表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/23

第二話  雪原の召集と宝物殿

 騎士たちが去ったあと、孤児院の中はしばらく誰も言葉を発せなかった。


 ミリアさんは床に座り込んだまま、顔を両手で覆っている。

 子どもたちは泣くでも騒ぐでもなく、ただ固まってその背中を見つめていた。


「……カイル」


 やっとのことで、ミリアさんが僕の名を呼んだ。かすれた声だった。


「ルカには……あなたから話してあげて。私じゃ、きっと取り乱してしまうから」


「分かりました」


 喉がひりつくように痛かったけれど、何とかそれだけ答える。


 振り向くと、廊下の隅でルカがこちらを見ていた。

 さっきまで眠そうだった目は、もう完全に覚めている。


「カイル兄ちゃん……なんか、こわい人たち来てた」


「……部屋で話そう。みんな、少しだけ僕たちは話さないといけない用があるから」


 他の子どもたちにそう告げて、僕はルカを寝室へ連れていった。




 薄暗い部屋に、雪明かりがぼんやり差し込んでいる。

 ルカは自分の布団の端に座り、落ち着きなく指をいじっていた。


「なあ、カイル兄ちゃん。さっきの人たち、王国騎士団って……本物?」


「本物だよ」


 僕は隣に腰を下ろし、深く息を吸った。


「ルカ。落ち着いて聞けよ」


「うん」


「……俺と、お前。二人とも、北の宝物殿に行くことになった」


 一瞬、ルカの顔が固まる。


 そして——。


「……やっぱり、そうなんだ!」


 ぱっと目が輝いた。


「ねえカイル兄ちゃん! それって、もしかしてさ……ぼく、英雄になれるってことじゃない?

