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雪のない季節に

作者: あきらっぱ
掲載日:2025/11/15

雪が舞う街には、静寂とともに誰かの記憶が積もっています。

この物語を書こうとした理由は、創作活動の中で「未完の物語」や「残された心残り」と向き合い続けてきたからです。

夢と現実の狭間で、消えていく想像上の誰かと、その一方で現実に寄り添ってくれる誰か。

もしも“終わらせる”ことでしか始まらない物語があるのなら、どんな別れや出会いが描かれるのか——

そんな問いから、本作は生まれました。

読者のみなさんが、自分だけの“雪”と“言葉”を見つけてくださることを願い、物語の幕を開けます。

第1章 上映開始


☆白崎陸の視点


白崎陸は、札幌の冬の朝に目を覚ました。

窓の外には粉雪が静かに舞っている。

彼が暮らすのは、中央区の古びたマンション「北斗荘」。築50年、暖房の音だけが静寂を破っていた。

机の上には、締切を2週間過ぎた脚本の束。タイトルは『恋する雪女と僕』。

陸はそれを見つめながら、冷えた缶コーヒーを口に運ぶ。

「……また、書けなかったな」

そのタイトルを見て、陸はふと遠い記憶に触れる。

——高校時代、雪の降る放課後。

彼は、同じ文芸部だった少女に初めて物語を読んでもらった。

彼女の名前は、氷室雪乃。

「言葉って、雪みたいだね。静かに降って、心に積もる」

雪乃は、陸の初めての“読者”だった。

彼の書く物語に耳を傾け、時に厳しく、時に優しく、言葉を磨いてくれた。

彼女の存在がなければ、陸は脚本家になっていなかったかもしれない。

だが、大学進学を機に、二人は離れた。

雪乃は東京へ、陸は札幌に残った。

それきり、連絡は途絶えた。

——それでも、彼の物語の中には、いつも“雪乃に似た誰か”がいた。


☆白石カナの視点


白石カナは、湯気の立つマグカップを両手で包みながら、北斗荘の廊下に立っていた。

隣の部屋からは、キーボードの音も、物音も聞こえない。

代わりに、静かなため息が壁越しに伝わってくる。

「また、書けてないんだな……」

彼女は、そっとドアをノックした。

返事はない。けれど、もう慣れていた。

陸とは、もう何年の付き合いになるだろう。

高校の頃から、彼の物語を読んできた。

最初は、ただの文芸部の仲間。

でも、彼の書く世界に触れるたびに、カナの中に何かが芽生えていった。

——この人の物語を、誰よりも近くで見ていたい。

その気持ちは、いつしか“仕事”という形になった。

編集者として、彼の隣に立つ道を選んだのは、偶然じゃない。

彼が札幌に残ると決めたとき、自分も迷わずこの街に戻った。

けれど、陸の目はいつも“どこか遠く”を見ていた。

現実ではなく、物語の中。

そして——あの人のことを、まだ忘れていない。

「氷室雪乃、か……」

カナは、彼の原稿の中に何度も登場するその名前を、心の中で繰り返した。

美しくて、静かで、完璧なヒロイン。

自分にはないものを、すべて持っているような存在。

でも——

「私は、現実にいるんだけどな」

カナは、マグカップを胸元に抱えたまま、そっと微笑んだ。

彼が目を覚ましたとき、またコーヒーを差し出せるように。

それが、彼女にできる“上映ボタン”だった。


☆白崎陸の視点


「陸さん、編集部からまた電話来てますよー」

カナの声が、現実に引き戻す。

彼女は、陸がデビューした頃からずっと原稿を読んできた。

締切を守れない彼に代わって編集部に頭を下げ、時にはアイデア出しまで手伝ってくれる。

陸にとって、カナは“創作の相棒”であり、現実に寄り添ってくれる数少ない存在だった。

「出ないでいい。今、脳内が忙しい」

「またそれ?脳内で雪まつりでもやってんの?」

陸は、机に突っ伏したまま目を閉じた。

その瞬間——世界が反転した。


