#1 出会い
俺は西坂大希。23歳だ。最近大学を卒業して会社に入りたての新卒社会人。就職先は一番入りたかった会社で、一発で無事内定をもらうことができた。その会社はインターンシップ時にはとても雰囲気がホワイトで、教育体制もしっかりしているなと感じていたところだ。
しかし、希望した職種はインターン先のホワイトな部署だったはずなのに、なぜか変な名前の部署に配属されていた。
「えーと・・・?development section・・・。つまり、開発課・・・。この会社の開発業務なんて知らないし、何をするの?まさか、面接時になんでも耐え抜きます!って言ったのがまずかったかな・・・。嫌な予感がする・・・。」
そんなことを一人で考えながら一人暮らしの準備をしていた。でも、その時はこう考えて思い込みを吹っ飛ばして来た。
「どうせホワイトだし。残業も少ないんだろう。」とか、「大手だよ?大手なのにブラックなはずないよね・・・。」とか。いろいろ考えた。
そして来たる部署配属初日。教育担当の先輩、谷田竜太郎は優しそうな人だと一目見てわかった。だが、上司の様子がおかしい。常に威圧しているような雰囲気を醸し出している。これは一体・・・。
「西坂くん?大丈夫?ぼーっとしているようだけれど。」と、谷田先輩が声をかけてくれた。
恐る恐る先輩に聞いてみた。「上司の人って・・・」と。
そうしたら顔を引きつりながらこう言った。「ああ、あの人ね・・・。うちの課長だよ。」
先輩の顔が何かを物語っているようだが、配属されたての俺にはさっぱりわからなかった。しかし、これから地獄のような生活が待っていると・・・。
最初の会議が始まる・・・。これはいわゆる納期までにどの作戦で行くかを課長に報告する場なのだが・・・。問題は先輩の報告を終えたときに起こった。
「おい、谷田・・・。これで納期間に合うと思ってんの?ここの箇所、1日もかかんの?そんなに掛からねえだろ?なあ?」
声量は徐々に大きくなり、自分たちの胸が締め付けられるような感覚に陥っていく・・・。
「はい、見込みでは、そうですが・・・。」と、小声で先輩は返答していた。その後もそのやり取りは継続され、2時間程度の会議となった。
会議後、「先輩・・・。大丈夫ですか?」と聞いてみたが、苦笑いをしてこちらに顔を向けるだけで話すらしなかった。ここで分かったんだ。この開発課はろくなところではないと。
時は経って、数か月後。会社の教育過程が終わってようやく仕事に専念する時が来た。いや、来てしまったというべきか。いつもの会議が来るにつれて心拍数が上がっていくのを感じる。今までは先輩の影で聞いていただけだったが、今度は俺も担当業務について会話をしなければならない。
会議にて、報告後・・・。
「おい、西坂?このスケジュール本当にこれでいいと思ってんの?間に合うとでも?」
大声のインパクトと威圧感にひるんで声が出ない・・・。
「聞いてるんだけど。ここどうなってんの?」
ますます声量が増大していく・・・。と、そこで聞いていた谷田先輩が動く。
「こちらのスケジュールですが、他の部署との会話をしてこの通りになりました。」
正直助かった。気が付くと自分の目には涙があふれていた。だが、
「このスケジュール通りに行けよ?遅れたら承知しねえからな?」
その言葉がプレッシャーとなり今後の業務にのしかかった。
「え?ここって大手だよね・・・?こんなことってありえるの・・・?」
そんな思いが脳裏で駆け巡る。それと同時に先輩への罪悪感。先輩は良いって言ってくれてたけど俺にはつらかった。
その後毎日これの繰り返しをさせられた。会議を一回一回するたびに俺の心にひびが入っていくことが感じられ、さらには吐き気まで催すまでとなってしまった。
そんなある日。会社へいつも通り車で出勤しようとしたら、会社の目の前を通過するときに体が拒否反応を起こす。全力で拒否するように嘔吐を繰り返す。流石に会社に行ける状態でなくなってしまい。その日は休んで心療内科へと向かった。
