世界の謎と売り言葉に買い言葉
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夜明けを告げる鐘が鳴り響く頃、トウヤはすでに外に出ていた。
(——あれは明らかに元の世界の猫だった。)
昨日見た猫の姿を思い出す、夜だったとはいえ見間違いではないと思う。ただ本当に似ているだけの生き物ということも考えたが、ミレイアの反応からして考えにくかった。
もしかしたら自分と同じようにこの世界に迷い込んだのかもしれない。となれば自分以外の人間もここにきているのではないか。それに元の世界に帰ることも可能なのではないか。様々な考えが巡るがいくら考えても当然答えは出るわけがなかった。
(でもな、今考えたって仕方ないな!)
自分はあまりにもこの世界のことを知らない。まずはこの世界について理解しなければただ無意味に時間を浪費することになるだろう。そもそも自分には地位も金も力もないこんな状況ではなんの情報も得られない。
「さぁ!パーティー初仕事と行こうじゃないか!!」
まずは目の前の出来事を、つまり冒険者としての仕事に勤めるため町へと繰り出していったといいたいところだが、アンバーとの戦いの傷は完治していない。気持ちとは裏腹に痛む体をかばいながらゆっくりと歩いていった。
(あの医者「治癒魔法に頼りすぎるな」って言ってたけどもうちょっと治してくれよ………。)
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酒場につくと喧騒に包まれた店内は水を打ったように静かになった、皆じろじろとトウヤを見てコソコソ話すばかりである。
「え、なんスかこれ…………?」
クエストの受付嬢に声をかけると気まずそうに話す。
「魔人が出たって言った話、なんか広まったみたいですね。」
「あぁ、それで。」
であればこの状況にも合点がいく。魔族が出たと報告したのはド新人で、負傷したにせよ生きて帰ってきている。さしづめ大ホラ吹きと思われているのだろう。
(別に、相手が手加減していただけなんだよなぁ…………。)
説明したところで信じてくれるはずもないだろう。どうにも居心地が悪い、とりあえず酒場の隅に座りミレイアを待っていると声をかけられた。
「おい、お前がトウヤ・キザキだな?」
顔を上げるとそこには屈強な肉体をした冒険者が3人立っていた。
「はぁ、そうだけど。」
正直気まずい、彼らはここに来た当初仲間に入れてほしいと頼んだものの足蹴にされたパーティーの1つだからだ。
「つい最近冒険者になったようなド素人がよくも魔人と出会って生きてたもんだな。」
「ほんとそう思う、運がよかったよ。」
「運がよかったじゃねぇ!」
男の一人がテーブルを蹴り上げる、店の奥から「喧嘩するならつまみ出すぞ。」とマスターの声が聞こえる。
「目立ちたがりもいい加減にしろよ?この間はそこらじゅうのパーティーに声をかけて断られ、今は大嘘つきか?」
断られた件については自分の中で黒歴史なのでそこを指摘されるとどうにもむず痒い。見知らぬ土地でハイになっていたのだ。
「嘘じゃないってのは公国軍が調査して証明してくれたんだ。普通のダンジョン消失では検出されないマナ組成があったらしいぞ?」
「役人の話なんて関係ねぇんだよ。」
男たちは更に詰め寄る。周囲には野次馬の冒険者が集まり始めた。
「俺たち冒険者は大なり小なり皆命張ってんだよ、それこそ国のためにしか働かねぇ軍隊なんかよりもよっぽどな。それなのにテメェみたいな素人が気楽に引っ掻き回すのがどうにも我慢ならねぇ!」
彼らの言い分は理解できる、むしろそれなりの誇りを持っていることに驚き、無碍に扱うのは失礼に感じた。
「あんたたちのプライドは分かったし言いたいことはもっともだ。ただ嘘はついてない以上どうにもできない。」
「まだいうかクソガキが!」
いい加減殴られそうな雰囲気になったところで声がかけられた。
「私のパーティーメンバーに何の用かしら?」
男たちが振り返るとそこには野次馬をかき分けミレイアが立っていた。
「どうせ魔人の件で突っかかってきてんでしょ。そんな明らかに騒ぎにしかならない嘘なんかわざわざつくわけないじゃない。」
「お前はミレイア・ローだったか。知ってるぞ、パーティーに潜り込んで解散させちまうお前が今度は初心者捕まえてホラ吹きか?」
「だから、嘘をつくほど暇人じゃないって言ってるでしょ?あと私が解散させてるんじゃなくて勝手にあいつらが解散してただけだから。」
「しるかよパーティークラッシャー!」
「なんですって!?」
味方が増えたものの平行線の状況は一向に変わりそうにない、野次馬も男たちを煽り始め場のボルテージはぐんぐんと上がり喧嘩を売られたミレイアもファイティングポーズをとらんとする勢いである。流石に女の子と一緒に喧嘩はしたくないので一つ提案することにした。
「わかった、確かにアンタたちの言いたいことは分かる。とはいえここに魔人を連れてくることはできないだろう?」
「なにわかりきったことを、舐めてんのか!?」
「最後まで聞け、実績も何もない俺たちだからアンタたちも納得いかないんだろう?なら納得する方法で証明しようじゃないか。何でもいい、条件を言え。そうすればアンタたちも満足するじゃないか。」
せめてこの場はおさまるだろう、ここでルール無用の乱闘するくらいならましだ。男たちは初めは納得いっていない様子だったがリーダー格らしき人物がたしなめ答えた。
「いいだろう、本当は俺たちと戦って証明してもらいたいところだが冒険者同士の私闘はご法度だ。だからここで一番難しいクエストをやってもらおう、そいつを攻略できたなら俺たちもここの連中も納得してやるさ。」
野次馬どもの盛り上がりは最高潮に達した「あれをやらせるのか!」「容赦ねぇなぁ!」「それがいいそれがいい!」「俺は失敗に賭けるぜ!」と散々な言われようである。ミレイアは何か言っていたようだが周りの声にかき消される、掲示板を見ると一番上に貼られた依頼書を剥がしてヒラヒラとさせる受付嬢が立っていた。