☆氷室雪乃の視点


静寂の中、私はスクリーンの前に立っていた。

誰もいない観客席。

上映は、まだ始まっていない。

でも、私は知っている。

彼は、もうすぐここに来る。

——白崎陸。

彼の記憶の中で、私はずっと“待っていた”。

彼が初めて物語を書いたあの日から、私は彼の中に生まれ、

彼が筆を止めた日から、私はこの劇場に閉じ込められた。

時間の感覚はない。

でも、彼の心が揺れるたびに、ここに風が吹く。

彼が迷うたびに、スクリーンは白く曇る。

私は、彼の“理想”であり、“未完成”であり、

そして——“忘れられた誰か”。

それでも、私は彼を責めない。

彼が私を描いたときの、あのまなざしを覚えているから。

「……来たわね」

劇場の扉が、ゆっくりと開く。

光の中から、彼が現れる。

変わっていない。

でも、少しだけ疲れた目をしている。

「やっと来たのね、陸。上映、始めるわよ」


☆白崎陸の視点


スクリーンの中の少女が、こちらを見て微笑む。

氷室雪乃。

彼がかつて書いた、未完の脚本に登場するヒロイン。

いや——彼の記憶の中で、ずっと生きていた少女。

長く艶やかな黒髪が、肩のあたりでふわりと揺れる。

白磁のように透き通った肌は、スクリーンの光を柔らかく反射し、まるで雪明かりのようだった。

細く整った眉と、切れ長の瞳には、静かな知性と芯の強さが宿っている。

その佇まいは、派手さとは無縁なのに、ひと目で視線を奪う美しさがあった。

彼女の声は、冬の空気のように澄んでいて、陸の胸の奥にすっと染み込んだ。

突然、館内にサイレンが鳴り響く。

天井から降ってきたのは、巨大なタイプライター型ロボット。

《脚本の整合性を確認中。矛盾を検出。削除対象:ヒロイン・氷室雪乃》

「待て!それは俺の物語だ!」

陸は、スクリーンに飛び込んだ。

——そして、彼の脳内映画が、札幌の雪とともに始まった。



第2章 ジャンル崩壊


☆白崎陸の視点


スクリーンに飛び込んだ瞬間、陸は重力を失った。

身体が宙に浮き、言葉も、時間も、すべてがバラバラになっていく。

目の前には、無数のフィルムが空中を漂っていた。

ラブストーリー、ミステリー、SF、時代劇——ジャンルの断片が、まるで夢のように交錯している。

「ここは……どこだ?」

「あなたの脳内よ。物語の墓場」

雪乃の声が背後から聞こえた。

振り返ると、彼女は白いワンピース姿で立っていた。

その姿は、記憶の中の彼女よりも少し大人びていて、どこか寂しげだった。

「ずっと待ってたの。あなたが戻ってくるのを」

陸は言葉を失った。

彼女は、彼の創作の原点。

でも今、目の前にいる雪乃は、ただの記憶ではない。

彼女は“物語の中で生きている”。

「ここは、あなたが書きかけて、放置した物語たちの世界。

未完のラブコメ、途中で投げたサスペンス、設定だけのSF……全部、あなたの頭の中にある」

陸は辺りを見渡した。

ラブコメの教室の隣に、宇宙船の格納庫があり、さらにその奥には江戸時代の長屋が並んでいる。

ジャンルが混ざり合い、世界が崩壊しかけていた。

「このままじゃ、私たち——消えるわ」

雪乃の瞳が揺れる。

彼女は、陸が描いた“雪女”のモデル。

でも、彼が筆を止めた瞬間から、彼女の存在も不安定になった。

「書いて。もう一度、私たちの物語を」

陸は、ポケットから万年筆を取り出した。

それは、カナが誕生日に贈ってくれたものだった。

——カナ。

現実にいる、創作の相棒。

彼女の声が、遠くから聞こえた気がした。

「陸さん、起きて。コーヒー、冷めちゃうよ」

陸は、万年筆を握りしめた。

「俺は……書く。ジャンルなんて、崩れてもいい。

俺が描きたいのは——“君たち”だ」

雪乃が微笑む。

その瞬間、世界が再構築を始めた。

フィルムが空中で結びつき、物語が一本の線になっていく。

ジャンルを超えた、新しい“映画”が、彼の脳内で動き始めた。


