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第二十二話 静観

 図書塔を出た途端、空気が少しだけ軽くなった。

 重たい静けさが、背中から剥がれ落ちる。


「……はあ」


 カイルは、思ったより大きく息を吐いた。


「あの場所、酸素薄くなかった?」

「気のせいよ」


 リセリアは即答だった。


「絶対気のせいじゃないって。

 俺、ああいう場所に長くいると、頭がきゅーってなるんだけど」


「知識に拒否反応が出てるだけじゃない?」


「ひどくない?」


 そう言いながらも、カイルは歩調を緩めない。

 さっきまでの沈黙が、まだ足元にまとわりついている。


 通りには、人が戻り始めていた。

 月光が高い位置から降り、石畳の凹凸を淡く浮かび上がらせている。


「……でさ」


 少し間を置いて、カイルが言った。


「さっきの憲兵」


「ロッシュ・ギニョールね」


「そう、それ」


 名前を口にしてから、少しだけ眉を寄せる。


「……顔、覚えてる?」


「“覚えてる”ってほどじゃないわ」


 リセリアは歩きながら、指を折る。


「でも、特徴は聞いたし、あなたも見てる」


「うん……たぶん」


 たぶん、という言葉に自分で引っかかって、カイルは首を傾げた。


「細目だった気はするんだよな」

「“気はする”なのね」


「だってさ、じっと見たわけじゃないし」


 言い訳するように、肩をすくめる。


「憲兵の制服で、髪は紫で……」


 そこで、言葉が一瞬止まる。


「……前髪」


「前髪?」


「一部だけ、変じゃなかった?」


 リセリアが、ちらりと横を見る。


「変?」


「紫なんだけどさ。

 月の当たり方で、一瞬だけ――」


 カイルは、うまく言えずに手を振った。


「灰色っぽく見えた気がする」


「“気がする”が多いわね」


「しょうがないだろ。

 俺の記憶、信用しすぎないで」


 むしろ自分が一番信用していない、という顔だった。


 リセリアは少し考え込み、歩調を落とす。


「紫髪で、細目。

 前髪の一部が、月光で灰色に見えることがある、か」


「うん。でも断定はしないで。

 たぶん、見間違いだし」


「そこは正直ね」


「自信満々で外すの、一番ダサいから」


 その言い方に、リセリアは小さく笑った。


「じゃあ、一回まとめましょう」


「お、出た。」


「あなたが見た“違和感”は、事実。

 でも、それがロッシュ本人かどうかは、まだ分からない」


「うん」


「だから今日は――」


 言いかけて、リセリアは一度口を閉じる。


「……動かない?」


「動かない」


 カイルは即答した。


「今動いたら、絶対やらかす」


「自覚はあるのね」


「あるある。

 俺、こういう時、変に声かけちゃうタイプだし」


「“すみません、それ灰色に見えたんですけど”とか?」


「言うかも」


「言いそうね」


 二人で顔を見合わせ、同時にため息をついた。


 月光が、建物の壁をなぞるように流れていく。

 通りの向こうでは、憲兵が数人、巡回の準備をしているのが見えた。


 カイルは、ちらっとそちらを見る。


「……あれさ」


「見ない」


「え、まだ何も言ってないのに」


「顔に出てる」


「まじで?」


「まじで」


 リセリアは、カイルの襟を軽く引いた。


「今日は観察だけ。

 覚えるだけ。

 近づかない」


「はーい」


 素直に返事をしつつも、視線はどうしても憲兵の方へ行く。


「……ロッシュ、だよな」


 小さく、独り言みたいに呟く。


「名前的には」


「“名前的には”って何よ」


「いや、だって顔と名前って、たまに合わないじゃん」


「あなたの感覚基準、信用していいのかしら」


「しないで」


 即答だった。


 月は高い。

 影は短く、街全体を均等に照らしている。


 


 通りを少し離れたところで、二人は足を止めた。

 月光が石畳に広がり、影がゆっくり伸びている。


「なあ」


 カイルが、歩きながら言う。


「名前も分かってて、

 見た目の特徴もあるんでしょ?」


「ええ」


「だったらさ」


 一拍置いてから、首を傾げた。


「普通に憲兵に聞いた方が早くないか?」


 リセリアは、即座に足を止めた。


「却下」


「はやっ」


「理由、聞く?」


「聞かなくても分かる気もするけど、一応」


 リセリアは小さく息を吐く。


「今、この国どういう状況か分かってる?」


「宝物殿が、ど真ん中に出てきてる」


「そう!国全体が、神経を尖らせてる。

 誰が敵で、誰が原因か、まだ何も分かってない段階」


「……あー」


 カイルは、なんとなく察してきた。


「そこで外部者が、

 “特定の憲兵について教えてください”なんて聞き回ったら?」


「怪しまれる、か」


「怪しまれるどころじゃないわ。

 状況次第では、“宝物殿を出現させた犯人を探ってる側”じゃなくて、

“犯人そのもの”に仕立て上げられる」


「……うわ」


「低く見積もっても重罪」


「高く見積もると?」


「死罪」


 即答だった。


 カイルは、思わず口をつぐむ。


「……それ、さらっと言う内容じゃないだろ」


「でも、事実よ。

 この国、思考と儀式の国でしょう?

 “疑わしいものを排除する”判断が、

 ものすごく速い」


「じゃあ、正面突破は――」


「無理」


 これも即答。


「聞いた瞬間に、終わる」


 カイルは、頭の後ろをかいた。


「……確かに、俺が憲兵だったら

 “なんでお前がそれ知りたいんだ”って思うな」


「でしょう?」


「しかも俺、言い方絶対下手だし」


「そこは否定しないわ」


「ひどい」


 軽口を叩きながらも、カイルは真剣だった。


「じゃあさ、

 直接聞くのはダメ。

 正面から探るのもダメ。」


「ええ」


「となると……」


 言葉を探して、視線を彷徨わせる。


「周りから、拾うしかない?」


「そうなるわね」


「めんどくさ!」


「地道、と言って」


「俺、地道向いてないんだけど」


「知ってる」


 リセリアは、ほんの少しだけ笑った。


「だから役割分担しましょう」


「お、出た」


「あなたは、見て覚える担当」


「それ得意かもしれない」


「私は、整理する担当」


「それは間違いない」


 二人は、同時に頷いた。


 月光が、通りの奥で揺れている。

 憲兵の詰所がある方向から、足音がいくつも聞こえた。


 カイルは、そちらを一瞬だけ見る。


「……聞きに行かなくて、正解だな」


「ええ」


「今、完全に近寄るなって空気してる」


「察しがいいじゃない」


「こういう時だけな」


 そう言って、肩をすくめた。


「じゃあ今日は」


「まずは、一点に絞る。」


 リセリアが言う。


「詰所の“周り”だけ見る」


「入らない、話しかけない、目立たない」


「その三つ、絶対ね」


「了解」


 カイルは、少しだけ背筋を伸ばした。


「……静かにやろう」


「ええ」


 こうして、

 二人は“正攻法を捨てる”ことを選んだ。


 遠回りで、

 面倒で、

 でも一番、生き残れるやり方を。

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