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第四話 慈愛

第二の扉が閉じた瞬間、

 広間の空気がぴん、と張りつめた。


 真円の石畳、白硝子のように透き通る壁。

 天井には、六枚の翼を広げた天使のレリーフが幾重にも刻まれ、

 その上を薄い光の膜が静かに流れている。


 まるで、息をひそめた聖堂だった。


「……ここが、慈愛の試練……?」


 白の民が震える声でつぶやく。


 音のない空間で、その声だけが不気味に響いた。


 そのときだった。


 天井の光の膜が、ゆっくりと“縮んだ”。


 水が吸い上げられるように、

 淡い光が天井中央に向かって寄せ集められていく。


「な、なんだ……?」


「天井が……動いてる……!」


 光は細かく束になり、

 やがて鋭い先端を形づくった。


 一本、また一本。

 無数の“光の矢”が、氷柱つららのように天井から生えそろう。


 白石の天井一面にびっしりと敷き詰められた光の矢は、

 この世のものとは思えない神々しさと、

 背筋の凍るほどの冷たさを帯びていた。


「うそだろ……全部落ちてくる気か?」


「や、やべぇ……通路に戻れ! 戻れぇ!!」


 誰かが悲鳴に似た声を上げた。


 その瞬間――


 広間の一番奥で、“ぱらり”と音がした。


 端に並んだ光の矢が一本、すっと消え――

 次の瞬間、その真下の床に、光が突き立つ。


 続けて二本、三本。


 ぱら……ぱらぱら……ぱらららら……。


 光の矢の雨が、広間の奥からこちらへ、通り雨のように迫ってきた。


「ひっ……来てる……来てるぞ!!」


「後ろの扉まで走れ!! 急げ!!」


 王国騎士団が我先にと後方へ殺到する。


 だが、閉じた扉はびくともしない。


「開けろ!! 開けぇッ!!」


 騎士が柄で扉を叩く。

 拳を打ちつける。

 蹴りつける。


 しかし、まるで透明な壁に守られているみたいに、

 扉は微動だにしなかった。


「クソッ、ふざけんな……!」


 その間にも光の雨は歩幅を詰めるように迫る。

 広間の中央列に矢が降り始めた。


「どけ! そこどけっ!!」


「お前ら白の民を前に出せ!! 盾にしろ!!」


「民など知るか!! 国は俺たちが守ってるのだ!!」


 騎士たちが白の民を押し出し、

 前へ投げるようにして逃げ道を作ろうとする。


 老人が転び、若い女性が悲鳴を上げる。

 幼い子が母の腕を引きちぎられるように前へ押される。


「や、やめて……!」


「動け! 替わりはいくらでもいる!!」


 怒号と悲鳴が広間を満たした。


 そのとき――


「ルカ!」


 僕は反射的にルカの腕を掴み、

 近くにいた老人の背を引き寄せた。


「カイル兄ちゃん……!」


「下がってろ!!」


 光の雨は、もうすぐ目の前まで来ていた。


 案の定――


 光の矢が僕たちの頭上へ到達した。


 次の瞬間、

 焼けるような激痛が肩を貫いた。


「ああああああッ!!」


 石畳に叩きつけられるほどの衝撃。

 血があふれ、視界が白く染まる。


「カイル兄ちゃん!!」


「だ、大丈夫だ……ルカ……離れるな……!」


 必死に声を絞ると、

 肩に刺さった光の矢は、すっと消えた。


 残った傷口が、ゆっくりと閉じていく。


「……治ってる……?」


 僕は呆然と肩に触れた。


 しかし、


 顔を上げた瞬間――

 広間の“地獄”が視界に流れ込んできた。


「どけ!! 俺を盾にするな!!」


「ひ、人を押すなっ――!」


「ぎゃああああッ!!」


 逃げようと民を盾にした騎士たちが、

 頭上の光に貫かれ、次々と光の粒子へ崩れていく。


 突き刺さった瞬間、肉体は溶けるように砕け、

 無数の粒子となって天へ吸い込まれていった。


「……あ……」


 言葉を失った。


 白の民の四割ほどと、

 王国騎士団の半分が――

 この一瞬で消えた。


 光の雨がようやく止む。


「カイル兄ちゃん……ケガは!? 本当に大丈夫なの!?」


「ああ……もう大丈夫だ。心配するな……」


 震えるルカを抱き寄せながら、

 僕は静まり返った広間を見渡す。


 光の粒子だけが舞い、

 さっきまでそこにいたはずの人間の影はどこにもない。


「……これが……慈愛……?」


 誰かが震える声でつぶやいた。


 慈愛を示した者でも、

 守ろうとした者でもない。


 “慈愛を捨てた者”だけが、消された。


 護られた者、

 護ろうとする者は残った。


 その選別は、美しく、冷たく、そして残酷だった。


「ルカ、大丈夫か」


「……うん。でも……なんで、あの人たち……?」


 ルカの問いには、答えられなかった。


 ただ――

 天井の光の奥で、


 誰かがすべてを見ていた。


 その確信だけがあった。


 そのとき、

 壁が静かに開いた。


 第二の試練への扉だ。


 中隊長は、人数が半分になった列を見渡し、

 深い息を吸ってから言った。


「……これが“慈愛”のふるいだ。

 生き残った者、前へ進むぞ」


 その声は、怒りでも悲しみでもなく――

 ただ“選別を受け入れた者”の声だった。


 僕らは再び歩き出す。


 第一の試練。

 ――慈愛とは、“命を差し出す者”を守り、

 “慈愛を捨てた者”を裁く、天使のふるいである。


 だがその真意を、

 このときの僕たちは、まだ知らなかった。

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