1st Broadcast... 1/2
・CR(Control room)
スタジオと大きな一枚ガラスを隔てた場所にあり、音量の増減や音楽の挿入などを行う場所で、それらを行うための機材はひとつの椅子を取り囲むように置かれている。
・MR(Machine room)
CR後方にある扉から入れる部屋で、ラジオ配信を行う上で必要な機材が詰まっている。
・ミドルスペース
CRとブース(録音室)とスタジオの外をつなぐ位置にある控え室。ドリンク等を置いている。
・スタジオ(放送局)
ブース、ミドルスペース、CR、MRからなるラジオ放送の施設を指す言葉。スタジオ内には空調が整備されている。香霖堂の二階にあるので「スタジオ香霖堂」と名付けられている。
「――という訳でそろそろお時間となりました。最後まで聞いてくださった皆さん、ありがとう!人里のみんなは、明日寝坊しない様に。けーね先生が困るからww今日のお相手はMr.百番でした。この放送は『カッパのにとり』、『スタジオ香霖堂』の提供でお送りさせて頂きました。それではまた次回の放送でお会いしましょう!さよーならー!」
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「ふぅ…」
僕は最後の言葉を言ったあとCRに目を向け、ピースサインが帰ってきたのを見てから深く息を吐いた。放送は楽しいけどさすがに三時間も続けるとつかれる…。ヘッドホンを外して目の前のマイクに取り付けられたスタンドにかけた。ブースには空調の音だけが響いている。実は、僕はこの音が結構好きだったりする。しばらくして機材とにらめっこしていたにとりがひとつ伸びをしてこっちへとマイク越しに声をかけてきた。
『おつかれ~文一。今日も良かったんじゃない?』
「にとりも、おつかれ~。二曲目さ、ちょっとフェードアウト早くなかった?」
『あ、やっぱり?ちょっとミスったんだよねぇ』
「ははっ、そういう時もあるか」
防音ガラス越しにくすくすと、2つの笑い声が響いた。僕らはひとしきり笑うと水を一口含み、どちらからともなく立ち上がった。マイクとかの機器の電源を切ってあるのをチェックしてミドルスペースに引き上げる。…と、一階から話し声が聞こえてきた。
『ただいまー』
『ただいまです…』
『ここは君たちの家じゃないんだが』
『いいじゃないですか、文一は?』
『放送室にいるよ』
『はいはーい、行くわよ、椛』
『わふー…』
どうやら文と椛が帰ってきた様だね。…ここは二人の家じゃないけど。にしても二人共やけに声が疲れているように思うんだけど。そう思っているとにとりがCRから顔をのぞかせた。
「文一、私はMRのチェックしたあとで出るから、戸締りは任せて部屋に行ってもいいよ」
「いや、文たちが来たみたいだから」
「機材あるからMRには来ないように気をつけておくれよ?」
「…。やっぱり合流したら部屋に行くよ。だから戸締りよろしくなー」
「うんうん。それがいいよ。またねー」
そう言うとにとりは機材に囲まれたCRの後ろに位置するMRの機械の山へと体を潜らせた。それとほぼ同時にミドルスペースの扉が開く。文は文一と目が合うと顔を綻ばせて飛びついてきた。
「ぶんいち~ただいま~」
「おかえり、文。椛もおかえり。とりあえず部屋に移動しよう、な?」
「えー、スタジオの方が涼しいじゃないですかー」
「スタジオは遊び場じゃないの。さ、部屋行くよ」
「…はーい」
「ぶんいち、疲れたよぉ」
さっきまで香霖と話していた時とは全く違う甘ったるい声で腕に絡みついてくる文を連れて部屋に移動する。歩く時ぐらい離れようよ、文…。歩きづらいし…。椛は先に部屋に行っていた様で、さっさと薄着になると「お茶もらいますねー。あついー」と残して一階へと消えていった。いつもより尻尾が垂れているけど、何かあったのかね?
