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第十話  崩れゆく宝物殿


 轟音とともに、大地が揺れた。


 宝物殿はサタナキアの消滅と同時に、急速な崩壊へ向かっていた。

 壁は軋み、天井は沈み、色で保たれていたはずの柱が砂のように崩れ落ちていく。


 瓦礫が降り注ぐ中、カイルは気を失ったリセリアを抱きかかえた。


(……絶対に落とさない)


 胸に抱え直し、足元を強く蹴る。


 背中の黒翼が広がった。

 まだ未成熟な四枚の羽だが、崩れゆく空間を駆け抜けるには十分だった。


 カイルは瓦礫の雨をすり抜け、倒れる柱を蹴って跳び、崩落する壁をすべり抜ける。


 ――黒の風が吹く。


 宝物殿の外へ飛び出した瞬間、空気が変わった。



 外で膝をついていた宝具ハンター達が、崩壊する宝物殿から出てきた黒い影を見て息を呑んだ。


「……あれ、赤い目……? 一瞬“ルージュ”かと思ったが……」


「いや違う……髪が黒だ……色が一致してねぇ……!」


「黒髪で赤い瞳なんて……“色を奪った”奴じゃねぇのか……?」


「そんなの……悪魔か、大罪級の怪物の所業だぞ……!」


「待て……あの目……赤いのに、形が……縦に……?」


「……竜眼……!? 嘘だろ……人間じゃねぇ……!」


「黒……赤……竜眼……

 これが“理の外側ノワール”……!」


 ハンター達は後ずさりし、

 やがて誰かが叫んだ。


「逃げろ!!」


 次の瞬間、蜘蛛の子を散らすように走り出した。

 仲間を引きずり、転び、押しながら――ただ必死に“黒”から遠ざかる。


 カイルはその様子をただ黙って見ていた。


(……そうか。これが……黒として見られる、ということか)


 悲しみとも怒りとも違う、言葉にできない感情が胸を満たす。


 腕の中のリセリアがわずかに息をする。

 それだけが、彼を現実に繋ぎ止めていた。


(……まずは、彼女を安全な場所へ)


 カイルはリセリアを抱えたまま、その場に静かに立っていた。

 逃げたのはハンター達――


 黒翼の少年だけが、崩壊した宝物殿の前に取り残されていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 

 宝物殿から離れた森――

 色の余波で木々は黒く焦げ、朝日もまだ昇らない灰色の世界。


 カイルはリセリアをそっと地面に横たえ、黒翼を静かに閉じた。

 背中の羽が淡く揺らぎ、力が収まっていく。


(……ここなら、まずは安全だ)


 藍色の裏地が覗くマントを整え、深く息を吐く。


 その時――


「……ん……」


 リセリアの長い睫毛が震えた。


「……ここは……?」


 ゆっくりと目を開けた彼女が最初に見たのは、黒髪の少年の横顔だった。


 光の弱い森の中でも、

 彼の黒髪と――場違いに赤く光る瞳だけは、

 まるで闇の中で浮かぶ異質な色彩のように映った。


(……この顔……どこかで……)


 記憶の断片が繋がり、彼女は思い出す。


 ――宝物殿の入口で、声をかけてきた少年。


 少年がこちらに気づき、慌てて顔を逸らす。

 赤い虹彩が一瞬、光を弾いた。


 その黒髪と噛み合わない赤い瞳を見て、思わず息を呑んだ――。

「あ……リセリア様……?」


 カイルは急いでフードを深く被り直し、藍色の裏地がふわりと揺れた。


「驚かせてしまったかもしれません。すみません」


「驚いたけど……大丈夫よ。怖くはないわ」


 リセリアはゆっくり上体を起こし、少年を見つめる。


「あなた。宝物殿の前で……会ったわよね?」


 カイルは小さく頷く。


「覚えてます」


 空気が少し柔らかくなったところで、リセリアが微笑む。


「でもまだ名前を聞いていなかったわね」


 カイルは胸に手を当て、丁寧に頭を下げた。


「……カイル。

 カイル・レヴナードです」


「レヴナード……?」

 リセリアが首を傾げる。


「聞いたことのない家名ね。

 どこの家の出身なの?」


 カイルは少し視線を落とし、正直に答えた。


「……家はありません。

 孤児院で育ちました」


「そう……」


 リセリアの声は驚きではなく、むしろ柔らかかった。


 カイルは少し視線をそらし、言葉を継ぐ。


「でも……リセリア・フレイ様のことは、知っています」


「そう。じゃあこれで――正式に挨拶できたわね」


 リセリアはふっと笑顔を見せた。


 そして、ふいに眉を寄せる。


「ところで……どうしてあの時、

 煙幕の中で真っ先に走るなんて作戦、思いつけたの?」


(……やっぱり聞かれるか)


