということだ。

 そのことが、悔しかった。


(ジャネットよりは強い。長い手足と棍、いや、槍を自由自在に扱えるだけの体力と腕力、そして技。それらが見事にはまってるわね)


 エルヴィアの記憶に、ジルファーレンの名前はない。

 おそらく、『イヴ』の死後、台頭してきた者だろう。

 だから、クラウジアの父や姉達がどれほど強いのか分からない。

 ふいに、エルヴィアは笑みを浮かべた。


(けど、これほどの才能は滅多にないっ!)


 ジャネットは天才。いまだ、開花していない才能を抱えた蕾。

 だが、クラウジアは天才ではない。どちらかといえば、秀才だ。

 すでに技も動きも、クラウジアに出来る最上級だ。あとは、経験を積むしかない。

 いくつもの戦闘をこなして、ただひたすらに経験を積み上げていく。

 成長していけば、少しずつ技も動きも変わっていくだろう。それを自分のものにして、経験を積む。

 ひたすら続けるしかない。それを続けていけるだけの素地と能力がある。

 それを見抜いたエルヴィアは、木剣を持ちかえた。

 全員、瞳を見開いた。

 右手から左手へ。渡った木剣に、その動作に、クラウジアがわずかに動揺した。

 それが隙となり、エルヴィアは棍を弾きとばした。その動きで、クラウジアの喉元に切っ先を向ける。

 勝負はついた。

 だが、ダレスは終了の合図を出せなかった。

 騎士団長の娘の敗北を認めることを、ためらったのではない。

 誰もが、エルヴィアは右利きだと思っていた。

 右手で木剣を握り、自由自在に操っていたから。

 今、目の前でその思い込みが覆された。

 その驚愕によって、動けなかった。


「両利き、だったのか」

「いいえ。元々左だったのよ」

「なるほど。右に直しただけ、か」

「まぁね」


 左利きを右利きに直した。それはよくあることで、結果、両利きになる者は多い。

 何のことはない。

 一般常識的な範囲でのことだ。

 勝手に周りが思いこんでいただけにすぎない。

 ちらっとダレスに視線を向ければ、ビクリ、と震えて慌てたように終了の合図を出した。


「クラウジアは強いね」

「エルヴィアに言われると、腹が立つな」

「ジャネットと似たことを」

「だが、悪い気はしない」


 少し、喜んでいるように笑うクラウジアに、小さく目をみはる。

 何が嬉しいのか分からないエルヴィアは、考えても分からないので放置しておくことにした。


「経験を積みましょう。クラウジア」

「は?」

「色々な人と戦って、たくさんの技とであって、幾多もの武器と打ち合って、経験を積んでいけば、きっと、貴方の望む頂にたどり着けるわ」

「本当に?」

「私は、そう思うわ」

「そうか…」


 エルヴィアが言うのなら信じられる、と自然に思った自分にクラウジアは苦笑した。

 いつの間にか、全幅の信頼を寄せている自分に気付いたから。

 まだ、知りあって一ヶ月も経っていないのに。

 立ち上がり、棍を拾い上げるクラウジアを見て、エルヴィアは瞳を細める。


(ジャネットは開花していない天才。クラウジアは、努力の天才)


 積み上げ、上り続け、歩み続ける。

 目指す頂きまで、決して止まらずに。

 それは稀有な才能。

 挫折する瞬間でさえも、自身の肥やしにして成長を図る。

 驚愕をにじませながら、腹立たしそうに眉を寄せている友人達を見て、エルヴィアは困ったように笑う。


(彼らもまた、努力を忘れない。弛まない決意の才能)


 自身の意思を貫くことはとても容易で、とても難しい。

 それを成せる者達。

 彼らと出会ったのは偶然か必然か。

 エルヴィアはずっと考える。

 そのたびに、この出会いに喜んで、楽しさを見出した。

 自身が再び生まれた理由を、見出した。

 それでも、考えることをやめられない。

 ただ、一つだけ、分かっている。

 偶然でも、必然でも、この出会いに心から感謝した。

 一度も信じたことのない神を、信じてみたいと思えるほどに、深く…。





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