☆白石カナの視点


朝の札幌は、灰色の空に包まれていた。

北斗荘の窓から見える街並みは、雪に沈み、音を吸い込んでいる。

カナは、陸の部屋の前で立ち止まった。

ノックしても、返事はない。

いつものことだ。

でも、今日は何かが違う気がした。

彼の部屋からは、タイプ音も、ため息も聞こえない。

まるで、誰もいないみたいに静かだった。

「陸さん……?」

カナは、そっとドアを開けた。

部屋の中には、陸が机に突っ伏したまま眠っていた。

彼の手には、万年筆が握られている。

その姿を見て、カナは胸が締めつけられた。

彼がこの万年筆を使うのは、いつも“本気”のときだけだ。

机の上には、真っ白な原稿用紙。

その中央に、たった一行だけ書かれていた。

「雪乃は、まだここにいる。」

カナは、そっとその文字を指でなぞった。

彼の中で、雪乃が再び動き始めている。

それは、創作の再開を意味する。

でも同時に——彼女の“居場所”が、また陸の心の中心に戻ってきたことも。

「……負けてられないな」

カナは、静かに微笑んだ。

彼の隣にいる“現実のヒロイン”として、

彼の物語に、もう一度関わる覚悟を決めた。

彼が目を覚ましたとき、

その続きを、現実でも一緒に描けるように。



第3章 記憶の編集室


☆陸の視点(脳内シネマ)


白崎陸は、雪乃とともに“記憶の編集室”と呼ばれる空間にいた。

そこは、彼がこれまで書いたすべての物語の断片が保管されている場所だった。

壁一面に並ぶフィルム缶、棚に積まれた未使用のプロット、

そして、中央には一冊の分厚い台本が鎮座していた。

「これは……俺の“未完の人生”か?」

雪乃は静かに頷いた。

「あなたが書きかけて、途中で閉じた物語たち。

でもね、陸——この中に、私の“記憶”もあるの」

陸は、台本を開いた。

そこには、雪乃との高校時代のやりとりが、まるで日記のように綴られていた。

彼女の言葉、表情、沈黙——すべてが、物語として記録されていた。

「俺、こんなに覚えてたのか……」

「覚えてたんじゃない。忘れないように、書いてたのよ」

雪乃の声は、少しだけ震えていた。

彼女は、自分が“創作された存在”であることを知っている。

でも同時に、陸の記憶の中で“生きていた”ことも、確かだった。

「私が消えないためには、あなたが書き続けるしかない。

でも——それって、あなたにとって幸せなの?」

陸は答えられなかった。

彼の創作は、雪乃への執着と、現実への逃避の間で揺れていた。


☆カナの視点(現実)


白石カナは、編集部の会議室で原稿の束を見つめていた。

陸の過去の作品を読み返しながら、彼の“癖”を探していた。

「この台詞回し……高校時代の雪乃さんの口癖とそっくり」

彼女は気づいていた。

陸の物語には、いつも“雪乃の影”がある。

でも、それはただの理想ではない。

彼が本当に大切にしていた“記憶”だった。

「でも、今の陸さんは——現実に戻ってこようとしてる」

カナは、陸の部屋に新しい原稿用紙を置いた。

その上に、彼女が書いたメモが添えられていた。

「物語の続きを、現実でも書いてみませんか?」

それは、彼女なりの“告白”だった。

言葉ではなく、創作という形で。


☆雪乃の視点(脳内)


氷室雪乃は、編集室の隅で一人、フィルムを巻き戻していた。

そこには、彼女が“ヒロイン”として描かれた瞬間が詰まっていた。

笑顔、涙、別れ、再会——

でも、どれも“陸の視点”から見た彼女だった。

「私は……誰?」

彼女は、自分が“誰かの記憶”でしかないことに気づき始めていた。

そして、もし陸が現実に戻るなら——

自分は、物語の中で“終わる”しかない。

それでも、彼女は微笑んだ。

「それが、私の役割なら——最後まで、美しく終わりたい」



第4章 スクラップと再生


☆陸の視点(脳内シネマ)


