ダンジョン突入と初めての死闘
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目的の採石場に到着しクエストの確認を行ったところ、現場はもう何年も使われていない自然のほら穴を利用した資材置き場であった。ダンジョン化した中はぼんやりと明るく、奥深く続く道は不気味なほどの静けさに包まれている。
「入口はそれっぽい設備があったけど、ちょっと進んだらもうただの洞窟だな。ここって本当に資材置き場なのか?」
「ダンジョンは異空間化しているわけだから、構造は元とは全然違うわよ。中が明るいのもそのせいだし。」
物音でバレないように進むわよ、と説明ミレイアは奥へと踏み込んだ。
「おいおい、俺が先頭のほうが安全じゃないのか?」
「昨日からトウヤに頼り切りだし、まあ見てなさい。」
曲がり角や死角に注意しつつ奥に進むと、魔物の一団が見えた。体長数十センチ程度の大きな芋虫が巣を作っているのか糸を吐いている。初めて見る昆虫系の魔物に生理的嫌悪を感じるトウヤとは裏腹にミレイアは冷静だった。
「ワームね、まあこの辺りだろ思ったわ。」
「あー、俺が先に行こうか?」
「ワームは体液に毒があるヤツもいるし糸が絡まると厄介だわ、私が行く。」
ミレイアが構えると杖の先端がぼんやりと光り、炎を纏った雷撃が杖から放たれ魔物の群れを直撃、作りかけの巣と共にワームたちは金切り声を上げながら燃え上がり、動かなくなった。
「お~、今のなんて呪文なんだ?」
「ファイアボルトよ。こういう狭い場所だと派手にぶっ飛ばす魔法より狙ったところに打ち込むこういう魔法のほうがいいのよ。」
「なるほどなぁ、そういえば技名とか叫ばないんだな。」
「そんなことするわけないじゃない、手の内ばれるし何よりそんな暇があったら攻撃するわ。」
それもそうか、感心しトウヤは剣先で丸焦げになったワームをつつく。
「そんな気持ち悪いので遊んでないで先に進むわよ。」
そこからはしばらくはミレイアの魔法でワームを含めた虫型の魔物を闇討ちしていった(ミレイア曰くダンジョンは魔物とマナによって構築されるため魔物の数を減らすことが小規模ダンジョンの探索のコツらしい)。しらみつぶしに進んでいるとこぶし大の石が二人めがけて飛んできた、とっさに打ち落とし通路の先を見ると小柄な人型の魔物が3体こん棒片手にこちらに向かって走ってくる。
「ゴブリンね、虫ほどはないけど増えると厄介な奴だわ。」
「相手が突っ込んでくるなら、溜めのいらない剣のほうが早いさ。」
ミレイアが杖を構えるより早くトウヤは剣を抜いて駆けだしていた。踏み込み一歩でゴブリンに詰め寄ると正面の敵を一刀両断、敵がひるんだところで身を翻し二体目を一刀のもとに切り伏せ、振りぬいた反動を利用して三体目を切り倒した。
「へぇ~中々のモノじゃない。剣の使い方は師匠譲りってやつ?それに魔法使えないって言ってたけどそんなことなかったのね。」
「まぁ剣の使い方は散々叩き込まれたさ。ただ今の動きには一切魔法は使ってないよ。」
「え?さっきの踏み込みだったり一撃で切り倒したり、魔法で身体強化しないとできないでしょ。」
ミレイアの疑問に対して納得と同時に得意げになったトウヤは話した。
「なるほどね。いやぁ、これが違うんだ。俺はそういう身体強化が出来ないから、行動に合わせて闘気を放出して後押しするんだよ。踏み込むときは足や背中から、切るときは剣に気を纏わせたり腕や肩から気を放出して威力を上げてるのさ。」
説明を聞いたミレイアは関心と同時にあきれた様子だった。
「それはまた、まだるっこしいことしてるわねぇ。」
「確かに一挙手一投足の全部行動に使う戦法ではないらしいけど、そうでもしなきゃ身体強化には敵わないからさ。ちなみに攻撃の反動を打ち消すのにも使ってるんだよ。」
