飛翔と帰還
-1-
二度目の空中戦は先ほどとは違う様相を呈していした。レミィだけでは痛手を負わせられない良いことに青鱗竜は容赦なく攻めていたが、今回は火力のあるトウヤが乗っているため距離を詰められず、機動力は著しく落ちているものの吐き出す火炎を避けるには十分であり青鱗竜も攻めあぐねていた。この戦いにおいてはじめての拮抗状態が生まれたのである。
(とはいってもいつまでも続けられるわけじゃない……。)
トウヤは眼下のミレイアを見る、彼女は呪文の詠唱に注力しており魔法陣を随時展開していた。今まで即時魔法を発動していたミレイアが時間をかけて準備していることから周到に作戦を遂行してくれることが期待できる。
(ただ、早めに済ませてくれよ。)
レミィはまだ余裕がある様子だがいつまでも持つとは限らない、トウヤはせめて当たればと攻撃を放つが右へ左へと青鱗竜に避けられてしまう。
「レミエラよ!竜族の誇りを捨てて人間を乗せてまでやることがこれか!」
「村のみんなも!食べられた人たちも!お父さんとお母さんも!ぜんぶお前のせいだ!ゆるさない!」
「道理を知らぬ子どもがほざけ!」
二匹の竜が咆哮する刹那、地上からおびただしい量の稲妻の柱が立ち上った。
(間に合った……!)
地上では準備を完了させたミレイアが魔法陣にマナを注いでいる、トウヤはこの瞬間を待っていたのだ。
「この程度の雷で我を殺せると思ってか!」
稲妻に包まれた青鱗竜は魔法から逃れるようにトウヤ達に突撃をかける。
「そこまで都合よく考えてないさ、ただお前に突っ込んで欲しいだけだよ。」
トウヤは青鱗竜を見据える。
「お前は大空を自在に飛び回るが、左右に比べて上下に逃げるスピードは遅い。だから左右に逃げられないこの状況を作りたかったんだ。」
トウヤはレミィの背中に立つ。
(剣を振りぬき生まれた斬撃に闘気を載せ、風を取り込み奴を切り裂く刃とする。一撃で叩き切る………!)
握りしめた剣に闘気を込めた。
「空破斬!!」
縦一文字に放たれた長さ数十メートルの斬撃は青鱗竜を正面から捉え、断末魔すら叫ばせる暇もなく両断しその勢いのまま山肌を切り分け峡谷を作り出した。真っ二つになった竜はトウヤを通過しながらその体躯を大地に落とし、その様子を見たレミィは緊張の糸が途切れたのかその姿を少女に戻してしまった。
「ちょッ!レミィ!戻ってる!」
「え!?どうしようどうやって変身できるの!?」
「マジかよ!とりあえずこっちに!」
レミィを抱き寄せ落下の瞬間になけなしの闘気を地面に放ったところ、落下の勢いは弱まり何とか打撲で済んだ。
「痛ってて、なるほどこんな使い方もあったのか…………。」
「ごめんね、お兄ちゃん。」
「大丈夫大丈夫。全部結果オーライなら万事解決だ。」
ひっくり返り身動きの取れない二人にミレイアが駆け寄る、かなり無茶したのであろう顔色は悪く嫌な汗をかいていた。
「二人とも、とりあえず無事みたいね。」
三人は天を仰いだ。
「ドラゴン、倒してやったぞ。」
「ほんと、やってやったわ。」
「レミィは今回のMVPだよ。」
「えむぶいぴー?」
「一番大活躍した人ってことだよ。」
「そうなのかなぁ。」
「その通りよ、レミィが飛んでくれなかったらとっくに私たち餌か炭になってたわ。」
「それならよかった。」
「————私って人なのかな、竜なのかな。」
「今すぐ考える必要はないわ。変身出来なくなってたら人、変身出来てたらどっちか好きな時に決めたらいいんじゃない?」
「わかった、そうする。」
「…………なぁ、なにか食べるものないか?腹が減った。」
「ないわよ。荷物は燃やされたし、残りは車に戻らないとないわ。」
「マジかよドラゴンぜってー許さねぇ。」
「お兄ちゃんがやっつけたよ?」
「それはそう。」
しばしのあいだ三人は笑いながら疲労と勝利の余韻に浸っていた。
-2-
クエスト完了の報告に戻ると、村の中は大騒ぎになっていた。
「冒険者さん無事でしたか!?この度は誠に申し訳ございませんでした!」
這いつくばる村長に事情を聞くと、青鱗竜の魔法が解け村民の洗脳は解けたものの記憶はそのまま残っていたため罪悪感やら様々な感情に苛まれているとのことであった。
「あの悪竜に魔法を掛けられていたにしても、何も知らない冒険者の皆さんを犠牲にしていたとは、謝罪のしようがありません!」
「それは私たちじゃなくて今までの冒険者に言ってやってください、とにかく今は各都市へクエスト完了の報告をお願いします。」
三人はもうフラフラである、あとの処理は村長に任せ宿に向かった。
「店主は、いないみたいね。」
「おじさん、出かけてるのかな。」
「え、じゃあ飯は無いのか?」
「簡単な料理なら作れると思う、二人とも待ってて!」
厨房に消えるレミィを眺め二人は腰を下ろした。
「…………。」
「トウヤ、何か気になることでもあるの?」
「いや、ここの店主はレミィのことをどう記憶してるのかなってさ。」
「なるほどね。確かにレミィだけはこの村の洗脳が効いてなかったみたいだし、それが解けた今はどういう認識がされているか心配ね。」
「俺たちはあの子のことをほとんど知らないけど、今難しい状況なのはよくわかる。これ以上心の負担になるようなことは起きてほしくないんだ。」
「そうね。両親のことや自分自身のこと、こんな子供が背負えることじゃないわ。」
しばらくすると料理をもったレミィが現れた。
「おいおい、こんなに沢山料理を持ったら転ぶぞ。」
「大丈夫!なんだか重くないの!」
「それならいいけど気を付けてね。」
「それにしてもうまそうな料理だな。」
「えー、ただ焼いたり煮ただけだよ?」
「それでも味付けはしっかりしてるし大したものだわ、お手伝いしてたの?」
ちょっとだけ、と答えるレミィの様子を見てほほえましさを感じていると店主が戻ってきた。
「レミィ、帰ってきたのか。」
「おじさん………。」
二人の間に沈黙が流れる。
「レミィ、教えてくれ。お前はいったい誰なんだ。」
その言葉を聞いて後ずさるレミィの手を握り店主は続けた。
「違うんだ、聞いてくれ。俺に兄弟はいないしこどもを預かった記憶がない。だがお前が目の前にいる以上一緒に暮らしていた記憶は事実なんだ。」
レミィは黙ってうつむいている。
「別にお前が疎ましいなんて思ってない、むしろいい思い出だ。だからこそわけがわからない。お前は何者なんだ。」
二人とも続く言葉が出てこない様子をみかねてミレイアが声をかけた。
「ご主人、村長からも事情は聴きました。混乱するのもわかりますがレミィも同じです。お互い落ち着いてから話をしてはどうですか?」
「…………そ、そうか。レミィも混乱しているよな。すいません冒険者さん、少し休みます。」
店主は立ち上がりテーブルの上の料理を見た。
「レミィ、お前が作ったのか、よくできているな。お代は結構ですから冒険者さんもお休みください。」
奥に消える店主の姿を見送り静かに涙を流すレミィをミレイアはそっと抱きしめ、トウヤはそれを黙ってみていた。