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第一話 白《トーンレス》の国の子どもたち

 しろの国――ハクレイン王国では、いつも雪が降っている。


 朝も、昼も、夜でさえも。

 ふわりと舞う細かな粉雪が、空と地面の境界を曖昧にしていた。屋根も道も、人の足跡さえも、時間が 経てば同じしろに塗りつぶされていく。


 僕の髪も目も、その雪と同じ白だった。

 カイル・レヴナード、十六歳。

 この国では珍しくもない色だ。ハクレイン王国の人間のほとんどが、白い髪と白い瞳をしている。


 ただ、誰もが分かっていた。


 白いということは、“色の力”を持たないということだ。


 あかでもあおでもない。

 どの国に属する色相でもない、一番「何もない色」。

 だからこそ、この国の人々は助け合って暮らしている。

 弱いからこそ支え合うしかなかった。


 雪かきも、薪割りも、壊れた屋根の修理も。

 誰かが声を上げれば、近所中から「手伝うよ」と人が集まる。

 ここにあるのは、派手な魔法でも巨大な城でもなく、そういう小さな助け合いだった。


 僕も捨て子だったが、シスター・ミリアの孤児院に拾われ、ここで生きてきた。

 物心ついたときには、雪と、白い髪と、子どもたちの笑い声がそばにあった。


「カイル、ちょっといい?」


 台所から顔を出したミリアさんは、僕と同じ白髪に柔らかな瞳をしていた。

 頬に薄くついた小麦粉が、いかにも「忙しいです」と物語っている。


「市場まで行ける? 食料が欲しいの」


「分かりました。袋は二つですか?」


「三つね。最近この辺りに新しい宝物殿ほうもつでんができたでしょう?