大爆発だけが能じゃないんだぜ、と胸を張るトウヤに対しミレイアはどこか微妙な表情だった。
「えっと……、どうかした?」
「いや、それなら昨日からずっとそ使って剣で戦えばよかったのにーって、そう思ったのよ。」
「あぁー、猪は近距離は危ないって言ってたしトカゲはまとめて吹き飛ばした方がいいと思って…………。」
「冗談よ、ちょっと意地悪言っただけ。確かに冒険者としての知識や経験は少ないかもしれないけど戦闘に関しては大したものよ。」
ミレイアの言葉にトウヤはほっとして笑顔のサムズアップで答えた。
-2-
ダンジョンに突入して2時間は経過しただろうか、今のところミレイアの魔法とトウヤの剣技で難なく突破しているが若干の疲労が見え初めている。
「ダンジョンって、結構深いんだな。」
「いや、人の多い場所に数日前にできたダンジョンのわりには深すぎるわ。」
「異常事態、ってか?」
「んーもしかしたらそうかもね、場合によっては引き返して報告すべきだわ。」
そういうとミレイアはカバンからなにやら紙を取り出した。
「なにそれ、地図?」
「魔法道具よ、私たちが進んだ経路がここに記録されるの。通ってない道は分からないけどこれでおおよその構造は分かるし、帰るだけなら何の問題も無いわ。」
広げた紙には確かに歩いた道が描かれていたが、先ほどまで歩いていた道の記録しかされておらず、帰り道はおろかダンジョンの構造すら把握できなかった。
「なんだこれ、記録に失敗した?」
きょとんとしているトウヤに対してミレイアの表情は神妙な面持ちであった。
「…………いや、それなら最初から真っ白か、初めの部分が記録されているはずよ。明らかに記録が消されてる。」
「消されてるって………誰にだよ。」
「……………………。」
しばらくの沈黙の後。ダンジョンの奥から助けを呼ぶ声が聞こえた。目を合わせる二人、二度目の悲鳴が聞こえたところで二人はゆっくりと奥へと進んだ。
-3-
奥に進んだ先には大きく開けた空間があり、中心には傷を負った少女が倒れていた。たすけを呼ぶ声が続き少女の目は二人を見つめていたが、トウヤもミレイアも足を踏み入れる様子はない。
「人が迷い込んだなんて話は聞いてないし。どう考えても、罠だよな。」
「えぇ、それにこれだけ声が聞こえてるのにここまで1度も魔物に出会わなかった。何もないって方がおかしいわ。」
その瞬間、倒れていた少女がスッと立ち上がり、ぐにゃぐにゃと身震いを始めた。
「さすがにバレバレのようですね。」
少女は男の声を発し、肉体を膨張し変形させ黒服の青年へと姿を変えた、見た目は人間だが異様に青白い肌と頭に生えた角が異形のを証明している。すると洞窟の壁がせり出し様子を見ていた二人を押し込んだ。
「多少なりとも楽をしたいと欲をかいたのは失敗でした。まぁいでしょう、あなた方はここで次の冒険者を呼び込む生き餌になってください。」
さっきまで立っていた場所は壁になっている。トウヤとミレイアは武器を構えた。
「お前、いったい誰だ?」
「説明してあげるか、迷いますねぇ。」
「“魔人”、でしょう?」
「おや?詳しい方がいるとは意外ですね。そうです、あなた方人間が動物を支配するように、我々は魔物の支配している、通称“魔人”です。」
魔人は両手を広げ高らかに宣言する。
「そして私は魔王軍極東方面侵攻大隊所属の魔人、アンバー・ジャックと申します。短い間ですがどうぞよろしく。」
「はぁ、魔王軍……?」
ドヤ顔のアンバーにトウヤは怪訝に返す。
「ちょっと、魔王軍くらい知っているでしょう?」
「しらねぇなぁ。」
「知らないにしてもそんな物言いとは不遜な人ですねぇ。」
「あー、コイツ記憶喪失なの、あまり期待しないほうがいいわ。」
「なんですかそれ、締まりませんねぇ。それにし————。」
言い終わる間もなくミレイアから放たれた火球がアンバーへ襲い掛かかるが、着弾と同時に魔法は爆発することなく消失した。
