特定貨物不定期路線
学校の廊下は心地よい空気に包まれていた。
放課後という時間。一日を無事に終えてホッとしている人ばかりが歩いているから、空間全体をホッとした空間が覆うのだろう。
下校するべく廊下を歩く俺の意識も、場の空気に引っ張られて心地よくなっていた。
「重岡宗太郎くんだよね? 入学早々、学校の醍醐味が分かったようね」
そんな言葉を投げてきたのは保健室の教員、旭ケ丘土々呂。見た目が爽やかな女性だ。
「学校の醍醐味を分かった人というのはリア充、特にだいぶ進んでるリア充を言うんだと思いますよ」
自分の日常が、学校の醍醐味を知る側の人間のそれとはとても思えなかった俺は、そう言わずにいられなかった。
「ちょっと仕事を頼んでもいい? ちょうど男子が見つからなくて困ってたところなの」
男子生徒を求めるということは、仕事って肉体系か。
嫌な予感を覚えながらも、通学路の混雑を避けるために少し学校に残るのも良いかと思い、承諾することにした。
「まあ、いいですけど」
そう告げると旭ケ丘先生はおもむろに歩き始めた。ついていくと、いかにも学校の保健室という佇まいの部屋が見えてきた。
「保健室に中山香さんという生徒がいるから、彼女と一緒にハンガーを運んでほしいの。更衣室まで」
なるほど。運ぶ先が更衣室だから男女両方いないと無理だということか。モノが重たいわけではないことに安心した俺は、保健室のドアに手をかける。
一般的に美少女と言われるタイプの少女が、寝台に座っていた。その制服姿に俺は、冷えた炭酸飲料が入った瓶が汗をかくのを見たような、涼やかな感覚を覚えた。
「あなた、私と一緒にハンガーを運んでくれる人?」
「そうだよ」
ということは、この子が中山だな。
「私は中山香。あなたは何と呼んだらいい?」
早く作業を始めたい素振りを見せながら、中山は自己紹介を求めてきた。
「重岡宗太郎」
「重岡くんね了解。このダンボールがハンガーだから、重岡くんは男子更衣室の分をお願い」
俺と中山はダンボールを抱えて更衣室に向かった。
運ぶ量が少なかったこともあり、作業は難なく終わった。そろそろ通学路も空いただろうし、帰るか。
「ちょっと!」
玄関に向かって歩き始めた直後、中山の声が轟く。同時に、身体を後ろに引っ張られる感覚を受けた。中山が肩を掴んでいた。
「重岡くん。帰る前にすることがあるでしょう? 保健室に行くよ」
仕事ならたった今やり終えたはずなのに、一緒に保健室に行く用事なんて何があるんだ?
そんな俺の内心を察したであろう中山は、口元をニヤリとさせてこう言った。
「決まってるでしょ」