 宝具ほうぐハンターの人たちも来ているから、品物が多いはずよ」


 宝具ほうぐハンター――宝物殿ほうもつでんに眠る宝具ほうぐを求め、危険を冒す者たち。

 富、名声、力……あらゆるものを手に入れられる職業だ。


 ハクレイン王国の大人たちは「無茶な連中だ」と口では言うけれど、

 子どもたちにとっては昔話に出てくる英雄とほとんど同じだった。


 その言葉を聞きつけ、子どもたちが一気に駆け寄ってきた。


「カイル兄ちゃん、市場行くの!?」


 一番に抱きついてきたのはルカ・フロイゲント。

 十歳で、この孤児院では僕に次ぐ年長だ。背丈は小さいが、元気は人一倍だ。

 雪の中を走り回っているせいで、頬だけはいつも赤い。


「そうだよ。ミリアさんのお使いでね」


「僕も行きたい!」「私も! 宝具ほうぐハンター見たい!」


 案の定、騒ぎが始まった。

 廊下に並べてある小さな靴が倒れ、窓ガラスがカタカタと揺れる。


「みんなはお留守番。……でも、帰ってきたら“色の話”をしてあげるよ」


 子どもたちは一瞬残念そうな顔をしたあと、興味の方が勝ったようで一斉に目を輝かせた。


「わかった!絶対だよ!」


「じゃあ行ってくるよ」


 玄関に向かうと、ミリアさんがフード付きのコートを渡してくれた。

 膝のほころびを何度も縫った跡がある、古いけれどよく馴染んだコートだ。


「カイル、今日は深く被っていきなさい。冒険者が多いから……」


 ミリアさんの視線が、一瞬だけ僕の髪に向かう。

 外から来た人間にとって、白い髪は「ただの色なし」ではなく、「からかいやすい獲物」にもなる。


「はいはい、大丈夫です。気をつけて行ってきます」


 そう軽口を叩きながらも、僕はちゃんとフードを深く被った。

 白い髪を隠すようにして、市場へ向かった。


 ハクレイン王国の市場は、雪の中でも賑わっていた。

 屋台の布にはうっすらと雪が積もり、そのたびに店主が手で払う。

 吐く息は白く、乾いた魚の匂いと、焼きたてのパンの匂いが混ざり合っている。


 干し魚、黒パン、古靴、毛糸のマフラー――生活に必要なものが所狭しと並んでいる。

 白一色の世界の中で唯一、色彩しきさいを持っているのは、並べられた商品と、たまに吊るされている色付きの布ぐらいだ。


 だが今日は珍しい色の人々が混じっていた。

 あかあお黄色きいろ……この国ではまず見ない色相しきそうだ。

 雪を踏み荒らす革靴、きらりと光る金属のプレート、背中に背負われた武器。どれもこの国の住民には緑がないものばかりだった。


 彼らが宝具ほうぐハンターだ。


「おい聞いたか? この国の北に新しい宝物殿ほうもつでんができたらしい」


「ああ。白の王が宝具ほうぐを狙ってるって噂だぞ」


「はっ、白の民を集めたところで何の役に立つんだか」


 赤髪の男が鼻で笑う。

 髪の色も声のトーンも、この国の雪景色からは浮き上がって見えた。


「色もねぇのに宝物殿ほうもつでんに行くとか、死ぬ気かよ」


「まあでも今回は期待できるかもな。王族が乗り出すくらいだ」


「前の宝物殿ほうもつでんなんざ下級悪魔の宝具ほうぐで、ろくな金にならなかったからな」


「まあ、今回の宝具ほうぐは高値で売れそうだけどな。トーンレスじゃ一生稼げねぇ額だ」


 仲間の一人が、わざとらしく手のひらをひらひらと振ってみせる。

 その指には、どこかの国の色石がはめ込まれた指輪が光っていた。


 雪の上に乾いた笑いが弾けた。


 僕は聞こえないふりをして野菜の屋台に向かった。

 心のどこかで、「言い返したい」という思いがよぎるけれど、口を開いたところで何が変わるわけでもない。


 店番の老婆が僕を見ると、優しい顔で微笑む。


「やあカイル。今日も頼りにしてるよ」


 しわだらけの手が、慣れた動きで芋をかごから取り出す。

 この手は、きっと若い頃から何度も雪をかき、何度も誰かのためにパンを焼いてきたのだろう。


「芋と玉ねぎ、それから……一番安いパンをください」


「安いのばっかり。子どもたち、よく食べるのに」


 文句を言いながらも、袋には多めに詰めてくれた。

 この国の人たちはこういうところで損得勘定がない。

 誰かが困っていたら、少しずつ分け合うのが当たり前になっている。


「なあ婆ちゃん……白の国から、宝具ほうぐハンターが出ることってある?」


 自分でも、なぜそんなことを聞いたのか分からなかった。

 でも口から出てしまった言葉は、白い息になって空へ溶けていく。


「どうだろうねぇ」


 老婆は肩をすくめた。


「昔、“純白の魔法使い”がいたとは聞いたけど……今は誰も挑まないよ。

 色なしの体じゃ、命が軽すぎる」


 その言い方に責める響きはない。

 ただ、長く生きてきた人間の、静かな諦めがあった。


「……そうだよね」


 僕は袋を受け取り、孤児院へ帰った。

 雪道に残る自分の足跡を見下ろしながら、ふと考える。


 ――もし僕にも色があったら。

 赤や青の髪で生まれていたら、今、何をしていただろう。


 答えは出ないまま、僕は扉を開けた。


「カイル兄ちゃん、おかえり!」


 玄関を開けると、子どもたちが一斉に飛びついてきた。

 小さな手が、コートや袋にいくつもぶら下がる。


 袋を上に持ち上げ、芋を死守する。


「芋が死ぬ! 死ぬからやめろ!」


「色の話、するんでしょ!?」


 ミリアさんが苦笑しながら台所から顔を出す。

 エプロンには小麦粉がつき、鍋からはいい匂いの湯気が立ち上っていた。


「夕食は私が準備するから、カイルはみんなと話してあげて」


「助かります。でも、みんな押すな押すな!」


 子どもたちに引かれるまま、僕は奥の部屋へ連れていかれた。

 薄い布団がいくつも並べられた部屋は、いつも子どもたちの声と体温で少しだけ暖かい。


「前にも言ったけど、この世界には“色の力”ってものがあってな」


 僕は自分の髪の先を摘んで見せる。


「髪の色で、その人がどんな力を持っているのか、おおよそ決まるんだ」


あかは、ほのお!」


 ルカが胸を張った。


「正解。あかは炎。

 あおは水、みどりは生命だ。植物を育てたり、傷を癒したりするのが得意って言われてる」


「この前、市場に来てたあかい髪のお姉さん、手から火出してた!」