「思いきりはいいですが、残念。私に魔法は通じません。」
反撃とばかりにアンバーはミレイアにとびかかる、彼女は身体強化で受け止めようとするがあっけなく吹き飛ばされてしまった。
「ミレイア!!」
とっさに駆け寄るが気絶したのか彼女の反応はない。
「防御魔法では意味がないと踏んでとっさに身体強化したのはいい判断ですが、残念ながらそれも魔法。私が触れる以上無意味なんですよね。」
安心してください殺すつもりはないですよ、と言い切る前に続いてトウヤが切りかかった。
「なかなかの踏み込みですね、しかし仮に武器を用いていても身体強化を使っているなら意味はな————。」
避ける様子もないアンバーだが切っ先がその首をとらえる寸前に大きく身を反らした。
「チッ、よけたか。」
「危ない危ない。あなた、魔法を使っていませんね?」
「さぁ、どうだろうね。」
再び懐に飛び込むトウヤ、腕をつかまれるが身をよじり拘束から逃れる。
「この手触り、まさか闘気?あなた闘技使いですか、酔狂な人がいるものですね。」
剣を取り出し反撃に出るアンバー、トウヤはギリギリで躱し切りかかるものの魔法陣が剣を受け止めた。
「魔法を打ち消す事が得意なだけで、別にほかの魔法も使えるのですよ。」
ちくしょう、と喉の奥から絞り出しどこか隙が無いか伺う。自分の技ではダンジョンの天井を崩してしまう可能性がある、しかし剣さばきを掻い潜ったうえで防御魔法を突破し一太刀入れる手段がどうしても見いだせなかった。
「あなたの行動は最初から見ていましたが、なかなかどうして魔物を相手した時よりも剣さばきが上手ですねぇ。」
「相手が人型なら多少は慣れてるんだよ。」
「しかし息が上がっていますよ。」
「余計なお世話だ……!」
「ではペースを上げましょう。」
トウヤを大きく突き飛ばすと黒炎が多数放たれる。全身から闘気を放ち炎を蹴散らすが、足を止めた一瞬の隙を突かれ脇腹に強烈な蹴りが入った。
「動きは悪くありません、とても雑多な冒険者とは思えませんよ。」
転がるトウヤに振り下ろされる剣を薄皮一枚で回避するが体勢を整える前に圧縮された空気が眼前で炸裂し壁に叩きつけられた。壁を蹴り突撃をかけるが既に拳を構えていたアンバーから強烈なカウンターを叩き込まれる。
「とはいえ、実戦不足が透けて見えますね。動きも技も単調だ。」
黒色の結晶体がアンバーの前に出現し、よろよろと立ち上がるトウヤを捉えた。
「最悪瀕死でいいのです、終わらせましょう。」
結晶が放たれた瞬間、トウヤは人差し指を突き出した。
「波動球!!」
もうどうにでもなれと放たれた黄金色の弾丸は結晶を粉々に砕きアンバーへ迫る。すんでのところを防御魔法で受け止められるが押し切らんとばかりにトウヤは更に力を込める。
「なん…ですか!この…威力……は!」
「テメェ初対面のくせにごちゃごちゃうるせぇんだよ!押し潰れろ!!」
この一撃が防がれると今の自分では勝ち目がない、トウヤは視界の端に映る逆転の一手に賭けた。
「イい加減に……しロよ……クソがキ………が……。」
不意にアンバーの背中に炎を纏った雷が迸った。
「なニッ!?」
「やっぱり、魔法を使っている間はこちらの魔法を打ち消せないようね。」
そこには目を覚ましたミレイアが杖をアンバーへとむけている姿であった。再び炎雷がアンバーに直撃する。
「ミレイア!!」
「手を緩めないで!私をぶん殴った借りは、私が返すわ!」
ミレイアは杖を回し大きな魔法陣を作り、同時に小型の魔法陣を周囲に展開する。複数の魔法陣が一列に並びアンバーを捉えた。
「雑魚ドモガァァァア!!」
「無様ね。さっきまでの余裕、なくなってるわよ。」
身の丈ほどの光の束が放たれアンバーを包み込み、同時に防御魔法が消失し闘気の塊も炸裂、爆風と溢れんばかりのエネルギーの余波がダンジョンを揺れ動かした。