師匠との思い出と自分の異常性
-1-
「貴様やはり魔法の才能無いな。」
ポニーテールにまとめてた長い銀髪をほどく師匠から突き付けられたのは辛い現実であった。日本の普通の高校生として生活していた城崎トウヤは目が覚めるとこの世界に転移していた。見知らぬ動植物や中世を思わせる文明に心躍ったのもつかの間、モンスターの群れに追われ命の危機に瀕していた所を救ってくれた女傑がこの師匠である。今は彼女の小間使い兼弟子未満として生活している。
「そんなざっくり言わないでくださいよ………。」
「だが無理なものに甘い言葉をかけるのも残酷だろう?それにしても戦う力すらない以上記憶も戸籍も後ろ盾もないお前は良くて奴隷、普通に魔物の餌か野垂れ死にだな。」
羽織っていた上着をトウヤに投げ、ボディラインがくっきりと浮かび上がたタイツ姿で師匠はソファへと寝ころんだ。
「勘弁してくださいよ、そうなりたくなくて指南をお願いしたんじゃないですか。」
「とはいえこの私が半年も指導したのに何の結果も出さないじゃないか。マナの量は人並み外れているから期待はしていたんだがな、残念だ。」
身長の半分以上を占める長い足を高く上げつま先からふくらはぎにかけてマッサージに勤しむ師匠の姿に(俺が教えられた大半は雑用だろう。)と不満を感じたが、口に出そうものなら蹴りが飛んでくるのでなにも言わなかった。
「何か魔法以外の方法とかないんですか?」
「そうだなぁ…………。」
しばしの沈黙のあと何か思いついたようだ。
「あー、1つあるにはある。闘技という技術だ。これは魔法と違うマナの使い方をするから貴様にも使いこなせるかもしれん。」
くつろぐ師匠の姿は煽情的であった。彼女はやたら自身の美貌や体形を強調する服装や言動をするが本人曰く『私の美しさを広めないことは世界の損失に他ならない。』らしい。実際圧巻の美貌と全体が引き締まっていながらも所々ははち切れんばかりボディは立派なもので、トウヤ自身ビンビンに意識はしてしまうが何かしら行動に移そうものならボコボコにされるので諦めの境地に達している。
「いいじゃないですか、教えてくださいよ!なんで今まで教えてくれなかったんですか!?」
「たわけ、別にもったいぶっていたわけでは無い。覚えるのも覚えさせるのもやたら面倒なくせに使い勝手が悪いからだ。正直利便性は魔法には敵わん。」
以前二人きりでもセクシーな格好をするので、自分のことを誘っているのかと聞いたことがあるが、無表情で「殺すぞ。」といわれたので、以降師匠の外見に口出しはしなくなった。
「でも素手よりよっぽどマシでしょう?やりますやります!」
「まぁ使いこなせればな。これが出来なければ貴様はただの小間使い以下だから覚悟しておけ。」
もう寝る、と自室に返る師匠を見送りトウヤも残りの家事を済ませることにした。明日から始まる悪夢をまだ知らないまま————。
-2-
「あだだだだだだ!死ぬ!体が!千切れる!!」
「大丈夫だ、まだ死なん。ペースを上げるぞ。」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
翌日始まった闘技の修行だがまず第一に行われたの地獄のような激痛であった。
「魔法はマナをいかに繊細に放出するかがキモだが闘技は逆にマナをどれだけ吐き出すかが重要になる。今からするのは川の水が多く流れるように護岸を拡張するようなものだ、貴様に直接マナを流しこむから体で慣れろ。」
「あがががががうおおぉぉぁぁぁぁぁああああ!!。」
両手をつかまれマナを流しこまれる。全身を激痛とともに駆け巡る力の奔流に師匠の説明は半分も入ってこなかったが、まずはこれを受け入れろという事らしい。
「体に力を入れるな、余計痛くなるぞ。」
