第81話:希望を胸に抱いて……………。
シラユリの園に珍しく風が舞う。それはまるで激しく泣きじゃくるラナベルを慰めるかのように優しく頬を撫でていくのだった。
クラウドがここにいた、その形跡が全くない事でラナベルの悲しみはより一層深いものとなった。
〝今更…。彼への気持ちに気付いたとして、もうどうにもならないわ。私はこの百合の園の番人だし、永遠にこのままなの。永遠に………。このままなのよ……………。それでもいいと思っていたのに……………‼〟
そしてとても重い足取りで無気力なまま、ラナベルは自分の家に戻った。
部屋の中、隅々まで眺めてはクラウドとの過ごした2年の日々を思い出していた。
ここに……………
彼がいつも座っていたわ。いつだって私の前ではニコニコ笑っていた…。
ここから見る景色が好きだと言っていたわ。私が苦悩して咲かせたゆり達が好きだと言ってくれたわ…。
ここは…。私が手が届かないからといって彼が取ってくれた場所。振り向いた時に彼とゴッツンコしちゃった場所ね…。
ラナベルにとってはどれも大切な思い出だった。
「私にはもう…この思い出しかないのね…。」
そうしてラナベルはいつもクラウドが座っていた席に座った。
彼がこの席に座って見ていたであろう景色を見ようと思ったからだ。
ふと…
何気にテーブルの下に手を置いた時、何かが手に当たった。
〝あら…?こんな所に何かあったかしら………?〟
そこを覗き込んで見ると手紙が貼り付けてあった。
「え?手紙?いつから……………。」
そっと、その手紙を手にとって宛名を見ると
-----ラナベルへ------
と書いてあった。
「----------私?」
ラナベルは恐る恐る開封して手紙を広げた。少し…その手は震えていた。
「ラナベル。君がこの手紙を見ているということは僕はもうこの世にいないということだね。僕のために悲しまないで…。僕から君への最後のメッセージだよ。
僕は君を愛してる。ずっと君に伝えたかった僕の本当の気持ちだよ。君は僕の気持ちに気付いていたよね。そして僕は君の気持ちに気付いていた。だから、これ以上、君を苦しめたくないから僕は黙って、君のそばにさえいられればそれでいいと思ったんだ。この気持ちにも嘘はないよ。
本音を言うと君が僕を愛してくれたら嬉しかったのだけど、罪悪感を感じないで欲しい。父を愛してる君を丸ごと僕は君を愛してるんだ。 君はこんなふうになった僕のために外界との接点でさえも切ってくれたね。君の負担になりたくはなかったのに、ごめん。だけど僕は本当に君といられて一生分幸せだったんだ。ずっとそばにいてくれてありがとう。愛してる。もし来世というものがあるなら、その時は僕のことを愛してくれたなら嬉しいな。そして、僕がこの世を去っても泣かないで欲しい。大好きな君にはいつだって笑顔でいて欲しいと思ってる。君の幸せを心から願うよ。―クラウド―」
ラナベルは途中から涙がとめどなく溢れて文字が見えなった。
「クラウド…、こんなの、読めないじゃない。涙で文字が見えないわよ……………。こんな素敵なラブレター残してるなんて…、クラウド………!」
ラナベルはその手紙をしっかりと抱きしめて、泣きながら口元だけ必死に笑おうとした、とても健気な彼女がそこにいた。だが、そんな彼女をずっと見ていた初代ルル。
クラウドがこの世を去って数か月経ってもラナベルは元気にならなかった。頑張って笑顔を作ろうとしても作れない。食べることもしなくなった。人間であれば衰弱していくのだが、ラナベルは管理人として目覚めた時に不死になった分、何があっても死ねない。死なない。歳を重ねる方法はただ一つ。次世代を産み育てること。だが、ラナベルは自分が辛い思いをしたからこそ、そういう事を次世代にはさせたくなかった。今はそれ以前にクラウド以外の男性と恋をする気など全くないのだ。永遠にこの気持ちが沈んだまま時を生きなければならない。
〝こんなの…牢獄の方がマシなのかしら?この苦しみからいつ解放されるのかしら…〟
いつもどこを見てもクラウドのことばかり、考えて繋がっていくのだった。
ルルはそんなラナベルを見かねて声を掛ける。
「ラナベルよ…。私はお主を長く見て来た。これ程落ち込んで立ち直れないのは初めてじゃの。このまま時を生きるのは辛いのか?」
