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第九話  契約

 黒い羽根に触れた瞬間――

 音も色も消えて、世界が“無”になった。


 暗闇ではない。

 白でもない。

 色そのものが存在しない空間。


(ここは……?)


 足元も空気も感覚が曖昧なのに、ひとつだけはっきりしているものがあった。


 ――重い足音。


 こつ、こつ、と歩む影が、ゆっくりと姿を結ぶ。


 髪は深い闇そのものの黒。

 七色のどれにも属さない、世界の理から外れた色。


(……ノワールの色……)


 この世界では、髪の色はそのまま属性を表す。

 だからこの男は――


「我が名は、堕天使ルシファー。

 “虹色の外側”であるノワールを司る者だ。」


「堕天使……? 本当に……?」


「信じるかどうかは関係ない。

 今ここにお前がいるという事実が、すべてだ。」


 ルシファーは距離を詰め、静かに問いを放つ。


「では、最後の試練を始めよう。

 ――なぜ、お前は力を求める?」


 カイルはとっさに言葉を選ぼうとする。

 聞こえのいい“正しい答え”を。


「誰かを守るため――」


「嘘だ。」


 空間が震えた。


「……っ!」


「この空間では心の色が暴かれる。

 偽りの言葉に意味はない。」


 ルシファーの赤い瞳、黒い瞳孔がカイルの内側を覗き込む。


「言え。

 本当の理由を。」


 隠しようがなかった。


「……俺は……」


 膝が震える。


「俺は……自分が憎いんだ。」


 ルシファーの瞳が揺れる。


「十歳の子供を……危険な場所へ連れてきてしまった。

 “俺が守るから大丈夫”なんて……無責任なこと……」


 声が震えた。


「ルカは……俺を責めなかった。

 むしろ笑って……大丈夫だよって……

 でもそんなの……違うだろ……!」


 胸が熱くなる。


「守れなかったのは……俺だ。

 力もなく、トーンレスのままで……無能なままで……何もできなかった俺だ!!」


 叫びが空間に響いた。


「俺は……俺自身が……許せないんだ……!」


 しばらく沈黙した後、ルシファーが静かに言う。


「なるほど。

 “弱者である自分”が許せないのだな。」


 カイルはうなずいた。


「じゃあ次の問いだ。」


 ルシファーの声音が変わる。試すような、深い響き。


「――ハクレイン王国が宝具を取ってこいと命じたその裏で、

 お前自身も本当にこの宝具を“欲している”のか?

 それとも、ただ王命に従っているだけの存在か?」


「……!」


「もしここで“ノワール”を選ぶなら――

 お前は王国の命令にも、七色の理にも背く可能性がある。」


 ルシファーの十二枚の翼が大きく開く。


「問う。

 王命に背いてでも、この力が欲しいのか?

 それはお前自身の願いか?」


 カイルはゆっくりと目を閉じる。

 心の底に沈んでいた“本当の声”が浮かび上がる。


「……俺は、命令されたから来たんじゃない。

 俺は……俺自身が、この力を欲してる。」


 息を飲む。


「もう……誰も失いたくないから。

 己の無力さに、二度と縛られたくないから。」


 ルシファーの目が細くなる。


「よかろう。

 では最後の拘束を解こう。」


 黒い羽根がカイルの胸元へ舞い降りる。


「告げておく。

 一度“虹の契約”を交わせば――

 お前はもう二度と、他の宝具を持てぬ。

 宝具は一人につき一つ。

 これが世界の理だ。」


「……分かってる。」


「では、我の“真名”を教えてやろう。

 七つの大罪が“傲慢”と呼ぶ概念――その原初に位置する者。

 我が名は、堕天使ルシファー。」


 カイルはルシファーの目を見た。


「……これからよろしくノワール。」


「――ゆけ。

 お前の行く先を、我は見届けよう。」



 直後、黒羽はカイルに溶け込み――

 空間が砕け散る。


 

 黒羽が胸に溶けた瞬間――

 世界が“色”を取り戻した。


 

 大広間の崩れかけた天井から光が差し込み、

 瓦礫の上で、ひとりの少年がゆっくりと身を起こす。


  カイルだった。


 髪は深い闇のように黒く沈み、

 そして――その瞳が異様だった。


 虹彩は、燃えるような あか

 その中心で光を切り裂くように、

 瞳孔が細く縦へ伸び、竜のりゅうがんのような形へと変わっている。


 色が変わったのではない。

 “形そのものが、人とは違う” のだ。


 赤と黒の対比が鋭く、

 人の目というより“獣の本能”を宿した竜眼。


 背中には――

 未発達の“黒翼”が四枚、羽ばたくように揺れている。


 サタナキアが一歩近づき、息を呑んだ。


『……その目……黒……! そして赤……!