 カイルは少しだけ迷い、そして正直に答えた。


「……自分の無力さが、もう嫌で……

 あそこで動かなきゃ、きっと後悔すると思ったんです」


 リセリアは静かに頷く。


 そして――表情が急に引き締まった。


「カイル。あなたは……たぶん、もう国には戻れないわ」


「……黒だから、ですか」


「そう。ノワールは……この世界にとって“異質すぎる”。

 王国はあなたを恐れる。

 味方にすれば“利用しようとする”。

 敵にすれば……“排除しようとする”。」


 カイルはゆっくり藍色のマントを裏返し、外側にして羽織る。

 フードを深く被り、黒髪を隠した。


「……宝具ハンター達の目を見てわかりました。

 俺は……怖がられるんだって」


 リセリアは小さく息を呑み、そして――

 優しく言った。


「少なくとも私は……あなたを怖いとは思わないわ」


 その言葉は、濁った森の中で小さな光のように響いた。


リセリアはしばらく黙っていた。

 そして、黒く焦げた木々を見上げ、ゆっくりと口を開く。


「……黒が恐れられる理由を、話すわね」


「理由……?」


「ええ。これは王族だけじゃない。

 宝具ハンターも、子供ですら聞かされて育つ“昔話”よ」


 カイルは息を呑む。


 リセリアは、語り始めた。


「――ノアが世界をつくった時、七度息を放った。

 一息目は赤、二息目は橙、三息目は黄……

 そうして七色が生まれ、世界が形になった」


 それは焚き火の前で語られるような、静かな物語だった。


「でもね……七色がすべて満ちたあと、

 ただ一つだけ、どの色にも染まらない“影”が残ったの」


「……ノワール


「そう。

 黒は祝福を受けられず、どこにも居場所を持てなかった。

 そして――世界の“負”を吸い続けたの」


 リセリアは手を胸に当てる。


「憎しみ、嫉妬、恐怖、絶望……

 それら全部を黒は一人で抱えた。

 抱えて、抱えて……そして暴走した」


 カイルは無言で聞いていた。


「だから七色の子たちは、

 天使の宝具の力で黒を……滅ぼしたの」


 森に冷たい風が吹いた。


「宝具ハンター達があなたを見て逃げたのは……

 “黒が世界を壊した”という物語を、皆が知っているからよ」


「……だから……あんな目で……」


 カイルは拳を握る。


「俺は……世界を壊すつもりなんて、ないのに」


「知ってるわ」


 リセリアの声は揺るがない。


「だから、あなたは謝る必要なんてない」


 カイルは驚いたように顔を上げる。


「……でも、あなたまで巻き込んで……黒と一緒にいたなんて噂が……」


 リセリアは静かに首を振った。


「噂なんて、行動で消せるわ。

 それに……私は気にしていない」


 その強さは炎の王女そのものだった。


「……どうして、そこまで?」


「あなたが――

 誰かのために走れる人だって、見せてくれたからよ」


 カイルは息を呑み、胸の奥が熱くなるのを感じた。


 だが、すぐに別の不安が浮かぶ。


「……でも、あなたは国の王女で……」


 リセリアはその言葉を遮るように、きっぱりと言った。


「宝具ハンターから噂が広まるのは避けられない。

 いずれ王宮にも届くわ。

 だから私は、最初から戻るつもりはない。」


 カイルが驚いた表情を浮かべる。


「覚悟はできているの。

 だからあなたは、もう“私を気にする必要はない”」


――そこで、カイルの中の“本題”が静かに顔を出す。


「……リセリア様。

 俺には……探さなきゃいけない人がいます」


リセリアは目を細める。


「宝物殿の入口で……一緒にいた男の子?」


「……見ていたんですね」


 カイルの肩がわずかに震えた。


「ルカは……俺の家族です。

 誰かに……故意に連れ去られました」


「故意に?」


「はい。

 事故じゃない。迷子でもない。

 誰かが“ルカを狙って”連れていったんです」


 リセリアの表情が険しくなる。


「……目的は?」


「わかりません。

 でも……俺の目の前で消えたんです。

 だから……絶対に取り返す」


 リセリアは深く息を吸い、迷いなく言った。


「――じゃあ一緒に探しましょう」



 彼女は笑った。



「その代わり――黒は悪じゃないって、あなたが証明して」


「……証明、か」


 カイルは息を呑む。


 大地が震えた。


