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第六話 灰に堕ちた宝物殿

 白の国の外れ。

 断崖の上に、ぽっかりと口を開けたその宝物殿は、ほんの数日前に“出現したばかり”の新規ダンジョンだった。


 入口は天使型の特徴である白い石で作られ、

 本来なら《二翼》を広げた簡素なレリーフが刻まれているはずだった。


 だが――


「……ねえ。これ、変だわ」


 最初に気付いたのは、リセリアだった。


 風が吹き抜ける断崖の上で、彼女はあらためて入口の天井を見上げる。


「翼……十二枚? そんなはず……」


 たしかに、昨日見たときは二枚だった。

 それが今は、十二枚の翼を広げた天使のレリーフに変貌している。


 しかも――


「風化で見えなかったはずの顔……角が、生えてる」


 レリーフの天使は、人間でも天使でもない“異形”へと変質していた。


 リセリアの背後で、宝具ハンター達がざわつく。


「おいおい、嘘だろ……天使のレリーフに角なんざ、あっていいもんじゃねぇぞ」


「翼の数が増える宝物殿……聞いたことがない」


「天使型が悪魔化……? そんなもん、宝物殿の理が崩壊してるだろ」


 ここに集まるのは腕利きの宝具ハンターばかりだ。

 幾つもの天使型・悪魔型・生命型を踏破してきた彼らにとって、この異常は“常識外”だった。


 リセリアは息を整え、強く言った。


「気が緩んでいる場合じゃないわ! 宝具ハンター全員、入口に集合して!」


 全員が駆け寄る。


「これは……宝物殿の階層が“変質”している。天使型が、悪魔に寄っていっている。こんなの、前例がない」


「お、おい……つまり危険度が跳ね上がってるってことか?」


「ええ。急いで調査に入るわ。異常発生はだいたい――内部に原因がある」


 その瞬間だった。


 ――影が走った。


 一瞬、入口の奥を“何かが”横切る。

 白い残像のような、人影のような、何かを抱えているような……。


「……誰か今、見たか?」


「いや、速すぎて……。何か抱えてたような……いや、わからねぇ」


「今は追えない! 奥を優先する!」


 リセリアの指揮で、全員が宝物殿内部へ一斉に走り出す。



 中は白壁の通路で、ひんやりとした空気が満ちていた。

 異様なのは、天使型の宝物殿なのに“暗い”こと。


 光が吸い込まれているような感覚すらある。

 内部は白い通路が続いていたが、明らかに“光が弱い”。

 通常の天使型のような聖光がなく、影が濃い。


(……嫌な感じね。光が吸われてる?)


 最奥へ進むにつれ、空気は重く濁り――


 最奥の広間に足を踏み入れた瞬間、全員が凍りついた。


 白い石畳は血に染まり、破壊された光鏡の破片が散乱している。

 そして、その中央に立っていたのは――


 灰色の人型。

 大鎌を持つ“何か”。


 人間と同じ形をしているのに、肌は灰。

 瞳には色彩がなく、濁った灰が渦巻くだけ。


 生き物の気配は皆無。

 だが、たしかに“意思ある敵意”を帯びていた。


「あ……あれが……灰獣……?」


 宝具ハンターの一人が呟く。


「いや、違う。俺は悪魔の宝具専門のハンターだが――あんな灰獣、見たことねえ」


「私も……分類不能よ。あれは……もっと上位……」


 リセリアは震える声で言った。


「最低でも……アークエネミー。

 ……もしかすると、ネメシスに届く存在かもしれない」


「はぁ!? ふざけんなッ!」


「アークエネミーなんざ、俺らじゃ勝てねぇ!」


「ネメシスなら……一国の王クラスじゃなきゃ相手にならねぇ存在だろ!?」


 恐怖が全員の喉に突き刺さる。


 しかし、リセリアは一歩前に出て、振り返った。


「……今までの宝物殿とはレベルが違うわ。

 でもレベルが違うということは、宝具の価値も跳ね上がる。あなた達は――どうする?」


 その問いに、宝具ハンター達は……迷いなく頷いた。


「俺たちは宝具ハンターだ。命懸けてなんぼだろ」


「強くなるために来た。だったら逃げられない!」


「このレベルの宝具を取れたら……一生食っていけるどころじゃねぇ!」


 全員の覚悟が決まった。


 リセリアも頷き――叫ぶ。


「まずは救助よ! ここにいるトーンレスを全員連れ出す!

