敵の出現と魔法使い初の戦い
-1-
夜も更けた頃、首都セントナードから数十キロ離れたところにある鉱山跡には脱獄した囚人とそれに従う十数名の賊が潜伏していた。
「グラフの兄貴、いつまでここにいるつもりですか、そろそろ冒険者どもが嗅ぎつけてくる頃ですぜ。」
他の者よりもふた回りは大きい屈強な男は我慢ならんとばかりに立ち上がる。グラフと呼ばれた男は椅子に座ったまま答えた。
「そう焦るなシルバ、今レインが次のねぐらを探している。もうしばらくの辛抱だ。」
グラフはシルバを座らせると報告を待った。数日前、自身が収容されていた監獄を部下たちが襲撃したことで脱獄に成功した。
「それにしてもシルバ、よくもまぁ監獄にケンカ吹っ掛けようと思ったなぁ。」
「そりゃあ兄貴、レインの奴が監獄の情報を聞き出したからな。」
「どうやって聞き出したか知っているか?」
「さぁ、それは聞いてねぇな。どっかの情報屋から聞き出したんじゃねぇのか?」
「情報屋、ねぇ……。」
椅子に身を預け休んでいると部下の一人がグラフのもとにやってきた。
「どうした?」
「レイン様より冒険者と交戦の報告がありました。」
「交戦?発見じゃなく交戦か。」
部下は肯定した。
「ってことは俺たちのことを知っている連中がここに来るってことだな。」
「兄貴!俺も応援に行っていいか!?」
「シルバ、お前はここで待ち構えて敵が来たらぶっ飛ばせ。」
グラフは立ち上がり言った。
「野郎ども!ここに冒険者が来るかもしれん、備えろ!」
-2-
「空に撃った光、仲間に何か知らせたわね。」
ミレイアは杖を構えたまま正面の女に問いかけた。女は余裕ぶって答える。
「さて、どうだろうね?」
レミィとトウヤは別ルートで廃坑に向かっており、ミレイアは現在一人で行動していた。そこでこの女と出会ったわけだが、ミレイアが廃坑に行くとわかったところで襲い掛かってきたのである。
「アンタを殺しておきたかったのに、残念だよ。」
「不意打ちのつもりだったんでしょうけど。バレバレよ。」
ミレイアは先ほど奪い取った短刀を捨てた。
「甘く見ないで頂戴、こんな刃物で殺せるような私じゃないわ。」
ミレイアは杖を地面につきたてると女の足元の地面が隆起する。そのまま拘束するつもりだったが軽い身のこなしで飛び上がった女はそのまま空中で制止した。
「空中浮遊?面白い魔法を使うのね。」
「そりゃどうも。」
女は結晶体の埋め込まれた小手を装着した。
(魔法を埋め込んだ装備かしら、珍しいもの使うのね。)
女は空中を蹴るとミレイアに殴り掛かった。すんでのところで躱すが空を切った拳は地面を穿ち巻き込まれた衣服の裾を引き裂く。
「夜だというのにいい目をしているんだね。」
女はそのまま拳を振るいミレイアを追い詰める、拳が掠っただけで衣服や肌は切り裂かれた。
「その小手、威力をただ上げているだけじゃないわね。」
「もちろんそうさ、タネは教えてやらないけどね。」
拳を迎え撃つため防御魔法を展開するが、その小手は触れだけでガリガリと防壁を削り一方的に消耗させられるばかりとなってしまう。
「殴るだけが能じゃないのさ!」
「硬さには…自信があるんだけどね……!」
「そうだとして点で攻められちゃ防御魔法だと苦しいだろう?」
ミレイアは守りを解き女の正面から視界を覆う量の光弾を放つが小手を盾に防がれてしまう、しかしその間に距離を取り地面を剣山の様に展開させ障害物を作り出した。
「器用なのはいいけど、距離を取るだけじゃ逃げられないよ!」
女は空中を蹴ると針山を飛び越えるように空中を駆け抜け距離を詰める。しかしミレイアの視線は女を捉えていなかった。
「どこを見ているんだい!」
視線に気が付いた女が振り返るとそこにはおびただしい数の光球が展開していた。
「器用なのはそれだけじゃないのよ。」
守る隙を与えず光球が女に降り注ぐ、息もつかせぬ光弾により閃光が迸り周囲は昼よりも明るく照らされた。
「別にあなたに弾かれるためだけに無駄打ちしたわけじゃないの。」
だが光と土煙が晴れた先には無傷の女が空中に立っていた。
「残念でした。そう簡単に私を殺せると思うんじゃないね。」
「勘弁してよ、すこしは痛手を負わせるつもりだったのに。」
残しておいた光球を撃ちこむが女にあたる直前で何かに阻まれダメージを与えることは出来なかった。
(小手で受け止めるわけでもなく防御魔法でもない、か。だけどまずはその攻撃手段を潰す…!)
ミレイアは杖を構えなおす。
「ほう、まだやる気なのかい。だけどもう終わりにするよ!」
女は小手を合わせると空気が圧縮され竜巻を生み出した。
「そのきれいな顔をズタズタにしてやるさ!」
両手から叩き込まれる暴風にミレイアは杖を立て防御魔法を展開し応戦するが、風の濁流は魔法の隙間を掻い潜りミレイアを徐々に切り裂いていく。
「風ってのは空気そのもの!」
引き裂かれたローブは宙を舞い徐々に切り傷も深くなっていく。
「魔法そのものを防いでもアンタの周りの空気も風の刃になって襲い掛かるのさ!」
「………でしょうね、ネタばらししてくれてありがと。」
その瞬間水柱が上がりミレイアを包み込んだ。風の隙間に水が入ることで空気は力なく拡散し竜巻自体も威力を大きく落としはじけ飛んだ。
「なに!?」
「近くに川があって助かったわ、私が切り刻まれる前に水を持ってこれたんだもの。」
水がミレイアの周囲で浮遊している。
「風魔法は範囲の広さや空間への影響が大きいけど、それは空気と魔法がつながっていることが条件。それこそ水なんかが間に入れば空気のつながりが消えて一気に瓦解する。」
「それでも、これだけの水を一気に持ってこられるものか!」
「えぇ、だからこっちに来てもらったの。」
足元には水が流れてくるように削られた地面が川まで続いており、そこから大量の水が流れ込んでいた。
「地面を操作して水路を作ったって言うのか!?」
正解、と口角を上げるミレイアに女は再び小手を構えたがその両手は水に包まれた。
「これでその小手は空気に触れられない、風魔法は使えないわ。」
次はあなたを包む壁のネタばらしね、と杖を構える。
「チッ、これで勝った気になるんじゃないよ!」
狼狽える女の周囲を突風が包み一瞬視界が奪われ、目を開いた後に女の姿はなかった。
「…………逃げられた、か。」
ため息と同時に全身から力が抜ける、久しぶりに真正面から敵と対峙しかなりの疲労感を覚えた。傷を治癒しながらトウヤとレミィのことが気になる。
(あの女とはたまたま鉢合わせた感じだし、向こうにも敵がいるとは思えないけど。)
地面に落ちたローブを拾い上げる、切り刻まれたそれはもはや衣服としての機能は果たせなくなっていた。
「一張羅だったのに…………。」
次はあった時は容赦しない。そう決心しミレイアは合流地点に移動をした。