編集室を出た陸と雪乃は、廃墟のような空間にたどり着いた。

そこは“スクラップヤード”——陸が破棄した物語の断片が、瓦礫のように積み重なっていた。

崩れた恋愛小説のプロット、途中で止まった冒険譚、設定だけのSF都市。

どれも、かつて陸が夢中で書き始め、そして途中で見捨てたものたちだった。

「ここに、私の“未来”が埋まってるの」

雪乃は、瓦礫の中から一冊のノートを拾い上げた。

それは、陸が高校時代に書いた『雪女と僕』の初稿だった。

「この物語、最後まで書いてくれなかったよね。

私、ずっと“結末”を待ってたの」

陸は、ノートを開いた。

そこには、雪乃が雪の中で消えていく場面で、文章が途切れていた。

「俺は……怖かったんだ。

君を終わらせることが、君を失うことみたいで」

雪乃は微笑んだ。

「でも、終わらせなきゃ、始まらない。

あなたが“現実”に戻るためには、私をちゃんと見送って」

陸は、瓦礫の中から万年筆を取り出した。

そのインクは、カナが補充してくれたものだった。

彼は、ノートの最後のページに向かって書き始めた。


☆カナの視点(現実)


白石カナは、陸の部屋に新しい原稿用紙を置いたあと、編集部に戻っていた。

彼女は、陸の過去の作品を一つずつ読み返し、彼の“癖”と“傾向”を分析していた。

「この人は、いつも“ヒロインを消す”ことで物語を止めてる」

それは、雪乃を失った記憶が、創作の中に染みついているからだ。

でも、カナは知っている。

陸は、誰かを失うことよりも、“誰かを残すこと”の方が怖いのだ。

「だったら、私は残る。

この人の物語の中じゃなくて、隣に」

彼女は、陸の新作企画書を自分の机に置いた。

タイトルはまだ空白だった。

でも、そこに書かれた一行だけが、彼女の胸を打った。

「現実にいる君へ、物語を贈る」

カナは、静かに笑った。

それは、彼が“戻ってきた”証だった。


☆雪乃の視点(脳内)


氷室雪乃は、陸が書き始めたノートの隣で、静かに目を閉じていた。

彼の筆が進むたびに、世界が再構築されていく。

雪が降り、風が吹き、彼女の物語が“終わり”に向かって動き出す。

「ありがとう、陸。

私を描いてくれて。

私を、愛してくれて」

彼女の輪郭が、少しずつ薄れていく。

でも、それは悲しいことではなかった。

彼女は、“物語として生ききった”のだ。

そして——彼の現実に、光が差し始めた。



第5章 雪解けの音


☆陸の視点(現実)


目を覚ましたとき、白崎陸は自分の部屋の天井を見上げていた。

窓の外では、雪がやんでいた。

代わりに、屋根からぽたぽたと水滴が落ちる音が聞こえる。

——雪解けの音。

「……戻ってきたのか」

机の上には、原稿用紙と万年筆。

そして、その隣に置かれた一枚のメモ。

「物語の続きを、現実でも書いてみませんか?」

カナの字だった。

彼女の文字は、いつも少しだけ右上がりで、どこか前向きだった。

陸は、ふと気づく。

自分の手には、まだ万年筆のインクがついている。

夢ではなかった。

彼は、雪乃との物語に“終わり”を与えたのだ。

そして今、目の前には“始まり”がある。


☆カナの視点


カナは、編集部の窓際でコーヒーを飲んでいた。

外は少しずつ春の気配を帯びてきている。

雪が解け、街の色が戻ってくる。

スマホが震えた。

画面には、陸からのメッセージ。

「ありがとう。続きを書くよ。今度は、君と一緒に。」

カナは、思わず笑ってしまった。

その言葉が、どれほど待ち望んでいたものだったか。

でも、今は焦らない。

彼が自分のペースで歩き出せるなら、それでいい。

「じゃあ、私はプロットを準備しておくね」

彼女は返信を打ち、マグカップを両手で包んだ。

その温もりが、少しだけ心にしみた。


☆雪乃の視点(余韻)