「うそだー!」

「ほんとだって! 雪とけてたもん!」


 子どもたちが口々に騒ぎ出す。


「きいろは?」


黄色きいろは雷。バチバチってやつだ」


「むらさきは?」


むらさきは精神。心を落ち着かせたり、逆にかき乱したりもできるらしい」


 僕自身、“色の魔法”は冒険者がたまに見せる程度しか見たことがない。

 遠くから見た炎の槍、空気を震わせる雷鳴。

 あれは確かに綺麗で、そして、少しだけ怖かった。


 すると、いつも物静かな少女トマがそっと髪をつまんだ。


「じゃあ……白は?」


 ルカも、他の子どもたちも同じように白い髪を見つめる。


「白は……?」


 何度も聞かれてきた問い。何度答えても、慣れることはない。


 それでも、僕は嘘をつかない。


「白は、“色を持たない”って意味だ」


 静かな空気が落ちた。

 さっきまで跳ねていた子どもたちの視線が、一斉に自分の髪に落ちる。


「……なんにも、できないの?」


 ルカの声は小さかった。


「いいや。色の力は弱いかもしれない。でも、それだけじゃない」


「でもシスターは言ってたよ? 白は魔法つかえないって」


「色の魔法は難しい。俺たち白は炎も雷も使えない。

 だけど……」


 僕はそこで言葉を区切り、子どもたちの顔を見渡した。

 不安そうな目。何かを期待する目。

 いろんな視線が、白い部屋の中で揺れている。


「昔、白の国から――“伝説の魔法使い”が出たらしい」


「でんせつ……!」


 子どもたちが息を飲む。


「その人は、髪も目も真っ白だったのに、

 色を取り込んであらゆる魔法を使えたらしい。

 二つふたつなは“色喰しきぐいのしろ”。

 呼ばれた名は“オーバーセブン”。

 七つの国中で慕われた、白の英雄だ」


「すごい!」


「かっこいい!」


「ねぇ、その人の名前は!? どこの町にいたの!?」


「俺も知らないよ。本当にいたのかどうかも分からないしな」


 僕は笑って肩をすくめた。

 孤児院の本棚にある古い物語集にも、その名前は載っていなかった。ただ、大人たちが酒の席で、時々その伝説を口にするだけだ。


「でもな――白だって、なにもできないわけじゃない。

 今は弱くても、いつか……」


 そこまで言って、言葉を飲み込む。

子どもたちに変な期待を持たせたくなかった。

 「いつか」は、来ないかもしれないのだから。


「ま、とにかく。俺たちには俺たちのやり方がある。できることをやればいい」


「カイル兄ちゃんは?」


「兄ちゃんは、雪かきと薪割りと……ごはん運びだな」


「つよそうじゃない」


「かっこよくない!」


「よし、飯抜きだ」


「やだー!」


 笑い声が広がり、白い世界にふわっと散った。

 窓の外では、相変わらず雪が降っている。

 この国の空は重く低いけれど、子どもたちの笑い声だけは、不思議と軽かった。


 夕食が終わり、子どもたちを寝かしつける時間になった。

 皿を重ねる音、薪がはぜる音、小さなあくびがあちこちから聞こえてくる。


「カイル兄ちゃん、となりで寝ていい?」


 ルカが布団の端をつまむ。

 眠気と甘えが混ざった顔をしている。


「今日はだめだ。やることがある」


「じゃあ明日は?」


「明日はいいぞ」


「やくそく!」


 ルカは満足そうに布団にもぐった。

 他の子どもたちも、毛布を抱きしめながら次々に目を閉じていく。


 僕は廊下の灯りを一つずつ消していった。

 油の匂いと、まだかすかに残った夕食の匂いが混ざり合う。


 窓の外を見れば、雪。

 この国の景色は、昨日とも、その前の日とも、きっとあまり変わらない。


 ――本当は、この「変わらないこと」が、いちばんの幸せなのかもしれない。


 翌朝。


 まだ子どもたちの多くが眠っている時間。

 僕はいつもどおり、外で雪かきをしていた。

 孤児院の前の道が埋まってしまうと、荷物を運ぶのが大変になるからだ。


 雪をすくうたびに、ざくり、と冷たい音がする。

 遠くで、教会の鐘が小さく鳴った気がした。


 そのときだ。

 硬いものが雪を踏みしめる音が、いくつも重なって近づいてくる。


 ざっ、ざっ、ざっ。


 靴の音じゃない。もっと重い、鉄の音。


 孤児院の扉が激しく叩かれた。


「ハクレイン王国騎士団だ。開けよ!」


 中から慌てて足音がして、ミリアさんが怯えた顔で扉を開く。

 僕も慌てて雪かき用のスコップを立てかけ、玄関の方へ向かった。


 甲冑を着た騎士たちが数名、雪を踏みしめて入ってきた。

 銀色の鎧に、ハクレイン王国の紋章。

 同じ国の人間のはずなのに、彼らは僕たちとはまるで違う世界の住人に見えた。


「カイル・レヴナード、ルカ・フロイゲントはいるか?」


「……僕がカイルですが、どんなご用件で?」


 寝起きの子どもたちが、廊下の奥から不安そうにこちらをうかがっている。

 ルカも、まだ目をこすりながら、廊下に顔を出していた。


 騎士は冷たく告げる。


「北に現れた宝物殿ほうもつでん宝具ほうぐを、王ヨルンド・ハクレイン陛下は望んでおられる。

 戦える者を傭兵として徴用する。

 お前と――その子どもを連れていく」


 頭が真っ白になった。


 白は何もできない。

 僕自身が一番よく知っている。

 さっきまで雪かきをしていたこの手が、宝物殿ほうもつでんで何の役に立つというのか。


「僕はまだいいとして……ルカは十歳です。

 危険な場所へ連れて行くなんて――」


 言いながら、足が震える。

 騎士たちの鎧のきしむ音が、やけに大きく響いた。


「黙れ。国王の命に逆らう気か?」


 冷たい視線が突き刺さる。

 同じ白の髪をしているはずなのに、その瞳には一片の迷いもなかった。


「そういうわけじゃ……」


「今夜、宝物殿ほうもつでん前に集合せよ。来なければ反逆罪だ」


 ミリアさんが崩れ落ちた。

 顔を覆って震えている。子どもたちは何が起きているのか分からず、ただその背中を見つめていた。


 助け合いの国だったはずなのに。

 そう思っていたのは、きっと国民だけだった。


 僕は拳を握りしめた。

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