 これが……ノワール……!』


 灰の悪魔は震える。


『傲慢の原初……堕天使ルシファー様……

 ついに……器が……!』



 その声には恐怖ではなく――

 崇拝に近い震えがあった。


『傲慢の原初……堕天使ルシファー様の力……

 我ら灰色の種は、ずっとその降臨を待っていた……!!』


 サタナキアの大鎌が震える。


『だが……試させてもらうぞ、小さき黒よ!!

 本当に“ルシファー様に値する器”かどうか!!』


 カイルはゆっくり立ち上がり、右手を前に伸ばした。


 ――その手に、“黒”が集まる。


 闇が伸び、形を作る。

 刀身が、影を凝縮したように形成されていく。


 漆黒の剣。


 虹のどの色にも属さず、

 光を吸い込み、存在そのものを曖昧にする“異端の刃”。


『それが……ノワールの武器……!?』


 サタナキアの三色の翼が弾け、

 灼熱・大地・雷光が混ざり合った斬撃が放たれる。


『――《三色虹霓・さんしきこうげい・だん》!!』


「……来い」


 カイルは剣を構え、静かにつぶやいた。


「――《影牙閃えいがせん》」


 黒の斬撃が飛んだ。

 細く、鋭く、迷いのない一線。


 衝突の瞬間――

 三色の斬撃は音もなく割れ、霧散した。


『なっ……!?』


 サタナキアが目を見開く。


 その直後。


 影が一つ、揺らいだ。


『……?』


 サタナキアの背後に、いつの間にかカイルがいた。


 影を踏むように移動する――

 黒特有の高速移動技。


「《影歩かげふみ》」


『ま、待――』


「――終わりです」


 漆黒の刃が水平に走った。


 斬撃の音はなく、

 ただ一瞬だけ“色が揺れた”。


 遅れて、サタナキアの身体に

 黒い線が浮かび――


 灰も光も出さず、

 影を払うように“サッ”と消えた。


 最後の表情は恐怖でも絶望でもなく、

“歓喜”だった。

 


 サタナキアの塵が消えたあとも、

 大広間には別の“沈黙”が満ちていた。


 宝具ハンターたちが、ゆっくりとカイルへ視線を向ける。


 その瞬間――

 彼らの喉が一斉に鳴った。


 「おい……あの目、見たか……?」


「虹彩が……真っ赤に染まってる……!」


「いや、それだけじゃねぇ……

 瞳孔が……縦に裂けてる……!

 まるで竜のりゅうがんじゃねぇか……!」


「髪も翼も黒……もう七色の理から完全に外れてる……!」


「色が混ざってるんじゃない……

 “存在の形が違う”んだ……!」


「……まさか……本当に……

 “理の外側ノワール”なのか……?」


 恐怖。

 畏怖。

 生理的嫌悪。

 理解不能の混ざった視線。


 誰も声を上げようとせず、

 ただ“あれ”から目を離せずにいた。


 カイルはその視線に気づいたが、

 何も言わなかった。


ただ静かに、黒翼を広げ――


「……行ってください」


 その瞬間だけ、

 彼は“人間らしい”声をしていた。


 けれどハンターたちは震える声で答える。


「……あ、ああ……

 ……助かった……のか……?」


「……動け……! 今のうちに……!」


 彼らは逃げるように外へ走り出した。


 カイルはリセリアの方へ目を向ける。

 彼女は朦朧としながら、まだ立ち上がれずにいた。


「リセリアさん……」


 カイルは抱きかかえるようにして彼女を腕に乗せ、

 黒翼で大きく跳んだ。


 瓦礫が崩れ、宝物殿が沈む。


 その中を――

 黒と赤の目を持つ少年が、

 たった四枚の黒翼で空へと駆け上がった。

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