「初代ルルさま……………。はい、辛いです。辛くて辛くてどうにかなってしまいそう。とっても苦しいのです。」
昨日もおとついもずっと泣き続けているが、不死の身体の機能により、腫れも赤みも消えていく。
「ラナベル…。管理人を辞めるか?」
「辞めれるのですか?」
「………………ああ。ただし、次世代がいないお主には一気に止まっていた分の年齢が身体に襲ってくるだろう。そして、契約解除によるペナルティーのようなものでお主もクラウド同様に花々の毒がすぐに回るだろう。それでもよいのか?」
「………………!」
そう、次世代に引き継げば、その時点から年齢を重ねることが再開する。しかし、引き継がずに放棄すればそこまでの年齢の加算とこれまで〝番人〟としての加護を失うことで逆に毒がその分身体をかけめぐるのだ。
「私の見立てだと、解除すればひと月ももたないだろ……………。」
「ルル様。」
ラナベルはルルの気持ちを読み取った。きっと本当はこのまま管理していくべきだろう所を見かねて教えてきた気持ちを。そしてよく考えた。だからと言ってそのルルの気持ちを受けずに番人の道を選ぶことは果たしてルルに対して失礼ではないか。自分の本当にしたい気持ちはもう答えが出ていた。義理を通すか気持ちを通すか……………。
「お主の思うようにすればよい。滅びるものはいつか必ず滅びていくものだよ。遅いか早いかだけの問題だ。だからお主の気持ちを優先すればよい。」
ルル様の言う通りだ。何であっても滅びは必ずいつかやってくる。
ラナベルは静かに頷いて
「管理人を辞めます!」
と強い意志でルルに宣言した。涙のあとが残った瞳には一切の迷いがなかった。
「うむ、わかった。だが、クラウドは既に次の転生の為に輪廻に入った。今から行っても間に合わないだろう。それでもよいか?」
「ええ、彼のいない今を永遠に生きるのなら、次の、その次のだって追いかけてみるわ。彼がずっと思い続けてくれてきたように、今度は私が追いかけていくわ。」
「そうか、では、今よりラナベル・リリー・マリアの百合の園の番人としての資格をはく奪する!」
ルルがそう宣言するとラナベルの周りに光が集まった。
そして一瞬の強い光が包んだかと思うとパァーンと弾けて飛び散った!
ラナベルは急に身体の力が抜けて立っていられず。
その場に倒れこんでしまった。
「ルル様…。私、また人間に戻れたんですね…。」
「ああ。もうすぐ私の存在すらわからなくなる。お主が咲かせた花たちも時間を生きるから徐々に萎れて枯れていくだろう…。お主も眠るように逝くだろう。そのあとはお主も見た通り、光の粒となって消える、それだけだ。痛みも苦しみもなくな……………。」
「はい、ルル様。色々とありがとうございました。私は最後にとても幸せだと思えます。」
「ああ、さよならだ。ラナベル。次こそ幸せになれるといいな…。」
そうしてラナベルの目からもルルの姿が見えなくなった。百合の花たちに囲まれて静かに横たわるラナベル。
〝そうか…。この景色が彼が最期に見た景色になるのね…。同じ景色を見て逝けるなんて、幸せだわ…。〟
そうしてラナベルはそっと目を閉じた。
ラナベルの心はこの数か月で一番穏やかだった。ラナベルは瞳を綴じてもここで過ごしたクラウドとの生活の一つ一つを思い出していた。そして彼が10歳で初めて出会ったあの日からのことも…。
まさかあの時出会った子供の彼にこんなに惹かれてしまうなんて思いもしなかったわ…。いつの君も、いつも真っすぐ私に向き合ってきてくれていた。そんな君が私の凍り付いていた心を溶かして、私の心の拠り所になっていたのね。ありがとう、クラウド。大好きな君…。私に沢山の愛をくれた君、今になって気付いたの、私、君をいつの間にか愛していた────
ラナベルが光の粒となって消えた途端、百合の園の花々はラナベルのように光の粒となって消えてしまった。元々結界を張っていたから誰も百合の園がなくなったことに気付かなかった。ただ、伝説だけが残っていた
そして外界、
アルクレゼ侯爵家には変わらず、クラウドが指定した日に初代ルルの手によって手紙が届けられた。ルクセブルもアレクサンドラもその日々に慣れてきて、しっかりとクラウドが遠い地で元気にやっているものだと思っていた。
「もう帰るつもりはないのだとか…、寂しいな。」