言いたいことはわかるがこういう場面で脱力しても大抵苦しいことは変わらない。実際マナを拒めば強引に流れ込もうとするエネルギーに体が引きちぎれそうになるが、逆に受け入れても今度はマナが流れる圧に痛みを伴い同時に他人のマナが身体を流れる異物感に猛烈な吐き気を催してしまう。
「無理………無理っす、吐きそう……マジで吐きます…………!」
「私にかけたら殺すからな。」
放たれるプレッシャーゆえに何とか吐き気に抵抗するものの限界はあっさりと訪れ、何とか首をひねり師匠にかからない様にリバースする。
「どうする、やめるか?」
師匠は文字通り汚物を見る目をしてくる。とはいえ確かにマナの巡りが変わってきていることは感じた。
「オエ……、水だけ、飲ませてください……。」
「やめておけ、吐く量が増えるだけだ。」
師匠が手を取り助け起こしてくれると思ったがそのままマナを流しこまれたため大きくのけぞってしまう。
「うがががが!マジ勘弁してください!」
「あまり手間取らせるな、さっさと慣れろ。」
結局この日は5回リバースし、この修業は3日を除きほぼ休みなく3週間続いた(その3日というのは初めの頃吐きすぎで喉から血が出たため休息したものだ。)。結果的にマナの流入に体も慣れたと同時にトウヤ自身のマナ放出量は当初よりかなり増加した。その後はマナを闘気に変換し練り上げ作業や基本的な闘気の放出技を習得することになったが、これは下腹部に力を込めて気合を入れる感覚や闘気を身体の各部位に収集させて放出する感覚が重要になり、意外なことにこれは子供の頃やっていたドラゴンボールごっこが大いに参考になった(おそらくこの遊びが真に役立ったのはこの世で自分だけだろう)。
結果的に最初の地獄を乗り越えてからはわりかし短期間で闘技を習得することが出来た。技の威力はどれくらいが基準かわからなかったため体から溢れる闘気をそのまま放出し続けたが師匠からは「もっともっと。」と要求されたため、わけもわからずとにかく威力を上げ続けたがついに師匠を満足させることは無かった。
師匠いわく「マナの量は多いと思っていたからな、こんなものだろう」「さすが私だ、魔法を教えていた半年を返せ。」「これだけ手伝ってやってこの威力か。」と好き勝手言っていたがその辺はスルーして素直に自身が手に入れた力を研鑽することにした。
闘技が使用できるようになってからは「あとは発想次第だから自分で考えろ。」と言われ放置されたため家事の合間に特訓に勤しんでいたものである(スマホもゲームもなく暇だったからというのは大きい)、しばらく経ち「もうこの家は空ける、あとは好きに生きろ。」の置き手紙とセントナードへの地図が置かれ、師匠は姿を消した。
-2-
「それで今に至るってわけ。」
長い話で申し訳なかった、と言いつつトウヤ残り少なくなった酒を飲み干す。
「いやぁ魔法の時はただマナをいろんなものに触れさせることばかりだけど、闘技ってのは最初にこんなしんどい思いをするんだから、そりゃ使い手がいないわけだな。」
「ちょっとよく分かんないわ。」
トウヤに対してカティルナの表情は微妙である。
「え、なにが?」
「えぇとね、ちょっといろいろ言いたいけどまずは整理して話すわね。」
艶めく髪をかき上げて何か思案している様子だ。
「まず師匠って何者?名前は?」
「さぁ?それが無茶苦茶強いってこと以外はなにも知らないんだ、指南をお願いしたときも名前も名乗らないで『じゃあ師匠と呼べ。』だけでさ。」
「あぁそう、ならいいわ。まずなんだけどアナタの師匠?の言ってることは正しい。闘技と魔法じゃマナの使い方が真逆だし魔法に慣れた状態で闘技を使ってもまともな威力にならないから、闘技を専門として使うならマナの放出量を増やすのは正しいわ。」
「あぁ、だから俺にマナを流しこんだんだろ?」
