冒険の始まりと初めての出会い
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数メートルの体躯を有する魔物に火球が撃ち込まれ、攻撃を受けた魔物は大きくよろめき森の奥へと逃走を図った。
「敵が逃げるわ!追撃して!」
手負いの魔物に追い打ちをかけつつ退路を誘導した少女は後方の少年を見る。
「大丈夫、任せろ!」
魔物の背中に対し少年は呼吸を整え意識を集中させる。
(———全身に巡るマナを闘気に変換し人差し指に集中、球体に練り上げて相手に向ける。射線に人や建物は無し、あとは師匠に言われた通りにこなせば大丈夫。)
左手を添え魔物に向けられた右人差し指。先端には黄金色の球体が形成され、圧縮されたエネルギーが轟音を立て地響きを起こし周辺の地面がめくれ上がる。少年は叫んだ。
「波動球!」
大地を穿ちながら放たれた球体は魔物に直撃し炸裂、視界を奪う閃光と木々を薙ぎ払う爆風が周囲を支配した。しばらく経ち爆煙がはれた後には巨大なクレーターが出現し中心には蒸発した魔物の跡だけが残されていた。
(まぁ、ぼちぼちか…………。)
これぐらいの威力であればギリギリ及第点、師匠には軽く蹴られるくらいで済むだろう。
「とりあえず討伐完了ってことだよな。……なぁ!ギルドに報告しにいこ…う?」
振り返ると少年は目の前の光景に怪訝なお顔をした。
「何やってんの?」
先ほどまで共に戦っていた少女は爆風に吹き飛ばされたのか、はるか後方でひっくり返り腰を抜かしている。
「なに、ですって!?それはこっちのセリフよ!?」
砂埃にまみれた少女はよろよろと起き上がり少年に駆け寄った。
「いったい今のはなに、何をしたの!?」
「あれ、波動球ってそんなマイナーな技なの?」
「波動球!?あの技じゃクレーターなんか出来ないから!」
「え?みんなこれくらいの威力が普通じゃないの?」
「そんなわけないじゃない!どこの世界の常識よ!」
少女は砂埃を払いクレーターを覗き込む。
「も~、魔物の跡形もないじゃん。これどうやって報告すればいいの??」
何やらとんでもないことをやらかしてしまったようだ。少年は右手に残る攻撃の余韻を感じつつ自身が生み出したクレーターを眺めていた。
——————日本の高校生だった城崎トウヤがこの世界で生活するようになって初めての実戦をこなした日の出来事である。
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1日の始まりはけたたましい鐘の音から始まる。大陸に面した島国の小国アナレシア公国の首都セントナードを象徴する塔から時を告げる鐘の音は、国民にとって日常と平穏の象徴する音色だが、鐘の真下に居を構えるトウヤにとっては部屋を揺るがす騒音に他ならなかった。
「ちくしょう、いつか必ず引っ越してやる。」
毎朝恒例の毒を吐きながらベッドから身を起こす。塔は国の行政機能をつかさどる役所に併設されており、トウヤはそこの使われていない倉庫を寝床としている。荷支度をしているとドアが開かれ鐘を管理する老人が声をかけてきた。
「トウヤ、早く出るんだぞ。」
「あぁ、もう出かけるよ。」
使われていな物置同然の部屋とはいえここは国の施設であり本来住むことなど許されない。トウヤがここに住む条件は少しばかりの現金を管理人に渡すことと役所の人間が働いている時間は塔から出ていくことだった。
「お前今日は仕事なんだろう?しっかり稼いで来いよ!」
「おう、酒でも買って帰るさ。」
老人に背を向け塔を後にする。外は太陽が昇り始めたころで街がまさに目覚めようとしている頃だった。
(この太陽だけは、俺の世界と一緒なんだよなぁ。)
伸びをしながら思いを馳せる。日本の高校生として生活していた城崎トウヤはある朝この世界で目を覚ました。一人見知らぬば場所に放り出されたトウヤは、しばらくは自身を拾ってくれた“師匠”と共に暮らし、その後首都に放り出されてからは鐘の管理人に面倒を見てもらいつつ記憶喪失の少年として生活することになったのだ。
(ま、ボチボチ頑張りますか………!)
