1st Broadcast... 2/2
――時間は遡って、117季、初夏。僕は香霖に頼まれてにとりの元を訪ねていた。
「え?ラジオ放送?」
幻想郷にラジオを流そう。と、にとりが言い始めたのはその時だった。ラジオ放送――音声を『電波』というモノに乗せて発信し、『ラジオ』と呼ばれる機器で『電波』を受信し、音声を再生する機能を用いて、情報や音楽を流す事。それは僕のように外に興味をもつ妖怪ならば知っている事だ。にとりは代金を封筒に包みながら楽しそうに言葉を紡いでいく。
「うん。そう、ラジオ。今日頼んだ部品もそのためのものなのさ」
「これが?」
「そうそう、待ってましたっ!」
にとりは顔を輝かせながら納品物である『壊れた受話器』をひったくっていった。おもむろにスカートの裾に付いているポケットからドライバーを取り出すと受話器を分解し始める。
「幻想郷に、ラジオを…。そんなの無理じゃないかな、技術的に」
「カッパに『技術的に無理』っていうのは『実現してくれ』って言ってるようなもんだよ?」
「それじゃあ不可能ってことを伝えられないじゃないか」
「カッパに不可能は無いってことさ、にひひ…」
にとりは手際良く部品を分解し、幾つかは塊のまま取り出したりしながらニッと笑ってみせた。ところどころにオイルが付いているあたりが実にカッパらしい笑顔だと思う。
「問題点は山積みだよね…」
「そうだねー。でもそっちの方が楽しいじゃん。まずはカッパの集落で試験運転中の送電システムを人里に引いて、電気に慣れてもらって…。電波はひとまず有線のほうがいいかもしれないなぁ。アンテナと電波のシステムがいまいち解剖できてないからね。あとは――」
「うん、もういいよ。それで、なんで僕にラジオの話を?」
最大の疑問点はそこなんだ。会話が饒舌な人ならインタビューで慣れている文だとか、人里との交流が多い稗田の当主だとか。…いや、稗田の当主はまだ若いかな。
「そりゃ、ラジオは『情報を流すもの』だからさ。『情報を統制する』なんて大層な能力をもってる文一ほどの適任はいないよ」
「…言うほどのものじゃないよ。それに、一応は情報屋にも『守秘義務』が適応される事だってあるんだけど?」
「でもさ、言える情報だけでもそんじょそこらの天狗とは比べ物にはならないよね?」
「情報を集めることよりも依頼された情報を封じることで生計を立ててるんだけど、僕」
「別に持ってる情報を洗いざらい話せってんじゃないよ。所謂「ニュース」ってやつを流すんだ。それにいい声してるじゃん?…ちょっと男にしては高いけど」
「…このさい声は置いとくけど、そんなことしたらブン屋が黙ってないよ?これでも僕も天狗だし」
追放された混血のサトリ天狗だけどね…。まぁ、そんなことは今問題じゃない。もし、ラジオが実現したら「声」を直接流すことが出来るようになる。そんなことになれば最も早い情報伝達手段になると思う。つまりは今まで最速を売りにしていた文々。新聞でも追い付けなくなる。情報は鮮度が命だから新聞が廃れ、天狗社会は壊滅的なダメージを負うことになる…んじゃないかなぁ……。
「私だってこの山に住むものだからそこはわきまえてるって。だからラジオは一定期間の『振り返り』とかに使うんだよ」