「そこなのよ、正直そんな話聞いたことないわ。確かにマナの放出量は上がるかもしれないけど、何やってんの?ってレベルよ。」
「はぁ……………?」
「そもそも他人にマナを流しこむこと自体とても危険な行為なの。」
「…………マジで?」
「マジのおおマジの禁忌よ。循環するマナに他人の物が混ざるなんて、適当に輸血するようなもの、吐き気を催したって言ってるけどそれ普通に拒絶反応だから、下手したら死ぬわ。」
「え、死ぬの?」
「それにマナを逆流させるリスクもあるから二重で論外。殺しにかかってるっていう方がまだ理解できるわ。」
冷や水をかけられた様な気分だった。死ぬと思っていたことが比喩ではなく真っ当な体からの信号であったのだ。
「じゃあなんでそんなことするんだよ……。」
「なぜかしらね……。確かに他人が強引にマナの流れを弄れば自力でマナの放出量を上げるより早いかもしれないし、もしかしたら時間かけるのが面倒だからちゃっちゃと済ませようとしたんじゃないかしら。」
冷や水の次は怒りではらわたが煮えくり返りそうになった。小間使いとしての理不尽な扱いに加えトウヤの命を天秤にかけでも自身の面倒くささを取った師匠に対しての憤りであった。
「あんのアバズレ露出狂……適当なことしてたんだな……!」
「まぁまぁ、結果的にトウヤの闘技は本当に大したものよ。」
「とはいえ一発ぶんなぐってやらなきゃ気が済まん……。」
下唇をかみしめ、いつか来る復讐の日を想うのであった。
「ところで、闘気を練らなくていいからとりあえず思いっきりマナを出してみてよ。」
「出すだけでいいのか?」
「どんなものか調べておきたいのよ。」
下腹に力を込め体をめぐるマナを放出させた。トウヤから放たれたマナは一瞬で酒場全体を満たし、周囲の人間は突然押し寄せたマナに驚愕し、魔法道具はその精度を大いに狂わせた。
「はいはいストップストップ!もう辞めて!」
想像以上の事態に慌ててミレイアは制止させる。酒場全体は大混乱を起こしたが、大量のマナが一瞬であふれたため逆に爆心地はバレなかった。
「いまのマジでやったの?」
「思いっきりやれっていうから…………。」
「ごめんなさい、ちょっと想像以上だったわ。そんなに一気に吐き出してよく生きてるわね。」
頭を抱えるミレイアに対してトウヤは伺うように質問した。
「ちなみに、ミレイアはどれくらいなの?」
「あぁ、これくらいよ。」
ミレイアは目を閉じると体表から5センチ程度を白いモヤのようなマナが滞留した、決壊した川の濁流のようなトウヤのマナとは大違いである。
「へぇ、ぜんっぜん違うんだな。」
「普通こんなもんよ、言っちゃ悪いけどアンタのマナの扱いは異常。」
「いやぁ、それにしてもミレイアって色々詳しいんだな。師匠はなにも教えてくれなかったよ。」
「それはあんたの師匠が適当だっただけ。私は……魔法の勉強をするうえで色々調べただけよ。」
なるほどねぇ、とつぶやいたところでトウヤは遠慮がちに聞いた。
「そんでさ、確認というか聞きたいんだけど。」
「なぁに?」
「パーティー、組んでくれたり、する?」
一拍おいてミレイア微笑んだ。
「そうね、合格。……って言いたいけどちょっと保留かなぁ。」
芳しくない会頭に思わず落胆してしまう。
「だって毎回あんな大爆発させられたら仕事になんないし………。」
「それじゃあちょっと待ってくれ、ちゃんとそれ以外の技もあるから!迷惑はかけない!それ見てからでもいいだろう?」
思った以上に必死な様子だったのだろう、ミレイアは笑っていた。
「アハハ、どんだけ必死なのよ。」
「そりゃあ、いままでパーティー組んだことなかったし。」
「いいわ、明日またここで落ち合いましょ。」
「任せろ、次はちゃんとやるから。」
二人は空のグラスで再び乾杯をした。
ご覧いただきありがとうございます。
初めての連載ですが楽しんでくださると幸いです。