 ごううう、と低い唸りが森全体を揺るがす。

 黒く焦げた木々がざわめき、足元の土が波のようにうねった。


「っ……何……!?」


 リセリアが身構える。


 カイルも即座にリセリアの前へ立った。

 風が渦巻き、空の色がさらに濁っていく。


 ――空が裂けた。


 遠くの地平線に、巨大な“影”がゆっくりと姿を現す。


 塔だった。


 だがただの塔ではない。


 天まで突き刺さるほど高く、世界そのものを貫くような禍々しい存在感。

 塔の表面には“罪”を象徴する文様が脈動し、

 黒と灰の光が血流のように走っていた。


「……嘘……でしょ……」


 リセリアが震える声で呟く。


「一つだけじゃない……

 六つ……六つすべてが……!」 


 空の別の方角にも、影は次々と立ち上がっていた。

 世界の各地に、同時に。


「まさか……サタナキアを倒したことで……?」


「連鎖反応よ。

 “怠惰”の封印が破られたことで、

 残る“六つの大罪”が世界へ顕現したの」


 リセリアは唇を噛む。


「これを放置すれば……

 六つの国が滅ぶわ」


 カイルは息を呑む。


「宝物殿で起きた現象が、もしその人物と関係しているなら……

 次の異変にも必ず姿を現すわ」


 その言葉は、胸の奥に深く刺さった。


(……ルカに、会えるかもしれない)


「……分かりました。

 俺……やります。証明します。

 黒は――世界を壊す色じゃないって」


 リセリアは満足げに微笑んだ。


「じゃあ契約は成立ね」

「契約……?」


「あなたが黒を救い、私はあなたを助ける。

 それぞれの目的のために、協力するってことよ」


 カイルも、微笑み返した。


「……よろしくお願いします。」


 ――――――――――――


「――それはそうとカイル?」


「え? はい……?」


「その姿……」


「……って、カイル?」


「ん? どうしました?」


 リセリアは眉をひそめ、少年を指差した。


「いや……あなた、その姿……」


「え?」


 言われてカイルも自分の背中を見ようと振り返り――


「……っ!? あれ!? 翼……二枚しかない!?」


 カイルは本気でびっくりしていた。


「ど、どこいったんですか四枚!?

 返してください! 俺の翼!!」


「わ、私に言われても困るんだけど!?」


「いやいやリセリア様がさっき見てたじゃないですか!?

 四枚あったでしょ!? ちゃんと見ました!?!?」


「知らないわよ!!

 ていうか落ち込むポイントそこなの!?」


 リセリアが困惑しながら指を突きつける。


「それよりも、目よ目!!」


「目?」


 カイルはぱちぱち瞬きした。


「ほら、こう……竜みたいに、真っ赤な目の真ん中で、

 黒いのが細ーく縦に入ってて……“邪悪さ120%!”みたいな……!」


「邪悪さ120%ってやめてください!?」

「いや事実でしょ!?」


 カイルは慌てて自分の目に触れる。


「うぅ……宝物殿が出てきた時の衝撃で……

 たぶん反射的に“宝具を使って”こうなったんだと思います……」


「宝具? あなた宝具持ってたの!?」


「はい。《黒刃ルシフェル》っていうんですけど……」


「はーい、じゃあ宝具を使わない通常時はどうなるの?」


「普通です! 翼も出ませんし、

 目も……赤いままですけど、丸いです!!

 こんな……縦に裂けたりしません!!」

 

 リセリアは胸をなでおろした。


「よかった……常にその竜眼なら、

 私もさすがにちょっと……ね?」


「なんですか今の間!!?」

「いや普通に怖いからよ!?」


 カイルが肩を落とす。


「……ねぇカイル。

 あなたって……自分の力の仕組み、ほとんど知らないのね?」


「はい……すみません……」


「謝らなくていいけど……その……

 なんか、一緒にいると退屈はしなさそうね」


「褒めてませんよねそれ……?」


「ええ、褒めてるわ。“黒にしては”」


「最後の余計な一言多いんですって!!」


 塔の黒い影が森へ伸びていく中、

 二人はしばらく言い合いながら歩いていた。


 二人のやり取りに、

 さっきまでの重苦しさは完全に消えていた。


 塔の影が森を覆う中。

 二人はようやく“人間らしい会話”を取り戻していた。

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