 “色喰しきぐいのしろ”みたいにさ! 白の国から、また伝説の——」


「ルカ!」


 思わず、少し強い声になった。


 ルカがびくりと肩を震わせる。


「……宝物殿は、遠足に行く場所じゃない」


 ゆっくりと言葉を選びながら話す。


「前に話したよな。“色の力”を持つ人たちでも、宝具ほうぐを取りに行って、帰ってこなかったやつらがいるって」


「……でも、宝具ほうぐハンターは強いからでしょ? ぼくたちはみんなで行くし、王国騎士団もいるし——」


「そういう問題じゃない」


 僕は、ぎゅっと両手を握りしめた。


「宝物殿ってのはな、ただの“洞窟”とか“城”じゃない。

 中は、天使か悪魔か——どっちかの力で作られた、閉じた世界になってるんだ」


「せ、世界……?」


「そう。しかも、一つ一つ全部ちがう。

 宝物殿はそれぞれ“まったく別のテーマ”で作られてるって噂だ」


 僕は視線を天井に向けながら、知っている限りを思い出す。


「そのテーマになってるのが、“一体の天使か、一体の悪魔”。

 地形も、仕掛けも、出てくる敵も——全部その象徴に沿っているらしい。

 でも、入る前から何の天使(悪魔)の宝物殿なのかは分からない」


「じゃあ、今回のは……?」


「扉の上に“翼の紋章”があるって話だ。

 だから——今回俺たちが挑むのは、天使側の宝物殿“かもしれない”って程度だ」


 真偽は分からない。

 けれど、悪魔よりはマシだと、誰もが思いたがっているのは感じ取れた。


「それでな。宝物殿の奥には“宝具ほうぐ”がある。その手前には、必ず“ガーディアン”がいる」


「ガーディアン……」


「天使の宝物殿なら、天使みたいな白い影の兵隊だったり、光でできた巨人だったり。

 悪魔の宝物殿なら……もっと、ひどいものが出るってさ」


 そこまで言って、口をつぐむ。


 灰色の化け物がどうとか、魂を喰う影がどうとか——そんな噂はいくらでもある。

 だが今ここで、それを全部話す気にはなれなかった。


「どっちにしろ、“試練”なんて生やさしいもんじゃない。

 ガーディアンは、間違えた侵入者を普通に殺す。宝具ほうぐを求めるやつらを、何人も踏み潰してきた存在だ」


「……ぼくたち、そんなとこに行くの?」


 ルカの顔から血の気が引いていく。震える手が、毛布の端をぎゅっと握りしめた。


「ぼ、ぼく、やっぱり——」


「大丈夫だ」


 僕はルカの頭に手を置いた。


「怖がっていい。怖がるのが普通だ。

 でもな、ルカ。俺がいる」


 自分で言いながら、どこまで本気で言えているのか分からない。

 それでも、言わずにはいられなかった。


「兄ちゃんはな、この十年、ずっと雪かきしてきた。

 屋根から落ちそうになったこともあるし、腰が死ぬほど痛くなったこともある」


「……それ、じまん?」


「自慢だよ。

 雪と氷で鍛えた腕っぷしと足腰は、白の国で十本の指に入るくらいだ」


 わざと大げさに胸を張ってみせる。

 ルカが、ぷるぷる震えながらも、すこしだけ笑った。


「兄ちゃんの後ろに隠れてろ。

 どんなガーディアンが出てきても、お前を前に出したりしない。絶対にだ」


「……ほんと?」


「ああ。約束する」


 ルカの小さな手が、そっと僕の袖をつかんだ。


「じゃあ……ぼく、行く。

 こわいけど、カイル兄ちゃんと一緒なら、がんばる」


「よし」


 胸の奥で、冷たい塊みたいなものが少しだけ溶けた気がした。




 夜になると、孤児院の中はいつもより静かだった。

 子どもたちは早めに寝かしつけられ、祈りの声だけが小さく響く。

 ミリアさんは台所で何かをごそごそと探していた。


「カイル」


 呼ばれて振り向くと、ミリアさんが二着のコートを抱えて立っていた。

 昼間に着ていたものより、少し厚手で、布地も新しい。

 ところどころ継ぎはぎだが、丁寧に繕われているのが分かる。


「これは……?」


「昔、寄付でいただいたの。

 いつか“外で働く子”が出たときに着せようと思って、とっておいたのよ」


 そう言って、ミリアさんは笑おうとしたが、うまく形にならなかった。


「ありがとう。大事に使います」


「……フードは、今日は深く被らなくてもいいわね。

 今夜は、白の子たちが集まるんだもの」


「そう、ですね」


 からかわれる心配がいらない代わりに、別の不安が喉を締めつける。


「ルカのこと、お願いね」


「任せてください」


 コートを受け取り、ルカのいる部屋へ向かう。


「ルカ、起きてるか?」


「……うん」


 薄暗い中で、ルカがむくりと顔を上げた。

 緊張で眠れなかったのだろう、目の下には少しクマができている。


「ほら、新しいコートだ。ミリアさんが出してくれた」


「わあ……!」


 ルカは目を丸くした。


「これ、あったかそう……」


「ちゃんとお礼言っとけよ。これ、高い布だ」


「うん!」


 着替えを済ませ、孤児院の玄関に立つ。

 扉の向こうには、冷たい風と雪の匂い。

 足もとで、ルカの手がぎゅっと僕の手を握る。


「行こうか」


「うん」