氷室雪乃は、静かな白の中にいた。

もう、スクリーンも、編集室も、存在しない。

彼女は、物語の中で“終わった”。

でも、不思議と寂しくはなかった。

彼女は知っている。

自分が誰かの記憶に残り、言葉として生き続けることを。

「さようなら、陸。

あなたが描いてくれた私は、幸せだったわ」

彼女の声は、風に溶けて消えていった。

そして、どこかでまた、新しい物語が始まる音がした。



第6章 プロットのはじまり


☆陸の視点


白崎陸は、北斗荘の窓辺で原稿用紙を見つめていた。

雪はすっかりやみ、街路樹の枝先には、春の光が差し込んでいる。

彼の手元には、万年筆と一枚の企画書。

タイトルはまだ空白。

でも、そこに書かれた最初の一文は、彼の決意そのものだった。

「現実にいる君へ、物語を贈る」

彼は、雪乃との物語に“終わり”を与えた。

それは、彼女を失うことではなく、彼女を“生かしきった”ことだった。

そして今、彼の目の前には、もう一人のヒロインがいる。

カナ——創作の相棒。

現実にいて、彼の隣で、物語を支えてくれる人。

陸は、電話を手に取った。

「……カナ。今夜、少し話せる?」


☆カナの視点


白石カナは、編集部の資料室で、陸の過去作品を並べていた。

彼の物語には、いつも“誰かを見送る”シーンがある。

でも、今度は違う。

彼は“誰かと歩き出す”物語を書こうとしている。

スマホが震えた。

陸からの着信。

「もしもし?」

「今夜、ちょっと話したい。新作のことも、君のことも」

カナは、少しだけ沈黙してから答えた。

「うん。じゃあ、北斗荘の屋上で。星、見えるかもよ」


☆陸とカナ(夜の屋上)


夜の札幌は、まだ冷たい。

でも、空は澄んでいて、星がいくつか瞬いていた。

陸は、カナに原稿用紙を差し出した。

そこには、まだタイトルのない物語の冒頭が書かれていた。

「この物語、君と一緒に作りたい」

カナは、原稿を受け取り、静かに目を通した。

そこには、雪乃の名前はなかった。

でも、彼女の“余韻”が、言葉の端々に宿っていた。

「じゃあ、まずはプロットからね。

ヒロインは、現実にいる編集者ってことで」

陸は笑った。

「それ、ちょっと都合よすぎない?」

「いいの。現実って、案外ご都合主義でできてるから」

二人は、屋上のベンチに並んで座った。

物語は、まだ始まったばかり。

でも、そこには“終わらせない”という意志があった。

そして、遠くの空に、雪乃の声が微かに響いた気がした。

「——いい物語にしてね」



第7章 スクリーンの向こう側


☆陸とカナの視点(共同執筆)


北斗荘のリビングには、二人分のコーヒーと、広げられたプロット案。

陸とカナは、向かい合って座りながら、新作の構成を練っていた。

「ヒロインの名前、どうする?」

カナが問いかけると、陸は少しだけ考えてから答えた。

「……雪乃じゃない方がいいよな」

カナは、静かに頷いた。

「うん。でも、彼女の“気配”は残してもいいと思う。

あなたの物語には、いつも雪が降ってる。

それって、あなたの記憶の風景なんでしょ?」

陸は、少し驚いた顔をした。

「……そうかもしれない。雪は、俺の“原点”だから」

カナは、ペンを走らせながら微笑んだ。

「じゃあ、ヒロインの名前は“白川澄”にしよう。

雪の澄んだ空気みたいな人。

でも、ちゃんと“現実にいる”人にしようね」

陸は、彼女の言葉に深く頷いた。


☆陸の視点(夜)