「本当に、だけど元気でいてくれるならそれだけでいいわ。幸せそうですものね…。」
二人ともクラウドが元気で幸せに暮らしていると、クラウドの思うように思い込んでくれた。
そしてアドルフ(アラン)の聖剣の儀を済ませ、正式にアドルフがアルクレゼ侯爵家の爵位を継ぐ者と認められた。
「よし、これでいつでも兄さまを探しに行ける!待ってて!兄さま。あの日のようにまた突然訪れて驚かせてあげるから!」
アドルフは兄を堂々と探しに行ける年齢になるのを目標に特に剣術に力を入れてきた。
「あら、それは私も一緒ってことでいいのよね?アラン。」
「姉さま!僕一人で行けます!」
「私だって騎士の称号を取った立派な騎士なのよ?」
「はいはい、わかりました。姉さまには敵いません。一緒に行きましょう。」
ニコッと笑うフラン。
だが、もう二人が追い求める兄のクラウドはどこにもいないのだ。
空をふぃっと見つめたアランが言った。
「おっ?あれはジャポスカじゃないか?」
「えっ?本当?久しぶりだわ!」
広場に降り立ったジャポスカは人間の姿に変身して二人の元に駆け寄ってくる。
「きゃ~~~~~~っ!久しぶりね!成長したわね、アラン!フランはまた可愛くなったんじゃない?」
「ふふふ。でしょ?」「ああ、また身長が伸びたよ。」
「ところでジャポスカはあのあと、カレシとどうなったの?」
「えっ?まぁ…、無事結婚しました。」
「え~~~~~~~~っ!?結婚したの?」
「うん、何かと気を遣ってくれる優しい人で私には勿体ないくらい。」
「あら、あらら~~?ジャポスカが何だかしおらしいわ!」
「へぇ~~~!変わるもんだねぇ。あんなに兄さまを好きだったのに…。」
「そ…、それはアイツが心配だっただけよ!?そもそも異種族だし?それにアイツ、ひとりで楽しんでるそうじゃない!連絡一つでも寄越してくれてもいいんじゃない?!なのにさっ?!」
「はいはい、その気持ちは僕らも同じだよ!」
フランとアランがジャポスカを揶揄う。つい、この前まではジャポスカに揶揄われていたのに年月とは時には残酷なものだ。
いつか…、彼らにクラウドの死が静かに優しく伝わる日が来るのだろうか……………。
それまでは…
いや、それ以降であってもクラウドの計画通りにみんな幸せでいて……………。
「じゃ、そろそろ帰るわ!またねっ!」
「ええ、またね!」「おお、またな!」
バサッ────!!
そうしてジャポスカはいつもの自分に戻って空高く飛び立った。
「キャッ、凄い風!流石ジャポスカね!」
飛び立つ時に辺りに風が舞うのだ…。
そして彼女を見送ったフランとアランはその場を後にして邸に戻った。
その場には
ジャポスカの羽根がひらりとひとつ舞い落ちた。
──────── 完 ────────
ご覧下さりありがとうございます。余りにもの悲しみに耐えきれず、初代ルルの申し出を受けて、ラナベルはクラウドの後を追うことを決意しました。彼との出会いを振り返りつつ、永い先の未来で再び出会える事を願って……………。
純愛をテーマにお届けしてきました。思うように描けていればいいのですが……………。
外伝を一つ、書いていたのですが、公開せずにここで終了とする事にしました。
皆様の中で沢山想像して下さる方がいいのかな?と思いましたので…。
ふたりが永い先の未来で出会うとしたら皆様でしたらどんな出会いを想像されるでしょうか…。
沢山の未来の可能性を残してここで終わりとさせて頂きます。
またいつか、アドルフが主人公の話や、ルクセブルの妹とアレクサンドラの弟の話など、書く機械ごありましたら書いてみようかなと思ってます。
長い間、本当にありがとうございました。皆様のお陰で無事書き上げる事が出来てとても嬉しいです。
次は同じ中世風の舞台ですが、このお話のように「純愛」がテーマではありません。困難に立ち向かう女の子が主人公となります。上手く書けるか不安ですが、頑張って書いていきますので、応援して頂けると嬉しいです!連載開始は10月11日からでセットしております。投稿時間はいつもの 6:50 です。ご都合の良いお時間に覗いて頂けたなら幸せです。
それでは最後になりましたが、皆様の健康とご多幸をお祈り申し上げます。
えいる(慧依琉:aile)