「振り返り?」
「例えば『117季春のニュースでこんな大きな事件がありました』みたいな」
「今年の春なら…。教授たちの襲来と山の神社の幻想入りかな?」
「そうそう、そんな感じ。あとはカッパの方の発明品を宣伝したり、最近話題の夜雀の歌を録音して流したり出来るかも」
にとりはドライバー片手に「つまり今、カッパの技術革新は凄まじいんだよ!」と力説している。可能性空間移動船に引きずられてやってきた山の上の神社……。「守矢神社」だったっけ?たしかそこがカッパを支援していたはずだから、それも関連があるのかもしれないなぁ。この前も何か発明してたし。なんだったかなぁ…。あぁ、そうそう――。
「えっと、この前新しい蓄音機作ったんだっけ?」
「カセットテープ、ね」
「それも売るのかい?」
「うん。来週あたりにねー。もし出来たらカセットテープ再生機にラジオを組み込んだりしたいねぇ…」
そう言ってにとりは手元のドライバーをしまうと直して使っているという冷蔵庫から麦茶をだして飲み始める。それとほぼ同時に壁にかかっていた電話のベルが、調子悪そうに鈍い音を鳴らした。
「おっと、呼び出しみたいだね。それじゃあ、またきておくれよ、文一。近いうちに別の部品も頼むかもしれないからね。…………はい、もしもし。カッパのにとりですが――」
他のカッパとの打ち合わせを始めてしまったにとりに別れを告げると、掲示板の依頼書を受け取りに寺子屋へと向かった。
¶
「すまないが、ちょっと立て込んでいるんだ。こっちから呼び出しておいて済まないな」
「いや、別に問題ないけど…」
寺子屋の慧音を尋ねると見た限りでは外来人の対応に追われているようだった。外来人が来るのは春頃にやってきた守矢神社と教授以来だし、両方とも勝手に動きまわってたから、若干対応の仕方とか忘れてたんだろうね。外来人かぁ…、気になるな。ちょっと後で『調べて』見ようかな。そのための布石も少し用意したいところだけどね。と言っても今は仕事の時間。そのあたりは後回しにしよう。
「で、慧音――」
「なんだ?…あぁ、依頼書ならまとめて机の下から二番目の引き出しにしまってあるから、すまないが自分で持って行ってくれ。代金は後払いで頼む」
「ん、わかった」
僕は職員室に入ると、慧音の机へと歩を進めた。二番目、二番目…。あった。なんだか今回は少ないな。三番町の精肉屋のタイムセールのお知らせと、裏通りの新店舗か。へぇ、もうカセットテープを売るのかぁ。あとは…。帰ってから見ようっと。
僕は掲示板への広告依頼が書かれた書類の束をめくる作業を中断すると、先程慧音が引っ込んでいった部屋へと足を向ける。
「慧音、確かに受け取ったからね。それじゃあ――」
「あ、ちょっと待ってくれ!」
応接室にいた慧音に一声かけて帰ろうとしたけど、呼び止められてしまった。なんだろうか。慧音は二十歳ぐらいの青年に二、三語話してから何かを受け取ってこっちに駆け寄ってきた。彼が例の外来人みたいだね。僕よりは幾分体がしっかりとしている印象を受けるなぁ。
「…どうかした?」
「こいつを調べておいてくれないか?」
そういって慧音が渡してきたのは一粒の金属塊だった。これは……銃弾?外の世界の兵器の一部がなぜここに?
