第十二話 ハクレイン王国
宝物殿は、すでに失われていた。
ハクレイン王国北区画。
かつて宝物殿が存在した場所には、均された石畳と封鎖線だけが残っている。
崩落の痕跡は処理され、瓦礫は撤去され、封印紋も削り取られた。
そこに「何があったか」を示すものは、もう存在しない。
◇
王城・評議室。
「……以上が最終報告です」
報告官は淡々と告げた。
「死者、三十二名。
重傷者、十一名。
軽傷者、二十七名。
宝物殿由来の魔物は完全消失を確認。
宝具は……何者かに回収されたと見られます」
その一文だけが、室内の空気をわずかに歪めた。
王座に座る男、
ヨルンド・ハクレインは、黙って報告書を見つめていた。
「……回収できなかった、か」
声は低く、抑えられている。
「はい。
宝物殿崩壊の直前、内部に侵入していた存在は確認されていますが、
身元・所属ともに不明。
記録にも、残っておりません」
“誰が持ち去ったか分からない”。
それは、白の国にとって最も忌むべき事態だった。
「偶発的な被害としては、抑えられています」
評議員の一人が言う。
「危険指定区域は事前に封鎖されており、
想定外の被害拡大はありませんでした」
「犠牲は出ましたが、基準内です」
「宝具を失ったのは遺憾ですが、
宝物殿そのものが消滅した以上、
これ以上の混乱は起きないでしょう」
どの言葉も、正しい。
どの判断も、合理的だった。
ヨルンドは、拳を握り締めた。
「……それでもだ」
わずかに、声が低くなる。
「“回収できなかった”という事実は変わらない」
評議室が静まり返る。
「宝具は、ただの危険物ではない。
白の国にとって、あれは――」
言葉を、切る。
それ以上は口にしなかった。
理由を説明する必要はないと、彼自身が分かっていた。
宝具を特別視していた理由は、
この場で共有されるべきものではない。
「王よ」
神官長が静かに口を開く。
「すでに宝物殿は消失しました。
国は安定しています。
これ以上、感情的になる必要はありません」
なだめるための言葉だった。
議論ではない。
結論を変えるための会議でもない。
王を“均す”ための会議だ。
ヨルンドは、ゆっくりと息を吐いた。
「……分かっている」
だが、内心では焦りが消えなかった。
回収できなかった。
どこへ行ったのかも分からない。
誰が持ち去ったのかも、掴めない。
白の国は、把握できないものを嫌う。
把握できない危険を、
“存在しないもの”として処理することはできない。
◇
「命令を出す」
ヨルンドは、姿勢を正した。
「宝物殿攻略に向かった者たちの中で、
生存者が誰なのかを洗い出せ」
評議室が、わずかに静まる。
「名簿、出立記録、封鎖前後の通行記録。
すべて突き合わせろ」
「宝物殿内部に到達し、
なおかつ生還した者がいるはずだ」
評議員の一人が、慎重に言葉を選んだ。
「……目的は、回収者の特定、ですか?」
「回収者“かもしれない者”だ」
ヨルンドは即答した。
「誰が宝具を持ち去ったのかは分からない。
だが、あの場から生きて出た人間は限られている」
理屈だった。
感情ではなく、白の論理。
「生存者の動向を追え。
現在地、接触者、発言内容――すべてだ」
「宝具の所在が不明である以上、
“何も起きていない”とは判断しない」
評議員たちは短く頷いた。
「妥当な判断です」
「過不足のない対応でしょう」
「記録に基づいて進めます」
反対意見は出ない。
死者は、すでに記録された。
問題は、生き残った者たちだ。
彼らが何を見て、
何を持ち帰り、
何を語らなかったのか。
「所在不明の宝具は、必ず追跡する」
ヨルンドは低く言った。




