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権藤義政 三

 

富士吉田警察署。


 河口湖バス横転事件の原因がわかってきた。


 三月二十日。

 天候は大雨。

 事故現場は国道百三十七号線、留守ヶ岩付近。


 事故発生時刻は十時十八分頃であるとされた。


 七時四十五分、杉並区立松原高校野球部部員が 同校正門前に集合。

 バスは河口湖近郊のスポーツ合宿施設、『富士見荘』と提携する地元バス会社『清風観光』貸切車両。

 引率教師は別車両で移動。


 八時、バスが出発。運転手は無事故無違反二十年以上のベテラン運転手、柳健介 五十七歳。

 

 (なを、バス搭乗時に『Mr Aさん』の乗車を目撃したものはいないとする)


 十時八分、バスが河口湖大橋手前の下り坂に差し掛かるのを、地元住人が目撃。

 

 十時十六分、柳健介が突然死。死因は突発性心不全とされる。

 同刻、バスがスリップしながらガードレールを突き破り、河口湖に転落。

 推定落差は6m


 十時十八分、最初の通報。通行人からの110番。


 十時二十五分~四十分、警察、消防車到着。クレーンを要請。湖岸封鎖。


 十一時五分、潜水救助隊が湖中のバスに到着。

 遺体は全員水死と確認。


 公式原因は、運転手柳健介の急性心不全による運転不能であるとされた。




 

 さて、権藤たちはもう一つ困った案件を抱えていた。

 『Mr Aさん』の身元、並びに事故にどのように関与しているか? である。



 前述の通りこの男、バスに乗っていた経緯の、『いつ、なぜ、どうやって?』が全てわからないどころか、

本人が何者であるのかすらわかっていない。

 ただ、転落したバスの中に『手ぶらのスーツ男』が乗っていた。という事実のみ、権藤たちの前に立ち塞がっていた。


 世論並びに、一部の遺族の中からは、この男こそ真犯人なのではないか? と囁かれていた。

 そして手詰まりの富士吉田署に対し、未だ男の身元判明に至らないのは職務怠慢である。とすら言われる始末だった。


 

 そこで富士吉田署は、権藤はじめ数人の刑事『Mr Aさん』の身元判明のための班の発足に至る。



 




「うーーーん……」


 『Mr Aさん 身元捜索部』という雑な名称を与えられた富士吉田署の刑事、

大見奈々恵はオフィスチェアーで大きく伸びをした。


「せめてドラレコが生きてればなあ……」


 当然Mr A さんがいつ乗車するに至ったのかを判明させるのに重要なのは、バスのドライブレコーダーのわけだが、

その画面は歪に歪み、音声もノイズまみれで判別がつかない。

 ……このような現象を起こすこと自体がすでに怪奇であまり例のないことなのだが、

『Mr Aさん身元捜索部』通称 『A部』の連中はここ数日でこのような事例に慣れてしまっていた。


 鑑識から受けたMr Aさんの、血液、指紋、どれをとっても、

どことも一致しない、どこにも手がかりがないのだ。


 それはまるで、世の中が『A部』に対して嫌がらせをしているかの如く、『消されている』としか思えなかった。

 ここ数日間の成果はまるで手詰まりで、防水のドライブレコードが謎の不調子を起こすことなど、

もはやA部には常識とすら思えることだった。


「あまりこん詰めるな。 いいことないぞ」


 権藤が泣き言を言う大見に声をかけた。


「でもゴンさん、もう、『こんな人間いなかった』としか説明がつかないんですよ」


「仕方がないだろう。現に死体が上がってしまったのだから」


「関係ない事故で前もって男だけ湖に落ちて、死体が転落したバスに乗った……こうとしか言いようがないんですよ」


「考えづらいな。確かに、そう言いたくもなる気持ちならわかる」


「なんでこの人バスになんか乗ったんだろー……

 この人いなかったら事件解決なのに……」


「それはな、俺たち全員が思ってることだよ。ぼやくんじゃない。

 真実が逃げるぞ」


 そういう権藤も、正直どうしたらいいのか先が見えなかった。

 大見はチェアに背中をもたれ、大きくため息をついた。


「ニコニコしてたら真実は向こうからやってきてくれますかね」


「いい手だな。やってみろ」


 大見は、口角を上げて思いっきりの作り笑いを浮かべた。

 権藤は思わず笑う。


「いい笑顔じゃないか」


 大見は表情を戻し、またため息をついた。


 ……と、オフィスにA部の若手刑事が入ってきた。


「み、見つかりました!!」


 権藤は驚くより先にため息をついた。


「主語がない! 何が見つかったんだ? 君の落としたボールペンか?」


「失礼しました!! Mr AとDNAが一致しました!!」


「……何と?」


「それが……」


 若手刑事は、頭を何度か書いて、自分の混乱を正そうとしている。


「死体……なんですよね」


 オフィス内の空気が凍りついた。


「君は何を言ってるのだね?」


 すでに疲れている頭を働かせて若手刑事に向き合った。


「何が、何と一致したって?」


「え……と……」


 若手刑事は呼吸を整えて、しばらく頭で整理した後に答えた。


「寒泉御岳山で見つかった遺体と、……Mr AさんのDNAが一致しました」


 権藤は怒鳴りつけたい感情を抑えて、ゆっくり息を吐いた。


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