なぜこの世界にいるのか、現実世界はどうなっているのか、疑問はなくならないがまずは目の前の生活に集中するため、トウヤはカバンをかつぎ直し中心街へと歩みを進めた。
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セントナードの中心街には冒険者ギルドが運営する酒場が存在する。ここには軍では手が回らない各地の依頼がクエストとして寄せられ、冒険者はそれをもとに魔物の討伐等を請け負っていた。常に人手不足かつどんな人材でも受け入れているためトウヤはこの冒険者ギルドに加入し日銭を稼ぐ日々である。酒場につくとすでにほかの冒険者が掲示板に張り出されたクエストの選定を行っており、張り紙の中から1人用の依頼を探すが中々見つからない。一旦カウンターで朝食を取っていると酒場のマスターが声をかけてきた。
「よう新人。仕事が見つからないみたいだな。」
「そうっすねぇ。1人向けってのは中々ないもんです。」
「メインの討伐任務は2人からだし、1人に頼むような仕事はそもそも依頼者たちで何とかするだろうしな。」
「でも俺みたいな素性のわからない素人を入れてくれるパーティーなんて、ないですもんねぇ。」
「そう腐るな。そうだと思って人を紹介しようと思ったんだ。」
マスターは酒場の奥を指さした。そこには白いローブを着て食事をする少女がいた。
「元々いたパーティーが解散になって人を探しているらしい。お前を紹介したら興味を持ってな、相手は経験者だしせっかくだからパーティーを組むといい。」
こちらの視線に気が付いた少女と目が合った、金色の瞳をきらめかせ縛った長い髪を揺らす彼女の年齢は自分と同じくらいだろうか、軽い会釈をしてきたためこちらも返す。
「…………美人っすね。」
「知らん、そこは勝手にしろ。」
マスターはトウヤの背中を叩き少女のもとに行くよう促した。
「さ、お前は世話になる側だ、挨拶してこい。しっかり戦えるようになってウチを稼がせてくれよ!」
マスターが去ったあとトウヤは少女の座る席へと移った。少女は食事を済ませており杖の手入れをしている。
「えーっと、どうも。トウヤって言います、よろしく。」
「私はミレイア・ロー、マスターから話は聞いたわ、歳も同じくらいだろうし敬語でなくていいわよ。」
あらそう、とトウヤは改めて彼女を見る。酒場には似つかわしくない美少女で前髪の右側だけ三つ編みにしていた、白いローブの下に革製の胸当てを身に着けておりそこでようやく冒険者であると認識させた。
「俺って今まで一人依頼しか受けたことないんだけどさ、疑うわけじゃないけど本当に大丈夫?」
「問題ないわ。経験者がいいのはそうだけどとりあえず稼ぐには討伐クエストを受けたいし、なりふり構わないから、ってのが本音よ。」
ほかのパーティーに混ざるのも難しいし、とも彼女は続ける。冒険者は命のやり取りをすることもあり、名の知れていない新参者と気軽に組んでくれるパーティーはそう多くない。
「どんな理由でも組んでくれるならうれしいよ。とはいえ討伐任務は未経験だからさ、正直色々と教えてもらいたい。」
「そこは仕方ないし、私も熟練者ってわけじゃないけどサポートはするわ。」
ミレイアの反応は割とあっさりとしていた、ギルドに加入した当初パーティーに混ざろうとしてもロクに相手にされていなかったトウヤにとって受け入れてくれる空気感は思ったよりも新鮮に感じる。
「ところでマナについては扱えるんでしょう?」
「まぁ…そうなんだけど、指南してくれた師匠との手合わせくらいしかしたことなくて。魔物相手は経験がないんだよ。」
「問題ないわ。新人冒険者の中にはただ剣を振ることしかできない奴もいるし、よっぽどマシよ。」
「がんばって力になるよ。」
「そうね、よろしく。じゃあここで色々聞いても仕方ないし、何か軽めのクエストを受けましょう?」
彼女はそう言うと荷物をまとめ掲示板へと向かう。
「大猪の討伐、これいいんじゃない?」
クエストは農場での害獣被害についてだった。イノシシの絵の横には赤い星が2個描かれている。
「星2個ってことは1人用クエストの1個上のランクだけど、コイツってそんなに弱いの?」
「割と大きいし力もあるから接近戦だと危ないけど、動きが直線的だし的も大きいから遠距離から狙うには楽なのよ。」
へぇーと感心しているとミレイアは張り紙を持ってカウンターへ向かいクエストの受付をしていた。ペースは彼女にあったが、討伐クエストは初めてなので彼女に住めて任せることにする。
「さぁ行きましょう。目的の農場までは定期便があるみたいだし、何か準備はする?」