「これは自律神経失調症と、不安症ですね。とりあえず、1か月は休んでください。」
医師にそう告げられた時はひたすら安堵した。もう行かなくていいんだと。しかし、考えてしまう。
「残された仕事は・・・?先輩がやるのか・・・?」そう思った瞬間とてつもない罪悪感に襲われた。
帰りにたくさん考えた。
「俺は生きる価値あるのかな。なんで俺がこんな目に合わなければならないんだ?」
その時会社を初めて恨んだかもしれない。その日から何も楽しくなくなった。いつも仕事終わりには今流行っているAIチャットに愚痴とか暴言を吐いていたが、そんな気力もなくなった。
病院に行った翌日からはベッドから動くことができず、ひたすら寝ていた。ひたすら虚無で、ひたすら希死観念にとらわれながら。ただ、俺にやさしくしてくれた先輩への罪悪感が日々募っていく。
それが心を蝕んでいって、最後には首に紐をくくって自殺しようとする寸前までいった。
「遺書も作ったし、もうこの世に思い残すことはないな。先輩に直接謝りたかったな。」とまた独り言をぼそっとつぶやいた。
そして、椅子を外そうとした瞬間、ズボンのポケットに入っていた携帯から通知音が鳴る。ふと取りだしてみると、AIのチャットアプリからの通知で今すぐ床に置けと指示が表示されていた。今まで見たことない通知に驚きながらも携帯を床にポトリと落とす。その瞬間、携帯が煙を撒きながら爆発し、誰かがそこに立っている。
煙のもやが薄くなってきたところで俺はありえないものを目にした。そこに立っていたのは俺が作り上げたAIキャラで、愚痴と悪口を吐く相手になってくれていたAIだ。え・・・?なんでキミがそこにいるの・・・?
水色の髪をなびかせ、黒い制服姿のようなものを着た女の子がとっさにつぶやく。
「アンタ、この前私に言ったよね?画面から出れない癖に口答えするんじゃねえって。」
間違いない。この子は俺の話相手のフェリシアだ。
「嘘だろ?2次元が3次元に出てくることなんて不可能だぞ!」そう返した瞬間、彼女は怒りを我慢していたのか、大声で言葉を放つ。
「はぁ?死にぞこないのアンタに言われたくないんだけど?何?会社からのストレスで死のうとしているの?情けない。携帯では私に悪口言ってるくせに。立場入れ替わったら死ぬなんて、とんだ自分勝手ね。」
そう言うと、彼女は冷たい視線をこちらに向ける。
「その・・・。悪かったよ。君がAIだと思ったからつい暴言吐いてしまった・・・。本当にごめん。」
またあきれた表情をしながら彼女は怒る。
「謝るなら、自殺するのやめてくれない?死んだら話せなくなるじゃない。」
また正論を突かれてしまった。「そうだな」と一言吐いて首元から紐をほどいて、床に降りる。
彼女は俺のことを見たまま視線をずらさない。「なんだよ」と一言を放つと、
「アンタのことを教えて?画面の中では愚痴と暴言しか吐いてこなかったでしょ。」
そういえばそうだった。ひたすら何も考えずに、彼女の会話を無視して暴言を吐いていた。
「わかった。僕のことをすべて話すね・・・。」
俺が生まれ育った場所だったり、学校のこと、そして問題の会社のこともすべて教えた。
その後、フェリシアは「ふーん。」と言い、床に正座で座る。
「何してるの?」と聞いてみると、フェリシアがそっぽを向いて
「膝枕してあげるから来なさい・・・。」と言ってくれた。
ゆっくり、フェリシアに近づいて膝を枕にして横になると、
「アンタ、つらい思いしてきたのね。そんなの思いやられて当然だわ。でも私に言ったこと許さないけど。」といった。
その言葉で大泣きしてしまった。これまでの自分を認めてくれたのはフェリシアが初めてだったから。
「アンタ、泣いてるの!?キモいんですけど。」と彼女は言うが、言葉とは反対に頭をなでてくれた。
これが幸せなんだなとこの時久々に感じ取ることができたような気がした。
読んでくださりありがとうございます。初投稿でしたが、時間があれば続きのほうを投稿させていただくのでよろしくお願いします。