 私は――そこに倒れてる青年を保護する!」



 リセリアは走り寄り、血まみれの青年を抱え起こす。


 ――カイルだった。


「大丈夫!? 返事できる?」


「……っ……リセリア、さん……?」


「私のこと知ってるの? まあ後でいいわ。今は……あなた、かなり傷だらけよ」


 カイルは息を荒くしながら答えた。


「あの……騎士団の……中隊長……は……?」


 リセリアは指を向けた。


「あそこに――」


 カイルが視線を向けた瞬間、呼吸が止まった。


 中隊長の身体は、

 胴体と下半身が真っ二つに切断されていた。


 切断面は驚くほど“滑らか”。

 普通の刃物では不可能だ。


(……これ、紙か何かを切ったような……)


 リセリア自身も戦慄した。


 そのとき――


 カイルの脳裏に記憶がよみがえった。



「ルカ!! どこだ!! 返事してくれ!!」


 広間は混乱していた。

 白の民たちは倒れ、悲鳴が消え、灰獣は大鎌を構えていた。


 “ぎ……ぎ、ぎ……”


 耳の奥を削る音。


 音が止んだ瞬間――


 中隊長は叫んだ。


「少年! 危ない!!」


 カイルの身体を押し飛ばし――

 そのまま灰色の刃が中隊長を切断した。




 リセリアは彼の肩を支えながら、静かに言った。


「大丈夫。安心して。もう私たちが来たから」


 だがカイルは、涙を拭う間もなく、必死に言った。


「逃げないと……ッ!!

 あの大鎌……攻撃の前に……耳の奥を削る音が鳴るんだ……!

 その音がした瞬間には……白の民が……半分……切り裂かれて……!」


 本当なら、今すぐにでもルカを探しに飛び出したかった。

 けれど、目の前の灰獣から目を離した瞬間に、誰かがまた死ぬ――そんな予感が、足を縫い止めていた。


 周囲の宝具ハンター達が息を呑む。


「音が……予兆……?」


「遠距離攻撃ってことか……?」


 リセリアは、即座に判断した。

 声を張り上げる。


「聞いたわね!?

 あの大鎌は“音が合図”。

 音がしたら、全員――伏せて避けるの!!

 いいわね!!」


「了解!!」



 ――ぎ……ぎ、ぎ……


「来たわ! 伏せて!!」


 全員が一斉に地に伏せる。


 直後、大鎌の刃が空気を裂き、広間を薙ぎ払った。

 死者は、いなかった。


「おい……避けられるぞ!」


「攻撃が単純なら余裕だな!」


 前衛に立つ赤髪の男と、紫の髪を束ねた女が、一歩踏み出した。


「俺が前に出る。サポートは任せた」


「了解。精神干渉で援護する」


 宝具ハンター達に、わずかな余裕が戻りかけた――


 その瞬間。


 灰獣の瞳が、ゆっくりと揺れた。


 灰色の渦が広がり、音よりも早く“何か”が空気を満たす。


 そして――


 二名の宝具ハンターの髪が

 みるみる白く染まった。



「う、あ……っ!? あ……ああああ!!」

「髪が……! 俺の色が……!!」


彼らの髪は

炎の赤から、精神の紫から――

ごっそりと“白”へと変わっていく。



そして次の瞬間――


灰獣の背中に、

ぞり……ぞり……と、

不吉な音を響かせながら“翼”が生えてきた。


一本。


二本。



色は――

奪った宝具ハンターの髪と同じ。


ひとつは《赤》の翼。

もうひとつは《紫》の翼。


その二色の羽根は、異様に滑らかで、

まるで血と闇で染めた絹のように艶めいていた。


「……翼……?

 色を……奪って……“翼”に……?」

リセリアの声が震えた。


この世界で“色”は、ただの見た目ではない。

魔力の源であり、生命の根であり、一族の系統であり、

どの術式に適性があるかを決める――生まれつき背負う属性そのものだ。


赤は炎。

青は水。

黄は雷。

緑は生命。

藍は鍛造。

紫は精神干渉。


それは

“その人がどの術式を扱えるか”

“どの属性に親和しているか”

“どの一族の血統を継ぐか”

それらすべてを司るのが色。


その色が奪われるということは――


生き物として、もう半分死んでいるのと同義だった。


翼を奪った側は力を増し、

奪われた側は魔力の根源を失い、

無色トーンレス”になる。


灰獣は、

その無色化した者に興味など示さず、

羽ばたきもせずに二枚の色翼を揺らした。


その赤と紫の羽ばたきは、

その場にいた全員の背筋を凍りつかせた。


赤い翼の羽ばたきに合わせて、熱風が広間を舐める。石畳の上に、じりじりと焼け焦げる跡が走った。

紫の翼の周囲には、幾重もの魔法陣が浮かび上がる。見ているだけで頭痛と吐き気を誘う、精神干渉の紋様だ。


このまま放っておけば――

あの灰獣は、七色すべての翼を背負う日が来るのかもしれない。


「……化物だ……」

誰かが呟いた。

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