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第十二話  ハクレイン王国

 宝物殿は、すでに失われていた。


 ハクレイン王国北区画。

 かつて宝物殿が存在した場所には、均された石畳と封鎖線だけが残っている。

 崩落の痕跡は処理され、瓦礫は撤去され、封印紋も削り取られた。


 そこに「何があったか」を示すものは、もう存在しない。



 王城・評議室。


「……以上が最終報告です」


 報告官は淡々と告げた。


「死者、三十二名。

 重傷者、十一名。

 軽傷者、二十七名。

 宝物殿由来の魔物は完全消失を確認。

 宝具は……何者かに回収されたと見られます」


 その一文だけが、室内の空気をわずかに歪めた。


 王座に座る男、

 ヨルンド・ハクレインは、黙って報告書を見つめていた。


「……回収できなかった、か」


 声は低く、抑えられている。


「はい。

 宝物殿崩壊の直前、内部に侵入していた存在は確認されていますが、

 身元・所属ともに不明。

 記録にも、残っておりません」


 “誰が持ち去ったか分からない”。


 それは、白の国にとって最も忌むべき事態だった。


「偶発的な被害としては、抑えられています」


 評議員の一人が言う。


「危険指定区域は事前に封鎖されており、

 想定外の被害拡大はありませんでした」


「犠牲は出ましたが、基準内です」


「宝具を失ったのは遺憾ですが、

 宝物殿そのものが消滅した以上、

 これ以上の混乱は起きないでしょう」


 どの言葉も、正しい。

 どの判断も、合理的だった。


 ヨルンドは、拳を握り締めた。


「……それでもだ」


 わずかに、声が低くなる。


「“回収できなかった”という事実は変わらない」


 評議室が静まり返る。


「宝具は、ただの危険物ではない。

 白の国にとって、あれは――」


 言葉を、切る。


 それ以上は口にしなかった。

 理由を説明する必要はないと、彼自身が分かっていた。


 宝具を特別視していた理由は、

 この場で共有されるべきものではない。


「王よ」


 神官長が静かに口を開く。


「すでに宝物殿は消失しました。

 国は安定しています。

 これ以上、感情的になる必要はありません」


 なだめるための言葉だった。


 議論ではない。

 結論を変えるための会議でもない。


 王を“均す”ための会議だ。


 ヨルンドは、ゆっくりと息を吐いた。


「……分かっている」


 だが、内心では焦りが消えなかった。


 回収できなかった。

 どこへ行ったのかも分からない。

 誰が持ち去ったのかも、掴めない。


 白の国は、把握できないものを嫌う。


 把握できない危険を、

 “存在しないもの”として処理することはできない。



「命令を出す」


 ヨルンドは、姿勢を正した。


「宝物殿攻略に向かった者たちの中で、

 生存者が誰なのかを洗い出せ」


 評議室が、わずかに静まる。


「名簿、出立記録、封鎖前後の通行記録。

 すべて突き合わせろ」


「宝物殿内部に到達し、

 なおかつ生還した者がいるはずだ」


 評議員の一人が、慎重に言葉を選んだ。


「……目的は、回収者の特定、ですか?」


「回収者“かもしれない者”だ」


 ヨルンドは即答した。


「誰が宝具を持ち去ったのかは分からない。

 だが、あの場から生きて出た人間は限られている」


 理屈だった。

 感情ではなく、白の論理。


「生存者の動向を追え。

 現在地、接触者、発言内容――すべてだ」


「宝具の所在が不明である以上、

 “何も起きていない”とは判断しない」


 評議員たちは短く頷いた。


「妥当な判断です」


「過不足のない対応でしょう」


「記録に基づいて進めます」


 反対意見は出ない。


 死者は、すでに記録された。

 問題は、生き残った者たちだ。


 彼らが何を見て、

 何を持ち帰り、

 何を語らなかったのか。


「所在不明の宝具は、必ず追跡する」


 ヨルンドは低く言った。

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