 僕たちは手をつないだまま、夜の街へ踏み出した。




 ハクレイン王国の夜は、いつもどおり静かだった。

 けれど今夜は、雪が踏まれる音がやけに多い。

 あちこちの家から、男たちが重そうな靴音を響かせて出てくるのが見えた。


 知っている顔もあれば、まったく見たことのない顔もある。

 干し魚の屋台の親父、薪割りを手伝ってくれた隣の青年、教会でいつも祈っている老人——。

 みんな、それぞれに不安そうな顔をしていた。


「こんなにたくさん……」


 ルカが小さくつぶやく。


「王国の召集だからな。断れないやつばかりだ」


 歩いているうちに、人の列は自然と一つの流れになっていく。

 向かう先はただ一つ——北の外れ。

 そこに、宝物殿ほうもつでんの入口が現れたと聞かされていた。


 やがて、白い街並みが途切れ、雪原の先にそれは見えた。


 まるで、空から落ちてきた巨大な石の神殿。

 白い柱がいくつも立ち並び、高いアーチが夜空を切り取っている。

 そのてっぺんには、翼のような装飾が刻まれていた。


 ——天使だ。


「やっぱり、天使様の宝物殿なんだ……」


 ルカが、少しだけ安堵の色を混ぜた声でつぶやく。

 全体的に白く、静かで、どこか神聖な雰囲気がある。


 入口前の広場には、すでに大勢の人間が集まっていた。

 ざっと見ただけでも、ハクレイン王国の成人三、四割はいるのではないかと思うほどだ。


「……あ、あのおじさん……」


 ルカが指さした先には、野菜の屋台の親父がいた。

 腰の曲がった老人も、痩せた若者も、みんな同じように列に並ばされている。


 その列の向こう側——。

 白の塊のさらに奥に、色のついた一団がいた。


 赤、青、黄色、紫色。

 各国の色をまとった宝具ほうぐハンターたちだ。


 人数は僕たちの半分にも満たない。

 けれど、彼らの顔には不安の影はあまりない。

 代わりに、獲物を前にした獣のような輝きがあった。


「いいか、お前ら! 白の連中は壁になってくれるんだ。俺たちは美味しいところだけ頂いて帰る!」


 赤髪の男が大声で笑う。

 周りの宝具ほうぐハンターたちも、それに合わせて下品な笑い声を上げた。


「見ろよあの顔。死ぬ覚悟なんて一つもできちゃいねぇ」

「まあ、ガーディアンが暴れてくれりゃ、俺たちの取り分は増えるしな」


「おい、そこのトーンレス」


 ひょろりとした男が、僕たちの列の方を顎でしゃくる。


「震えてんじゃねえよ。せいぜい盾になってから死ね」


 ルカの肩がびくっと震えた。

 僕はとっさに一歩前に出る。


「……俺たちは、命令で来てるだけだ。好きで死にに来たわけじゃない」


「はぁ? だからなんだってんだ。

 色も力もねぇやつが戦場に立った時点で、死体候補だろ」


 男が歩み寄ってきて、僕の胸ぐらをつかもうとした、そのとき——。


「やめなさい」


 澄んだ声が、響いた。


 全員の視線が、その声のした方へ向く。


 木箱の上に、一人の少女が立っていた。


 長い赤髪が、雪明かりを受けて揺れている。

 瞳は同じく赤、だが炎というより、鋭く研がれた刃物のような光を宿していた。


 年は、僕と同じか、少し下くらいだろうか。

 だが、身に着けている装備は、他の宝具ほうぐハンターたちよりもずっと質が良い。


 赤い紋章の入ったロングコート。

 その下には、全身を覆う金属製の重装鎧。

 雪の上に立っているのに沈みもせず、身体の軸が揺れない。

 明らかにただの“重装”ではなく、王族専用の鍛造品だと分かる。


 背中には、彼女の背丈に届きそうなほどの大剣が一本、静かに背負われている。

 少女の体格からすれば本来は振るえないはずの重量……それを当然のように背負っていることが、逆に彼女の規格外さを物語っていた。


「今回の任務に参加している者同士、無駄な争いは不要よ」


 少女は木箱の上から、白の列と宝具ほうぐハンターたちを見渡した。


「トーンレスであろうと、他国の者であろうと、ここでは同じ“戦力”とみなされている。

 挑発して士気を下げるなら、邪魔をしているのはあなたたちの方」


 さっきまで僕をつかもうとしていた男が、ばつの悪そうな顔で手を引っ込める。


「……へいへい。お嬢さんはお堅いことで」


 少女はそれ以上相手にせず、木箱の上で姿勢を正した。


「改めて、全員に告げる」


 ピンと張り詰めた声が、雪原に響く。


「この度、宝具ほうぐハンター側のまとめ役を任された、

 フレイ・ガルド王国第一王女、リセリア・フレイよ」


 ざわっ、と空気が揺れた。


「フ、フレイ……?」

「今、第一王女って……」


 周囲の宝具ほうぐハンターたちが、ひそひそとざわめき始める。


「おい、聞いたことあるぞ。あれが“カルロフ・フレイ”の娘だ」

「フレイ・ガルド国王か? あの“戦王”カルロフの……?」


「そうだ。産まれた時から“アルダン”の目をしてて、

 “色の彩度”が歴代最強だって噂の……」


アルダン……? そんな色で生まれてくるやつ、聞いたことねえぞ……」


「ああ、フレイ・ガルドの若い世代の中じゃ、頭ひとつ抜けてるって話だ。