「これ、一体どこで…」
「さっきの外来人がどういう訳か最初からスペカを持っていたんだ。ただ、知識も曖昧でいまいち理解できていなくて、なおかつ使い方も分からないという不思議な具合でな。どうやら能力持ちであることに違いは無いみたい……と言っても私の予測でしか無いが。発動出来ないスペルカード。そして何故か金属として現れた、使い方が分からないはずなのに出してしまった弾幕。今回の代金はその情報でいいか?」
「……確かに興味深いね。今回は交渉成立でいいよ」
そんな情報、お釣りが出るけどね、本来。あと、この銃弾から情報を読めないわけじゃないど……。それがメインじゃないって事を勘違いしてそうだなぁ。とりあえず、噂を流さないことにはどうしようもないね。
「彼は、幻想郷に留まりそうかい?」
「帰れる可能性についてはまだ話してないからなんとも言えないが…。幻想郷に興味がありそうではあるな。だから引き止められるかもしれないが……どうする?」
「そう…だねぇ……。もしこっちで暮らすようなら香霖堂に来るようにいってくれないかな。服も必要じゃない?…それにじっくりと話してみたいし」
そう言って僕は能力を開放して彼を視た。左目を閉じるとうっすらと黄色がかった世界に、「彼から漏れ出す情報」が文字となって浮かび上がる。…この使い方は本来の使い方とは違うんだけど、便利だからいいよね。えぇと、種族はヒトで、秀って名前なんだね、彼。能力は…あるにはあるみたいだけど微力すぎて読み取れないなぁ…。ヒトにしては運動能力は高そうだけど…。それ以上は何も読めない。…ちょっと残念。
「どうだ、文一。なにかわかったか?」
「う、ん…。能力は微力すぎて読めないや」
「そうか…。あるにはあるんだな」
慧音はそう言って少しにやっと笑った。あぁ、興味が湧いたみたいだね。僕は能力の使用を止めて何度か瞬きを繰り返す。すると少しずつ世界に色が戻ってきた。…この感覚は何十年と使ってきても未だに慣れないなぁ。目がちかちかする。
「それにしても便利なものだな、文一の能力も」
「もう少し戦闘向きでもよかったんだけどね…。あともう少し母さんに似ても…。まぁ、詮無いことだよね」
「でも『その眼』なんかは彼女の眼にそっくりじゃないか。髪の色も心なしか赤いし」
「そうかなぁ?髪は黒いと思うけど、僕」
『その眼』っていうのはこの右目の事をいってるんだろうなぁ。普段は茶色なんだけど、能力を使うと右だけ黄色くなっていく。確かに母さんの第三の眼は黄色だった気がする。
「彼女は綺麗な人だったな」
「そう、だね……」
「確か……。本能を揺さぶる程度の能力、だったか?」
「うん。だから父さんも駆け落ちなんてしたんだろうけど」
「くくっ…。罪作りなやつだな、全く」
そう言って慧音はクスクスと笑った。あぁ、本当に随分と懐かしい事を思い出させてくれる。その時、応接室の扉が遠慮がちに開かれた。
「なぁ、俺はこのあと何を――」
そこには秀くんが立っていた。彼は僕を視界に収めると気まずそうに視線を泳がせた。何その反応……。
「シュウ、逢引か何かと勘違いしていないか?」
「違うのか?」
「はぁ……。馬鹿な事を言ってるんじゃない。紹介するぞ。彼は――」
「こんにちわ。僕はしがないはぐれ天狗だよ。よろしく」
「あ、あぁ。よろしく頼む。俺はシュウだ、村島秀。しがないはぐれ傭兵だ」
そういって僕らは両手で握手をした。その時秀くんは片方の口角だけをを釣り上げる様な、独特な笑みをこぼした。普通にしてる時と違ってワイルドな感じだなぁ。
¶
時間は元に戻って119季、夏の終わりごろ。
六畳間での突風入り乱れる鬼ごっこは収束を迎え、文と椛が大の字に伸びている。お互いに息も絶え絶えと言った印象だ。僕はクーラーボックスに入っていた氷をタオルに包んで、氷嚢の様なものを2つほど作ると二人の額にかぶせてやった。
その時ひらり、と視界を横切る一枚の紙があった。これは…、文々。新聞のカット割りだね。可愛らしい丸っこい字で書かれたそれの上部にはでかでかと「噂の傭兵・シュウ、山の神社に攻め入る」と書かれていた。一緒に挟まれていた写真には二足歩行ロボットに対物ライフルを向けるシュウの姿が写されている。そこには小さく「写真提供・河城にとり」と記されていた。インタビューの言葉が無いのはそういうことなのか。ふと、カット割りの後ろを見るとさまざまな事が殴り書きされていた。その中でもある一文が目についた。
「彼が幻想郷にやってきて早二年。彼はいつまでも傭兵であることは辞めない様だ。もし彼が傭兵ではなくなったのなら、きっとそれは何にも比べられない大きな変化があった時だろう――」
一応、第一幕に当たる1st broadcastは終わりです。こんな感じの短編を幾つも投下する形をとっていきたいと思います。