関係の進行と成長のための別れ
-1-
夜も更けたころミレイアは宿のベッドで目を覚ました、マナを使いすぎた副作用か少し気分が悪い。夜風にあたろうと外へ出ると、村は月明りで青白く浮かび上がり満天の星空は吸い込まれそうな絶景であった。
(穏やかな気持ちで見る星空がこんなにも綺麗なんてね。)
セントナードは街灯もあるため月明りや星空を見ることは難しい、町の外では落ち着いて空を見上げることなどなかったため久々の感覚であった。だが星空に心奪われているとそこに含まれる闇がミレイアの心の奥を刺激した。
(あぁ……最近は思い出さなかったのに…………。)
念のためにと持ってきた杖を握る力が強くなる、真っ黒な不安が胸の中で膨らんでいくことを感じた。故郷から命からがら逃げだした記憶がフラッシュバックする。夜空を照らす炎に静寂を切り裂く破壊音と絶叫、忘れたつもりになっていたのに何年経とうが絶望は耳の奥にこびりついていた。
(もう夜は平気になったはずなのに……。)
緊張が緩んでいたのだろうか、呼吸が浅くなり目の前がくらくらする。肩が震え足に力が入らなくなった。
「おっと。大丈夫…じゃなさそうだな。」
倒れかけたミレイアを抱きとめたのはトウヤだった。
「なん……で…………?」
「トイレに起きたらミレイアが見えたから追いかけたんだ。」
いったん休もう、と促され路肩に腰掛ける。しばらくの沈黙の後気がつくと震える手でトウヤの腕を握っていた。
「ごめんなさい…。」
手を離そうとするがトウヤがそれを制した。
「大丈夫、落ち着いてからでいいよ。」
トウヤはしゃがむと手のひらを差し出しぼんやりと光らせた。
「暗いところにいるより明るいほうが幾分か楽になるよ、ほんとは火をつけられたらいいんだろうけどね。」
焚火とはまた違う黄金色に揺らめく闘気の明かりを眺めていると次第に呼吸は楽になり落ち着きを取り戻していた。
「まだ辛い?水でも持ってこようか。」
「大丈夫、もう落ち着いたから。」
意識もはっきりしてきたため杖を支えに立ちあがる。
「ごめんなさい、宿に戻りましょう。」
トウヤは黙ってついていく。外に出た時の倍の時間をかけて部屋に戻るまでの間、つかんだ腕を離すことは出来なかった。
「もうここまでで大丈夫だから、ありがと。」
彼は小さく「おう。」と答える。
「ねぇ、どうして私が倒れかけたのか気にならないの?」
ふと追いかけた先でふらふらになっている自分を見かけたのだ、気にならないはずはない。
「なんとなくだけど体の不調ってよりメンタルの問題だと思ったし。それなら話せるときに話せばいいよ。」
それじゃおやすみ、と彼は部屋に戻り、ミレイアはその姿を見送った後自室に返った。
-2-
ドラゴン討伐やそれに付随する魔法被害の後処理に追われトウヤとミレイアは村に数日間滞在していた。その用事も終わりようやく村を出る準備をしているとレミィが声をかけてきた。
「お兄ちゃんお姉ちゃん、もう帰るの?」
「用事も終わったし、いい加減長居は出来ないかなぁ。」
「そっか。ねぇ、二人にお願いがあるの。」
彼女の発言に二人は手を止めた。どうしたの?、とミレイアが聞くと意を決したように話した。
「私も二人についていきたい!」
彼女の願いについて、正直なところ想定はしていた。先日の店主との会話やその後の様子からして何か思い悩んでいるのは明白だったのだ。
「おじさんはいい人なの。村のみんなももうおかしくなくなってない。でも、私は元々この村の住人じゃない。」
レミィは続ける。
「連れてって、お願い。」
二人は目を合わせた。
「宿のご主人はなんて言ってるの?」
「私に任せるって。」
この言葉にどれだけのあるのだろうか、あえて彼女には深入りしなかった。
「わかった、すこし待っててくれ。」
ミレイアにレミィを任せトウヤは宿に向かった。
-3-
宿では店主が座って料理の仕込みをしていた。
「ご主人、少しいいですか?」
「あぁ、冒険者さん。どうぞどうぞ。」
店主に促され腰をおろす。
「レミィから聞きました。」
「そうですか。」
「どこまで彼女は話したんですか?」
「全部です。まさか、竜のお守りを任されていたなんて、思いもしませんでしたよ」
いやはや、と頭をかくがトウヤの視線に気が付き店主は続ける。
「あの子のことが嫌いだとか一緒に暮らせないだとかとても思ってはいませんよ。レミィがここに残ることを望めば喜んで今までの様に生活したでしょう。」
でもそうじゃない、と店主は言う。
「本人が出ていきたいという以上、それを止める権利は私には無いんです。これはあの子が何者だからとかではなく、成長を見守る大人としての矜持ですよ。」
「冒険者なんて危ないことをやろうとしているのに、ですか?」
「数日見ていてわかりました、あなた方もその分別が付いている人間でしょう?」
「もし俺たちがあの子を断ればどうしたんですか?」
「それも一つの経験です、私が止めて村に残るのと自分で行動したうえで村に残ることになったのとでは意味が違います。」
最後に質問を、といってトウヤは席を立った。
「あの子の本名はレミエラというそうです。」
「もちろん知ってますよ。」
「レミィとはだれが呼び始めたんですか?」
「私です、あの子が自分の名前を上手く言えなかった頃の言い方を真似して呼ぶようになりました。」
「そうですか。」
宿をでるトウヤの背中に、店主は「お願いします。」と最後に声をかけた。