その夜、陸は一人で原稿を書いていた。

カナが帰ったあと、静かな部屋に万年筆の音だけが響いている。

彼は、物語の冒頭にこう書いた。

「雪が降る街で、僕は彼女に出会った。

でも、彼女はスクリーンの向こう側にはいなかった。」

その一文を書いたとき、陸はふと、スクリーンの中にいた雪乃の姿を思い出した。

彼女は、いつも“物語の中”で微笑んでいた。

でも今、彼の物語は“現実”に向かっている。

「ありがとう、雪乃。君がいたから、俺は書ける」

彼は、静かに原稿を閉じた。


☆雪乃の視点(残響)


どこか遠くの記憶の中で、氷室雪乃は静かに立っていた。

彼女は、もう物語の中心にはいない。

でも、彼の言葉の端々に、彼女の“残響”が宿っている。

「スクリーンの向こう側に、私はいない。

でも、あなたの言葉の中に、私はいる」

彼女は、微笑んだ。

それは、物語の外からの祝福だった。



第8章 再上映


☆陸の視点


白崎陸は、原稿の最終ページに万年筆を走らせていた。

タイトルは決まった——『スクリーンの向こう側』。

ヒロインは、現実に生きる編集者・白川澄。

彼女は、物語の中で“誰かを見送る”のではなく、“誰かと歩き出す”存在として描かれていた。

執筆を終えた瞬間、陸は深く息を吐いた。

その吐息は、冬の終わりの空気に溶けていくようだった。

「……終わった」

でも、どこかで“始まった”気もした。


☆カナの視点


白石カナは、陸から届いた原稿を読み終え、静かに目を閉じた。

そこには、彼女自身がモデルとなったヒロインがいた。

強くて、優しくて、現実に立っている女性。

「……ありがとう」

彼女は、陸にメッセージを送った。

「この物語、私も好き。

でも、あなたが書いた“雪”の描写……あれ、雪乃さんの記憶でしょ?」

陸からの返信は、すぐに届いた。

「うん。でも、今は“君の隣で降る雪”として書けた気がする」

カナは、スマホを胸元に抱えたまま、そっと微笑んだ。


☆雪乃の視点(再来)


その夜、陸は夢を見た。

スクリーンの中に、誰もいないはずの劇場。

でも、観客席の最後列に、ひとりの少女が座っていた。

氷室雪乃。

彼女は、静かに拍手を送っていた。

「いい物語だったわ。

でも、私の出番は、まだ終わってないかもね」

陸が目を覚ましたとき、窓の外には、季節外れの雪が舞っていた。



第9章 記憶のリハーサル


☆陸の視点


白崎陸は、編集部の試写室にいた。

彼の新作脚本『スクリーンの向こう側』が、映像化されることになったのだ。

モニターには、まだ粗編集の映像が流れている。

主演女優は、カナが推薦した新人・遠野ひかり。

彼女は、陸が描いた“白川澄”のイメージに驚くほど近かった。

「……現実が、物語に追いついてきたみたいだ」

陸は、映像の中の澄が雪の中で微笑むシーンを見ながら、ふと胸がざわついた。

その笑顔が、どこか“雪乃”に似ていたのだ。

「いや、違う。これは、澄だ。カナが導いてくれたヒロインだ」

そう言い聞かせながらも、陸の中で“記憶のリハーサル”が始まっていた。


☆カナの視点


白石カナは、編集部の廊下で陸を待っていた。

彼が試写を終えて出てくるのを、少し緊張しながら待っていた。

「どうだった?」

陸は、少しだけ言葉に詰まりながら答えた。

「……良かった。澄が、ちゃんと生きてた。

でも、なんだろう。

俺の中で、誰かがもう一度“セリフの練習”を始めた気がする」

カナは、彼の言葉の意味をすぐに察した。

雪乃——彼の記憶の中で生きていたヒロイン。

彼女は、物語が動き出すたびに、再び“声”を持つ。

「それって、悪いことじゃないと思うよ。

記憶って、何度でもリハーサルするものだから。

でも、今のあなたは、ちゃんと“現実の舞台”に立ってる」

陸は、カナの言葉に救われるように頷いた。


☆雪乃の視点(記憶の残響)