受付を済ませ戻ってきた彼女は準備万端といった様子である。トウヤも特に準備するものもないと待機しているとカティルナは怪訝そうな表情をしていた。
「何の武器も持ってないみたいだけど。そんなので大丈夫なの?」
「遠距離から戦う予定なんだろ?それならもんだいないさ。」
ならいいけど、と微妙な表情でつぶやく彼女にトウヤは笑顔で返した。
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定期便というものがどんな乗り物で移動するか知らなかったが、人や動物が台車を引っ張るわけでもなく大きな車輪自身が回転し荷台を移動させる姿はおおむねトラックやバスと同じようなものだった。初めて見る乗り物に感嘆の声を上げているとミレイアが声をかけてきた。
「魔動車がこんなに珍しいの?」
「魔動車かぁ!ってことはじゃあ魔法で動くのか。?」
「そのとおりよ、あなたって本当に記憶喪失なのね、今まで見たことないの?」
「初めて見たよ!一人の時は基本王都の周りでしか働かなかったからさ。」
「ま、楽しそうで良かったわ、じゃあ乗りましょ。農場までは1時間くらいかかるみたいよ。」
魔動車の中には割と空いておりトウヤ達を含めても10人にも満たなかった、窓の外には渓谷と森林が広がり様々な動植物の姿が見える。
「ところでトウヤ、マナが使えるといってたけど何が使えるの?見たところ魔法じゃないだろうし遠距離で戦うにしても手ぶらじゃない?」
「あぁ、闘技を使うんだよ。」
トウヤの軽い回答に対してミレイアは驚嘆の声を上げた。
「はぁ!?闘技!?」
周囲の乗客が一斉に振り返る、思わず大声を出したことを恥じながらカティルナは続ける。
「なに使うかと思ったらよりにもよって闘技って本気で言ってるの?」
「本気だってば、別にマナ技術の1つだろ?」
「それはそうだけど、あんなマイナーで手間のかかる割に対した威力もない技術をよくもまぁ堂々と…………。」
「え、そんなに闘技って良くないの?」
「そりゃ上手い人が使えば別でしょうけど、基本は魔法をメインに使わない人が補助に使う程度よ………。」
ミレイアは完全に頭を抱えていた。
「ほかには?マナで身体能力あげたり、基本の基本なんだからそれくらいはできるわよね??」
「いや、その辺はあんまり…。俺魔法はからっきしダメなんだよね。」
開いた口がふさがらないといった表情である。それからしばらく彼女はブツブツ呟いていたが、トウヤを見て言った。
「いいわ、どうせ遠距離で戦うつもりなんでしょ?私がメインで動くから適当にチュンチュン攻撃してて!」
吹っ切れたというより一種の諦めの表情であった。そこから先のミレイアは不機嫌なまま外を眺めるだけでだった。
以降会話はほぼなく、農場に到着しクエストの確認を行い、森に足を踏み入れて約1時間後大猪を発見。冒頭の事態に至るのであった。
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「話があるから、まだ帰らないでよ。」
酒場に戻り報告に向かうミレイアの迫力には黙ってうなずくことしかできなかった。森を吹き飛ばしクレーターを作った件については、元々そのあたりで開墾しため池を作る予定があったとのことで一周回って農場側から感謝された、しかし魔物の死体は跡形もないため討伐については何とか説明したものの半信半疑といったところである。結果的に報酬は満額もらえたものの魔物を討伐した証拠はないため実質穴掘り代とのことである。ミレイアが「あれだけの穴を掘る仕事ならこの10倍はもらえるわよ…………。」とつぶやいていたのが忘れられない。
「まぁとりあえずお疲れ様。とはいえ今回は割り勘よ。」
報告を終えたミレイアが酒を2杯もって帰ってきた。
「おう、ありがとう…ございます。」
「別に怒っては無いしこのお酒もアンタの支払いだから気にしなくていいわ。」
少しホッとしつつ乾杯をする。この世界では酒は15歳から飲めるらしく、当初は抵抗感があったが今ではしっかり味を覚えてしまった。
「でもまぁ、やらかしたし気にはするよ。」
「まぁホント、流石に驚いたわ。アンタいったい何者??」
つまみのマメの殻を剥きつつミレイアは続ける。
「魔法が使えない上に闘技しか使えないなんて言うし、しかもあの威力。驚きを通り越して呆れるわ。」
いったいどこでそんなことを教わったのか聞いできたため、トウヤはこのセントナードに来る前、師匠と生活していた頃の話をしたのであった。
読んでいただきありがとうございます。
初めての連載ですが、楽しみにしてくださると嬉しいです。