 将来はカルロフに次ぐ怪物になるって言われてる」


「そんな人間が宝物殿に来るってことは、よっぽど旨い宝具なんだろうな!」


 まるで遠足前の学生みたいに、宝具ほうぐハンターたちのテンションが上がっていく。


 リセリア本人はそんな声を気にする様子もなく、続けた。


「まず理解してほしいのは——

 この宝物殿ほうもつでんは、ハクレイン王国の領土内に現れたということ。

 ゆえに、最初に攻略に挑む“権利”も“義務”も、ハクレイン側にあるわ」


 僕たち白の民の列のあちこちで、小さなざわめきが起きる。


「私たち宝具ほうぐハンターは、その結果を受けて動く第二陣。

 ハクレイン王国の戦力が“全滅した”と判断された場合、契約に従って強制的に突入することになってい る」


 つまり——。


 ここは白の国で、宝物殿は“うちの庭”に現れた。

 だから一番手は王国。そのあとで、他国の色をまとった“本職”が入ってくる。


 僕たちは、ただの捨て駒というわけじゃない。

 けれど、危険な一歩目を踏み出す役を押しつけられているのも、また事実だった。


「以上が、大まかな取り決めよ。

 それまで私たちは外で待機する。その間に、武具の点検と連携の確認を徹底しておきなさい」


 リセリアの視線が、宝具ほうぐハンターたちをぐるりと一周する。


「——各々、準備を怠らないこと。

 ここは雪国で、足元も視界も悪い。自分の命は、自分で守りなさい」


 そう締めると、リセリアは木箱から軽やかに飛び降りた。

 その瞬間、再び宝具ほうぐハンターたちの間にざわめきが広がる。


 やがて、ハクレイン王国側の列の前に、一人の男が進み出た。


 白いマントを羽織り、胸には王国騎士団の紋章。

 昼間、孤児院に来た騎士よりも年上で、肩幅も広い。


「静まれ!」


 低く通る声が、雪原のざわめきを押し流した。


「これより、今回の宝物殿ほうもつでん攻略について説明する」


 男は背後の神殿——宝物殿の入口を振り返る。


「見ての通り、今回の宝物殿は“天使型”だ」


 入口の上には、翼を広げた像のようなレリーフが刻まれている。

 その顔は風化してよく見えないが、少なくとも角や牙はない。


「悪魔型の宝物殿に比べれば、構造も敵も、まだ“穏やか”であると予測される。

 ただし、油断はするな」


 男の視線が、僕たち白い列をゆっくりと舐めていった。


「宝物殿の内部は、すべて“テーマ”によって構成される。

 地形、仕掛け、敵……すべてが、ある一体の天使、あるいは悪魔を象徴していると考えられている」


 ルカが、小さく息を呑む。


「だが、それが何者なのかは、中に入って試練を越え、最奥に至るまで分からない。

 外見から分かるのは、“天使側か悪魔側か”までだ」


 僕はごくりと唾を飲み込んだ。


「内部には、“ガーディアン”と呼ばれる存在が現れる。

 天使系であれば、光や翼をまとった守護者ガーディアンだろう。

 悪魔系であれば……ここでは詳しくは述べない。お前たちには関係のない話だ」


 それでも、男の声の端にはわずかな嫌悪が滲んでいた。


「今回、我々が相手にするのは天使系のガーディアンである可能性が高い。

 多くは“試練を与え、ふるい落とすための存在”とされているが——」


 一拍置いて、男は言葉を区切った。


「試練であろうと、敵であることに変わりはない。

 逆らえば、普通に殺される」


 ルカの手が、僕の手をさらに強く握った。


「——いいか。先に宝物殿へ入るのは、あくまで我らハクレイン王国の兵と民のみだ」


 ざわっ、と白の列のあちこちで小さなざわめきが起こる。


「宝物殿内部での陣形はこうだ。

 前列——一般徴用兵、および志願者。

 後列——王国騎士団。


 前列は、最初の接敵と突破口の確保。

 我ら騎士団は、その後ろからとどめを刺し、陣形を守る」


 つまり、真っ先にガーディアンとぶつかるのは、僕ら白の民を含む“徴用兵たち”だ。


 分かってはいたが、改めて言葉にされると、胃のあたりが重くなる。


「——以上だ。全員、覚悟を持って臨め!」


 号令が雪原に響き、白の列がざわつきながらも静まっていく。


 だが、説明を聞き終えた騎士たちの間には、

 むしろ緩んだ空気が広がっていった。


「天使型であれば、そこまでの脅威ではあるまい」

「悪魔型のように、異形の魔物が跳梁するわけでもない」

「道中も“試練”と聞く。腕の立つ者なら十分突破できるだろう」


 別の騎士が静かに笑う。


「最奥の守護者ガーディアンも天使の眷属ならば、

 凶暴な怪物とは違う。宝具を確保すれば沈静化する類の存在だ」


「問題は……前列の民兵がどれほど持つか、か」

「うむ。我らが剣を振るう前に道さえ開けてくれればよいが」


 その口調は丁寧で、だがそこに——“白の民の命は軽い”という前提が自然に混ざっていた。


 その会話を耳にしながら、

 リセリア・フレイはわずかに赤い瞳を細めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