どこか遠くのスクリーンの裏側で、氷室雪乃は静かに立っていた。

彼女は、もう物語の中心にはいない。

でも、陸が“雪”を描くたびに、彼女の声が少しだけ響く。

「私は、もうセリフを持たない。

でも、あなたが雪を描く限り——私は、そこにいる」

彼女は、最後のリハーサルを終えた俳優のように、静かに舞台を降りた。



第10章 初日


☆陸の視点


白崎陸は、映画館のロビーに立っていた。

彼の新作『スクリーンの向こう側』が、ついに公開初日を迎えた。

ポスターには、主演女優・遠野ひかりの名前が大きく記されている。

彼女は、陸が描いた“白川澄”のイメージに驚くほど近かった。

清楚で芯があり、雪のように静かな存在感。

でも、彼女は“現実に生きる人間”だった。

それが、雪乃との決定的な違いだった。

「……始まるな」

陸は、上映開始のベルを聞きながら、胸の奥が静かに震えるのを感じた。


☆カナの視点


白石カナは、観客席の後方に座っていた。

隣には陸。

スクリーンには、彼が描いた物語が映し出されている。

白川澄が、雪の街で主人公と出会い、言葉を交わし、共に歩き出す。

その姿は、まるで“現実の彼女”と“物語の彼女”が重なって見えるようだった。

「……いい映画だね」

カナがそう言うと、陸は少しだけ照れたように笑った。

「君がいなかったら、書けなかったよ」

カナは、スクリーンに映る澄の姿を見ながら、静かに思った。

——でも、あなたの中には、まだ雪が降ってる。


☆雪乃の視点(観客席の幻)


上映が進む中、陸はふと、観客席の最前列に目をやった。

そこに、誰かが座っている気がした。

氷室雪乃。

彼女は、スクリーンを見つめながら、静かに微笑んでいた。

「よかったね、陸。

あなたは、ちゃんと“現実”を描けるようになった」

彼女の姿は、次の瞬間には消えていた。

でも、陸は確かに感じていた。

彼女が“見届けに来た”ことを。


終幕


上映が終わり、観客たちが静かに拍手を送る。

陸とカナは、並んで劇場を出る。

外には、春の風。

雪はもう、どこにもなかった。

「次の作品、どうする?」

カナがそう言うと、陸は答えた。

「今度は、君の物語を書いてみたい」

カナは、少しだけ驚いた顔をしてから、笑った。

「じゃあ、ヒロインの名前は“カナ”でいい?」

「それは……ちょっと照れるな」

二人の笑い声が、春の街に溶けていった。



エピローグ


札幌の街に、春が根を張り始めていた。

北斗荘の屋上では、白崎陸が原稿用紙を風にさらしていた。

その紙には、まだ何も書かれていない。

でも、彼の表情には迷いがなかった。

「次は、どんな物語にしようか」

隣には、白石カナ。

彼女は、手に持ったマグカップを陸に差し出した。

「まずは、タイトルから考えよう。

“雪のない季節”ってどう?」

陸は、少しだけ考えてから頷いた。

「いいね。雪がなくても、物語は降る」

二人は、並んで空を見上げた。

そこには、雲ひとつない青空。

スクリーンのように広がる空に、彼らの物語が映り込んでいるようだった。

そして——

遠くの記憶の中で、氷室雪乃は静かに微笑んでいた。

彼女は、もうセリフを持たない。

でも、彼の言葉の中に、彼女の“余韻”は確かに残っていた。

「さようなら、陸。

あなたが描いた私は、ちゃんと生ききったわ。

だから、次は——あなた自身の物語を」

風が吹き、ページがめくられる。

新しい季節、新しい物語。

雪のない季節に、言葉が静かに降り始めた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

この物語は、現実と創作、忘却と再生、そして“誰かの記憶に生きること”と“誰かと今を生きること”の狭間で揺れる主人公たちを描きました。

読者のみなさんにとっても、誰かの記憶や胸に残る言葉が、あたたかな“春”として訪れますように。

そして、人生の中であなた自身の物語を大切に紡いでいただけましたら、幸いです。


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