「ぶんいち~あづい~」
「…くっつきすぎるからだよ、多分」
「でも、疲れきった私はぶんいちを欲しているんだよぉ…」
「…なんかあった?」
「うん、あった。あのね――」
「お茶貰って来ましたよー。あの、あやさま。見てるこっちまで暑いです…」
椛がお盆にコップを3つと麦茶の入ったボトル、それに小型のクーラーボックスを持って帰ってきた。…そのクーラーボックスは魚を買ってきた時に入れて持って帰るやつなんだけど…。まぁ、いいか。よく洗って、日干ししてあるし。一方の文は、話の腰を折られたのが気に入らないのか、頬を膨らませて拗ねていた。可愛い。
「見なきゃいいじゃないのよー」
「先ほどの凛々しい文様はどこにいったのでしょうか…」
「んー?上司の応接室においてきたかな。ぶんいちー、頭なでてー」
そういって前に回りこむと顔をうずめてくる文。だから僕はさっきから「あつい」っていってるのに。…特に顔が。
「よしよし…。さっき言いかけてたことは?なんか大変だったんでしょ?」
「うん。椛が暴れちゃってさー」
「うぅ、すいません…」
あー。なんか元気が無いのはその所為だったのか…。椛は耳の先を垂らして縮こまっている。しかもこっちをチラチラと上目遣いで様子を伺ってるから…。狙ってるのか。狙ってやってるのか。と言いたいところだよ、これは。
「この前の春雪異変で話題になったシュウさんと妖夢さんに斬りかかっちゃったんだよね、この子」
「だってお二人だなんて知らなかったんですよ!実際にあうのは初めてですし、それににとりを二人がかりで攻撃してて!」
「それだってにとりの方から仕掛けたって話じゃないの」
「そんなこと知らなかったんです…。それに二対一って――」
「あと日が落ちてから襲撃したことと今のは関係ないわよね?」
「…わぅ……」
椛はなにも言い返せない様でしばらく唸ったあとに麦茶を一気飲みし始めた。コップの中身を飲み干すと勢い良くちゃぶ台にたたきつけ、こっちに向かって叫んだ。若干涙目なあたり、迫力にかけるけど真に迫ってはいるなぁ…。
「ブン先輩!焼酎ありますか!?」
「ここには無いよ。この前文が飲んだのが最後だからね」
「わうぅ…。やけ酒でもしないとやってられないです!」
そう言って尻尾で畳をやたらめったらに叩き続ける。一階から小さく『うるさいぞー』と声が上がったのが微かに聞き取れた。ごめん、香霖。
「やめてよー?やけ酒して酔っ払ってまた暴れるのなんて。また始末書を書くことになっても今度は手伝わないからね?」
「わぅぅぅ~。ブン先輩~あやさまがいじめます~!」
椛はそう叫ぶと文を押しのけるように飛び込んできた。ちょっと、二人共服を引っ張るなって!破けるから!
「ちょっと、椛!文一は私の――!」
「少しぐらいいいじゃないですかー!第一、あやさまよりも私のほうが先に会ってるんですからね!」
「そんなの関係ないじゃない!」
「ぐるるる…」
「むぅぅぅ…」
僕の膝の上で行われる言い争いは睨み合いへと発展した様だ。文はおもいっきり膨れ面で、椛は牙をむき出しにして尻尾と耳を逆立てて…ってまるで猫じゃないか。いや、椛は犬か。
「椛、犬むき出しになってるぞ」
「犬じゃないです!白狼天狗です!」
「わんころ天狗…」
「あやさま?なにか言いました?」
目を背けて小さく呟いた文のセリフを聞きとるあたり、さすがイヌ科。爽やかな笑顔を浮かべているけど、どうみても怒ってる様に見える。あぁ、いい笑顔してんなぁ。文もにやぁと笑みを浮かべた。本格的に弄るつもりなんだね…。
「いつまでも自立できない椛はわんころ天狗で十分よー」
「…あやさま。今、あやさまは私の中に無数とある地雷のうち二つを踏みました!」
「ちょっと多すぎじゃない…?」
「こうなったら徹底的にくすぐってやるです!」
「え?それは…やめっ――」
「逃げるなです!」
そうして始まった六畳間での天狗同士の鬼ごっこ。天狗なのに鬼とはこれはいかに。片付けが大変そうだ…。と独りごちながら楽しそうに翔けまわる二人の天狗を眺める。きっとこうして今日、この満月の夜は更けていくのだろう。僕の頭に残ったのは山の上を目指していたというシュウと妖夢。彼は、あれからどのような成長を遂げたのだろうか――。僕はなんとなく、初めて彼に会った時に思いを馳せた。